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絶望遊戯~ゲーム世界に絶望難易度アビリティをつけて転移した話~  作者: 長月透子
第六章 ヴィルキア砦

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第三十三話

 司令官室に座ったルーデンは、疲れた顔だった。


「トーマ殿か。どうした?」


 机の上には様々な書類が積み重なっていた。第一部隊――第一壁面の防衛総指揮官という立場では、ブラッドベアによる壊滅的な被害が出た後の再編成、訓練、新兵充当計画など、頭の痛い問題ばかりだろう。


 しかも冬真などという、狩り部隊再編成やら前哨基地建設やら、今やらなければいけないことか? と言いたいような事案を、領主である公爵経由で拙速に持ち込んでくる人間までいる。


 冬真がルーデンの立場だったら、とても冬真を好意的に見ることはできない。しかしルーデンは、冬真に向かって嫌な顔をしたことはない。終始協力的だ。


「都市の工房が、素材を詐称している疑いがあるんだ。どこに持ち込むべき案件かな」


 ルーデンの眉が寄る。


「なんだと?どこの工房だ」

「ディルッタ工房」


 ルーデンの表情が拍子抜けしたものになる。


「なんだ、名門工房ではないか。トーマ殿はご存じないかもしれないが、グルドハイム公爵家と取引している工房だぞ。おそらくそれは詐称ではなく、本物であろう。伝手を使って手に入れたものだ」

「それは確かなことかな」


 ルーデンの眉が不快そうに寄った。


「そう言っている」

「ではなおさら問題だ」


 言い切った冬真を不審そうに見上げたルーデンの表情が、一段険しくなる。


「……まさか」

「ブラッドベア革の手袋を製作しているそうだよ。おかしなことだ。俺が製作を依頼したのはドランバリエ工房なんだけど」

「ドランバリエ工房から流れた可能性は?」

「ない。端切れの量も適正だった」


 深いため息が、ルーデンの口から洩れた。


「……一応確認するが、トーマ殿の管理は」

「俺が受領したときに大きさは量ってあるよ。そこからドランバリエ工房に渡した分以外は減っていない」


 ルーデンの表情がこの上なく苦々しいものになる。


「……公爵閣下がトーマ殿の功績を軽んじる意図や指示がなかったことは、私が保証する」

「それは疑っていない。ただ、この件をそのまま見過ごすつもりはない」


 冬真は無表情にルーデンを見つめる。


「当然のことだ」


 ルーデンは重々しく頷いた。


「この件は私が預かる。徹底的な調査を行うことを約束する」


 冬真は頷いた。


* * * *


 燃え盛る火の球が眼前に迫る。冬真は手袋でそれを打ち払った。熱が腕を炙る。文字通り焼けつく痛みに、思わず顔が歪んだ。


「だ、大丈夫ですか?」


 離れた場所で青い顔をしているのは、訓練に協力してくれた魔法士だ。火球を冬真に向かって撃て、と言ったときの顔ときたら、まるで死刑宣告でもされたかのような表情だった。決して咎めないから、と重ねて説得して、なんとか撃ってもらったのである。


「うん、大丈夫だよ」


 手袋を見る。燃えていない。熱もほとんど伝わらなかった。手袋を脱いでも、その下の手は無傷だ。一方で、手袋に覆われていない腕の部分は、真っ赤になって火傷状態になっている。

