第三十話
「こちらです」
ベルダーン、ミラ、ラリエットに続いて戸口から外に出ると、陽の光に照らされた広い敷地が目に入った。金属製の柵で、三つのエリアに分けられている。
「あちらが射撃訓練場、こちらが魔法訓練場。向こうにあるのが近接訓練場ですよ」
ヴィルキアの第一部隊用訓練場である。
それぞれのエリアには、魔法兵、近接兵、弓兵が十数人ずつ立っていた。近接兵は二人一組で互いに剣を持って打ち合っている。弓兵も弓を持っていて、並んだ的にはいくつもの矢が突き立っていた。魔法訓練場に立った濃紺のローブの魔法士たちが、断続的にファイアーボールやファイアーバレットの魔法を的に向かって撃っている。
ベルダーンの声が聞こえたのか、最も近い場所に立っていた魔法兵が振り返り、そのまま、冬真を見て固まった。動かなくなった隣に気づいた魔法士が、不思議そうな顔で振り返って、やはり固まる。それを繰り返して、呪文が止んだことを不思議に思った弓兵と近接兵が冬真たちに気が付いて、やはり固まる。
冬真は目を瞬かせた。
「……訓練の邪魔をしてしまったかな」
「トーマ様の実力をみんな見ていますから、気になるのは当然ですよ!」
ベルダーンが無邪気な笑顔で請け負った。
第一魔法部隊の隊員が、平時はどう過ごしているのかをベルダーンに尋ねると、返ってきた答えは、当番制の宿直と、砦外の哨戒、そして訓練だった。
いずれも、銀の記章をつけた貴族家子女の義務であり、金の記章をつけた貴族家当主は、当主としての責務を優先するため、必須の当番業務は存在しないらしい。
冬真の責務は部隊を預かっての狩りということになるのだろうか。しかしルーデンからは部隊編成には多少の時間をもらいたいと言われている。
そろそろ救護所にハイヒールが必要な患者もいなくなってきた。それで、外の魔獣の死骸処理が大変そうだったので、焼却処分も手伝った。解体が間に合わずに――焼け焦げて素材として使えないものも多かった――腐っていて、一時は、砦の中にまで腐臭が漂っていた。
死骸が自然に消えなかった理由はわからない。何らかの理由があるのかもしれないが、世界の検証よりも、今の冬真にとっては重要なことがある。訓練だ。
「やあ」
冬真は最も近い場所に立っている魔法兵に挨拶した。冬真たちよりも少しだけ年齢は上だろうか。銀の髪を後ろに撫でつけた、神経質そうな男だ。濃紺のローブに、銀の記章。
基本的に、銀の記章をつけた相手ならば、冬真から声をかけて構わないそうだ。
「は、はい!」
魔法兵は身体を揺らして、直立不動の姿勢になった。そんな反応をされたら、却って話しにくいのだが。
「空いてるところ、使っても平気かな?」
冬真が奥のスペースを指し示すと、魔法兵が首を振った。
「い、いえ! こちらをどうぞ!」
止める間もなく、速やかに魔法兵が場所を譲った。
「ありがとう」
申し訳ない気持ちになりながらも、冬真はその場所に立った。押し問答が面倒くさかったのだ。
的への距離を視線で推し量る。
「ファイアーバレット」
呪文を唱える。一直線に飛んだ炎の弾丸が、金属製の的にぶつかって弾ける。コントロールは問題ない。
「ファイアーボール」
いっぱいの射程距離で、ぎりぎり的にぶつかるように設定されている。どうやら、冬真と他の人間で、魔法の射程距離には違いがない。
冬真は的に向かって歩いた。
「トーマ様?」
不思議そうなベルダーンの声がする。
一体何メートルだろうか?ゲームと同じ射程距離なのか?敵が使ってきたときのことを考えると、ゲームの仕様とこの世界の仕様の齟齬はしっかりと検証しておく必要がある。
的まで歩いて、冬真は足を止める。
「うん、いいね」
――おそらく、射程距離はゲームと同じ。
そこから、ベルダーンたちに向かって、半分の距離を戻る。
「君たちにお願いがあるんだけど」
冬真は微笑んで、三人に声をかけた。同行を志願するミラ、ラリエットを断らなかったのにも理由がある。
「はい、なんでしょうか!」
トーマの会話相手として抜擢されたベルダーンが張りきって返事をする。
「俺にショックバレットを撃ってくれるかな?順番にね」
「は、はい?」
冬真は訓練では強くならない。敵を倒さなければ、経験値が入らないからだ。しかし、それは能力値の話だ。経験による強さの蓄積は、また別の話である。
