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絶望遊戯~ゲーム世界に絶望難易度アビリティをつけて転移した話~  作者: 長月透子
第六章 ヴィルキア砦

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第三十五話

 冬真から呼びつけられて、ブラッドベア革の抜き取りと、最終的な顛末を聞いたフロイは呆れた顔だった。


「お前、本当に怖いもの知らずだよな」


 冬真は肩を竦めた。


「そうかな? そうかもね」


 冬真としては、譲れない線を突き詰めただけだ。


 最初はミスだったかもしれないが、処罰がないままでは舐められる。そして、確実にエスカレートしていく。工房を流通から切り離した理由も同じだ。冬真の素材を不正に使って得をした前例を許容したら、次が出てしまう。


 冬真の目的は、死なずに生き抜くことではない。魔王を倒すことだ。邪魔になりうる要素は、できる限り排除する。もしも公爵と決裂して、最悪殺されたとしても、冬真はまたここに戻ってこられる。


 ――その時は、グルドハイム公爵家勢力を最初から敵と認識して動くことになる。


「それで、素材の流通を任せる人がほしいんだよね。フロイが苦手なら誰か探してきてくれない?」


 フロイはますます呆れた顔になる。


「当てがないのに権限を分捕ったのか?誰かに任せたら、また横流しが発生するかもしれないぞ」

「そしたら処断すればいいだけだよ。大事なのは、俺に調査と処罰の権限があることだから」


 慣例とかいう、再発を防止する思考放棄の言い訳をなくすことが最も大事だ。


「ちなみに俺が横流ししたらどうするつもりだよ?」


 冬真はじっとフロイを見つめた。フロイが身体を揺らす。


「答えが必要?」

「い……いや、いい。お前、時々すごくお貴族様らしいよな」

「そう?」


 礼節は苦手だ。


「ま、人はお前の名前で商業ギルドに紹介してもらって、雇えばいいだろ。それより、お貴族どもの当たりがきつくなるかもしれないぞ。そっちは俺にはどうにもできないからな」


 冬真は、頭の中に、ここ一カ月ほど夕食を一緒に食べている少女の顔を思い浮かべた。


「むしろ、助かるかな」


 フロイが眉を寄せた。


「あん?」

「グルドハイム公爵は、俺に三人の誰かと結婚してほしいらしいよ」


 フューリアが冬真に対して反感を持ってくれれば、結婚話の抑止方向に進むだろう。これ以上個人的にアピールしない方向に行ってくれるならありがたい。


 冬真とて他人の努力を無にするのは心苦しいし、無駄な努力だと伝えたい気持ちはある。しかし、表立って言うわけにもいかないし、家の都合なら言ったところで聞かないだろう。


 フロイが曖昧に笑う。


「あー、そうなんだろうなとは思ってたけどな。するつもり、なさそうだよな? 原因はプレッタ……じゃ、ないよな」


 冬真は苦笑した。


「そういうのじゃないよ」

「じゃあなんでだ? すっごくイイ話に聞こえるけどな?」


 この世界の常識から言ったらそうなんだろう。


 地球では、モテなどとは無縁だった冬真だ。ゲームだから、恩恵と割り切って結婚する手もある。超越した力に、身分のある妻。性欲のない世界であっても、魅力的なシチュエーションだ。


 ――その先に待っている、面倒な状況が見えてさえいなければ。公爵の目的は、情を手綱にした冬真の管理と飼い殺しだ。いずれも、魔王討伐には明確な邪魔である。


「俺に使命がなければ、そうだったんだけどね」


 死に戻りなんていうシステムがなければ。地球に戻れるという確信がなければ、あるいは冬真は公爵の申し出に飛びついていたかもしれない。


 しかし、冬真は、この世界に閉じ込められるなんてごめんなのだ。地球に戻る前提の結婚展開には、トゥルーエンド感が全くない。冬真自身、そんなゲームをしたら、この主人公はクソだな、という感想以外浮かばないだろう。


