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絶望遊戯~ゲーム世界に絶望難易度アビリティをつけて転移した話~  作者: 長月透子
第七章 王都ヒャルタ

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第三十九話

 開け放たれた扉の向こうからは、歓声が押し寄せてくる。その歓声にも負けない、朗々とした声が響き渡った。


「青! ヴィルキアにてブラッドベア討伐を成し遂げた『ルキアの矛』、トーマ・アイザー殿!」


 不快な呼び名に、冬真は一瞬だけ顔を強張らせた。


 ブラーフェルから話を聞いた後、フロイとプレッタに確認すると、二人も冬真がそう呼ばれ始めていることは知っていた。しかし当然冬真が承知しているだろうと思っていたし、特におかしな名前でもなかったので、話題にはしなかったらしい。なんということだ。


 従僕が開いている扉を抜けて外に出ると、中天を過ぎて傾きかけた日差しと、唸るような大歓声が冬真を押し包んだ。ローブの上に、斜めに青のサッシュをかけている。


 横のスペースには、既に対戦相手の魔法士が立っていた。こちらは赤いサッシュだ。冬真とほとんど変わらないような年齢の若い男で、探るような視線を冬真に向けている。鉱山都市スヨーラの領主お抱えの魔法士だそうだ。


 32人の出場者中、12人が宮廷魔法士、16人が貴族からの推薦。残り4人が、宮廷魔法士の下位組織である、王都魔法師団からの選抜なのだという。完全なトーナメント形式ではない。序列に従って、8試合ずつ3回の予選が行われ、本選出場者8人が決定する。


 第一回戦は、貴族推薦枠の16人同士の対戦だ。メインディッシュである、中央の魔法士たちの登場前に場を盛り上げる前菜だ。


 冬真がこの武闘会で使うのは、フレアウォールまでである。それも一試合一回までだ。あとは、マナ回復に必要と思われる間をおいて、ファイアーボールのみを使う。


 中央の魔法士の格がどの程度かはブラーフェルに聞いてある。宮廷魔法士の上位数名が、フレアウォールを使えるという。ホーミングフレアは、宮廷魔法士のトップが使えることで有名らしい。フレアネットは、おとぎ話に出てくる、伝説の大魔法士クラスの魔法だそうだ。


「トーマ殿がブラッドベア討伐時にフレアネットを使ったというのは、既にヴィルキアの民と兵の間では伝説に近い形で語られつつある。中央はグルドハイムが誇張して流した話程度に聞いている可能性もあるが、注意が必要かもしれない」とは、ブラーフェルの言葉である。


 広い場所に点々と配置されたデコイを眺めて、冬真は唇を持ち上げた。

 まったく、面倒なことになったものだ。しかし、意外なほど、陰鬱な気持ちにはなっていない。ルールが決まっているなら、それに動けばいいだけだから、気が楽だ。


 ――それに。

 控室に向かう前に別れた、フューリアの少し幼い顔を思いだす。やはり、自分を慕ってくれる相手がいるのは、嬉しいものである。それが能力を目当てにしたものであったとしても、やはり期待には応えたいと思ってしまう。


 冬真はロリコンではないが、朴念仁ではないので。フューリアがいる世界に慣れてしまったら、地球に戻った時に、味気なく感じてしまうかもしれない。それが、この世界の罠だとしたら最悪だ。


「始め!」

「フレアウォール」

「ファイアーボール」


 赤側のファイアーボールが持ち上がるよりも早く、青側の巨大な炎の壁が立ち上がって、デコイを端から舐める。赤いサッシュを纏った魔法使いが、大きく身体を揺らすのが見えた。


 第一回戦で見られるとは思わなかった派手な魔法に触発されたのか、大歓声がうねるように湧き出して、闘技会場に降り注ぐ。


 ――せいぜい、張りぼての英雄と言われない程度には、実力を示してやろうではないか。


* * * *


 公爵家のために誂えられた、高座の観覧席に案内されて行くと、フューリアが笑顔で立ち上がった。


「トーマ様、お疲れさまでした」


 冬真は肩を竦めた。


「大して疲れてないけどね」


 地上では予選の二回戦が進行している。一回戦で勝ち抜いた貴族推薦の魔法士と、中央の下位魔法士との対戦だそうだ。本来は冬真も出場するはずだったのだが、一回戦を勝利したところで、予選の残りの試合はなしで本選出場することになったのだ。


「このままでは、一日目の話題と見せ場を全てトーマ殿に持っていかれてしまうからな。止むをえまい」


 フューリアの横で頷いているのはブラーフェルだ。公爵夫妻は観覧していない。自領の英雄が初日で負けるはずがないという信頼を示すのも大事だそうだ。運動会の観覧に来る保護者でもあるまいし、冬真としても、誰に見られていなくとも全く構わない。ブラーフェルの夫人が、冬真に微笑を浮かべて会釈した。


 各部門の予選試合、本選試合はそれぞれ一日ずつ。そして、各部門の上位4人による総合部門の試合が最終日に行われる。全部で七日間の進行だ。そして、そのあとで武闘会の入賞者を称えるパーティーと、冬真の叙爵式、そのあとはまたパーティーがある。最後に、ルキア教団の枢機卿に対して表敬訪問。


