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絶望遊戯~ゲーム世界に絶望難易度アビリティをつけて転移した話~  作者: 長月透子
第十三章 反転

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第百二話

 異常が見え始めたのは、月が中天にかかろうかという頃合いだった。


 冬真は眉をひそめた。フレアウォールに飛び込む敵の数が減っている。月明かりの元だから確たることは言えないが、地面の色が見える割合が、明らかに増えているように思える。


 そうしてさらに30度ほど月が傾いた頃には、もはや敵の増援はなかった。いつの間にか、外壁から一定距離のジャイアントボアしか残っていない。これはもしかしなくても、防衛の射撃行為によるアグロが切れていないというだけで、スタンピード特有のシステムが作動しているわけではないのではないか。


「……終わった?」

「うむ。数が減っているな」


 冬真の呟きに応えるのは、横でファイアーボールを撃ち込んでいたルシュラである。

 冬真も順繰りに、見えているジャイアントボアの塊にファイアーボールを撃ち込んでいく。

 弓兵たちも、射程範囲外の魔物を眺めて困っているようだった。


「無駄撃ちはしなくていい! 射程距離内に入ってきたら、いつでも射撃を再開できるように待機!」


 冬真が声を上げると、弓兵がほっとしたような顔で腕を下げた。


「報告! バルフラウ領方面、グルドハイム領方面よりの敵増援が停止! 外壁周囲の魔物を掃討しつつ、引き続き警戒を続けるとのことです!」


 通信兵の声は明るかった。


「うん。こっちも同様だと伝えて」

「はっ!」


 心なし、通信兵の足音が軽く聞こえる。

 冬真は地上を見下ろして、首を傾げる。


「……終わったのか? 本当に?」

「私はスタンピードを実際に見たのは初めてだから、判断は差し控えよう」


 グレートボアすら、まだそんなに出てきていない。登攀魔物だって、10回に満たない程度しかやってきていない。もちろんブラッドベア級の上級魔物は一度も来なかった。Lv75トリガーのシステムイベントにしては、呆気なさすぎる。


 もしかして、これはプレイヤーの油断を誘う罠なのではなかろうか。終わったと思って祝杯を上げたら、超強敵が乱入してくる、強制イベントと言うやつだ。ここだと強敵は何だろう。ドラゴン――は国が滅ぶから、ワイバーンとか、グリフォンあたりだろうか。


 くだらない思索を、冬真は頭を振って打ち払った。やめよう、フラグを立てるのは。とにかく、警戒を緩めなければ、油断したところを襲うも何もないのだから。


 しかし、東の空が白んできても、状況は一向に変わらなかった。地平線の果てまで見えるようになっても、魔物の異常な密度は確認されない。


 悩んだ末に、冬真はフェルティスを呼んで、相談することにした。


「どう思う?」


 フェルティスも、いささか困惑顔だった。


「私見を述べてよいのでしたら。収束したようにも、見えますね」

「やっぱり? でも、早すぎないかな?」

「そうですね。最短かもしれません。前回の侵攻もそこまで長くはありませんでしたから……、もしかしたら、スタンピードの間隔が短かったために、魔物の数も少なかったのではありませんか?」

「なるほど」


 その観点はなかった。確かに、一般的な常識で考えれば、準備時間が短ければ動員できる魔物が少なくて当然、という結論に行きつく。冬真は、ゲームシステムに視点を縛られすぎていたのかもしれない。もしそうだとしたら、早めに発生して、却って良かったという可能性もある。


 ただし、もう一つの可能性――バルフラウ領の速やかな壊滅により、スタンピードの終了条件を満たした可能性もある。各領の被害を照合してみなければ、確定はできない。


「ひとまず、予定通り、交互に休憩を取ろう。それが済んでから、周囲の安全確認をしてくるから、王女殿下を頼むよ」

「承知いたしました」


 冬真は、外壁の上を見渡した。兵士たちの表情は安堵に緩んでいる。冬真も肩の力を抜いた。一瞬だけ、冬真たちの様子を見ている兵士と目が合った。王国からの援軍である弓兵の一人だ。すぐに何気ない様子で視線がそらされる。


