四堂楓
「奥様。体は大丈夫ですか。疲れてはいませんか」
楓は霊力で未桜の怪我がこれ以上悪化しないよう術をかけたが治せたわけではないので心配だった。
「大丈夫よ。心配してくれてありがとう」
早く行きましょう、と長旅で疲れていると思ってそう尋ねたのだろうと未桜は思った。
とても優しい子だ。
楓がずっと自分に気遣ってゆっくり歩いていてくれていることに気づいていた。
無意識に未桜は楓の頭を撫でていた。
楓は未桜に頭を撫でて貰えて嬉しそうに微笑み、一瞬何かを考えこむような顔して下を向く。
ボソッと楓が何か呟いたが未桜の耳には届かなかった。
楓は何を思ったのかバッと顔を上げまた話だした。
今度は町や食べ物屋さんではなく桃志郎だけの事を話した。
「…….だから奥様、何も心配はいりません。私もお傍におります。必ずお守りします」
真剣な顔で未桜を守ると宣言する。
未桜はまさかの宣言に目を大きく開け瞳が揺れる。戸惑いを隠せない。
でも、直ぐに困ったような笑みをする。
「ありがとう。でも、私なんかより自分の命を守ってあげて」
まるで死を待ち望んでいるような言い方に「私は貴方の為なら死んでも構わない」と続けようとした言葉を楓は飲み込む。
それを言えば余計に未桜を苦しめてしまう気がした。
「わかりました。なら、未桜さんも自分の命を一番大事にしてください」
だが、未桜は困ったように笑うだけで頷いてはくれなかった。
「約束ですよ。お姉さんも自分の命を一番大事にして下さいね」
何も言えずにいたら、不意に昔の記憶を思い出した。
まだ、舞桜が生きていた頃。ある少年とした約束を思い出した。
指切りを交わしお互いに自分の命を大切にすると約束した。
どうして忘れていたのだろうか。
誰も守る事ができなかった罪悪感からか、死んで楽になりたいと願っていたから。大事なあの少年との約束を破ろうとしていた。
いや、破っていた。
「ええ、わかったわ。約束する」
今度こそ約束を守るよ、と少年に向かって誓う。
未桜の心情など知らない楓は約束してくれたことに喜ぶ。
これで少しは変わるだろうと。桃志郎も喜んでくれるはずだと。
「絶対ですよ。約束ですよ。破らないでくださいね」
小指を立てる。
「うん。絶対に破らないわ」
楓の小指に自分の小指をからめ指切りを一緒にする。
「早くいきましょう。奥様」
指切りをし終えると未桜の手を取り歩き出す。
「ええ」
もし、弟がいたらこんな感じなのかと想像してつい笑ってしまう。だが、すぐにそういうわけではないなと首を横に振る。楓だからそう思うのだろう。
未桜と寧々は半分血は同じだったが、そうはなれなかった。自分達も出会い方が違えばもしかしたら、こんな未来があったのかもしれないと、起こり得ない未桜を想像してしまう。
「(ん?あれ、そう言えば何で楓は私を奥様と呼ぶのかしら?)」
ふと、楓がずっと自分のことを奥様と呼んでいることに気づき不審に思う。
楓は若桜家の当主である桃志郎に仕えているのだから、桃志郎と結婚する女性を奥様と呼ぶはずだ。
それなのに、何故自分を奥様と呼んでいるのか。自分を奥様と呼ぶのはおかしい。
未桜が結婚する相手は桃志郎ではなく、桃志郎が助け保護した人だと信近から昨日聞かされた。
怪我を覆うまでずっと妖魔を倒すことに人生を捧げた。怪我のせいです妖魔と戦うことも嫁に嫁ぎにくるものもいなかった。
可哀想に思った桃志郎が男の願いを何でも叶えると約束し、男が嫁が欲しいと願ったので嫁探しをした。
それなら私の娘をと信近が手を上げ未桜が嫁ぎにいくことになった。
いろいろ言いたい事はあったが、最終的に受け入れたのは自分なので仕方がない。
未桜が結婚するのは桃志郎ではない別の男だ。だからこそ、何故楓が自分を「奥様」と呼ぶのかわからない。
どうして自分をそう呼ぶのか尋ねようと口を開くが、それより先に楓が口を開いた。
「奥様。つきました」
考えるのに夢中になっていた未桜は途中からどうやってここまで歩いてきたのか覚えていない。
楓の声に顔を上げると立派な屋敷が目に映る。
「(これは、桐花家より立派な屋敷だわ)」
それもそのはず。この屋敷の主は四百年の歴史を変えた若桜桃志郎が住む場所。
この屋敷を建てた大工達は腕がなると張り切って作業した。
それに、四百年前より建物を建てる技術は格段に上がっている。それも加わって立派になったのだろう。
桐花家の屋敷も古くなったところを修繕したり新しく作り直したりするが、大工の腕が違うからかあまり良くなったとは感じなかった。
まぁ、寧々や末姫がいろいろと大工に注文をしていたせいでもあるかもしれないが。
それでも桐花家の屋敷が立派なのは確かだが、目の前の屋敷に比べると大したものには見えないと思った。
大きさや新しさ綺麗さはもちろん全然違う。
唯一桐花家が勝てるとしたら歴史が長いというだけ。
でも、それも今では何の意味もない。どうせすぐに桐花家は三代名家から外されるだろう。
桐花家という名ももうすぐ価値がなくなるはず。
そう遠くない将来そうなると未桜はわかっていた。
この屋敷を一目見ただけで未桜は桃志郎という人物がどれだけ皆から愛されているのか感じられた。
門を潜り中に入ると桜の国なのかと勘違いするほど大量の花びらが美しく舞っていた。
「桜の花びら」
「はい、すごいですよね。この屋敷のいたるところに桜の木が植えられているんです」
楓は自分の手の平の上にのった花びらを優しい目で見つめる。
「当主は桜の花が本当に好きで、この屋敷を建てるとき大工達に桜の木を沢山植えたいからそれを踏まえて建てるようお願いしたんです。理由は私にはわかりませんが、きっと当主にとってとても大切な思い出があるのでしょう」
何となく予想はできる。
心の中で「それほど深く愛しているのでしょう」と呟く。
「綺麗ね」
この世のものとは思えないほどの幻想的な光景に未桜の瞳から一筋の涙が溢れる。
「はい。本当に綺麗です」
楓の目に映る景色は未桜と少し違う。
桜の花びらが未桜の周りで蝶のようにふわりと美しく舞う。太陽の光で未桜の周りだけ輝く。
楓は美しいとはこの人ためにある言葉だと心からそう思った。
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