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絶望遊戯~ゲーム世界に絶望難易度アビリティをつけて転移した話~  作者: 長月透子
第九章 ミスリル事変

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第五十六話

 黒光りする大きな執務机の向こうには、礼服を纏った国王が座っていた。

 冬真は社交シーズンとされる期間も領地に引きこもって復興作業にかかりきりだったから、直接その姿を見るのはおよそ二年ぶりのことだ。


 高所に設けられた窓から陽の光が差し込んで、壁に陰影を作っている。机の上には、いくつもの羊皮紙が重なり、インク壺と羽ペン、印章が並んでいた。

 冬真は胸に手を当てて、首を垂れた。


「トーマ・アイザー。国王陛下にお会いできて望外の喜びです」

「頭を上げよ」


 声がかかってから、ゆっくりと頭を上げる。


「久しいの、伯よ。そなたが領地のために励んでおること、伝え聞いておる」


 尊大に国王が言う。言葉の内容とは裏腹に、その瞳には親しみといったものは一切ない。冷たい人形のような眼だ。


「恐れ入ります。全ては国王陛下の恩寵ゆえ。本日は、格別の慈悲によりお貸しいただいた人員三名を無事にお返しいたしましたこと、ならびに深い感謝を奏上せんと参上いたしました。領民たちも、王国の恩寵と国王陛下の慈悲に深く崇敬を捧げております」


 派遣官僚の派遣期間が終わったので、国王に謝辞を言上するために謁見を申し込んだのだ。官僚たちは、派遣期間後半は鬱陶しいコバエのようであったが、有能であったのは間違いない。人の少ないゲルトルの復興には役に立ってくれた。


「うむ、報告は受けた。大儀であったな」

「とんでもございません。王国への忠誠と感謝の証として、国王陛下へ、私個人から是非とも献上させていただきたいものがございます」


 儀礼官が進み出る。両手には、冬真が預けた木箱を捧げ持っている。箱には冬真の紋章が焼き印され、蓋と本体は封蝋済みだ。


「こちらは私が先日、王国外の未踏領域で発見したものです」


 そこで初めて、国王の顔に表情が現れた。


「ほう?」


 興味深そうに、木箱を眺める。


「許す。開けよ」


 国王が簡潔に命じると、儀礼官が慎重な手つきで封蝋を解いた。そして恭しい手つきで執務机の上に置いて、蓋を開ける。


「これは」


 国王はそれだけを言って絶句する。


「ミスリル鉱石でございます」


 箱の中には、青みを帯びた銀の鉱石が、仄かな光を放って輝いていた。

 その場にいた重臣たちも、息を呑んで鉱石を見つめている。


「……アイザー伯。詳しい話を、聞かせてもらいたい」


 しばしの間をおいて、驚愕から立ち直った国王の言葉に、冬真は頷いた。


「承知いたしました」


* * * *


「アイザー伯には、現地の調査、及びミスリル鉱脈の確保を命じる。褒賞としてひとまず金貨一千枚と」


 宰相が命令書の褒賞の項目を読み上げていく。冬真は眉を上げた。

 円形テーブルが設置された、大会議場だ。ミスリル鉱石を献上した翌日、冬真は王宮に改めて呼び出されたのである。


 冬真は円形テーブルの周囲に配置された椅子の一つに座らされていた。正面には国王、その右には王太子。反対側には宰相が座り、さらに三人の両脇に、法務大臣と軍務大臣が座っている。


「お断りいたします」


 冬真の答えに、会議室の空気が揺らいだ。

 宰相が目を細める。瞳には不快そうな光がある。


「国王陛下の命令に背くつもりかね?」

「まず、命令は、王国領外での領主単独任務に聞こえます。相違ないですか?」


 冬真の確認に、宰相が顔を歪めた。


「領主単独ということはない。領兵を伴えばよい」

「何の名目で領兵を伴うと仰る?」

「開拓だ!王国資源の確保である!」

「領主が領兵を以て資源を確保したなら、それは資源の領有だ。王国に自動的に献上するという法は存在しない。報酬など受けずに領有した方が合理的だ。王国は私にミスリル鉱脈の領有を認めるということでよろしいか?」


 列席する法務大臣が、そっと視線をそらした。


「そのようなわけがなかろう。ミスリル鉱脈などは、王国が管理すべき資源だ」

「では、領主としてそのような命令はお受けしかねる」

「命令を拒否して戦略物資をあくまで私物化したいと?反逆の意志を問うことになるぞ」


 冬真は首を傾げた。


「命令を拒否したことを根拠に反逆と断定するのならば、王国は恣意的に不可能な命令を出して、諸侯を反逆者として処断することが可能になる。法務大臣の見解をお伺いしたい」


 法務大臣は渋い顔である。


「……反逆という言葉は過大である。宰相閣下は落ち着かれよ」


 宰相の眉が吊り上がった。


「では、命令を拒否する理由を述べよ」

「まず一つ。危険度が高く、領兵による確保行動は事実上不可能である。二つ。領兵をいたずらに危険に晒し、領地の資源を一方的に収奪する命令は、宣戦布告に等しいものであると私は認識している。王国は私に宣戦布告を行っているのか?」