身体強化魔法の有無で、自分がどれほど速く動けるのか。敵の魔法発動がどれほどの速さか。魔法の射程距離圏内か。あらゆる要素をコンマ秒、ミリメートルの世界で判断するためには、絶対的な慣れと修練が必要だ。ブラッドベアに勝てたのは、運が味方しただけ。
特に、ショックバレットによる動作の遅延で混乱するのは致命傷になりうる。いつも避けられるとは限らない。高レベルの敵の中には、範囲攻撃のショックウェーブを撃ってくる敵もいる。魔王もそのうちの一体だ。
身体強化魔法の持続時間の検証と、マナ切れなどの不測の事態で身体強化魔法が戦闘中に切れた場合の落差も経験しておかなくては。
魔法士に訓練に協力してもらえるまたとないチャンスだ。やるべきことは山積みである。
* * * *
冬真の姿を見ると、部屋を出入りしようとしていた兵士が背筋を伸ばして、直立不動の姿勢になった。
「これは、トーマ殿!」
「やあ。無事に生き延びたようだね、お互い」
「いやぁ、あなたのおかげですよ!」
兵士は満面の笑顔で答えた。第一弓兵隊の一人で、冬真よりも年齢は一回り以上は上だろう。年上らしく、冬真にも鷹揚な態度を取っていたのが、今では完全な敬語になっている。
「こちらに何か御用ですか?」
「うん、ルーグルからの傭兵、フロイを呼んでくれる?」
トーマが用件を告げると、待ちかねたようにフロイが部屋の中から顔を出した。やり取りを聞きつけて、すぐそこで待っていたようだ。
「トーマ! 来てくれたんだな!」
最初に話しかけた弓兵が、少しだけフロイを羨むような顔をしながらも、ぺこりとお辞儀をして去っていく。
「傭兵は明日から順次帰還するって聞いてね。挨拶に来たんだ。フロイには世話になったから」
戦闘終了から既に十日が経っている。再侵攻の兆候は見られない、ということで、徴兵された人員が帰還するとルーデンから聞いたのは昨日のことだった。
「光栄だぜ! だけど、やっぱりルーグルには戻らないんだな」
そこで、フロイは冬真の纏うローブと、胸の記章にちらりと目をやった。
「新しい部隊の部隊長になるんだって?」
「ああ。プレッタも残るから、ルーグルには戻らない」
「ま、お前たちは元々運悪くちょうどうちの街に来ただけだったしな。短い間だったけど、頼もしかったぜ」
そこで、フロイは何事かを言い淀んだ。視線を彷徨わせている。
「? 何かな」
「あー……、その、だな。俺もその、お前の部隊に入れてもらうってことはできない、かね?」
フロイが周囲を窺いながら、潜めた声で言った。冬真は瞬いた。
「フロイが?」
全てを言い切って踏ん切りがついたのか、フロイが改まった顔になる。
「ああ」
「俺が狩りした獲物を解体して運ぶのがメインの任務になるんだけど?」
正直、危険なばかりで、スキルのある傭兵にとっては、やりがいがあるとも思えない。
「貴族のお抱えになれるチャンスなんて、そうはないんだよ。しかも新部隊の設立だろ?」
なるほど、新部隊ならば、新しい命令系統と人間関係が一から築かれる。これは一気にのし上がるチャンスだ。上手くいかなければ離脱すればいいだけだし、一介の傭兵にとっては、千載一遇のチャンスと言える。
「俺は役に立つぜ? 人間関係の調整は任せろ」
フロイはにかりと笑って、親指で自分の胸を示す。
「なるほど」
確かに、自分には欠けている能力だ。人と折衝するコストをフロイが引き受けてくれるなら、冬真は自分の目的により集中することができる。
現時点で、ムルファスの息がかかっていない隊員が入るのはありがたい。――いずれ、抱き込まれる可能性はあるとしても。
「分かった。ルーデン殿に話してみるよ」
フロイがガッツポーズをする。
「よっしゃぁ! よろしくな!」
「こちらこそよろしく」
何を話していたか察したのか、弓兵たちがフロイの後ろで、そわそわと話が終わるのを待っている。傭兵たちもいる。
冬真は、能力も人格も保証のない人間まで部隊に受け入れる気は全くない。そして無駄に断って恨みを買う気もない。
「じゃあ、俺はこれで行くよ。ルーデン殿に呼ばれているんだ」
少し声を大きくして言うと、フロイが察した顔でにやりと笑った。
「第一部隊の指揮官様に呼ばれてるんじゃ、引き留められないな。さ、行った行った!」
背中を階段の方向に押し出される。
やはりフロイは有能な奴である。




