30.女性騎士と魔導師
魔導師コース訓練場を後にしたマーリンの後ろを歩くシリンに、彼は盗聴防止端末を手渡してきた。
歩きながらの僅かな間だが、話をするには今しか時間が取れないからだろう。
「シリン嬢、どうだった」
騎士団や魔導師団では、家名で呼ぶと、同じ家の出身者がいたりで紛らわしい事から、名前呼びが通常になっている。だから特に付き合いはなかったにもかかわらず、すぐにも名前呼びになった。
彼女は今日、マーリンの護衛騎士としてオーディン学園を訪問している。
そのマーリンの端的な質問に、微かに眉を顰めた。
「どう、と言われましても。この僅かな間に決めることは出来ません」
「それはもちろんだ。無理強いはしない。それは騎士団長にも伝えてある」
シリンは前を行くマーリンの背中を睨む。
突如、騎士団長に呼ばれ、同席していた魔導師団魔物討伐部隊マーリン隊長から、ある人物の護衛騎士にならないかと打診されたのが昨日。
騎士団の警護隊所属の自分に護衛騎士という役割は納得出来る。守る対象が女性であるから、女性騎士が必要であることも分かる。しかし、対象がオーディン学園の1年生で、王女や公爵令嬢でもないのだから、かなり目立つのではないか。
「あの小さな少女は重要人物なのですよね」
まだ引き受けていないので、詳細は伏せられたままだ。
それで判断するのはさすがに厳しいと、実際顔を合わせてみてはどうかという事で、マーリンに同行したのだ。
珍しいピンク色の髪で、更に珍しい眼鏡を掛けた少女は、魔導師ではない自分にも魔力が豊富な逸材だと分かった。
「そうだ。貴重な人材なのだが、守りが手薄で頭を抱えていた。シリン嬢が引き受けてくれれば、不安材料が減る」
失策のあった件は、離れて護衛していて、いざという時に対応出来なかったと聞いた。
だから、護衛騎士をこれ見よがしに傍に付け、周囲への牽制で難を未然に防ぎつつ、警護に当たらせたいのだと。ただし、対象が男爵令嬢では悪目立ちするだろう。
「何故、わたしなのですか」
「騎士団長の推薦だ」
騎士団から護衛任務にあたるのは、大抵の場合、公人や賓客だ。個人にはまずない。個人的な護衛騎士は、その家が雇い入れる専属だ。
問いを重ねようとしたが時間切れだった。出入り口に待機させた奇獣が見えている。
魔物討伐部隊は、魔石の奇獣ではなく、魔獣を馴らして奇獣にする者が多いと聞く。
マーリンも魔獣を従えていた。翼ある虎に似た白い魔獣だ。牙も爪も鋭く獰猛で、奇獣に不向きだとされている。
マーリンが振り返る。
「シリン嬢、専属が決まるまでの間だ」
ダメ押しの一言のあと、盗聴防止端末が回収された。
暖かな風が吹き抜け、マーリンの銀髪を靡かせる。陽光の元でプラチナの輝きが一層煌めく。
当代一と謳われる魔導師は、剣の腕も確かで、騎士団でも尊敬を集めている。そんな存在と、こんな風に側近くに立つことも、話をするのも初めてだった。
傍に寄るだけでも緊張する彼に、仕事を任され、認められたならどれほどの喜びだろうか。
シリンは己の薄茶色の肩にかかる髪を、無意識に指に絡める。
風が吹く。促されるように振り返り、出てきたばかりの訓練場に目を向けたが、特別何の感情も湧き起らなかった。
だから、今は前を行く彼の跡を追う。
◆◇◆
「そういえばシリウス様、本日、殿下はどちらにいらっしゃるの? 最近の傾向では、そろそろピエール様に抱えられてやって来そうですけど」
ビアンカ様が思い出したように尋ねた。
いきなり乱入されるより、前もって知っておきたい所よね。
「殿下は学園を休んでおられる。5の曜日に王宮に戻られたままだ」
「まあ! 本当に帰られたのね!」
ビアンカ様が王宮に帰ってはどうかと言ったからなのかな?
