第三十一話
ヴィルキアにはいくつもの革装備の工房がある。そのなかでも最高級の工房とよばれるうちの一つ、ドランバリエ工房内に、冬真は立っていた。
工房を紹介してほしい、とルーデンに願い出たのは数日前のことだ。すると、その日の午後にはグルドハイム公爵ムルファスと面会することになって、いくつかの工房を紹介された。
眼前のテーブルには、一そろいの革装備が並べられている。テーブルの横には工房長、その後ろには年老いた職人が立っていた。
「こちらが、当工房最高の匠が作った作品になります」
そう言って工房の主が、恐縮しきった顔で頭を下げた。冬真は、そっと手に取って、装備の詳細を検めていく。
「これはジャイアントベアの毛皮だね」
冬真が言うと、職人が恐れ入る顔になる。
「はっ」
「つけてみてもいいかな?」
「もちろんでございます」
工房主に手伝ってもらって、そのうちの一つを身につけてみる。悪くない。継ぎ目もきれいに処理されているし、動きやすい。これまでに回った工房の中では、一番気に入った。
冬真は職人に目を向けた。
「君は、ブラッドベアの毛皮を取り扱ったことはある?」
この工房一番の匠だという職人、ジャロが、絶句する。
「そんな素材は、とても手に入りませんので……」
少しの間のあと、ようやく、あえぐように口にする。
「手に入ったなら、チャレンジしてみる気は?」
冬真の問いに、職人が目を見開いた。
「! あります! やらせてください!!」
防衛戦でブラッドベアが出たという情報を聞いているのかもしれない。ジャロの返答は食いつくようだった。
「いい返事だ。君も異存はない?」
「も、もちろんでございます」
冬真が視線を向けると、工房主が恐縮した顔で頭を下げる。
この国の職人がどれほどの装備を作ることができるのか、まずは試行である。魔王と戦う装備は自作するしかなくても、途中で消耗する装備を外注できるなら、それに越したことはない。
冬真が作れるブラッドベアの革を使った装備には、あと二種類、このエリアで獲れる別の魔物の革が必要だ。いずれも強力な魔物で、そんな革は取り扱ったことがありません、と、どの工房にも首を振られた。
それらを調達する間に、冬真以外の職人がどの程度の装備を作ることができるのか、試しておくことにしたのだ。
「では、あとで持ってくるよ。そうだね、皮手袋を作ってもらう」
いきなり胴体を作らせて、使い物になりませんでしたでは困る。手袋なら少ない革の量で作れるし、動きやすさも検証可能だ。魔法を腕で打ち払うことができるかで、ブラッドベア革の魔法耐性の高さを生かせたかどうかの性能テストもできる。
「ありがとうございます!」
勢いよく頭を下げるジャロとは裏腹に、工房主は心配そうな顔だ。
「ここは名門だと言うから、心配はないと思うけど……素材の取り違いなどは、万が一にも起きないように頼むよ」
「も、もちろんでございます。公爵様からもお言いつけをいただいております。誠心誠意努めさせていただきます」
冬真は頷いて、工房を後にした。待たせていた馬車に乗り込む。
冬真は当初、ここまで歩いて来ようとしたのだが、プレッタに止められたのだ。貴族は街中を歩いて移動してはいけないそうだ。面倒極まりない。
プレッタが後から乗り込んで向かいに座る。護衛兵は外を歩くものだ、とプレッタは主張したが、プレッタより冬真の方が強いのだ。むしろプレッタが露出しているのは、冬真にとっては心理コストである。
「自分で作った方がいいものができるのではないのか?」
「それはそうだけど。部隊全員に作ってたら時間がどれだけかかるか分からないし、壊れるものをいちいち作り直してられないよ」
「部隊全員に作るのか?しかも、壊れる……。ブラッドベアの革装備が?」
「怪我をされたら狩りの効率が下がる。それに、使い続けたらどんなものも壊れるよ」
まして、冬真が戦う相手は高レベル魔物だ。特に魔法を撃ってくる魔物の場合、被弾は避けられない。衝撃弾でディレイした上に追尾弾を撃つような、冬真みたいないやらしい攻撃をしてくる魔物もこの先はいるのである。
プレッタがどこか諦めた顔で肩を竦めた。
「……それで、今日の予定はこれで終わりか?」
空は既に赤くなっている。
「いや、ルーデン殿に工房を紹介してもらったお礼を言いに行った方がいいだろう。明日は朝から工房に革を届けて、そのあとは久々に出かけたいな」
「今も出かけているが?」
「砦の外だよ」
冬真は口角を吊り上げた。
「楽しい狩りの時間だ。何しろ俺はほら、工房に払う現金があんまりないから」
高級素材を狩って、お金を稼がなければならない。冬真は悲しき肉体労働者なのである。
「呆れた奴だな」
口調とは裏腹に、プレッタの瞳には面白がるような光が宿っていた。