 冬真も何気ない様子で、フェルティスとルシュラの二人に視線を戻した。


「やはり、もうひと働きがいるかもしれません」


 ルシュラが微かに表情を変える。


「一度、カティア殿やベルダーンとも調整したほうがいいだろう。城館に集めてくれ」

「は、ただちに」


* * * *


 城館の執務室に呼び集められた面々の表情は、くたびれていても明るかった。


 周辺の安全確認をしてから終結宣言を出す、と冬真が告げると、カティアとベルダーンの表情が明らかに緩んだ。


「残る問題は、ひそんでいるであろう間者だ。最も避けなければならないのは、俺たちが予想をしていないタイミングで襲撃されることだ。できれば隙を作って誘導したいところだけれど……」


 冬真以外の四人の表情が、一気に引き締まる。


「それも、必然的にできる隙じゃないとだめだ。罠だと察知されてしまえば動かなくなる。一番いいのは俺が安全確認に出ると見せかけて、部屋にひそんでおくことだと思うんだけど」

「効果的だとは思いますが……、門が埋まっていて、出入りが簡単にできません。終結していないのに、門を壊すことも難しいかと」

「そこなんだよね」

「門が埋まっていたら、間者も逃げられないであろう。むしろ門を壊して、ヴィルキアまでの道の安全が確保されてからが警戒本番ではないか? 王太子殿下に命を捧げるつもりの者でなくばな」


「そうではないと王女殿下はお考えですか?」

「うむ。命を捨ててでも暗殺を遂行せよなどという命令に従うのであれば、本人に相応の理由が必要だ。バルフラウ領軍との交戦でなく、スタンピード直後で私を害そうとするならば、言い訳はできぬ。明確な反逆だ。露見すれば、家門までが処罰は免れ得ない。ディルナクがそのような者を見逃してここに派遣するとは思いたくないな。……それに、命を捧げても良いと言う臣下を使い捨てるような真似をすれば、王太子殿下の信望自体に関わるぞ。表立って反逆行為を庇わなければならなくなる」


「なるほど。じゃあ、俺が安全確認に出る間は、フェルティス、カティア殿と同行してもらうくらいで問題ないか」

「そもそも、そなたの戦闘能力を見た上で実行に移すかは、相当な疑問もある。逃げても、後ろから矢で射抜かれそうではないか。逃げ切っても、そなたが自分の家門の領地に攻め入ってきた場合に、誰がそなたの前に立ちはだかって領地を守り切ってくれるというのだ?」


 まるで冬真が危険兵器みたいな言いぐさである。


「王国には、依頼すれば自爆覚悟で暗殺を行ってくれる組織などはないのですか?」


 便利に話を動かしてくれる使い捨ての駒は、物語にはつきものである。この世界がゲームを模したものなら、あってもおかしくない。


「何だ、それは。そなたの国にはそんな物騒なものがあるのか?」


 フェルティスが首を傾げる。


「減っていく人員の補充を考えると、現実的な組織とは思えませんね。どのような制度で運用しているのでしょう」

「いえ、可能性を考えただけです。ひとまず、この国にはないということで、安心しました」

「うむ。そのような便利な組織があれば、組織を抱えた者が王国の頂点に立っているであろうな。王家は問題があるたびに諸侯を暗殺すればよい、ということになる。今回も、面倒ごとを持ち込んだそなたを暗殺して終わりだ」


 そうして独裁政治へと傾いていくわけか。誰もが死なないために、支配者の顔色をうかがうようになる。


「じゃあ、襲撃を誘導しないままでやりすごすのもありなのかな?」


 フェルティスが頷く。


「十分に現実的かと」

「じれったいな……」


 まるで家の中に、うるさいコバエが飛び回っているような感覚だ。放っておけば出ていくからと言われても、ちらちらと視界に入る不快感はどうしようもない。

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