 過密気味にスケジュールをこなしても、ヴィルキアと王都の往復を考えると、二十日近くかかるイベントだ。


 期間中の滞在先は公爵邸の客室である。おかげで豪華な調度にも目が慣れてきた。困るのは、ベッドが柔らかいことと、料理が美味であることだ。これに慣れてしまったら、もとの生活に戻るのが苦痛になるかもしれない。


 ブラーフェルが侍従に合図をすると、冬真の席もフューリアの横に用意される。冬真は遠慮することなくそこに座った。


 観覧席とは言っても、厳密に壁で区切られているわけではない。二つ以上離れた貴族席同士は、互いに様子が見える。控えめながらも、他の観覧席からの視線が突き刺さるようだ。


「ひとまず、我が領の面目は保たれたようだ」


 ブラーフェルが笑みを浮かべて、呟くように言った。


「それはよかった」


 あとは、立派に負けるだけである。決して力を抜いていると悟られずに。そのために、冬真は地上の競技に見入った。


* * * *


 控室に響く闘技場の歓声は、初日に勝るとも劣らない。よくも毎日飽きないものだと思うが、娯楽の少ない時代であれば、このような催しは民衆にとっては貴重なのかもしれない。


 冬真は、従僕の案内した席に、静かに腰を下ろした。

 やはり、冬真の席は控室の中央だ。周囲からは、初日と同じように視線が集中している。しかし、初日と違うのは、そこには明確な畏怖と反感が入り混じっていることだ。

 そのまま、目の前の大きな窓から試合の進行を眺めて過ごす。


「失礼、トーマ・アイザー殿」


 横から声をかけてきた男に、トーマは視線だけを向けた。三十半ばくらいだろうか。がっしりとした体格で、大会の規格装備が、心なし小さく見える。短い金髪を後ろに撫でつけて、髭もきれいに剃っている。


「貴公とこのあと対戦させていただくグラーゲル・バルトルだ。ヴィルキアの英雄である『ルキアの矛』と手合わせできるとは光栄だ。見知りおきいただきたい」


 確か、中央の男爵家次男という話だった。冬真に気に入られて、あわよくば取り立ててもらいたいということだろう。こうして控室で話しかけられるのは初めてのことだ。初日のフレアウォールは余程印象的だったらしい。


「よろしく」


 冬真が軽く頷くと、反応の薄さに、グラーゲルは少しだけ残念そうな顔で戻っていく。誰かが鼻を鳴らす音が聞こえたが、冬真は無視した。どうでもいい。


 しばらくして、従僕が冬真を呼びにやってくる。

 名前を呼ばれて歩み出た競技場の向こうには、既にグラーゲルが立っていた。手には、刃を潰した槍を持っている。距離は十メートルほどだろうか。冬真は、示されたラインまで歩み出る。


「始め!」


 号令と共に、グラーゲルが弾かれたように前に出る。冬真は動かない。


「ヘイスト」

「ハイヘイスト」


 走りながらの身体速度増加呪文に、冬真もより高位の身体速度増加呪文を唱える。これは能力値を60%増加させる魔法だ。魔力60、フレアウォールと同時に覚える。メガ系強化呪文はフレアネットよりも上の難易度なので、こんなところで見せるわけにはいかないから、これが上限だ。


「パワー」

「ハイパワー」

「デクスタリティ」

「ハイデクスタリティ」


 必殺の表情で、グラーゲルが槍を突きこんでくる。冬真は、刃を潰した剣で、槍先を払った。


「ご存じないかもしれないが、身体強化系の魔法は、元の能力が高くないと、効果が低いのですよ!」


 そう叫びながら、グラーゲルの再びの突き。


 冬真は微笑んだ。グラーゲルがそう言いたくなるのはもっともだ。冬真とグラーゲルでは、体格や筋肉の付き方に、明らかな違いがある。彼の目には――誰の目にも、グラーゲルが子どもの手を捻るように、冬真を簡単に倒せるように見えるはずだ。冬真は、魔法士の癖に近接兵の領分を犯した愚か者なのである。


「もちろん知ってるよ。たぶん、ここにいる誰よりもね」


 しかし、残念ながら、冬真の見かけと能力値は連動していない。


 地を蹴る。槍先を僅かにかわして、剣を一閃する。鈍い手応え。少し遅れて響き渡る、衝突音。

 冬真は、顔をしかめた。――力加減を、少し間違えたかもしれない。一応、殺さないように剣の平で打ったつもりだったのだが。


 グラーゲルは、闘技場の壁まで吹っ飛んでいる。――強化魔法を使わずに戦いたいところだが、手を抜いていると咎められる可能性がある。しかも、魔法強化なしの素の能力を見せたら、面倒な中央からの抱き込み工作を招きかねない。それはよろしくない。


 あとで、グラーゲルにはハイヒールを使ってやろう。


 一瞬の、水を打ったような静寂ののちの、大歓声。近接部門の予選一回戦最終試合は、圧倒的な力量差を見せつける形で終幕したのだった。

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