24.アリスの知らない出来事
分かり難くてもやっとしていたので、後半部分を別ページに移動して、こちらには新たに「学園長視点」の話を書き加えました。それに合わせてサブタイトルも変更しました。(2021.04.01)
――時は遡り、合同演習が終わってしばらく過ぎた頃。
*****
親愛なるヘンリー様へ。
お兄様がよからぬことを企んでいるようです。
度々、わたくしにアリスの事を訊ねてくるの。
彼女の能力にとても興味を持っているのです。
もしかしたらアリスに関わることで、謀を企てていたらと思うと、居ても立ってもいられません。
どうか、周辺に気をつけるよう進言してくださいませ。
アリスはお人好しですから、周辺の方々に注意を促してくださいませ。
わたくしは厳しい監視下に置かれていますので、動きようがございません。
どうか、お願いしますね。
*****
ビアンカ嬢からのこの手紙が届いたのは、合同演習の翌週だった。
騎士団の魔物討伐部隊の不祥事で、いまだごたついている最中だ。
例の問題を起こした騎士たちは4人。
その内の2人、アリスが「変態」と言った騎士と、酔って剣を振り回した騎士は除名の上、処刑される事が決まった。
他の2人は除名処分の上、高額な賠償金を支払う事になった。裕福な家でなければ、これで没落するだろうって額だそうだ。
賠償金が払われる相手は、アリスを含む女子生徒4人、それから女性護衛騎士たちだ。
処刑については反対派もいるらしいけど、フォード家の人間としては当然の処分だと思っている。
フォード辺境伯領では、女性に乱暴した男は、丸裸にされて魔獣の群れに放り込まれるんだ。
運が良ければ生き残れるけど、生涯後ろ指さされて生きていくのを嫌って、大抵の場合は領地を出て行く。それほど厳しいのに、未だにバカが出るって、ホント、どうしようもないよね。
ヒューバート隊長は降格の上、警備隊に転属になったけど、師匠、マーリン隊長は謹慎処分で済んでいる。
何しろ、士気の上がらない魔物討伐部隊を率いて、突然湧いて現れた魔物の大群を殲滅させた功績がある。
浄化したのはアリスだけれど、討伐経験のない聖女に浄化魔法を使わせたことが評価されたのだ。
それに、当代一の実力を誇る師匠を辞めさせたら、実際困るのは国だからね。
ただ、処罰される人間はこれだけでは済まないかもしれないと聞いた。
騎士団長が更迭されるのではないかという噂を教えてくれたのは、近衛隊に所属している腹違いの2番目の兄だ。
僕の母は、騎士団長・ミンツ侯爵の姪だから教えてくれたのかもしれない。
ちなみに、僕の母とピエール様は、年の離れた従姉弟だ。
話を戻すと、元々近衛隊所属の騎士の質が落ちているのが目についていた所に、魔物討伐部隊の不祥事が重なった。だから、団長が更迭されても仕方がないという見方が大半らしい。
最近、国王陛下の命令で、近衛隊の人員が、隊長を始め刷新された。
――近衛隊――騎士団の3つある師団のうちの第一師団で、王族と奥宮、王族の住まいを警護するエリート集団。中でも直接王族を護衛する騎士たちを『近衛隊』と通称する。
兄は変わらず所属したまま副隊長に任命されたと、その自慢も込みで教えてくれた。
でも僕は思う。20歳の兄が副隊長って、どれだけ人材がいないんだろうって。
本人には言わないけど。
とにかく、ビアンカ嬢の懸念は僕も気になるよ。
ただ、僕個人で出来る事なんてたかが知れている。
そう、例えばサザーランド公爵閣下にそのまま伝えるとか、ね。
他に頼れる先輩にも相談しよう。
帰って来てから寮の部屋に閉じ篭ってしまったアリスの為に。
僕のお姫様の為にも。
◆◇◆
ピエールからの伝書鳥で、合同演習で事件が起きたことを知り、到着予定頃を見計らって訓練場に出た。
戻ってきた彼らを労い、更に詳しい報告を聞くのが優先事項だろう。
