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絶望遊戯~ゲーム世界に絶望難易度アビリティをつけて転移した話~  作者: 長月透子
第八章 領都ゲルトル

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第五十三話

 地面の上に、つい数日前に設置したばかりの木箱が残骸となって転がっていた。中に入っていたはずの蜂の巣は、きれいに持ち去られている。


 ゲルトルのすぐ近く、農地の横に設置した巣箱だった。第一段階の産業として、通常の蜂蜜を作れるか試すために設置したものだ。


「申し訳ありません! 一日に二度見回りを行っていたのですが、その合間に」


 横に立った巡回の領兵が、冬真に向かって蒼い顔で謝罪する。


「誰が犯人かは分かっているの?」

「は。最近ヴィルキアから戻ってきた避難民の一人です。領主様のものだとは知らなかったと」


 冬真は眉を上げた。箱の上部には、これみよがしに、はっきりくっきり冬真の紋章を焼き印してある。

 ゲルトルを振り返る。街壁には、冬真の紋章旗が翻っていた。叙爵されたときに、王国から贈られたものだ。


「苦しい言い訳だね」

「全くですよ」


 吐き捨てるように応えた領兵は、表情に嫌悪を浮かべている。


 食糧事情も改善して、最近は、少しずつ他領に避難していた領民たちがゲルトルへと戻ってきている。しかし、領に留まって復興に尽力した領民たちとの間で、トラブルが頻発していると聞く。


 残っていた領民にしてみれば、自分たちの労苦にタダ乗りされるも同然なので、出戻り領民にわだかまりがあるのは当然だ。しかし一方で、人手が増えてくれないと領主としては困るので、出戻り領民をあからさまに冷遇するわけにもいかない。どう調整すべきかは悩みどころである。


「とりあえず、見逃すわけにはいかないな。領主の紋章が押されたものを破壊したわけだし。処分は追って知らせるから、捕まえておいて」

「はっ!」


 城館に戻った冬真は、執務室に官僚たちを集めた。冬真の紋章入りの箱が破壊された件を話すと、ベルダーン、キュロスたち地元官僚は眉間に皺を寄せている。対照的に、派遣官僚たちは無表情だ。


「ひとまず、この件の処断はベルダーンに任せる。……で、帰還民によって治安が悪化してきているってこの間の会議で議題に上がっていたね?」


 冬真が確認すると、キュロスが頷く。


「はい。農作物の盗難なども増加しています」

「うん。他領から戻ってきた領民たちには、一律に一定期間の労役を課そうと思う。今後、無条件に受け入れることはしない」


 キュロスが目を瞬かせた。


「戻ってきても、盗みなどを働かず、真面目に働いている者もおります。一人の不法行為で全体に責を負わせるのは……」


 冬真は瞬いた。


「いや、今回の件が関係しているわけじゃないよ。ただ、一度は領を出ていった領民たちだろう? 何か不満があったら今後も出ていくはずだ。残っていた領民たちと同様に扱ってほしいというなら、今後はこの領で頑張っていくという覚悟をまずは示してもらおうと思う」

「しかし、領民が領を出て行ったのは、領主が領を十全に守れなかったからですぞ」


 どこか尊大な調子で言うのは、最近は冬真に対する反発を隠さなくなってきた王国からの派遣官僚だ。


「たとえそうでも、復興に寄与しなかった領民については、明確に取り扱い優先順位を下げる。これは論功行賞でもあるからね」

「しかし、労役が課されるとなれば、人が戻りません」


 心配そうに言うのはキュロスである。


「そうかな? 一定期間労役をするだけで、領にとどまった人間と同じ扱いを受けられるようになるわけだから、これは温情だよ。もちろん、労役の間は領から配給を出す。住む場所も準備する。給与は出さないけどね」


 それで納得したのか、キュロスが表情を緩めた。


「何をさせますか?」

「ちょうどいいから、他の町と村の復興に従事してもらおう。希望すれば、労役後にそこへの編入を認める。自分たちが住む場所の整備なら、やりがいがあるだろう?」


 イメージは、復興事業という名の移住体験会である。


「避難民かそうでないかに関わらず、元々の住民でそこでの作業を希望する領民がいるかも調査して、優先的に割り当てるように。もちろん避難していなかった領民には給与を出す。配給対象を分けるのは面倒だから、配給分は給与から差し引いてね」


 力を合わせてその地の復興に当たったという経験があれば、新たな住民として受け入れやすくなるはずだ。


 冬真がこの地にやってきてから、一年と数カ月。

 復興に従事した領民には、少しずつ、住居と農地の再割り当てを行っている。食糧を配給から自由市場に戻すには、領民に十分な貨幣が行きわたらないといけない。


 そのための公共の建設事業である。利用計画の甘い箱物建設が現代日本で揶揄されていた意味を、冬真は領主になって初めて実感を伴って理解した。公共事業とは、領民の中に貨幣という血液を循環させるための輸血なのである。


 領内の建設労役と農作業には、少ないながらも賃金を出すようになった。その代わりに、配給も有料だ。しかし、現在はまだ、自転車操業に近い状態である。他領からの収入を確立するのが喫緊の課題だ。


「この件の指揮はベルダーンに任せる」

「承知しました!」


 青年が嬉しそうに頷く。冬真が自由に動くために、ベルダーンには大量の仕事を任せている。使い勝手が良すぎるのだ。魔法士として力を発揮することもできず、さらに仕事が増えてブラック度が増しているわけだが、ベルダーンは砦にいたころよりも生き生きとしている。


