第二十八話
ムルファスが、僅かに眉を動かした。
「目的とは?」
「魔物を倒すこと」
ムルファスが不思議そうな顔になる。
「魔物に恨みでもあるのか?」
「それがルキア様が俺にくれた使命なんだ」
魔王討伐、と言ってしまうことも頭をよぎったが、政治的都合とやらで、レベルも上がり切らないうちに大々的に討伐隊などを組まれて、その頭に据えられでもしたら困る。王族などがくっついてくる可能性も否定できない。JRPGやラノベにありがちな展開だ。冬真には、この世界の勢力に肩入れする理由もなければ、人々を助けたいと言う人道的動機もない。
最も困るのが、貴重な魔法の使い手である冬真が死なないように、という名目で制止されることだ。その場合、冬真は王国と敵対するしかなくなる。
とにかく、死なないようにレベルを上げて、万全の準備を整えて挑む以外の選択肢はない。その邪魔はさせない。……そうでなければ、ソロで魔王戦なんてやってられるか。
「それはいかほど?」
「ざっと数万匹かな。十万匹はいかないと思う」
誇張した数字ではない。レベルが80台まで上がってしまうと、大変なのだ。まず、レベルに見合った魔物がいない。最高でレベル55くらいの敵しかいないのだが、レベル差補正で、取得経験値がどんどん下がる。しかも必要経験値も上がる。とにかく時間効率優先で虐殺しなければいけない。
「数万匹だと?」
ムルファスとバラドが狂人でも見るような眼差しになる。二人で顔を見合わせて、バラドが微かに首を振って、ムルファスが頷く。
「だから、俺は寄り道をしてる暇なんてないんだ。分かってもらえると嬉しいね」
「それは……、大変な使命を負わされたものだな」
「そうなんだ。俺も困っている。……そこで、相談があるんだ」
ムルファスが眉を寄せた。僅かな警戒が表情に浮かぶ。
「何かな」
「今回倒したブラッドベアの素材は、俺がもらいたい」
バラドが目を剥いた。
「馬鹿なことを! 戦場の素材は領主のものだ!」
「俺がいなければ倒せなかった魔物だろう。何か問題が?」
冬真は、試すようにムルファスを見つめる。
「用途は? 自国に献上でも?」
そんなまさか。冬真は喉の奥で笑った。地球に持ち帰れるとは思えない。持ち帰れたところで、敷物にするくらいしか用途がない。母なら喜ぶだろうか?
「いいや? もちろん、自分で使うんだよ。いい防具の素材だからな」
虚を突かれたように、ムルファスとバラドが目を見開く。
「防具の……素材か」
「そう。なるべく強い魔物を倒す必要があるから、事故を防ぐためにも防具はいいものがほしいんだ。なんなら、俺が確保したあとで、追加で狩ってきたものをそっちに譲ってもいい。もちろん適正価格で」
冬真としては、十分に配慮したつもりの申し出だ。バラドは気に入らないが、ムルファスは話が分かるようだ。有益な相手とはなるべくパイプをつないでおきたい。しかし、相手の反応は鈍かった。
「狩る、狩るか……。貴公は、ブラッドベアを狩れる、と?」
冬真は首を傾げた。当然である。ブラッドベアなんて、冬真の目的の最後の頃には雑魚モンスターもいいところだ。しかし、レベル90まで上げられる魅力的な敵でもある。高レベルなのに魔法を使ってこないところもいい。
「ああ。たぶん数千は狩ることになるんじゃないかな」
他の高レベル魔物も一緒に狩るとしても、レベル90まではそれくらい必要だろう。
「ほとんどはいちいち解体なんてしないで捨てると思うけど、グルドハイム卿が必要な分くらいは、確保して持ち帰ってもいい」
二人がさらに目を剥いた。
「捨てるだと! 王国の資源だぞ!」
バラドが叫んだ。冬真は眉間に皺を寄せた。判断ミスだ。この副官のいる場所でするべき話ではなかった。面倒くさい。
「王国の? いつ王国の資源になったんだ? 俺が狩った獲物だ」
「そういう問題ではない! この領で生きているものは、たとえ草の一本であろうと、領主のものだ!」
バラドは顔を赤くして息巻いている。
「倒せないのに、所有権だけはあると?」
冬真の問いに、バラドは口をぱくぱくと開閉させるだけで、答えない。
やがて、低い笑い声が響き渡った。ムルファスが肩を揺らして笑っている。
