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絶望遊戯~ゲーム世界に絶望難易度アビリティをつけて転移した話~  作者: 長月透子
第六章 ヴィルキア砦

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第二十九話

 グルドハイム公爵とその副官が去るのを見送ってから、冬真は部屋を出た。


 廊下で待っていたプレッタを視線で促して、歩き出す。行先は救護室だ。まだ未治療の負傷者も多い。この砦で部隊を持つことになった以上、恩は配れるときに配っておくべきだ。


 冬真は、歩きながら背後のプレッタに話しかける。


「どうやら、俺は子爵にしてもらえるらしい」

「あまり嬉しそうではないな」


 女傭兵の声に、驚きはない。


「正直に言えば、面倒くさい」


 爵位など、いずれ地球に戻る冬真には不要なだけの責任に思える。


「部隊も預かることになった。……それで」


 冬真はごくりと唾をのみ込んだ。拳を握りしめる。……柄にもなく、緊張している。


「プレッタはどうする?」

「どうする、とは?」

「俺が護衛を抱えるのは当然の権利だそうだよ。俺の部隊に残る?」

「君はもう、私よりずっと強い。私は足手まといになる」


 プレッタの声はさっぱりとしていた。

 冬真の胸の中に、ずしりと重いものが落ちた。――分かっている。むしろ、冬真と一緒にいるほうが、プレッタにとっては危険が大きいはずだ。


「しかし、君はそれくらいは承知の上だろう。私の答えは変わらないぞ。ついて行けるところまではついて行く。君はこの国の常識に疎い。私でもまだ役に立てることはあるだろう。……それに、君がどれほど強くなるのか、見てみたい気持ちもある」


 続いたプレッタの言葉に、冬真の胸の重荷は一気に軽くなる。冬真は、口の端を持ち上げた。


「うん、俺はまだまだ強くなる。プレッタが見たことがないくらいにね」

「やはり、君は致命的に物を知らない」


 呆れたプレッタの声に、冬真は振り返って首を傾げた。女傭兵は面白がるような微笑みを浮かべている。


「君みたいなおかしなやつが他にいるはずがない」


 冬真は声を上げて笑った。

 ――いずれ、冬真は独りになる。でも、それは今ではない。


* * * *


 士官用の食堂で、食事を取っているときのことだった。


「ここ、よろしいですか?」


 冬真は横から話しかけられて、顔を上げた。

 そこには、食事をのせた盆を持った若い女性が立っていた。長い赤い髪を緩く編み込んでいる。魔法部隊を示す濃紺のローブに、胸には第一部隊を示す白銀の記章。

 冬真と同じ格好だ。ただし、先ほど渡されたばかりの冬真の記章は金色だ。これにどのような違いがあるのかは分からない。


「どうぞ」


 冬真が頷くと、女性は優雅な仕草で隣に腰を下ろした。

 冬真はちらりと周囲に視線を走らせた。テーブルが並んだ食堂には、他にも空席がある。


「わ、私も、ここ、よろしいですか?」


 冬真の正面の席に女性がやってくる。こちらは緩くウェーブした金髪を下ろした、同じく魔法第一部隊所属の魔法士だ。

 冬真は頷いた。


「あ、じゃあ俺もいいですか?」


 そう言って、赤い髪の女性の向かいに、今度はそばかすの男が立った。隣の女よりも、心持ちくすんだ金髪の癖っ毛だ。こちらもやはり同じ部隊所属だ。


「どうぞ」


 視界の端で、残念そうな顔で踵を返すローブ姿の魔法士たちが見えた。それも複数だ。

 冬真の座っている一角だけ、やたらと人の密度が高い。食事を取りに行く時から、ちらちらと視線は感じていた。行動に移した一人が出たことで、次から次へと人がやってきたようだ。


「私はミラーナです。ミラって呼んでくれると嬉しいですわ。グルドハイム公爵家麾下、ラッテバルド子爵家次女です。お見知りおきくださいませ」


 赤い髪の女が、ゆったりとした口調で言った。


「私はラリエットです。同じくグルドハイム公爵家麾下、ゼードライド子爵家長女です」

「俺はベルダーンです。同じくグルドハイム公爵家麾下、ブレーダル子爵家次男です」

「……俺はトーマ」


 仕方なく、トーマは食事の手を止めて自己紹介をした。この三人がトーマとの交流を求めてやってきたのは明らかだ。

 姓をつけるかは少しだけ迷って、結局やめた。姓を名乗らないトーマにどのような態度を取るのかも観察しておきたい。

 三人の聞きなれない姓を一気に覚えられる気はしなかったので、ひとまず覚えることにしたのは名前だけだ。


 ちなみに、今日の食事はスタンピードで仕留められたパイソンの肉らしい。

 士官用の食事は、やはり一般兵の食事とは一線を画しているようだ。香辛料も使用されていて、なかなかに美味だ。味方の兵士を飲み込んだ個体もいたということは、この際忘れることにする。