オディール様との縁組をご両親に尋ねに行ったのだとしたら、結構本気だってことよね。
シリウス様がちらりと、ビアンカ様のとぼけた表情を窺う。
「我々からは日々報告を陛下に差し上げているが、今回は詳細に報告書を提出した。その件で留め置かれているのかもしれない」
「そうでしたの。ふふふ、実はわたくしからも王妃様へ、お手紙を送らせて頂きましたわ。ふふふふふ、もういっそ戻らなくても結構だわ」
怒り心頭って感じですね。
仮とはいえ、婚約者に向かって他の女性の方がいいって、きっぱりと言い切る所は子供というか、王子だからというか、無神経極まりない。
あれ? そういえば王子は婚約が仮だってことを知ってるのかしら。
ともかく、王子の面倒を見なくてもいいってことで、少しはシリウス様に余裕が出来たんじゃない?
「なかなかやんちゃな方だと聞いていたけど、かなり手こずっているようだねぇ」
カイエン先生が素直な感想を述べると、ビアンカ様がくるりと向き直る。
「カイエン先生、アリスも殿下の被害を被っているのです。入学初日からアリスの眼鏡に大変興味を示されて、奪っておもちゃにしてはしゃぎまくり、アリスは顔を隠すのに苦心してましたわ」
えーと、ビアンカ様? その言い分だと、カイエン先生が認識阻害の件を知っているって体ですよね?
まあ、知ってるも何も、この付与魔法はカイエン製ですけどね。
女子会でビアンカ様にこの件は話したんだっけ? あれ? と困惑しているうちに話は進む。
カイエン先生は、シリウス様とヘンリー様へと視線を移し、ビアンカ様へと戻した。
「――君たちはアリスの眼鏡の認識阻害付与を知っている、ということで間違いないかな?」
全員頷いた。
「君たち以外で知っている者はいるのかな?」
「同級生たちは気づいているかもしれませんわ。何しろ毎日、殿下は眼鏡を奪って行くのですもの。身分を憚ってアリスがあまり抵抗出来ないのをいいことに! 抵抗したら今度は水球攻撃を仕掛けてくる始末でしたわ!」
カイエン先生が思わず片手で頭を抱える。
「別の魔導具にするかなぁ」
「え! 眼鏡以外でも出来るんですか!?」
それなら初めからそっちにして欲しかったよ!
「うーん、認識阻害というより、存在を希薄にするものなんだよねぇ。そうするとどうなると思う?」
質問返し!
「ええーと、他の人から存在自体を認識されにくいってことですよね?……うん、大丈夫です。今までも教師たちから存在無視されてきましたから!」
「全くよくありませんわよ!」
すかさず否定したのはビアンカ様で、カイエン先生はついに両手で頭を抱えてしまった。
「殿下の眼鏡好き病は最近治まっていたから、まだ眼鏡でもいいんじゃない?」
「あら? ヘンリー様がそんなことを言うなんて、どうなさったの?」
「皆がアリスの可愛らしさを知る必要はないと思う」
…………わたしはどんな反応をすればよいですかね。
「あのぉ、お二人とも……」
わたしが言いかけた所で、実技スペースから上級生たちが戻ってきた。話題が逸れて助かったわ。
……助かった、のかな?
トウリ先輩が物凄い仏頂面で睨んでくるんですけど!
でもシリウス様の視線を感じたとたんに、びくりとして遠ざかって行ったわ。
なに、あれ。
「さて、1年生は実技スペースに来てくれるかな」
ロビン先生に手招きされて、わたしたちはさっさと従う。
でも、後に続こうとしたシリウス様を、ロビン先生が引き止めた。
「シリウス君はちょっと残ってくれるかな。カイエン先生、1年生の指導をお願いします」
振り返ってみると、ロビン先生の顔は笑みを浮かべているのに、怒っているように見えるわ。
どうしたんでしょう。
これから見学室で何が話し合われるのか、ちょっと怖いので、わたしは残りの階段を急いで降りた。
実技スペースで待っていたマティス先生は、ちょっとどんよりしているみたい。
ホントにどうしましたか?