「しかし、今回の侵攻戦で、ジャイアントウルフの革は市場に溢れているのではないか?なんなら、君が加工した鎧はいい金になりそうだが」
「職人への転職を勧められたら困るね」
「それが一番の問題だな」
「狙うのは革じゃなくて高級肉だよ。アーマーボア辺りが狩れたらいいんだけど」
アーマーボア。ブラッドベアと同じく、このエリアの奥地に生息するレベル45の魔物だ。外皮が非常に硬く、攻撃を通さないことからつけられた名だ。
見かけはイノシシに近いが、凶悪な角と牙を持つ。メイン攻撃は、ショックウェーブと突撃。落とし穴も有効だが、筋力が不十分だと、目を貫かない限り落とし穴に落ちた個体を倒せない。ショックウェーブで硬直して落とし穴に落ちたりしたら死が待っている。
プレッタが少しだけ身体を引いた。
「アーマーボアの革は高級素材ではないか?」
「それは自分で使うからね」
ブラッドベア革の装備に使う素材の一つだ。
「君と話していると、時々感覚がおかしくなる」
冬真は肩を竦めた。
* * * *
豪華な調度品で彩られた室内のソファーには、柔和な微笑みを浮かべた少女が座っていた。
冬真と同じく濃紺のローブ、胸には銀の記章。それでも、周りの豪華な調度品にも負けぬ、気品のようなものが滲み出ている。
あきらかに、まだ十代前半だ。西洋人の年齢は今ひとつ分からないが、長いストレートの白金の髪に縁どられた顔立ちには、幼さが残っている。砦で出会った誰よりも年少だ。
少しだけ吊り上がった勝気そうな翡翠の瞳が、興味深そうに冬真を観察している。
「我が娘を紹介しよう」
少女の横に座った、グルドハイム公爵ムルファスが言う。心得たように、少女が右手を胸に当てた。
「フューリア・グルドハイムと申します。この度はよろしくお願いいたします」
「アイザワ・トーマだよ。よろしく」
それから、冬真はムルファスに視線を移した。砦に戻ったら、ルーデンに会いに行くまでもなく、中央の貴賓用応接室に呼びつけられたのだ。
バラドは冬真に配慮したのか、同席をしていない。その代わりのように、ムルファスとフューリアの座るソファーの背後には、緊張した面持ちの三人の男女が直立不動の姿勢で立っている。ミラーナ、ラリエット、ベルダーンだ。
「フューリアを、今回、貴公の部隊にハイヒール使用可能者として配属することにした」
冬真は眉を上げた。軍属にするには随分と若い。いや、幼い。この世界の成人年齢は知らないが、まだ成人前なのではないだろうか。
「グルドハイムの娘として生まれたからには、領地を守るために力を尽くすのは当然のこと。戦力となる者を支えるのも、家門に連なる者として当然の務めだ」
冬真の疑問を読んだように、ムルファスが答える。
「承知しております」
フューリアが、滑らかに答えた。
「トーマ様は、我が領を救ってくださった英雄だと父より伺っております。部隊でご一緒できるのは何よりの栄誉。至らぬ身ですが、どうかご指導くださいませ」
冬真は、背筋を伸ばした。ザ・お姫様という感じの女性に真っ向から持ち上げられるのは、慣れていないし、どうにも居心地が悪い。
「危険なのでは?」
「トーマ殿の傍以上に安全な場所はなさそうだというのがルーデンの見立てだ」
冬真は眉を寄せた。
再び、冬真の内心の疑問を読んだように、ムルファスが続ける。
「無論、トーマ殿に対する約束を違えるつもりはない。フューリアにもしものことがあっても、トーマ殿の責を問うことはないとお約束しよう」
既に聞いていたのか、少女の表情は変わらなかった。
「ついては、娘付きの護衛として、魔法士二名と近接兵二名を付ける。トーマ殿付きの護衛の魔法士も用意した」
ムルファスが、片手を上げて合図すると、背後に控えた三名が一歩を踏み出す。
「この三名は、トーマ殿と親交があり、訓練もお手伝いしているとか」
冬真は頷いた。
「いつも助かってるよ」
主家の当主の前での誉め言葉に、三人が誇らしげな顔になる。
「ミラーナ、ラリエットの二名をフューリア付き、ベルダーンをトーマ殿付きの護衛魔法士としてトーマ殿の部隊に配属することが決定した。三名ともに、自ら志願した編成だ」
三人が、一斉に踵を揃えた。
「ラリエット=ゼードライド以下三名、拝命致します」
ラリエットがそう言って、冬真に対して一礼した。
おお、かっこいい。冬真は少しだけ感心した。
「フューリアを含め、いずれも才覚あふれ、我が領地の未来に欠かせぬ人材だ。トーマ殿のお役に立てると確信している」
無為に消費することは許さない、という念押しだろう。
冬真は頷いた。
もちろん、冬真としてもそんなつもりは毛頭ない。冬真が目指しているのは、文句のつけようのないトゥルーエンドなのだから。