「トーマ様の魔法には驚きました」


 会話の口火を切ったのはミラーナだ。


「あんなの、初めて見ました!」


 ラリエットが、興奮気味に頷く。


「しかも魔法だけじゃなくて、剣でブラッドベアを倒すなんて。あんな動きを、初めて見ましたよ!」


 ベルダーンの瞳には、憧憬と賞賛がいっぱいに輝き、心持ち身体を乗り出すようにしている。冬真は少しだけのけぞった。


「うん、ありがとう」

「正直、ブラッドベアを見たときは、私の人生はここで終わりかと思ったけど、トーマ様のおかげで生き延びました」


 ミラーナが悪戯っぽく微笑む。


「ミラは涙目でしたものね」

「なによ、ラリエットだって泣いてたじゃないの」


 女性二人の仲はかなり気安い間柄のようだ。冬真はほっと息を吐いた。ミラがやってきてすかさずラリエットがやってきたのは、ライバルだからではなく、お互いに相談して動いたのかもしれない。

 正直、目の前でバチバチに女の戦いみたいなのを展開されたら、早々に立ち去ろうと思っていた。


「あの剣技は、誰に習ったんですか?ブラッドベアの前脚の腱を切るなんて!」


 ベルダーンの興味は分かりやすい。冬真と話したくてうずうずしている様子が伝わってくる。


「護衛の傭兵に」

「へえぇ、すごい傭兵なんですね!俺も学びはしたんですけど、素質がないって言われてしまって……」


 そう言って、ベルダーンは頭を掻く。


「ブレーダル家は魔法の名門じゃない。素質があっても許してもらえるわけがないわよ」


 ミラは呆れ顔だ。

 この三人の家門は全てグルドハイム公爵家の家臣。総指揮官はグルドハイム公爵だし、ここはグルドハイム公爵領の砦なのだろうか。当然の前提すぎるのか、誰からも説明を受けていない。


「ところで、トーマ様はどこのご出身なのですか。こんな素晴らしい魔法の使い手がいるなんて聞いたことがなかったから、驚きました!」


 今度はラリエットが質問を振る。一瞬で、周囲の雑音が引く。少し離れたテーブルに座った魔法士たちが耳をそばだてているのを感じた。

 冬真は、眉を寄せて、意識して困った顔を作った。ラリエットが、慌てた顔になる。


「も、申し訳ありません、不躾なことを……」

「私からもお詫びします。どうかお許しくださいませ」


 すかさずミラがフォローに入る。


「別に怒ってないよ。ただ、どう答えるべきかと思って」


 そこで冬真は言葉を切った。たっぷり間を取って、告げる。


「俺は、この国の人間じゃない。ルキア様の思し召しでこの地に連れてこられたんだ」


 三人の目が、一様に丸くなる。視界の端で、聞き耳を立てていた魔法士たちの表情も動いた。

 ――さあ、どう反応する?


「なんてことでしょう……」


 細い声で口火を切ったのは、ラリエットだ。


「さすがは女神様です。慈悲深い心で、私たちをお救いくださったのですね」


 それはどうだろう。むしろ地獄に突き落としている側なのだと思うが。

 ラリエットに対する、冬真の冷淡な視線に気が付いたのかどうか。ミラが慌てた顔になる。


「だから傭兵として参加されていたのですね。大変なことでした」

「我々を救っていただいたこと、感謝します」


 ベルダーンも頭を下げる。

 冬真は表情を緩めた。微笑みかける。


「どういたしまして」


 ミラが露骨にほっとした顔になる。


「そういうわけで、俺はこの国のこと、特に貴族について詳しくないんだ。色々教えてくれる?」


 問いかけたのは、ベルダーンに対してだ。一番率直な反応が返ってきそうだし、面倒が少なそうだ。


「もちろんです!何でも聞いてください」


 そばかすの青年は、心底嬉しそうに頷いた。


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