23.マクシミリアンの先制攻撃
色々大変な目に遭った合同演習から一月近く、何故かわたしはビアンカ様の兄上、マクシミリアン様の訪問を受けていた。
本当はね、断りたかったの。
今もわたしは、大人の男の人が怖くて近づけない。
それに今日は6の曜日じゃないけれど、神殿に行く用事があるから学校を休んでいたのよ。あまり時間はない事を伝えたのに、どうしてもって言うし。
サザーランド公爵のご子息で、代行まで務めている方を無下にする訳にはいかないでしょう?
不本意だけど仕方なーく会うことを承諾した。
ビアンカ様の様子が聞けるかな? という下心もありましたしね。
そう、未だにビアンカ様は休学中なんです。
返して、わたしの唯一の女友達を!
合同演習で少し打ち解けたマリエル先輩とレイリア先輩とは、その後お互いの部屋を行き来したりして親睦を深めているけど、まだ「友人」と言えるかどうか。
案外わたしは、他人に馴染むのに時間がかかるのよね。
女子寮の面会用の応接室で一般的な挨拶を交わした後、ティーテーブルを挟んで向かい合う。正直もっと距離を取りたい。
わたしの傍にはシリンさんとエイダさんが付いているし、膝の上にはヌコの蝶子さんもいる。大丈夫、まだ我慢出来るわ。
わたしは白いワンピースを気にして、おしとやかにティーカップを持つ。
白だから、少しのお茶のハネも許せないからね。
そういえば7歳の洗礼式の時も白いワンピースだったな。
今日の服は、聖女お披露目の時に着たものと似ているけれど、ちょっとデザインが違う。薄い生地が重ねられたスカートはふわりと広がるプリンセスラインで、全体的に金糸の刺繍とビーズが彩を与えている。
「お加減がすぐれないと聞きましたので、お見舞いに参りました。先日の合同演習では大変な目に遭われた事も聞き及んでいます」
一月前の演習の事を今更言われてもな。
この人なら、お見舞いだけの為にわざわざ来ないよね?
「魔物を初めて目にして怖い思いをしましたが、それでもどうにか役目を果たせましたし、その瘴気で体が不調を起こしている訳ではございませんので、ご心配は無用でございます」
そうですか、とホッとしたような微笑みを浮かべるマクシミリアン様。
どうしてそんなに無駄にキラキラなんでしょうね。
いえ、外見が美しいのは本人の咎ではないけれど、どうしてかこの方は、それを最大限生かそうとしているように見えてしまうのよね。
男装の麗人もかくやという中性的な美貌を、さらに魅力的に見せるよう作り上げているんじゃないか、と。
ゆるく波打つ金の髪を長く伸ばして、顔に掛かる一筋だけ残してゆるく纏めているのも。
淡い薔薇色の艶めく唇で微笑みを浮かべるのも。
透明度の高いサファイヤブルーの瞳を、これでもかと煌めかせる角度を熟知しているかのように、少し頭を傾けているのも。
細く長い美しい指でティーカップを持つ完璧な仕草も、なんだか計算ずくのように感じてしまう。
夢の国の王子様――
美しく、優しく、乱暴な事とは無縁で、民を愛し、国の平和を心から願う。
乙女が幻想する、そんな姿を演じているような?
それは別に悪い事ではない。だけど、場合によると思う。
今の場合、わたしを誑かしにかかってる気がする。
ああ、うん、わたしの心が世俗(前世)にまみれているから、そんな風に疑っちゃうのかもしれないわね。
(すっっっごい、キラッキラの美形ねぇ。でも、わたしの趣味じゃないわぁ)
(うん、わたしの好みでもないよ)
蝶子さんと心の中で同意をしあってると、キラキラしい美青年が白い封筒を差し出した。
「これはビアンカからの手紙です」
差し出された白い封筒は、サザーランドの紋章入りだ。
ヘンリー様経由で受け取る手紙は、毎回違う色味の花柄などの型押しがされてる可愛い封筒だから、今回のものは形式ばっているのかもしれない。
「ありがとうございます」
いつもと違っても、ビアンカ様からの手紙を拒否る訳ないよ。
受け取ったわたしに、薄い微笑みを浮かべたまま、マクシミリアン様は更に嬉しい事を告げた。
「そろそろビアンカを復帰させようと思っています。この一月、特に周辺で怪しい動きもありませんでしたから」
「本当ですか!? いつ頃になるのでしょうか」
ここで初めて、マクシミリアン様に特大の笑顔を向けた。
いやー、仕方がないよね。嬉しいんだもん。
なんて目の前のエサに気を取られ、妙な含みのある言葉にこの時のわたしは気づけずにいた。
笑みを深めたマクシミリアン様は、わたしの問いには答えず、斜め方向から話し始める。
「ところで今日はお誕生日でしたね。おめでとうございます。貴女の好みが分からなかったので、贈り物はビアンカの意見を参考に選んでみました。それと、ビアンカの復学ですが、貴女の返答次第ですぐにも復帰させようと思います」
マクシミリアン様の従僕が抱えた、リボンの付いた小さ目な箱をエイダさんに手渡す。
いやだそれ、何が入っているの?
