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絶望遊戯~ゲーム世界に絶望難易度アビリティをつけて転移した話~  作者: 長月透子
第八章 領都ゲルトル

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第四十七話

 冬真がドランバリエ工房の前で馬車を止めさせると、弾かれたように工房主が中から出てきた。馬車から降りてきた冬真の姿を見て、表情があからさまに輝く。


「ようこそおいでくださいました! お待ちしておりました!」


 勢いよく言って、工房の扉を開けて中に招き入れる。

 冬真は眉を寄せた。確かに冬真は公爵家に紹介された上客だが、以前は、ここまでの熱烈な歓迎ぶりではなかったはずだ。


 中に入って、冬真は顔を強張らせた。以前は忙しく動き回っていた職員の姿がない。奥からの作業音も人の声も聞こえない。どことなく薄暗く、物寂しい雰囲気だ。


 半年の間に、ひどい変わりようである。とても、公爵家に紹介されるような名門工房の姿ではない。

 奥の扉が開いて、ジャロが顔を覗かせた。冬真を見て、こちらも顔を輝かせる。


「……これは、どうしたの?」


 眉を下げた工房長が、口ごもりながら、話し始める。


「それが、実は、旦那様に使用を許可していただいたブラッドベア革が、あの、不正に抜かれたものではないかという調査が入りまして……。旦那様の許可を正式にもらったものだと説明したのです。それなのに、旦那様が不在で確認が取れるまではと、革の仕入れ取引を停止されてしまいました」


 冬真は目を細めた。


 ――なるほど。これはおそらく、冬真に対する意趣返しだ。頭の中には、ヴィルキアで冬真と衝突したムルファスの甥――バラド・グルドハイムの顔が浮かんでいる。


 冬真本人を狙うのは危険だから、冬真と取引をしていた工房を狙ったのだろう。冬真がディルッタ工房を的にしたのと原理は同じだ。社会のひずみは常に最も弱い者へと向かうのである。


「それは、不在にしていて迷惑をかけたね」


 工房長が飛びあがった。


「と、とんでもないです! 伯爵様になられたと伺いました! おめでとうございます」

「ありがとう。それで、どこに説明すればいいかな?」

「それなんですが……。ディルッタ工房とも揉めてまして」


 工房長は弱り切った様子である。

 それもたぶん冬真のせいであろう。しかしそんなことを言う訳にも行かない。


「革の卸元もあっちとべったりで、もうここで工房を続けるのは難しいかと、ジャロとも相談をしてるんです。そこで、旦那様のお膝元で、工房をやらしてもらうわけにはいきませんかね……?」


 冬真は瞬いた。


「俺は領主だから、特別な贔屓はできないよ?」


 そう言うと、工房長は目に見えて落胆の色を浮かべる。


「でも、俺や側近の装備はジャロに作ってもらえたら嬉しいな」


 事実上のお抱え工房宣言である。工房長の顔がぱぁっと明るくなる。


「任せてくだせぇ! 旦那がグレートボアを狩ったとお聞きしました! 是非扱わせてくだせぇ!」


 横から突然アピールを始めたのはジャロだ。先ほどまで肩を落として悄然としていたのに、今はそんなことは忘れたように猛烈な勢いである。冬真は噴き出しそうになった。


「うん、わかった。公爵閣下に話をするから、少しだけ待っててね」


 冬真は懐から、財布を取りだした。そのままテーブルに置く。


「とりあえず、これでしのいでてもらえる?」

「ありがとうございます!」


 工房長がぺこぺこと頭を下げた。現在の窮状は冬真のせいなので、そんな風にかしこまられたら、申し訳ない気持ちになるのだが。


 皮革工房は、いくつかゲルトルにもある。工房長や職人が戦死したり離散したりしてはいるが、弟子が残って細々と活動している。


 領主としては、領民がやってきた工房を支援すべきなのかもしれない。しかし、試しにグレートボア革を扱わせてみたのだが、目を覆うような出来上がりだった。とても任せられない。


 それに、既存の工房ばかりを優遇していたら、新しい技術は入ってこない。停滞するばかりだ。――技術力が確かであれば、領主お抱えになれる。ジャロとドランバリエ工房は、そのシンボルとして、優れた職人を領地に引き込む呼び水になるだろう。


