25.閑話休題:とある侍従の憂い
分かり難い部分を補うため、新たに書いたお話を差し込みました。(2021.04.01)
――作戦決行前のある日。
俺――レオンハルトの主はサザーランド公爵令息であり、ランズベール侯爵でもあるマクシミリアン様。
サザーランド家の若様と俺は乳兄弟で、現在は侍従として仕えている。
侍従と言っても補佐官でもあり、身の回りのお世話より仕事の雑務をこなしている方が多い。
それだけ近い間柄なんだが、親しき中にも礼儀あり、主が誰に対しても丁寧な言葉遣いな上、親しい者に対しても愛称も呼ばないので、俺の口調も砕ける事はまずない。
まぁ、仕えている俺が謙るのは当然なんだが、公私ともにこんな感じなので、傍から見ればずいぶん堅苦しく感じる事だろう。
まぁ、俺は気にしてないけど。
「黒幕は絞り込めませんでしたが、首謀者と実行犯は特定できています。実行犯はこれから一網打尽にするにしても、首謀者はいかがなさいますか? 騎士たちを張り付かせてますが」
穏やかな微笑みを浮かべながら、俺からの報告を聞いていたマクシミリアン様は、顎に右手の指を掛けてすっと目を細めた。
「大元を絶たなければ意味がありません。逃がさないよう、監視と包囲を徹底させて、もし黒幕との接触があれば機を逃さず踏み込む、というあたりでいいでしょう」
首謀者は貴族である。本来なら王国騎士団の『特務隊』の仕事だが、物証が出てこない今回の件では彼らも動きにくいのだろう。
だが、首謀者の一人は身分を剥奪された逃亡者である。これを確保できれば他は芋づる式。サザーランド家の騎士たちをその男に張り付かせていた。
「計画通り、『聖女』様への注目が高まっています。マクシミリアン様が衆人環視の中で『聖女』様へ接触したり、贈り物をしたり。中でも宝石商からの情報はなかなか良い効果をもたらしているようですよ」
俺の言う「良い効果」の内容を知るマクシミリアン様は笑みを深めた。
先日、懇意にしている宝石商から虹色の魔石を購入し、それを首飾りに加工するよう注文した。
「さる高貴で可愛らしい方への贈り物なのですよ」
マクシミリアン様自らそう言って、デザイン案を渡したのだ。
御三家であるサザーランド公爵の令息が、『高貴』と言える人物は数少ない。しかも『可愛らしい』デザインであったことから、その首飾りが『聖女』への贈り物であると推測されたようだ。
マクシミリアン様が『聖女』様に求婚するのではないか――と。
憶測を生ませたのはもちろんわざとである。
わざとではあるが……
「アリス嬢には本気で求婚もやぶさかではありませんよ。“特別な力”を持つビアンカとアリス嬢、二人ともわたしが養っていくことは可能でしょう」
サファイヤブルーの瞳に恍惚とした光が宿っているのをうっかり見てしまった俺は、主に気づかれぬようそっと溜息を吐いた。
(――この、どシスコンめ!!)
昨年、婚約者の令嬢をドン引きさせて婚約解消したのは、この『妹溺愛』が引き金であった。
「わたくしとビアンカ様、どちらが大切ですの!?」
――と、常々のあっさりした対応に業を煮やした令嬢は、シスコンに言ってはならない台詞で迫った。
令嬢もバカではあるが、言われた主も馬鹿正直に答えてしまったから手に負えない。
「もちろんビアンカです。貴女とは政略の縁組で割り切った仲なのだし、何を今更そんな事を訊くのでしょうか」
それはそれは美しい笑みを浮かべての台詞で、側に控えていた俺やメイド、護衛騎士までが思わず天を仰いだ。
この件が決定打となり、両家話し合いの元、穏便に婚約解消は果たされた。
ちなみに我が主は、王太子殿下が隣国の王女と婚約が相成った後、失意のソーフィールド公爵令嬢オディール様へ婚約の打診をした勇者でもある。
対立した両家を『婚姻』で仲を修復する事は、古来よりよく用いられる手段ではあるが、ソーフィールド公爵本人というより、公爵夫人を激怒させたようで白紙になった。
旦那様――公爵様は、「どうせ受け付けられないだろうが、駄目で元々、申し込んでみろ」という姿勢だった。
断られたら、「それみたことか」という顔だったな。
マクシミリアン様自身も、まるで痛手を受けていないような淡々としたもので、ああホントに妹以外どうでもいいんだなぁとシスコン具合を再確認した。
――で、件の令嬢はソーフィールド家分家の令嬢だ。あちらとはとことん縁がない。
「こほん。マクシミリアン様、ビアンカ様はいずれ他家に嫁ぐのですからそんな……」
「ビアンカはお嫁に出しません! 家臣から婿を取り分家を任せればいいのです」
「いえいえ、現に今だって第二王子殿下と婚約してますし、そちらが解消されてもフォード辺境伯との縁組もありますよ!」
「そんなもの!」
嫌悪感を顔に出すなんてことは普段ではありえない。
どうもマクシミリアン様は、フォード辺境伯令息がお気に召さないようだ。
たぶん、というか確定的な事実で、ビアンカ様がその令息、ヘンリー君と仲が良いから妬いているのだろう。
本当にこのシスコンはビアンカ様のことになると冷静さを失う。
「ビアンカはサザーランドが守るのです! それに友人の『聖女』様を我が領へお迎え出来れば、ビアンカも寂しくありませんし、パールミュラ王国への良い牽制となるでしょう。頼りない王家を当てにせずに済みます」
「マクシミリアン様!」
俺は焦って語気を強めた。盗聴防止をしているとはいえ、どこから漏れるか今の状況では不安は尽きないっていうのに。