「難儀な奴だな……。よし、じゃあお前の幸せのためにも、さっさと魔物を狩ろうぜ」


 フロイがにやりと笑う。彼にも、冬真の使命は魔物を大量に倒すことだと話してある。冬真がいずれ自分の国に帰ることも。公爵に話している以上、いずれ耳に入る可能性がある。無駄な不信の芽は、残さないほうがいい。


 その際フロイが返したのは、「まずはその時まで生き残らないといけないな」という、なんとも傭兵らしい反応だった。


* * * *


 結果として、フロイと冬真の予想は裏切られた。冬真にとっては良くない方向に振り切れたと言ってもいい。


 夕食をぜひともご一緒したい、というフューリアからの伝言が届いたのは、昼過ぎのことだ。冬真は承諾した。


 いつも夕食を士官食堂で一緒に食べているのに、今日に限ってわざわざ伝言をしてきたというのは、それだけ話したいことがあるからだろう。


 その後、訓練場で汗を流していたら、ベルダーンがやってきた。ローブ姿ではなく、グルドハイム公爵がいつも着ているような、中世ファンタジーの貴族っぽい服を着こんでいる。


「部屋にいらっしゃらないと思ったら……。もう支度をしないと間に合いませんよ!」

「支度って?」

「フューリア様に夕食にご招待されているんでしょう?さあ、お早く!」


 そう言って、急き立てるように部屋に戻らされて、渡されたのは新品の服だった。ベルダーンが着ているのと似たような礼服だ。


 苦労して着付けして――悪戦苦闘していたら、入室してきたベルダーンが手伝ってくれた――迎えに来ていた、豪華な作りの馬車に押し込まれた。

 その頃には、冬真は、自分がとんだ判断ミスをしたことを悟っていた。


 そして、今。目の前のテーブルには、この世界で初めて見るような豪華な食事が並んでいた。


「トーマ様は、何がお好みですか?」


 向かいの席には、満面の笑顔のフューリアが座る。左右にも微笑むラリエットとミラーナが座っている。冬真の横にはベルダーン。


 ベルダーンと反対側の斜め前には、ムルファスの長男でフューリアの兄だと言うブラーフェル。その向かい、冬真の横にはブラーフェルの夫人が座っている。ブラーフェルの夫人の向こうにはムルファス、その向かい、ブラーフェルの隣に座るのが公爵夫人だ。


 ふんだんに置かれた銀の燭台が、高価な調度品でいっぱいの部屋の中を華やかに照らし出していた。グルドハイム公爵家本邸の、正餐室である。


 左右にきれいにセットされたフォークとナイフを見たときには、冬真は開き直ることにした。


 どうせ細かい礼儀作法など、分かりようもない。堂々と振る舞うのが一番だ。どうしてもわからなければベルダーンに尋ねればいい。その時の反応で、公爵家の意向も知れるというもの。