「マティス卿、上級生たちはあまり思わしくありませんでしたか」
カイエン先生に話しかけられ、はっと表情を取り繕う。
「聞いていたのとちょっと違っていましたね。みな、ロイド嬢レベルなのかと期待してしまったので」
わたしレベル――は、低くはないと先ほど教えてもらったけど……どうなんだ?
カイエン先生は、操作盤を確認してからマティス先生に向き直る。どうやら、音声が通じてないことを確認したらしい。
「まぁ、上級生たちはおまけだから、そう気にする必要はないと思うよ。『特別コース』はこの1年生たちのためにあると聞いてるしね」
ぶっちゃけましたね! 教師がそんな事言っていいんでしょうか。
ほら、マティス先生の方が慌てているわ。
「か、カイエン先生! 生徒の前でそんなことを……」
「お気遣いなく。承知しておりますわ。それに、あの先輩方の実力は先ほどちらりと見物させていただきましたけれど、『特別コース』に席を置くレベルに達していないと思いましたわ」
ビアンカ様の辛辣な言葉に、ヘンリー様が頷く。
「そうか。では君の実力を見せてもらおうかな、サザーランド嬢」
「先生なのですから、ビアンカで結構ですわ」
カイエン先生は口の端をくっと上げる笑みを見せた。
「では、ビアンカ嬢、君の得意な魔術は何かな?」
「水系統と火系統ですわね。そして今の気分は、『炎』です!」
火が渦巻き、火球が辺りを赤く照らす。
ビアンカ様の背丈より大きい火の玉は、混じりけのない緋色で透き通っている。
唐突に始まって、うっかり間近で見ていたわたしの腕を、ヘンリー様が引いて下がらせてくれた。
「その火球、もっと大きく出来るかい?」
「もちろんですわ」
途端に炎は天井を焦がすほどに膨れ上がった。
「安定しているね。じゃあ、マティス先生、あとはよろしく」
えっ!? とマティス先生とビアンカ様が、思わずカイエン先生を振り向いた。
「よそ見をしない!」
カイエン先生の忠告が少し遅かった。炎が側面に揺れてぶつかり、周辺に広がった。
咄嗟にヘンリー様が防御シールドの範囲を広げ、マティス先生が風を操り、炎の軌道を変えた。
その隙にビアンカ様は『炎』を収束させ、事なきを得た。
はぁ、びっくりしたわ。
「カイエン先生! 急に人任せにされるなんて、どういう事ですの!?」
「僕は『火』属性を持っていないから、マティス先生に引き継いだ。しかし、ビアンカ嬢 、術を行使している間に気を逸らせるのは大変よろしくない。何があっても常に冷静に、一度発動した術式を終了させるまで気を抜かない、これは基本だよ」
はっとしたビアンカ様は項垂れた。
「――申し訳ございません」
呆気なく非を認める公爵令嬢に、カイエン先生が目を瞬いた。次いでふっと微笑む。
「僕も引き継ぐタイミングを間違えたようだ。驚かせてすまない」
カイエン先生の謝罪に、ビアンカ様は顔を上げて少し微笑んだ。
ビアンカ様がその身分のわりに、とても素直に非を認め謝罪出来るのは、マーリン様という恐怖の大王に師事していたからなのか、前世の記憶を持つからなのかは分からないけれど、とても珍しいと思う。
彼女より身分が下の貴族令嬢や子息が、親の身分を笠に着て、横柄に振舞うのをたくさん見てきたわ。
あいつらとは雲泥の差!
ビアンカ様は本当に良い子なのだと思うんだけど、返って心配にもなるのよね。魑魅魍魎が跋扈する貴族社会で、食い物にされやしないかって。きっと余計なお世話なんだろうけど。
「改めて、僕は『水』『風』『土』の3属性持ち。マティス先生は『火』『風』『土』の3属性持ちだからね。アリスはマティス先生に火の操作を教えてもらうように」
わたしとビアンカ様は、マティス先生の元へ。残ったヘンリー様は、カイエン先生と見学です。
それからのわたしたちの授業は、特に問題もなく、マティス先生も機嫌がよくなり、滞りなく終了した。
その間、見学室で何があったのか、知ったのは翌日だった。
予約投稿し忘れてました(;´▽`A``
イラストは挿絵ではないんだけど、置き場所に困り突然載せてみました。
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