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絶望遊戯~ゲーム世界に絶望難易度アビリティをつけて転移した話~  作者: 長月透子
第十四章 終着

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第百四話

 冬真は、眼前に出現した灰色の画面を眺めて、深く息を吐いた。


 表示されているレベルは、99。


 足元には、たった今止めを刺したばかりの高レベル魔物の死骸が転がっている。

 ここまで、王配となってから十一年かかった。実に長い道のりだったと言える。


 狩場からゲルトルに戻って、城館の執務室に顔を出すと、ベルダーンが立ち上がった。


「主君、お戻りですか」

「ああ。……全部、準備が終わったから」


 そこで、ベルダーンが、棒でも飲み込んだような顔になる。


「そう、ですか……では、行かれるのですか?」


 瞳が揺れる。声も、微かに震えていた。激情を堪えているような声だ。冬真は、目を伏せる。


「うん。王都のルシュラに挨拶をしてからね」


 まだ肉体的に衰えているような兆候はないが、年齢を考えれば、そろそろ危険だ。冬真がこの世界にやってきてから、実に十六年近い歳月が流れている。出会った時には青年だったベルダーンも、もう三十歳を超えている。


「ベルダーンには本当に感謝をしている。君が来てくれなければ、ゲルトルを立て直すなんてできなかった」


 ベルダーンが苦笑する。


「主君ならば、私などがいなくとも、何とかなさいましたよ」


 改めて、ベルダーンが右手を胸に当てて、礼を取った。


「『ルキアの矛』たる主君に仕えられたことは、我が生涯の誇りです。ご武運を」

「ありがとう」


 冬真は、ベルダーンの瞳に光るものを、見なかったフリをすることにした。ここに留まるという選択肢を、冬真は取れないのだ。


 次に向かったのは、領兵訓練場だ。

 冬真の姿を見た領兵たちが、背筋を伸ばして敬礼する。


「これは、王配殿下!」

「やあ、訓練中にごめんね。プレッタはいるかな?」


 冬真が尋ねると、奥からプレッタが出てきた。冬真の表情を見て、悟ったように目を細める。


「……行くのですか?」


 冬真は頷く。


「主君にお会いできて、幸運でした」

「こっちのセリフだよ。プレッタがいなかったら、俺はとっくに死んでたと思うからね」


 レベル1からのやり直しで心が折れて、もしかしたら、やさぐれておかしな方向に走る可能性もあったかもしれない。


「ここまで来れたのも、プレッタのおかげだ」

「過分なお言葉です。私は主君がいなかったら確実に死んでおります。……武運を祈っている。君ならできるさ」

「フロイにもよろしく伝えてほしい」

「戻るのを待たないのですか?」


 フロイは、巡察に出ていると聞いた。直接の別れの挨拶はできないが、それでいいと思っている。もともと、フロイと冬真は、ある程度利害が一致していたから主従となったのだ。わざわざ戻るのを待ったら、まるで別れの言葉を強請るようではないか。


「待った方がいいかな?」


 プレッタが眉を寄せる。


「大至急で使いを出します。すぐに戻るかと。……ああ見えて、君にとても感謝をしていた。別れの挨拶くらい受けてやれ」


 戻ってきたフロイは、不審顔だった。プレッタの横に冬真が立っているのを見て、顔色を変えて駆け寄る。


「何か変事がありましたか」

「違うんだ。急に呼び出してごめん。ただ、俺の使命を果たしに行くから」


 それを告げると、フロイの顔から表情が一気に抜け落ちる。


「そう……ですか。そのあとは、ご自分の国に?」

「うん。フロイにも世話になったね。最後に挨拶をしたかったんだ」

「最後……」


 フロイは少しだけ呆けたように呟いてから、首を振った。


「王配殿下にお仕えできて、光栄でした……ってここは言わなくちゃならないんだろうな。もう少し、仕えていられると思ったんですが……。ここに連れて来てくださって、ありがとうございました。おかげで、一生分の幸運を掴めましたよ。ご武運をお祈りしています」