それにわたしの返答次第って、今脅されているの?
現在、わたしはいやーな予感で一杯です。
「ビアンカを復帰させる代わりにわたしと婚約してください。それが条件です」
…………いま、なんつった?
コンヤクシテクダサイ?
脳が言葉を拒絶している。
意味分かんない!
何でそこでキラキラ増量の笑みを浮かべているの?
ビアンカ様の復学と、わたしとの婚約は別物だよね?
「は? おっしゃってる意味が分かりません」
「贈り物の箱を開けてみてください」
何故にこうも問いと答えがすれ違うのか。
いや、きっとわざとだな。
エイダさんが不本意な顔をして包みを取り、箱を開封する。中を確認したら、眉を顰めてしまった。
受け取り拒否したい。
ダメですか? ダメですよね。分かってますよ、ちぇっ。
渋々といった感じで、エイダさんがわたしに箱を渡してくれた。
箱自体はかなりしっかりした造りで、恐らく革、そして表面はビロードのように滑らかな起毛。
蓋の天辺にはサザーランドの紋章が刻印されていて、開けるのが物凄く躊躇われたよ。
なかなかわたしが中を見てくれないからか、マクシミリアン様が「どうぞ」と催促してきた。
箱を開けなかったら、見なかったことに……ならないよねー。分かってるよー。
仕方なーく、パクンと蓋を開く。蝶番が付いている貝開きタイプですよ。
見て……閉じた。
マクシミリアン様を見ると、キラッキラの微笑みを浮かべている。
逆にわたしの顔はきっと、強張って青くなっていると思う。
「お気に召しましたか? 着けて差し上げましょう」
これが喜んでる顔に見えるのか!!
目が悪いの!?
もしかして見えてるものが都合よく脳内変換されちゃうタイプなのか!?
マクシミリアン様が立ちあがって、今にもこちらにやって来そうだったから、咄嗟にわたしは非常に行儀悪くも、椅子を蹴倒して後ろに飛び退った。
勢い余って絨毯に躓いてよろけた体を、シリンさんが受け止めてくれる。
わたしの膝から投げ出された蝶子さんは、ひらりと床に立った時には“トラもどき”に変身していた。
愛嬌のある顔立ちなので若干迫力はないけれど、マクシミリアン様を威嚇する。
「おさがり下さい。それ以上近づけば剣を抜きます」
わたしをエイダさんに渡したシリンさんが、静かに警告を発する。
手は剣の柄を握って、いつでも抜けるよう身構えた。
「残念ですね。これは根競べをするしかなさそうです」
目を眇めたマクシミリアン様は、右手で贈り物の箱を触りながら、左手に魔石を握っていて、その魔石から魔法が発動された。
何事が始まるのかと様子を見る間に、面会室が三重の結界に覆われ、更に外側に壁が錬成されていった。つまり、窓もドアも、全ての出入り口が閉ざされてしまったのだ。
暗くなる室内を、魔石のランプが照らし出す。
「貴女が『うん』と言ってくれたら解放しましょう。それまで邪魔されたくありませんので。ああ、軽食とお茶、お菓子もありますので、しばらくは凌げますよ」
突如亜空間を開き、シフォンケーキを皿ごと取り出して見せるマクシミリアン様。
ビアンカ様と同じく、あなたも収納魔法が使えるんですね。
しかもシフォンケーキを出してくるあたり、何かしら言外に含めてるんでしょうかね。
「これは脅迫ですよ。公爵家ご嫡男ともあろう方が、こんな暴挙に出るなど」
青ざめるシリンさんは、怒りの為か微かに震えている。
「わたしは手段を選びません」
あああ! 今になってビアンカ様の忠告を思い出したよ!
『見かけに騙されてはいけなくってよ、アリス。ああ見えて、手段を選ばない非情な面を持っていますの』って。
遅かったー! 気をつけてねって言われてたのに!
でもさ、手段を選ばなすぎじゃね?
わたしが「うん」と言わないまま、ここを脱出した場合、この人どうするつもりなんでしょうね?
だいたい、今日はこれから神殿に行くって伝えたよ。つまり迎えが来るんだよ。
ここでマクシミリアン様と面会していることは、部屋に残っているメイドさんやイリアさんも知っている。寮監だって、外の警備兵だって知っている。
分からない。何かしらの手を打ってるのかしら。
このちぐはぐとした収まりの悪い成り行きが気持ち悪い。
応接室の片隅にあるソファに座って、こみ上げてきた吐き気を、回復薬を染み込ませたハンカチで抑える。
これから敵を迎え撃つのに、吐いている場合じゃない。
そう、彼は“求婚者”という名の敵です。
贈り物はネックレスでした。とっても希少価値の高い、虹色の魔石を中央に、花を象った金細工も繊細なネックレス。魔石の中にはサザーランドの紋章が魔法で刻印されていた。
明らかに求婚の品です。絶対に受け取らねーよ!