 少し前に、この領に来たことを後悔していないか、ベルダーンに冗談交じりに尋ねてみたことがある。


 ベルダーンとしては、長男のスペアとして一生を生きていくはずだったのが、学んだことを十全に発揮する場所を得ることができて、この上なく充実しているらしい。この青年が冬真の工房取り扱いに代表されるような実力主義を歓迎するのは、能力があっても長男がいる限り上に立つことができない環境への反発なのかもしれない。


 確かに、そのような動機を抱えていなければ、いくら冬真に命を救われたとはいえ、領主教育を受けてもいない新米領主と壊滅した領地の組み合わせに仕官などしないだろう。


 実に素晴らしい青年だ。ぜひとも冬真の代わりにいっぱい働いてもらわなければならない。


* * * *


 かまどの中に、赤々とした炎が躍っていた。上部に置かれた片手鍋の中は、緑の粘性の高そうな、どろりとした液体が満たされている。


 冬真の専用工房の、内庭である。冬真が炉の横にかまどを作っても、プレッタはもう何も言わなかった。言っても無駄だと思ったのかもしれない。


 冬真は、鍋に入っている物体を見て、CMでしか見たことがない某健康にいいという飲み物を思い出した。


 ぐつぐつと煮立って、内庭には何とも言えない甘い匂いと、青臭い匂いが充満している。内庭の隅に立ったプレッタの眉が寄っている。彼女にしてみても、いい匂いとは思えないようだ。


 しばらく煮込んでいると、どういう原理なのか、少しずつ透明度が上がっていく。きれいに透き通ったところで、冬真はかまどから鍋を下ろした。そのままかまどの火を落として、工房の中へと戻る。


 テーブルの上には、あらかじめいくつかの小瓶を用意してあった。ガラスは高級品なので、粘土を焼いたものだ。


「それは、毒薬か?」


 滑らかな動きで鍋の中身を小瓶に移し替えていく冬真に、とうとう我慢できなくなったのか、プレッタが口を開いた。視線は冬真が手にした小瓶に向かっている。


 冬真は噴き出した。


「まさか。その逆だよ。この領を救ってくれる、魔法の薬のはずなんだけど」


 そこで言葉を切って、小瓶を改めて眺める。


「いや、でも、もしかしたらその通りのものになるのかも」


 冬真の頭に浮かぶのは、王国との摩擦を招いた、血の色の希少魔物の革である。

 まずは、本当に効果があるのかをテストしなければならない。それからベルダーンにこっそり相談しよう。


「郊外に行こう。マナを切らす必要があるんだ」


 ショックウェーブを連打するのでいいだろう。ついでに硬直した魔物を狩って行けば、一石二鳥だ。


「荷車を持ってこさせて。多分大量に魔物を狩ることになるから」


* * * *


 城館の官僚用執務室に戻ると、キュロスは呆れ顔になっていた。


「また、今日はずいぶんたくさんの魔物を狩ってくださったようで……」


 領兵たちは、ひっきりなしに荷車を曳いてゲルトルと郊外を往復することになった。途中からは、領民たちも応援に駆り出してくれたようだ。


「まあね。必要があったから」

「この領では、領主の仕事とは狩人のごときものだったのかと錯覚してしまうような働きぶりですな」


 慇懃無礼に派遣官僚が評するのに、ベルダーンと現地官僚が眉を吊り上げる。


「自分でも狩人のほうが向いてるんじゃないかと思うよ」

「とんでもございませんよ! 何を仰ってるんですか!」


 ベルダーンがすぐさま抗議する。冬真は肩を竦めた。


「冗談だよ。ベルダーン、ちょっと話があるんだ。キリが良くなったら、私の執務室に来てもらえるかな?」


 ベルダーンが直ちに立ち上がった。


「うかがいます」

「作業の邪魔をして悪いね」


 どう見ても、何かの書付作業中だった。しかしベルダーンは笑顔で頷く。


「問題ございません」


 ベルダーンの後ろでは、現地官僚も派遣官僚も、興味深そうに冬真たちを見ている。

 そのまま、冬真はベルダーンを自分の執務室に連れて行った。そこには伯爵の格式にふさわしい応接セットもある。


「座って楽にしてくれ」


 そう言って冬真は座ったのだが、ベルダーンは気を付けの姿勢で座って、どこか緊張した様子だ。


「どうしたの?」

「い、いえ、何でも」

「そう? ちょっと相談したいことがあるんだ」

「何でしょうか」


 微妙に返事も固い。


「これなんだけど」


 冬真は、多少の戸惑いとともに、懐から小瓶を三つ取り出した。

 それらを見たベルダーンの表情が、一転して緩む。


「ああ、よかった。まさかミスリル鉱石でも出てくるのかと馬鹿なことを考えてしまいました」

「ははは」


 以前に執務室に引っ張って質問したときのことを思い出したようだ。


 ちなみにミスリル鉱石は、これまた伝説の鉱物に近い――ブラッドベア革と大して変わらない扱いらしい。地中深い銀鉱脈でごくごく稀――十年に一度とか、そんな頻度で少量しか採れないという。


 冬真が見つけたポイントは高マナ濃度地帯で、ミスリル鉱脈が見つかる可能性がある、と話したらベルダーンは絶句していた。


 装備の更新はしないといけないから、いずれは採ってきて見せることになる。しかし、現在優先すべき話題はそれではない。


「左から、領内で取れたただの蜂蜜、ある特定の場所で取れた蜂蜜、私が調合した高マナ回復薬なんだ」

「は?」


 ベルダーンが呆気に取られた顔になる。


「これらを、この領の新しい産業にしたい」

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