だが、先行して戻ってきたカイエン先生とその腕に眠るアリスを見て、心臓が冷たい手で鷲掴みにされた気分を味わう。
「シリウス君に頼みがある。アリスの魔力制御のブレスレットを解除出来ないか? 魔力をほぼ使い果たしたアリスは、このままでは自浄作用が働かない。魔力が高くても王太子殿下には出来なかったんだ」
「――これはナサニエル様が施したものですが……」
有り余る魔力を抑えるために着けていた魔力制御のブレスレットだったが、今はそれが災いしているようだ。
カイエン先生が急ぐ気持ちは分かる。血の気の引いた少女の顔色を見てしまえば、先延ばしに出来るはずもない。
ブレスレットを装着した左手首を手に取る。小さくて細い、頼りない腕はとても冷たかった。
「『解除』」
カシャンと微かな金属音と共に、ブレスレットは細い手首を解放した。
「……さすがだね。どうもありがとう」
少しだけ顔色の良くなったアリスに安堵していると、カイエン先生は護衛騎士と共にすぐに女子寮へと向かってしまった。
なんの事情も聴けなかったが、それは遅れて到着し始めた教師たちやピエールに訊けばいい。
そして事の次第を知って、同行出来なかったことを激しく後悔した。
――翌週、ヘンリーから助力を求められた。
ビアンカ嬢からの手紙を見せられて、ピエールと共に頭を突き合わせる。
マクシミリアン様が何を考えているかなど解りたくないが、どんな行動を取っているかを探ることで、企みの見当を付けられるだろう。
ただ、彼は既に公爵代行の仕事をしている。対する我々はまだ学生の身分だ。出来る事には限りがある。
そして結局、力を持つ大人を頼らざるを得ない事に、忸怩たる思いを抱える中、引き籠っていたアリスが学園に姿を現したが、怖がられて距離を置かれたことがずいぶん堪えている。
それなのに……。
またあの人に振り回されている。
無茶ぶりにもほどがある。
どさくさに紛れて、不法侵入者とまとめて凍らせてもいいだろうか。
◆◇◆
「――は? 今、なんと?」
本日も実に麗しい微笑みを湛えながら、学園の卒業生であるサザーランド公爵令息マクシミリアンが、突然やって来て突拍子もない事を要請してきた。
あまりにも唐突な話に、間抜けに訊き返す事しか出来なかったわたしを責めないでもらいたい。
オーディン高等学園の学園長就任以来、今年ほど悩まされた事はない。
「ですから、学園長にはこれから侵入してくる狼藉者を捕縛するよう、騎士団の警護隊に出動要請をして欲しいのです。大捕り物になるでしょうから」
なんという事もないように話しているが、受け入れがたい内容だと彼は理解しているのか?
「その前に、やってくる狼藉者を学園に侵入させろと言わなかったか!?」
「その通りです。馨しい花に引き寄せられる虫の如く集まって来るでしょうから。ちゃんと目的に辿り着くよう誘導も必要でしょう。今日、シリウスやピエールは学園にいるのでしょう? 彼らに手伝ってもらいます」
いやいやいや、何を決定事項のように喋っているのだ!
「アリス嬢を危険から守るためと言えば、すぐに協力してくれますよ。ああそうだ、カイエン卿にも手伝ってもらいましょう」
「だから、ちょっと待て!」
「待てませんね、時間がありません。わたしはこれからアリス嬢と女子寮の応接室で面会します。事務局には申請してありますのでご心配なく」
「はぁ!? 何を勝手に……」
「学園長、お願いは3つ。一つ目は警護隊に侵入者捕縛の依頼、二つ目は学園の防御結界を一部解除すること。3つ目はシリウスとピエール、カイエン卿に協力要請をする、以上をお願いします」
言うだけ言うと、さっさと学園長室を出て行った自由人マクシミリアン君。
頭が痛い。
例え、最近国を騒がせている怪しい魔石騒動の犯人を捕まえるためであるとしても、学園に在籍する者の安全を守ることもわたしの務めである。何をどうしてわざわざ危険を招き寄せる片棒を担がなければならないのだ!
