第四十九話
「留守居役は、ベルダーンに任せようと思う」
冬真が定例会議で発言すると、そばかすの青年は、瞳に絶望を浮かべた。
「そ、そんな……。私は主君の婚約式を祝えないってことですか!?」
「そうなるね」
冬真は頷いた。
「ベルダーンが一番の適任なんだよ」
婚約式とはいえ、ゲルトルを空にするわけにはいかない。ある程度の家格で、冬真に忠実な人間が残る必要がある。王国から派遣された官僚ともやりとりがある。
この間の外遊は、前伯爵のディレルがその役を引き受けてくれたが、彼は近頃容体が悪く、恒常的に頼りにするのは難しい。
ベルダーンは公爵家家臣子爵家の次男で、身分に問題はなく、公爵領との連絡もスムーズに行える。当人の能力も、砦の第一部隊に配属された、魔法士名門家門出身の生え抜きだ。冬真が留守を任せるのに、これ以上の人材はいない。
グルドハイム公爵家からベルダーン引き抜きの許可が出たときは、冬真は驚いた。いくら本人の希望があるとはいえ、明確な戦力である。子爵家次男ということは、長男に万が一のことがあったときのために、領主教育も受けている。
要するに、これは公爵家から冬真に対する、明確な支援であり配慮なのだ。同時に、公爵領との連携を強化するための一手だろう。配慮に応えるため、町の一つを回復したら、ベルダーンに領地として与えて子爵とすることになっている。
「婚約式後に仕官すればよかった……なんてことだ……」
その素晴らしい人材は、現在、顔を両手で覆って悲痛な声で呻いている。
冬真はその言葉を、聞かなかったことにした。後悔しても、過去は戻らないのである。実に気の毒なことだ。
プレッタとフロイ、砦でベルダーンと部隊を同じくしていた二人は、ベルダーンが冬真の後を子犬のようについてまわっていた姿を知っているので、含み笑いでベルダーンの姿を眺めている。
「あとは、フロイも残ってくれる? ベルダーンの警護がいるから」
冬真が言うと、フロイが片方の眉を上げた。
「待ってくださいよ。そうしたら俺は、祝い酒を飲めないじゃないですか」
「いつも飲んでるし、いいんじゃないかな」
「飲めるほど酒を仕入れてから言ってくださいよ! いいですか、これは全領民の叫びです! 婚約を祝いたいのはヴィルキアの民だけではないんですよ!」
半分くらいは、フロイ個人が酒を飲みたいと言っているように聞こえるが、領主としては、婚約を祝ってくれるというなら、配慮しなければなるまい。
「仕方ないなあ。できる限り仕入れて帰ってくるよ。お祝いだしね」
フロイが得たりと頷く。
「さすが伯爵です」
ベルダーンがそこでがばりと顔を上げた。
「それなら、帰還に合わせてゲルトルでも盛大な祝祭を行いましょう!」
目がきらきらと輝いている。冬真は上体をのけぞらせた。
「『ルキアの矛』の婚約を、ゲルトルの民が祝えないなどありえませんね」
すかさず頷いたのは、最近ベルダーンと同じような尊敬の眼差しで冬真を見るようになったキュロスである。
「えー……」
冬真は渋面になって二人を見返した。二人は臆することなく、冬真に視線で訴えかけてくる。
しばし見合ったのち、折れたのは冬真の方だった。
「分かったよ。手配はまかせる」
冬真はもう二日後には公爵領に発つから、現実的に采配を振るうのは不可能だ。何より、嬉しくもない自分の婚約を祝う采配なんてしたくない。たとえそれが領民のための行事だったとしてもだ。
「あとで予算に関する決裁事項をお持ちします!」
ベルダーンが弾んだ声で言った。
* * * *
婚約式の終わった夜、公爵邸の客室のふかふかの寝台に冬真は身体を投げ出した。疲れ果てている。頬が攣りそうだ。
「婚約か……」
冬真は寝台の天蓋を見つめて呟いた。そこにはギリシャ神話に出てくるような女神の姿と、その足元に赤子を抱くキューピッドのような使徒の姿が描かれている。女神の腕には、化身だという白蛇が巻き付き、使徒が赤子を授けるときに姿を模すという蝶が女神の指先にとまっていた。
婚約式の進行とは、冬真から見れば、結婚式とそう大差ないものだった。
王国官僚と高位貴族の立ち合いの元、誓約文書への署名をして、装飾品――公爵家からは、紋章入りのブローチと、冬真からは、ブラッドベア革のチョーカーの交換。その後、パレード。
署名については、叙爵前から練習はしていたから問題はない。読めるのに書けないのか、とはベルダーンに不思議がられたものだが。その点については、冬真もクソ女神に文句を言いたい。
最もきつかったのは、終始笑顔を保たねばならなかったことだ。内心はどうあれ、晴れの日にそれらしい顔をしていなければ、増長しているだの、公爵家に対する侮辱だとかのそしりは免れない。
冬真は家格も血統もなく、ただ魔力が強いだけの成り上がりである。冬真一人であれば、好きに言えばいいで片がつくのだが、間違いなく負荷はフューリアに行く。
子どものように不貞腐れた態度を取って、未成年の少女に負荷をかけるRPGの主人公。なかなかの格好悪さだ。少なくとも、冬真はそんな主人公を応援したいと思わない。