 工房長から話を聞いている最中はバラドに対して苛立ちがわいていたが、こうなれば、むしろ冬真は感謝すべきかもしれない。


* * * *


 応接室に姿を現したグルドハイム公爵家嫡子ブラーフェルが、冬真に親し気に微笑みかけた。


「二日ぶりだね。どうしたのかな。婚約式の手配に、何か問題があった?」


 グルドハイム公爵家本邸である。ブラーフェルとは、ムルファスとの会談後にそのまま会っている。そこで婚約式の日取りやら、概要を決めたのだ。

 お互い椅子に落ち着いてから、冬真は切り出した。


「いや、別件だよ。公爵家としての意見を聞いておきたい案件があるんだ」

「ほう?」


 首を傾げるブラーフェルに、まずはテーブルに置いていた羊皮紙の束を押し出す。


「ルーデンから、砦に、俺に仕官したいという希望者がいるって聞いたんだ」

「ああ……君は大変な人気だからね、『ルキアの矛』」


 冬真は顔をしかめた。この男は、冬真が二つ名を嫌がっているのを知っていて、時々こうして揶揄うのである。


「で、公爵家として、俺が連れて行っても問題が起きない人材かどうか判断してほしい」

「なるほど。厄介者を選別しろと?」

「逆だよ。公爵家が手放したくない人材は抜いてほしい」


 ブラーフェルが軽く目を瞠った。ついで、低く笑う。


「君こそ、私の側近になってほしかったのだがな」


 冬真は肩を竦めた。王国伯爵よりそっちのほうが、ずっと責任が少なくて楽そうだ。


「世の中はいつだって思うようには転がらないんだよ」

「違いない。この件は引き取ろう。急ぎだろう? 明日には選別した状態で届けさせる」

「助かる」


 何人に許可が下りるのかは分からないが、面談もせずに領地に連れていく判断をするわけにもいかない。かなりギリギリのスケジュールである。


「用件はこれだけか?」

「いや、あと一つ。皮革工房を一つ、うちの領地に連れて行きたいんだ」

「ほう?」


 ブラーフェルの瞳がきらりと光った。工房と職人は領地の資産だ。


「どこの工房だ?」

「ドランバリエ工房」


 ブラーフェルが怪訝そうな顔になる。


「名門ではないか。まさかと思うが、君、勧誘したのか?」

「まさか。向こうから、移転したいと相談されたんだよ」

「ほう? またどうしてだ?」

「他の工房や革の卸元と揉めてるらしい」


 ブラーフェルの眉がはっきりと寄った。


「なんだと? 報告は上がっていないぞ。詳細を知っているのか?」

「当事者の一方からしか聞いてないけど」


 冬真が前置きしてドランバリエ工房から聞いた話をすると、終わるころには、ブラーフェルは完全な渋面になっていた。当然冬真とバラドの摩擦を聞いているだろうから、よほどの愚か者でない限りは事情を察することができるはずだ。


「なるほど……。で、工房側はゲルトルへの移転を希望しているのだな?」

「うん。俺としても、俺の素材が発端だからね。職人の腕も気に入っているし、公爵家が許可してくれるなら、受け入れたいと思っているよ」

「……現実に、ヴィルキアで経営が難しくなっていて他の領に移動をしたいというのを、無理に止めるわけには行くまい。領主だからといって、職人に野垂れ死ねとは言えない」


 ブラーフェルはそう口にしながらも、難しい顔だ。


「この件については、父上の裁可が必要だ。おそらくだが、婚約の前祝いのような形での移動になるだろう」


 工房同士、卸元のトラブルで名門工房が移転とあっては、公爵家の統治失敗となってしまう。公爵家の面目を保った上で、冬真が後見である公爵領から名門工房を引き抜いたとか、そんな風評が飛ぶのを防ぐための名目づくりだ。


「承知した。公爵閣下によろしく伝えてほしい」

「ああ。ところで、トーマ殿はこの後は時間があるか?」


 冬真は首を傾げた。


「うん。特に予定はないよ」

「それはよかった」


 ブラーフェルがにこりと笑った。


「先日は、私との話が長引いて、フューリアとほとんど話せなかっただろう? 後からずいぶん恨み言を言われてな。今日はゆっくり話して行ってくれ」


 どうやら、冬真に拒否権はないらしい。


* * * *


 美しい花々の咲き乱れるグルドハイム公爵家庭園の東屋で、少女が、少しだけ吊り上がった眼を柔らかく細めて、微笑んでいる。


「トーマ様、またお会いできて嬉しいです」

「うん、二日ぶりだね」


 二日前は、本当に、一瞬顔を合わせただけだ。特に約束もしていなかったし、夜更けに未成年の令嬢と会話するのも気が引けたので、挨拶だけで辞去したのだ。


「今日は私、トーマ様にお渡ししたいものがありますの」


 冬真が椅子に座るのが待ちきれなかったように、フューリアが切り出した。


「何?」


 フューリアが片手を上げて合図をすると、横に控えていた侍女が進み出て、細長い木箱を差し出した。

 期待に満ちた眼差しを見れば、何をすればいいかは言われなくとも分かった。


「開けていいの?」

「もちろんです」


 冬真は、慎重な手つきで蓋を持ちあげる。


「これは……剣帯?」


 使われているのは、ジャイアントベアの革だろうか。金の留め具には、冬真の紋章となった炎と矛が象られている。


「トーマ様が普段から使われる物をお贈りしたかったのです」


 そう言って、フューリアはにこにこ微笑んでいる。


「ありがとう。すごく気に入ったよ」


 答えながら、冬真は背中が冷たくなるのを感じていた。


 ――どうしよう。冬真は何も用意していない。この世界の常識は分からないが、婚約者に内定して半年も経っているのだから、贈り物くらい用意するのが当たり前だったのではないだろうか。


 女性と付き合ったこともない冬真に、そんな常識などを期待されても困るのだが。ここ数カ月、領地のために忙しく駆けずり回っていたし。しかし、そんなことは、婚約者を前にして口に出せるものではない。


「そう仰っていただけて、嬉しいですわ」


 フューリアは何かを期待しているような素振りは見せないが、三カ月後の婚約式までには、何かを考えなくては。冬真は心に刻んだ。ゲルトルに帰ったらディレルに相談である。

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