 冬真以外の人間が、ぎょっとしたような顔で肩を揺らした。

 宰相は目を見開き、国王に視線を送っている。国王が、法務大臣に視線をやった。法務大臣がさらなる渋面になっている。


「落ち着かれよ。そのような命令で宣戦布告など、どの諸侯も納得はするまい。伯の誤解である」

「ではどのような法的根拠で領主としての私に資源の確保を命じられるのか、明らかにしていただきたい」


 沈黙がその場を支配した。


 ベルダーンと相談して、ミスリル鉱脈の存在と位置は公開してしまうことにした。波風が立つのは承知の上だ。


 黙ってミスリル装備を作って使うことも考えたが、貴族社会に不慣れな冬真では、落とし穴だらけの野原を目隠しをした状態で進むようなものである。そんなリスクは許容できない。不運はいつだって油断している時にやってくる。


 冬真が継続的にミスリル装備を更新する必要がある以上、いずれミスリル鉱脈の存在を疑われると思うべきだ。そして、その時は自分から言い出した時よりも、遥かに王国の感情は悪化しているだろう。どうせ同じ面倒があるというのなら、先んじてリスクを確定してしまったほうがいい。


「待ちなさい。確保行動が事実上不可能であるならば、命令がそもそも成立しないではないか」


 口を開いたのは、その場を見守っていた王太子である。


「不可能だと断定する根拠を説明せよ」


 冬真は目を瞬いた。


「現地はブラッドベア、ジャイアントベア、ブラッドフェアリーの生息地です。少し奥に行けば、ロックゴーレム、グリフォンもおります。領主として、領兵にそのような死地に赴く命令は致しかねます」

「何と……」


 呻くような声を上げたのは軍務大臣である。


「しかし、伯は採掘できたのであろう。作戦行動によっては可能なのではないか?」


 王太子が食い下がる。冬真はだんだん面倒くさくなってきた。できないことを証明するのも、ある意味悪魔の証明だ。領兵の命を以て不可能性を証明するなど、冗談ではない。


「たとえそうでも、私は命令致しません。これは領主としての判断です」


 冬真が言いきると、王太子の眉が不快そうにひそめられる。


「……これは王国の役に立てる名誉ある任務である。出自も知れぬそなたを、伯爵に取り立てた国王陛下の恩義に報いるべきではないか?」


 気を取り直したように、軍務大臣が話を引き取った。


 同意も得ずに叙爵しておいて、この言いようである。褒賞金も、壊滅した領を建て直す前提で寄越されたものだ。現時点では、冬真は私財を強制徴収された無償奉仕の労働者みたいなものである。


「恩義に報いるべく、私は領地を建て直しております。厳密にその言葉に従うならば、ミスリル鉱脈は私が領有し、それをもって領地を建て直すことになるでしょう」


 軍務大臣が顔を歪めた。領地を持っている貴族ならば、否定できない、否定してはいけない文法だからだ。


「引き受けないのであれば、今後伯の立場は王国内で悪化することになるであろう。それでよいのか?貧苦にあえぐ領民をさらに苦しめるのか。新しい産業を興したときいたぞ」


 宰相が言葉を続けた。重臣たちで、冬真を説得している体である。説得しきれると確信するまで、国王は出てこない。


「幸いにして、ルキア教団が新しい産業に理解を示してくださっているのです。これで領民の生活も上向くでしょう。ありがたいことです」


 宰相の顔が再び歪んだ。


「では、どうあっても命令は、受けられない、と」

「確保した資源を王国が収奪する法的根拠を王国内にあまねく告知していただきたい。そうでなくば、お受けいたしかねる」


 諸侯がそんなことを認めるはずがない。いくらでも王国が諸侯の資源を収奪できると認めることになるからだ。こうして話している宰相や法務大臣でさえ、いざそんな法を作るとなったら反対に回るはずである。


「……残念なことである。伯のことは評価していたのだが、見込み違いだったようだ」


 国王が最後に口を開いた。瞳には冷ややかな光が浮かんでいる。冬真は胸に手を当てて頭を下げた。


「国王陛下から預かった領民を無為の危険に晒すわけには参りません」


 都合のいい奴隷としての評価など、冬真にとっては何の意味もない。


「それからミスリル鉱石ですが、これは神の加護あって発見できたもの。神の奇跡として、私の身元を保証してくれている教団にも同量を献上させていただいております。ご承知おきください」


 国王の表情が、はっきりと歪んだ。


 王国の圧力から、宗教に保護してもらう作戦である。蜂蜜の保護もあるから、一石二鳥だ。


 しかし、予想はしていたものの、王国領内にあるわけでもない資源にこれほど目の色を変えるとは。人間の欲には限りがないということかもしれない。


 正直放り出してさっさと帰りたいところだが、あまりにも迅速に領地に帰っては、要らぬ反感と疑惑を買う。それで、王都にはゆっくり一週間ほどは滞在する予定である。滞在先は、領地と共に下賜された旧フェルダー伯爵邸である。

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