ああ、でもマクシミリアン君はやると言ったら必ずやるのだ。
かつての生徒、しかし今はサザーランド公爵代行であり、実は侯爵位に就いている。果てしなくある身分差が憎い。
とにかくわたしが何をどう思おうと事態が解決する訳もなく、必要な事をしなければ取り返しがつかなくなる、という事だけは分かっていた。
…………胃が痛い。
――そして。
緊急要請して来てもらった面子に、マクシミリアン君の企みを説明したら、全員表情を失くして頭を抱えたのは言うまでもない。
いやいや、カイエン卿、そんな怖い顔で睨まないでくれたまえ。シリウス君、室内を氷漬けにしないでもらいたい。
わたしとて受けたくて受けた訳ではない! こんな理不尽な要請。
「思う所はあるだろうが、マクシミリアン・サザーランドが人の言うことなど聞かないことは君たち、よぉく分かっているだろう? カイエン卿はアリス嬢の身の安全を図るためと思って飲み込んでくれ」
はぁぁと大きな溜め息を吐いた後、ピエール君がシリウス君を宥めに掛かってくれた。
「諦めろ。マキシム先輩に謀で勝てたためしはないだろう? それに現在進行形でアリスが危ないならまずは行動あるのみ! 不本意だけどな!」
この場でわたしの心情を分かってくれるのはピエール君だけのようだ。
「ところでなぜここにヘンリー君がいる?」
呼んでないんだが。1年生だし。
答えたのは目が据わっているカイエン卿だが、人の悪い笑みを浮かべている。うむ、なんだか黒いな。
「手伝わせるためですよ。学内でトップランクの魔力量保持者であり、友人であるアリスを助ける為でもあり、実践学習にもなりますしねぇ」
「おいおい、カイエン先生……」
当のヘンリー君は無表情にこくこく頷いている。分かっているのか、本当に。
「しかし休日にしてくれたらいいものを。出来れば昼休憩前に片付けたいですね」
全くだ。そしてピエール君、わたしの心情を代弁してくれてありがとう。
とにもかくにも我々は行動に移した。
四大属性持ちの魔導師というのは本当にとんでもないな。
女子寮に近づいて来た侵入者を間違えることなく一斉に一瞬のうちに凍らせたシリウス君。
そういえばミレー元教諭も生かしたまま凍らせた実績があったな。
それに上級魔導師が複数事に当たったおかげもあって、学園内に賊が散開することなく結界を張り巡らせ、被害は女子寮付近のみで済んだ。
学園の外では、出動してくれた騎士団のおかげで巻き込まれた人はいない。
学園内に侵入した賊は、一見まともな者たちで、そのくせどこか虚ろだった。
打ち分けは、半数がサザーランド家の者たちで、残りに学園の教師と生徒、下働きの者が含まれていた。
嘆かわしいというより、得体のしれない恐怖心が勝る。
――しかし……腑に落ちない。
マクシミリアン君の話ではビアンカ嬢を狙っていた不埒者どもを、派手な行動で自身と『聖女』に向けさせ、今日ここにおびき寄せたのだと言うが。
「学園長、どうにも納得できないんですよね。本当にこれでビアンカ嬢の安全が図れたのか。サザーランド家別邸の様子をヘンリーに見に行かせてもいいですか」
ピエール君の疑念はもっともだ。でもなんでヘンリー君?
「ヘンリーはビアンカ嬢の騎士ですから。俺たちより、ヘンリーの方がビアンカ嬢も安心するでしょう」
気配り上手だな、ピエール君!
「そうだな。許可する。だが、一人では行かせられないぞ」
「もちろんです。警護隊から数人同行してもらうようお願いしてきます」
ヘンリー君を伴っていくシリウス君の背中にわたしはエールを送る。
いよっ! さすが生徒会長! 魔導師団団長ご子息! 史上最年少上級魔導師!
…………いや、わたしも大概壊れているな。なんだかキラキラした美丈夫が近づいてきているのが見える。気のせいだろうか、サザーランド公爵に似ているような…………
「――サザーランド公爵閣下!」
ピエール君の声に、幻ではないことに正直驚いた。
いつの間に領地より出てきたのか。
「学園長、愚息が学園に迷惑を掛けてしまい、本当に申し訳ない」
目の前にやって来た公爵様が、しがない伯爵のわたしに頭を下げた。あり得ない出来事である。
内心の動揺を全力で押し隠し、努めて厳しい面を作り上げた……と思う。
「頭をお上げください閣下。まだ事態は収束しておりません。ご子息は『聖女』アリス嬢と共に立て籠もっておいでです」
「どこに」
「女子寮の面会室です。多重結界と共に錬成魔法で壁に覆われてしまって中が窺い知れません」
「……邸の方も多重結界が張られて中に入れなかった。――全く、あの妹バカが!」
大変苦々しい後半の呟きが、父親である公爵のあずかり知らぬことであったと察せられた。
「しばらく経ちます。アリス嬢の安全の為にも強行突破を考えている所です」
「魔力の多いマクシミリアンの多重結界だぞ。出来るのか?」
「うちにはシリウス君がいますので」
四大属性持ちで豊富な魔力量を誇っているのに文官コースに進んだマクシミリアン君だが、史上最年少、5年生で上級魔導師資格を得たシリウス君には敵わないだろう。
「ああ、ハノーヴァ家の」
公爵も納得したようだ。
だがしかし、こちらが行動する前に、女子寮の1階から、ドォーン・パリィーンという破壊音が響いて来て、爆風と共に破片が飛んできたのであった。
お読みいただきありがとうございます!
次のお話は新たに書き加えたものです。(2021.04.01)