 十分な性能と言える。冬真は口角を持ち上げた。


「ハイヒール」


 唱えれば、あっという間に腕は元の状態に戻る。痛みもなくなる。魔法士がほっとした顔になる。


「ありがとう。参考になったよ。じゃあ、次はショットバレットをいいかな?」


 衝撃弾はどの程度効果を軽減できるだろうか。遅延秒数の検証だ。


* * * *


 士官食堂で食事を取っていると、向かいに盆が置かれた。着席するのは当然ながらフューリアだ。

 今では冬真の向かいは彼女の定位置になっていて、空いていても誰もその席には座らない。


「トーマ様、お疲れ様です」


 いつものように、フューリアが滑らかに挨拶をする。


「うん、フューリアもお疲れ」


 冬真は色々と話しかけてくるフューリアに、必要最低限の返答しかしないが、それでも彼女が気を悪くした様子はない。めげない、と言ってもいい。


「フューリアに、訊きたいことがあるんだけど」


 珍しく冬真から切り出すと、フューリアが嬉しそうに首を傾げた。


「何でしょう」

「バラド殿って、フューリアの親戚?」


 意外な質問だったのか、翡翠の瞳がぱちぱちと瞬いた。


「バラドお兄さまですか?」

「お兄さま?公爵閣下の息子?」

「バラドお兄さまは、従兄です。お父さまの弟、ラドミール叔父様のご長男ですわ」


 叔父の名前までは興味がなかったのだが、フューリアは熱心に教えてくれる。


「そうなんだ。どんな方なのかな?」


 ブラッドベア革の横領で、真っ先に冬真の頭に浮かんだのはバラドである。冬真にあからさまな反感を向けていた。


「真面目な方です。一族への忠誠心が高くて。私もよくお小言を言われますのよ。お父さまの評価も高かったと思います」

「へえ」


 意外だ。冬真の印象とは乖離しているが、冬真に対しての当たりがきつかったのは、一族への忠誠心由来か。それなら公爵の副官という立場もおかしくはない。砦の物資を横領して、私腹を肥やすというような人物ではなさそうだ。

 そうすると、主犯はバラドではないのかもしれない。


「その、ラドミール叔父様という方はこの都市にはいないの?」

「もちろん、いらっしゃいます。後方支援ですから、トーマ様がお会いしたことはないのかもしれませんね。物資の管理を総括しておいでだと聞いています」

「そうなんだね。教えてくれてありがとう」


 冬真の礼に、フューリアが一層の笑顔になる。


「お役に立てて嬉しいですわ」


 それを眺めながら、冬真は内心で独り言ちていた。

 ――やはり、一番怪しい。


* * * *


 冬真が貴賓用応接室に呼ばれたのは、ルーデンに報告を上げてから四日後のことだった。


 テーブルの上には格調高い装飾と刺繍を施された、血の色をした手袋が、一セット揃えて置かれていた。

 ソファーには既にムルファスが座って待っている。


「時間を取っていただいて感謝します」


 挨拶を切り出したのは、ムルファスの背後に控えた、無表情のバラドだ。初対面とは打って変わって、丁重な態度だ。


「どうぞ、お座りください」


 促されて、冬真は着席した。


「それでは、調査内容をご報告します。手違いで、トーマ殿の恩賞として与えられるべきブラッドベア革が、一部別ルートに流通しておりました」


 冬真は眉を上げた。


「手違い?」

「はい。慣例として、高級素材は、領主などへの献上用として扱われます。今回も、砦の職員が、領主であるグルドハイム公爵閣下に献上するための手袋を製作するという認識で切り取っておりました」


 冬真は目を細めた。それを防ぐための交渉だったはずだ。


「それを、信じろと?」

「事実ですので」


 バラドは一切の感情を揺らさない。


「つまり、ここでは、領主である公爵閣下に交渉をしても意味はなく、実務関係者に話を通さないと、まともに恩賞を受けることもできないと言っているように聞こえるね」


 バラドが身体を揺らした。ぎゅっと唇を引き結ぶ。


「その通りだ。領主として、総指揮官として恥じ入る他はないな」


 重々しい声で、後を引き取ったのは、ソファーに座る公爵その人である。


「総指揮官!」


 バラドが目を剥いた。ここまでは、ムルファスの謝罪を避けるための副官の代弁だったのだろう。実は一度たりとも、バラドは謝罪をしていないわけだが。


「そうだね。では補償をいただく」


 冬真は恐縮したりはしなかった。


 ベルダーンによると、貴族の当主にとって、謝罪というのは重いものだそうだ。まして公爵は王に次ぐ実力者。頭を下げる必要があるのは王のみ。そんな存在が配慮するだけで、冬真というのはすごい存在なのだと熱弁を振るっていた。


 しかし冬真にとっては、頭などは、所詮何度でも下げられるものでしかない。失ったら終わりの命とは引き換えにできないものだ。異邦人である冬真が、そんなものをありがたがらなければならない理由もない。


 バラドの視線がきつくなる。公爵の瞳にも警戒の色が浮かぶ。


「何を?」

「完全なブラッドベアの革を、新たに一匹分」

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