カメレオン②
私の後をついてくるカメレオンの様子をチラリと確認するが、その姿は認識できなかった。改めて、彼の能力は凄いんだな、と思った。
「さて……」
シルルの元へと行こうとしたが、その足を止めた。彼女は今、ミクリの元へといる。それも、ルイスの羽のことでだ。邪魔をするわけにはいかない。なら、サキ? いや、カメレオンの彼はサキが怖い。初めに向かう場所ではない気がする。
「あそこにしよう」
私は仕事部屋で顔を顰めているであろう彼の元へと向かった。彼は何かあれば、必ず言うようにと言っていた。
「カメレオンさん。この船のリーダーの所へ向かうね」
後ろを振り返り、そう伝えると、何もないところから舌が一瞬だけでできた。了承を表しているのだろう。
「ヴィルグさん」
私は扉を数回叩き、外から彼に声をかけた。すると、すぐに返事が返って来て、扉が開いた。
「どうした?」
扉の先に立っていたのはヴィルグだ。私と目を合わせて、優しい声色で問いかけて来た。
「あっ、あのね……」
そんな彼にカメレオンの事を相談しようと口を開いた時だった。
「あれ? ニーナちゃんだ」
ヴィルグの後ろからサキが嬉しそうに出てきた。
「俺と遊ぼうよ」
今は一番、会いたくない彼の登場に言葉が出てこなかった。私は彼を見て目を見開いたまま、口をパクパクとさせていると、ヴィルグがすぐにサキの首根っこを掴んだ。
「俺に会いに来たんだよ。お前は外にでも出てろ」
そして、私を抱っこすると、サキを追い出した。
「リーダー! ひどい! 俺もニーナちゃんと仲良くしたいー!」
扉の外から叫ぶサキにヴィルグはため息をついた。
「ヴィルグさん」
名前を呼ぶと私を床に下ろした。
「サキがすまない。それで、ニーナはどうしたんだ?」
その言葉に私は戸惑った。何故なら、件のカメレオンが扉の外にいるかもしれないからだ。そのため、何と彼に話を切り出そうか悩んでしまった。
「ニーナ?」
ヴィルグは私と目線を合わせるためにしゃがみ込んだ。そんな彼の瞳は心配そうに私を見ている。
「あっ、あのね……じっ、実は……」
私は小さな声で話し始めた。部屋の中にカメレオンがいて、それが獣人だった事。そして、妹を探す事を頼まれた事など、全てだ。
「なるほどな……」
彼は私の話を聞き終えると、額に手を当てて上を向くと、深いため息を吐いた。その様子を見た私は彼が怒っていると認識した。そして、脳裏に上司と先輩の姿を思い出したのだ。彼らも私と対峙する時、深いため息を吐くのだ。その後に続く言葉は私を否定する言葉ばかりだった。
「ごっ、ごめんなさい……ごめんなさい……」
彼に謝った。トラブルをこの船に持ち込んだのだ。彼が私を邪魔に思っても仕方がない。だけど、まだルイスの羽が治っていない。そのため、まだ船には乗せて欲しい。
私は小さな手で服の裾を強く握った。
その言葉を聞いたヴィルグは目を見開いていた。
「ニーナ?」
「ごめんなさい……。船から追い出さないで……」
「何を、言っているんだ?」
彼は戸惑った様子だった。その時だった。目の前の景色がヴィルグの顔から緑色の髪を持つ青年の背中に変わったのだ。
「すまない! 俺が悪いんだ! お嬢さんを船から追い出さないでくれ」
突然の登場にヴィルグは彼の頭を鷲掴んだ。
「……はあーー。お前の登場は今じゃねえ。引っ込んでろ」
「っ⁈」
ヴィルグの深いため息と共に凄みのある声を聞いた彼はゆっくりと両手をあげた。そして、またゆっくりと横にずれた。そのため、私の目の前には申し訳なさそうな顔をしたヴィルグに変わった。
「…………ニーナ」
「…………ごめんなさい」
「ニーナ」
「ごめんなさい」
同じ言葉を繰り返してしまう。謝らなければ、謝らなければと言う感情が頭を占めたのだ。そんな、私の様子を異様に感じたヴィルグは名前を優しく呼ぶとそのまま抱きしめた。
「ニーナ……」
そして、私は強く掴んでいた裾から手を離すと、おずおずとその大きな背中にゆっくりと手を回した。
「どうした? お前が謝る事は何一つないだろ? 厄介事を持ってきたのはそこのカエルだ」
「俺はカメレオンだ。間違えるな」
即座に否定してきたが、ヴィルグが人睨みすると、すぐに口を閉じた。
「でも……」
「何をそんなに遠慮している? お前が俺に迷惑なんて一度もかけた事などないだろ? そもそも、お前を船から追い出すなんて非道な事を俺がすると思っている事が悲しいな……」
「ごっ、ごめんなさい……」
「冗談だよ。そもそもの話だが……そこのカエルが幼いお前の部屋に無断で入ってきた事が問題だ」
「だから、カメレオン……いえ、何でもないです」
カメレオンの彼は両手を上げたまま、口を閉じた。そして、ヴィルグは私からゆっくりと離れた。
「ニーナ。よく聞け」
「なーに?」
「お前が何か面倒な事を起こしても、俺は絶対に追い出す事はない。もし、お前を船から降ろそうとした奴がいても俺がそいつを黙らせる。だから……大丈夫だ」
最後に目元を優しく柔らげた彼の瞳に泣きそうになった。そのため、袖で目元を擦った。
「ヴィルグさん……ありがとう」
「気にするな」
そして、ヴィルグは立ち上がると、両手を上げたまま固まる彼に鋭い視線を向けた。
「さて……次はお前に話がある」
「えっ?」
その言葉を聞いた彼は身の危険を感じたのか、人から獣人の姿に戻ったのだった。