「サザーランド様、このように非常識な求婚がありましょうか。本来ならば、家同士の話し合いを経て、ご本人に打診されるものです。しかもお嬢様は未成年、ご両親の承諾もなく婚約を迫るなどありえません」
エイダさん、冷静に抗議しているけれど、怒っているわ。
わたしも吐き気がなければ色々言いたい。
「このことは、サザーランド公爵閣下はご存じなのでしょうか」
「ふふ、父上には手紙を送りました。しかし、この王都ではわたしが代行を務めています」
さも権利があるように言ってるけど、あくまでも代行だよね? 当主じゃないからね。だよね?
「承認を得ていないのですか。尚更このような非礼な求婚に応える必要はございませんね」
「おや、承認を得ていれば応えてくれるのですか?」
あーもー、のらりくらり。
(ねぇねぇ、こいつ噛んじゃう? 踏んづけちゃう?)
(いやいや、ちょっと待って。この結界を破るから。ただ、今気持ち悪くって集中出来ないから時間稼ぎをしたいわ)
すーはー。ハンカチで口元を押さえながら深呼吸。
「ロイド家には打診なされましたか?」
「ああ、ロイド伯爵は大変アリス様を溺愛されているとか。手順通り申し込んだところで、とても色よい返事が貰えないことは想像に難くありません。だからこそ、ご本人に直接打診しているのです。アリス様から伯爵を説得してもらう方が手っ取り早いでしょうから」
受けねーし、説得しねーし!
「わたしはこれでも待ったのですよ。アリス様に関心があると皆が見ている前で行動したのにも関わらず、一月の間、誰も何も行動しなかったではありませんか。であれば、わたしが貰い受けようと思ったのです。それにわたしと結婚すれば、ビアンカとアリス様は義理の姉妹となりますね。妹の闇属性、アリス様の光属性、“特別な力”を持つ二人を我がサザーランド家が庇護いたしましょう」
“義理の姉妹”のワードは一瞬魅力的に感じたけれど、いやいやいや、もう友達だし。
「わたくしには、ナサニエル様や王家の後ろ盾がございます。サザーランド公爵家の庇護は過分でございましょう。それにしても驚きました。マクシミリアン様ほどの方に婚約者がいらっしゃらないとは」
ようやくわたしが口を開いたので、またしてもこっちに向かってキラキラを送ってくる。
「ええ、昨年まではおりましたが、縁がなく白紙となりました。ですから心置きなくわたしの求婚を受けてください」
「お断り申し上げます」
「即答ですね」
「誰も何も行動を起こさないと言われましたが、わたくしの立場や年齢を考慮されているのではないでしょうか。ただ、先日、王太子殿下より贈り物を頂きましたわ」
「おや、王家に取り込まれるのを良しとしなかったのでは?」
くっそー、わたしには手持ちのカードがろくにない。
わたし含むロイド家とヴィンスリ―家が、王家と距離を取ろうとしている事をこれまでの成り行きで知っているんでしょう。御三家会議に出席したのはマクシミリアン様だもの。
それに王太子殿下からの贈り物は、ただ単に合同演習の時のお見舞いの品だろうし、わたしだって“王家の後ろ盾”をチラつかせるのは不本意なのよ!
「ご存じのように、養女にされたいという勿体ないお話はお断りさせて頂きました。代わりに国王陛下が後ろ盾を買って出て下さったのです。ですから、わたくし個人が縁組を勝手に承諾する訳には参りません」
「ふふ、そうですか。ああ、そろそろ喉が渇きませんか? お茶請けのこのケーキ、ハンナの自信作だそうですよ。はちみつ漬けのフルーツが混ぜ込まれているとか。せっかくなので頂きませんか?」
そうそう、わたしが提案したやつね。
くっ、食べたい。でも食べる訳にはいかないし、今は特に無理!
いくら待ってもわたしは首を縦に振らないからね!
でも、わたしを頷かせる方法が、今、この場にあることはある。
気づいているかもしれないけど、それを行わせる前にわたしが脱出すればいいだけだ。
深く息を吐き、一気に集中した。
薄く魔力を広げ、この部屋を覆う多重結界の構成と強度を探る。
マクシミリアン様は四大属性持ちだという。魔力も多い。だけど、わたしよりは少ない。
他に隠し玉がなければだけど。
こう言う人って、見えない所に奥の手を隠し持っていそうだよね。
それを使わせないためにも、反撃は一気に畳みかけなければ!
わたしは蝶子さんに作戦を心の声で語りかけた。
お読みいただきありがとうございます!
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