パレードは、屋根のない豪華な馬車に乗せられて、フューリアと二人でヴィルキア内を一周して連れまわされた。ヴィルキアの大路の左右には人が溢れていた。
冬真は地球のテレビで見かけた、某国の王室パレードの報道を思い出した。アレにそっくりだ。なるほど、公爵家の格は王室と大して変わらない。こんな形で実感するとは思わなかった。自分がその中にいるとは、改めて冗談のようだ。
その後は、公爵家主催のパーティーにフューリアと一緒に出席して、公爵家の従属家門から挨拶を受けた。拷問のような時間だった。上質な酒と食事が振舞われていたようだが、もちろん冬真はそんなものを楽しんでいない。疲労で手を付ける気にもなれなかった。
冬真は、深く息を吐き出した。
傍らで終始、疲れも見せず微笑んでいた少女の姿を思い出す。首には冬真が贈ったチョーカーをつけていた。彼女が自分の婚約者なのだと思うと、妙な気分だ。
全ての儀礼が終わった今も、実感はまるでわかなかった。彼女が成人するまで、あと二年ある。あと二年では、とてもレベル99にはなれない。だから冬真が取れる行動の選択肢は、三つしかない。
結婚をした上で彼女を捨てて地球に戻るのか、それとも結婚をしないで逃げ出して地球に戻るのか。――あるいは行けるところまで、この人生に付き合うのか、だ。
そして、答えは決まっている。冬真はトゥルーエンドを見ると決めたのだ。冬真には、既に領地がある。ベルダーンをはじめとして、付いてきてくれている人がいる。全ての責任を投げ出して地球に帰る。そんな結末を、冬真は自分に許すつもりはない。
「本当に、くそったれなゲームだ」
冬真は呟いて、目を閉じた。
地球に帰るのは、全てのトゥルーエンド条件を満たしてから。もしもそれがかなわないのなら――レベル1からやり直す。
* * * *
礼服姿の冬真がゲルトルの城館を出ると、歓声がさざなみのように広がった。その勢いに、冬真は少しだけのけぞる。
城館前の広場とそこに繋がる大路には、領民たちがぎっしり詰めかけていた。誰もが明るい笑顔を浮かべ、両手に花を抱えている。領民たちの前には領兵たちが等間隔に立って、それ以上前に出ないように抑制していた。既に街の方々からは、賑やかな音楽が響いている。
冬真は咳ばらいをして、城館を振り返った。扉の中から、美しく着飾ったフューリアが姿を見せると、どよめきがうねるように広がる。冬真が差し出した手に捕まって、フューリアは領民たちの前に歩み出る。
「みなに、私の婚約者を紹介する。グルドハイム公爵令嬢、フューリア殿だ。失礼のないように」
冬真が言うと、フューリアが微笑む。
領民たちの顔が、一層輝いた。
「領主様、おめでとうございます!」
一番に叫んだのは、城館で働いてくれている庭師の男だ。そこからは雪崩のように、祝いの言葉が続く。
「フューリア様、よろしくお願いいたします!」
「『ルキアの矛』、万歳!」
領民たちが捧げ持った花を、領兵たちが順繰りに受け取っていく。近郊の花が全滅したのではないかと思うような量だ。
冬真はフューリアをパレード用の馬車に誘導した。ベルダーンはかなり無理を言って領内の工房に馬車を改装させたらしい。曰く、『パレードがないなどありえません』だそうだ。冬真としては、そんなものはいらなかったのだが。本当に。工房も大喜びで用意したというので、咎めるわけにもいかない。
領兵たちが、大路の領民たちを割って、馬車の通る道を空けていく。そこからゆったりと、馬車が動き出す。
「疲れてないかな?ごめんね」
冬真がこっそりと尋ねると、フューリアは満面の笑顔で答える。
「領民たちに祝ってもらえて嬉しいです。さすがはトーマ様です」
当初は、フューリアがゲルトルを訪れる予定はなかったのだが――ベルダーンが、公爵家にゲルトルで祝祭を行うことを伝えたのだ。もちろん、フューリアは当事者の一人であるから、当然の連絡である。
しかしながら、主役の一人であるフューリアに、あわよくば出席してもらいたいという下心つきだったのは明白だ。連絡があったことを伝えてきたブラーフェルは、面白がるような顔だった。冬真はベルダーンに権限を与えたことを、少しだけ後悔した。
それで、フューリアは急遽ゲルトルの祝祭に顔を出してくれることになったのである。まだ未成年であるから、ブラーフェルの付き添いつきだ。ブラーフェルがここに顔を出してしまうと、主役の冬真がかすむので、後の祝宴にだけ出席してもらうことになっている。
「うん、まあ。ヴィルキアとは比較にならないだろうけど、いいところだよ。好きになってもらえたら嬉しいな」
「もちろんです。トーマ様の領地ならば、私の領地でもあるのですから。これからよろしく存じます」
フューリアは笑顔で領民の歓呼に応えている。冬真も微笑んだ。
「ありがとう。よろしくね」
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