「失礼した、トーマ殿。なるほど、貴公が他国出身であるということは疑いえないようだ」
冬真は肩を竦めた。
「よかろう。ブラッドベアの素材は貴公のものだ」
「総指揮官!」
「トーマ殿が単独で討伐したに等しい状況だったと聞いている。それを取り上げては誰も自分から倒そうとはしなくなる」
「配慮に感謝する」
「ついては、相談なのだがな。貴公に我が兵の一部をお預けしたい」
冬真は眉を片方跳ね上げた。
「ブラッドベアの毛皮は、わが国にとっても喉から手が出るほどほしい、貴重な素材だ。みすみす捨てられるのは忍びない。流通に乗せていただけないか。無論、こちらで引き取るのでもよい。相応の対価をお支払いさせていただく」
「解体部隊を同行させろということかな」
「もしくは運搬部隊だな」
「断る」
冬真は即断した。ムルファスの表情が固くなる。
「俺には何のメリットもない。人数が増えれば、その分だけ移動には時間がかかる。それに、グルドハイム卿の兵が、俺の命令を聞くとも限らない。ブラッドベアだけを狩るわけでもなし」
そこで言葉を切って、冬真はちらりとバラドに視線を流した。
副官はわなわなと震えている。
ムルファスは反論しなかった。重々しく頷く。
「指揮系統と狩る獲物の選択権はトーマ殿に一任する。部隊の役割は、貴公の補佐と援護である。それに、万が一の怪我にそなえて、ハイヒールを使える魔法士もおつけしよう」
「総指揮官!」
冬真は目を細めた。――悪くない。狩りの効率は多少は落ちるかもしれないが、もしものときの治癒要員は助かる。
「足手まといが勝手に暴走して、魔物に殺されて俺の責任にされるようなのは困る」
例えば、冬真の足を引っ張りたい誰かが、兵をそそのかして、暴走して。そのごたごたで拘束やら、狩りに出られなくなるようなことがあるなら本末転倒だ。
「貴様、何という言い草だ!」
「さがれ、バラド! ……無論、我が軍より精鋭をお付けしよう。戦死しても貴公の責任を問わぬとお約束する」
冬真はムルファスを見つめた。言葉だけなら何とでも言える。いざとなったら手のひらを返す可能性は十分だ。しかし、自分の発言を裏切った相手ならば、冬真としても心置きなく戦えるというもの。
「本人が嫌がるものを無理に配属するのでなければ、部隊を預かるのは構わない」
冬真がそう言うと、ムルファスが苦笑した。
「トーマ殿は、英雄の自覚がないようだ」
「?」
「ルーデンは、貴公を絶対に砦に引き留めろとうるさいほどの騒ぎようだった。貴公の部隊が編成されると聞けば、今回命を救われた者たちを中心に、志願者が殺到するであろう。第一部隊の再編成にしばらくは頭を悩ませることになりそうだ」
冬真は首を傾げた。
「俺は危険な場所に狩りに行くんだ。砦の中での勤務の方が安全できつくない仕事だと思うけど?」
ムルファスが首を振った。
「誰もが理屈で動くわけではない。時には、たった一人の承認が、命にも勝る価値を持つこともある」
そう言われても、喜びは感じなかった。
前回のスタンピードから、たった五年しか経っていない。その事実は、冬真の頭にある疑念を呼び起こす。
今回のスタンピードは、冬真がルーグルに到達したこと、もしくはレベル25に到達したことによって引き起こされたのではないのか。――それで、一体、何人が死んだのか。
世界はシステムだ。そして、人間たちもシステム。冬真に付いてきてくれる者たちも、システム。そうでなくてはならない。そうでなくては、冬真は一歩も歩けなくなる。
「……それで、グルドハイム卿との今後のやりとりの窓口は副官殿が?」
冬真が視線をやると、バラドが嗜虐的な笑みを見せる。
「いいや。今後の窓口はルーデンとしよう。率直に言って、あまり相性が良くないようなのでな。貴公に気持ちよく過ごしていただかねば砦の損害となる」
途端にバラドが不服そうな顔になる。
「承知した」
当然の配慮だ。感謝するつもりもない。このやりとりを知りながらバラドを窓口に据えるようだったら、無能もいいところである。
「私の護衛が砦に残りたいと言った場合は、部隊に組み込んでも?」
「子爵であれば護衛兵を抱えるのは当然の権利だ。ルーデンにも申し伝えておく」
冬真は頷いた。ひとまず、満足のいく交渉結果である。