「正直に言って、食べたことのないようなものばかりだから分からないな」


 公爵夫妻もその嫡子も、貴族的な微笑みを変えなかった。三人とも、目が笑っていないので迫力がある。少なくとも、冬真に対する侮りは表情には浮かばなかった。


「それでは今日は動けなくなるまで食べていただかなくては。いずれも当家自慢の料理人による品だ」


 後を引き取ったのはブラーフェルだ。


「トーマ殿の話は、父と妹から聞いて、是非お会いしてみたいと思っていたのだ。特にフューリアがうるさくてな」

「お兄さま!」


 フューリアが可愛らしく唇を尖らせる。


「ブラッドベア討伐とはすばらしい功績だ。貴公には、私も公爵家嫡子として礼を言いたい。おかげで、民を喪わずに済んだ」

「……恐縮だ」


 敬語を使いたくなるのを、冬真はぎりぎりで堪えた。こういう席は不得手である。敵意を露わにしてくれたほうが、よっぽどやりやすい。


「そして、個人的にも礼を言わせていただこう」


 冬真が首を傾げる。


「実は、ブラッドベアは当家にとっては仇敵なのだ」


 そこでブラーフェルが一度言葉を切った。


「……私には弟がいた。フューリアにとっては兄だな。優秀な魔法士だったが、五年前の防衛戦で、ブラッドベア襲撃に居合わせて命を落とした」


 誰もが微笑みを消して、沈痛な面持ちになっている。


「……そのブラッドベアは?」


 ブラーフェルが皮肉な笑いを浮かべる。


「殺戮を尽くして戻っていった。その個体と、今回の個体が同一かは分からぬが、当家としては冬真殿に最大限感謝している。これはそれをお伝えする席だと思っていただきたい」


 冬真はどんな表情を浮かべるのが正解か分からなかった。誇るのは違う。しかし、顔も知らない相手を悼むのも違う。だから冬真は表情を動かさずに頷いた。


「承知した」


 ブラーフェルの眉が上がる。面白がるような表情になっている。


「トーマ殿は、こういう席に参加することもこれから珍しくはなくなるだろう。当家は力になるのを惜しまないぞ」

「あまり得意じゃないんだけど」


 ブラーフェルが笑った。


「仕方がない。力がある者には、否応なく人が引き寄せられるものなのだ」

「お兄さまばかりお話していてずるいですわ。せっかくトーマ様をお呼びしたんですから、私ともお話させてくださいませ」

「これからいくらでも呼べばよい。父上もお許しくださるだろう」


 ムルファスは、微笑むだけで否定しない。


「嬉しいですわ! トーマ様をずっとお招きしたいと思っておりましたのよ」

「トーマ殿も、いらしてくれるだろう?」


 ブラーフェルが、ダメ押しのように聞いてくる。フューリア、ミラーナ、ラリエット、ベルダーンはきらきらとした目で冬真を見つめている。


「……、予定のない日であれば」


 冬真は、不承不承、そう答えるしかなかった。


* * * *


 月明かりの下で、美しい花が咲き乱れる庭園が静かにたたずんでいる。


「本日はありがとうございました。気疲れなさったのではありませんか?」


 冬真の横を歩くフューリアが言う。晩餐会が終わって、庭園への散歩に誘われたのだ。ここまで来たら、散歩をするもしないも同じだ。穏便に終わらせた方がいい。


「正直に言えばね」


 気疲ればかりだ。


 公爵家の人々は、冬真に対する敵意を一切示さなかった。敬語は使わないし、自分でも不遜な若造だと思うのだが。公爵夫人ですら、眉をひそめたりとかそういった仕草を見せなかったのは、素直に感心するほかない。ずいぶん統制が取れている。バラドのような直情径行タイプはいないらしい。


「ふふ、正直に言えば、お怒りじゃないか不安だったのです」


 冬真は眉を上げた。


「俺が?」

「バラドお兄さまが、随分失礼なことを言ったと伺いましたので」


 そこでフューリアが悪戯っぽく微笑む。


「それで、お父さまとお兄さまにトーマ様をお招きしてお詫びしたいと、強引におねだりしてしまいました」


 冬真にとってはむしろそちらのほうが迷惑だったが、まさかそのまま言うわけにもいかない。


「……フューリアこそ、俺に反感はないの?」


 今度はフューリアが眉を上げた。


「私がですか?」

「俺のせいで、君の従兄が職を失ったわけだけど」


 あえて、冬真は直球を投げた。フューリアは首を傾げる。


「お兄さまの処分はお父さまの判断です。トーマ様のせいではありませんわ」


 特に装っている様子はない。冬真は肩の力を抜いた。


「それならいいんだ」


 やはり、部隊のメンバーに敵意を持たれたらやりにくい。


「私、トーマ様に嫁ぎたいです」


 一瞬の間隙を突いた言葉だった。思わず冬真は足を止める。フューリアも足を止めて、冬真に向き合う。翡翠の瞳は、どこまでも真摯だった。

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