マクシミリアン様は悪びれることなく、ニヤリと口の端を引き上げる。
「盗聴防止魔法・魔法防御結界・物理攻撃防御結界を張り巡らしたうえ、ここにはおまえしかいません。漏れたらおまえが喋ったという事ですね」
「マクシミリアン様~」
ありがたい我が主の言葉に泣けてくる。
今回の騒動――魔石に付与された『精神操作魔法』はなかなかの難物である。
一見なんの変哲もない魔石に見せかけて、何かに使用しようと魔力を込めると途端に発動するのだ。
本人は魔法にかけられた事に気づかず、ある日、何者かが接触し指示を出す。それを疑問に思うことなく実行させる、というのが今回の魔法らしい。
――『精神に干渉する魔法』で代表的なものは『魅了魔法』だ。相手を虜にして支配する魔法で、現在は禁術となっている。
いつ・どこで・誰が『命令』を下しているのか分からず、その尻尾を掴むのに難儀した。
尻尾を掴んでも証拠が残らないため、警邏に捕縛させる事も出来ずにいる。
我が国はとにかく魔石の使用頻度が高い。
生活魔法ぐらいなら、魔力消費量が少ないためそのまま魔法展開するが、少し高度になると前もって魔石に魔法付与しておく。防御系の結界魔法、盗聴防止魔法は特にそうだ。
魔石利用する頻度が高い者は、魔導師、魔導具師だろう。その次に学生。
学生といえば、ビアンカ様を襲撃した愚か者どもがいたな。
あの事件でマクシミリアン様に火が点いたんだ。
主犯がバーモント侯爵令嬢マーガレットだとされた。
頭の中身がお花畑のような令嬢らしかったので、ただの実行犯にされたのだと見ている。
首謀者と目されているバーモント侯爵の目的は、『ソーフィールド公爵令嬢オディール様に依頼された』と言わせたかったのだろうが、お花畑令嬢マーガレットは思う通りには踊らなかった。
元バーモント侯爵は、元々ソーフィールド公爵家の後継ぎだったのに、王兄殿下が臣籍降下したことで家を出され、分家のバーモント侯爵家当主に納まった人物だ。その恨みで計画したと聞いている。
振り返ってみるとこの事件より前に、サザーランド領内で事は始まっていたのだ。
妙な行動を起こす家臣や使用人が何人かいる、という報告が上がってきたのは春先。
それからしばらくして王都の別邸でもおかしな行動をする者が出てきた。
書類を紛失したり、指示をしていない仕事で外出したり。
その行動目的を探っている内に、ビアンカ様襲撃事件があり、寮の部屋まで爆破されたとあって、シスコンが本気で調査に乗り出した。
でも、この爆破事件のおかげで、魔法付与された出所不明の魔石が使用されたことが判明した。
そこから遡り、怪しい行動を起こした者たちが持つ魔石を調べ始めたものの、これまた難航した。
鑑定魔法で探ったとたん、何かしらの魔法が発動したのだが、これが何なのかさっぱりだった。
また、その魔石の購入ルートを探ったら、パールミュラ王国から仕入れた事が分かり、あちらの国を警戒してもいた。
いずれにせよ決め手に欠け、疑い出すときりがなく暗中模索状態。
ビアンカ様に絡まない所でも、不審な魔石での事件がいくつか起こっている。
王都内で、魔石から魔獣が出現したという事例が二件あったが、こちらは単体ですぐに警護隊に討伐されている。
リズベリー公爵領の森で、スタンピードのような大量の魔物襲撃は、魔物討伐部隊隊長と『聖女』様の活躍ですぐに鎮静化した。
その後、『聖女』様周辺を怪しい連中がうろついていたが、あちらはガードが固くてまるで近づけていない。
ご実家のロイド家の近くでも不審者が出没していたようだったが、これまた速やかに対処され、ますます邸の結界が強固になったが。
これらの事から、魔物や魔獣出没は単なる陽動で、狙いはビアンカ様と『聖女』様であると結論付けるに至った。
元々マクシミリアン様は、フェロー侯爵とバーモント侯爵の献金・横領事件を暴いていて、すでに恨みを買っていた。
これに対する脅しでビアンカ様が狙われた――という一面もあった。
だから、『聖女』様へ注目を集めて、『ビアンカ様から注意を逸らそう作戦』を実施している訳だ。
しかし、俺的には良心が痛む。
先日マクシミリアン様と共に訪問した学園で、初めて『聖女』様の姿を拝見したが、小さくてふわふわしたとても愛らしい少女だった。
金色の光を纏った、まさに『光の神子』様だ。
そんな女の子を囮に使おうなんて罰当たりな、と思うんだがなぁ。マクシミリアン様は意に介していない。
とにかく、雲をつかむような捜索で、ようやく元バーモント侯爵が今回の事件の首謀者の一人である事を掴んだので、計画実行日、俺は主と別行動で学園ではなく元侯爵を捕らえに行く。
だがしかし、本当に俺たちの行動は正解なのか?
一抹の、いや、それ以上に不安がある。
――自分には『精神操作魔法』が掛けられていないのだろうか?
自覚がないのが特徴だ。判断は第三者に委ねるしかない。
そして……マクシミリアン様も正常なのかどうか。
決行当日、邸にはビアンカ様を残していくことになる。
騎士たち、使用人たちの中には怪しい者が含まれているから、全員縛り上げ、邸全体に多重結界で封じ込める。
中から抜け出られない上、外部からの侵入者も防ぐ。それで憂いはないというが……。
本当に、これで良いのだろうか。
お読みいただきありがとうございます( ^ω^ )
次のお話も加筆修正しています。(2021.04.01)