「それじゃあこれから先不幸しか待っていないことになるじゃないか。一生の半分くらいにしておいてよ」


 フロイが首を傾げる。


「それもそうか?」

「じゃあ、俺は行くよ。二人とも、元気で」


 冬真は城館の厩から、馬を引き出した。


 街の門で、最後に一度だけ、ゲルトルを振り返る。壊滅して、冬真が建て直した、愛着のある街だ。たぶん、これが見納めになる。


 冬真は馬を走らせた。王都へ。


* * * *


 晩餐室に現れたルシュラは、冬真が座っているのをみて、表情を改めた。


「戻っていたのか」

「うん。――狩りが終わったんだ。明日、出発することにしたよ」


 冬真は、何気なさを装って言った。ルシュラには、じきに使命が終わり、国に戻ることを話してあった。

 ルシュラが、表情を曇らせる。


「そうか。いよいよか。そなたには長い戦いであったな」

「まあね」

「倒せるのか?」


 ルシュラをはじめ、冬真の腹心たちには、婚約発表を終えた後のタイミングで冬真の使命が実は魔王討伐であることを打ち明けてある。ルシュラはまた前提もれか! と目くじらを立てていたが、ベルダーンにすら話していなかったことだったと知って、怒りを納めていた。


 魔王は、そもそもスタンピードの始まり時点で女神から王国に原因として神託で示されている存在だ。周辺域の魔物が強すぎるために、討伐が失敗してからは放置状態である。その姿を確認した存在すらいない。


 そんな伝説化した存在を倒しに行かねばならないのだと知って、皆は一様に顔を青くして口を噤んだ。そなたは真に女神の使徒であったのだな、というのがルシュラのコメントである。


「うん。倒すよ」


 ルシュラが溜息を吐いた。


「女神の使命ではな。国のために、止めるわけにもゆかぬ」

「止めたいと思ってくれるの?」

「当然であろう」


 そっけなく返された言葉に、冬真は顔をほころばせた。


「子どもたちを、よろしく頼むね」

「うむ、任せるが良い」


 冬真が王国を去ったことは、公表されない。ただ、狩りに行って行方不明、という扱いになるだけである。ルシュラが再婚できないままになってしまうが、冬真の子供たちと王位継承で揉めかねないので、それでいいらしい。


 ルシュラとの間には、三人の子供を授かった。男子が二人、女子が一人だ。冬真は狩りでほとんど王宮にはいないので、顔を合わせたことは数えるほどだ。エルネラと同じく、養育は乳母がやってくれるし、それでいいのだと思っている。冬真は地球に帰るのだ。子供たちに愛情を持ってしまっては、地球に帰りにくくなる。


 長子には、既にグルドハイム公爵家との縁組が確定している。冬真がルシュラと結婚する際に、公爵家から王家に出された条件である。冬真としては、子供の将来を売り渡すようで抵抗があったのだが、ルシュラに言わせれば、「長子に争わずに済むだけの後見を用意するのは親の責務」であるらしい。異世界の常識は相変わらず難しい。


 次子は、次代のアイザー侯爵家の跡継ぎとして養育されている。


 養女となったエルネラも、数年前に嫁いでいった。嫁ぎ先は、なんとベルダーンだ。

 ベルダーンがいつまでも独身なので、もしや職場がブラックすぎて相手を探す暇がないのでは、と心配していたら、エルネラの成人数年前にベルダーンから申し出があった。


 ベルダーンがロリコン……というわけではなく、冬真が王国を去ったあとも、エルネラを守るため、冬真の次男が成人するまでの間にゲルトルを円満に治めるために、エルネラを貰い受けたい、とのことだった。エルネラにも異存がないようだったので、冬真に反対する理由はなかった。


 ベルダーンがアイザー侯爵家をゆくゆくは乗っ取るつもりではないか、などと言う者もいるが、そんな心配は全くしていない。


 心残りがあるとすれば、セルヴァン王子の右手を落とせなかったことだ。しかし、冬真がふとした時にその呟きをもらしたら、ベルダーンが、血相を変えて首を振っていた。


「アイザー侯爵家も、ルシュラに任せちゃうことになるけど……」

「これまでとそう大して変わらぬであろ。任せよ。決して悪いようにはせぬ。何しろ、そなたのおかげで私は夢を叶えたわけだからな」


 ルシュラが、王国で女が家の跡継ぎになれないのが幼いころからの不満だった、と打ち明けてくれたのは、即位式の夜である。だから王位にルシュラを押し出したことを二度と謝罪せぬように、という命令とセットだった。あながち、冬真の負担感を下げるために気遣って言ってくれたわけでもなかったらしい。


「そなたは自らの使命に集中せよ。それが、この国を救うことにもなる。そなたの武運を祈っている」

「うん、そうだね。……ありがとう」


 冬真は、万感を込めて礼を言った。

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