29.見学室のよもやま話
腰が抜けたわたしは、カイエン先生に横抱きにされて見学室に戻った。
代わりに実技スペースでは、上級生3人がロビン先生立ち合いの元、マーリン様とマティス先生に指導を受けている。
椅子に座らされ、くたりとしているわたしを、ビアンカ様とヘンリー様が心配そうに付き添ってくれてる……のかな? 目が笑っているように思うのは被害妄想ですか?
「高所が苦手だったとはねぇ。今後差し支えるから、徐々に慣らしていかないとね」
盲点だったと、カイエン先生が呟く。
「今後って……」
「魔石で奇獣を作って飛ぶという授業があるんだよ」
ああ、ちらっと聞いたことがあったわー。
「飛ぶ……空を飛ぶんですか!」
「当然そうだね。風魔法とシールド強化で、滅多に落ちることはないから大丈夫だよ」
「滅多にということは、あることはあるんですね!?」
「術者が魔力切れを起こせばね」
まだ見ぬ未来を想像して、椅子に沈み込む。
失意のわたしに、ヘンリー様が助言してくれた。
「高い所が苦手だったら、飛ぶ練習は夜にするといいよ。暗くて下がよく見えないから」
「確かに良いかもしれませんわ。カイエン先生が指導して下さるのでしょう?」
ビアンカ様がカイエン先生の穏やかそうな顔を見上げて尋ねると、当の本人は即答しない。
怪訝そうに首を傾げるビアンカ様。
「課外授業になるからなぁ。それに特定の生徒を贔屓する事は避けた方がいいだろうしねぇ?」
疑問を投げかけるように、カイエン先生はシリウス様に視線を送る。
あー、シリウス様に面倒を見ろと、そういうことですか。
いえいえ、先生、これ以上シリウス様の仕事を増やすと、本当に過労死が心配ですよ。
えーと何かいい案は――
「でしたら、わたくしたちがアリスの練習に付き合いますわ。ねぇ、ヘンリー様」
「うん、僕たちでよければ」
わたしが代案を出すよりも、シリウス様が何か答えるよりも早く、ビアンカ様が提案してくれた。なんて面倒見の良いお嬢様か!
「お二人とも、もう奇獣に乗れるのですか?」
「ええ」
「領地では必須」
ヘンリー様の実家はアトラス王国の北端だ。王都では実感出来ないけれど、冬は厳しく雪深くなるのだとか。雪で道が塞がれ馬車移動出来ないので、大人は平民でも奇獣を乗りこなして移動の手段としているらしい。
更に、魔力が少なく奇獣を操れない者のために、料金をもらって客を乗せる運び屋もいるそうだ。
奇獣タクシーってことかな。
「僕は5歳から乗ってる」
「すごいですね。そんな小さな時からなんて」
素直に感心していると、ヘンリー様がふっと虚ろに彼方を見上げた。
「ウチは厳しいから」
武門の一族は、幼子にも容赦がないようです。
ああ、だから厳しいマーリン様の指導も平気なんですね。
「練習するならわたしも立ち会うから、君たちだけでするな」
溜め息混じりにシリウス様が妥協案を口にした。
「うん、そうだね。シリウス君は監督官だからね」
にこにこしているけど、カイエン先生、押し付けましたよね?
「カイエン先生はただ働きしませんもんね。今回も人材派遣ギルド経由ですか?」
「アリス、何だか僕が冷たい人間のように聞こえるねぇ。ただでゆるい事をしても何もいいことはない。料金を取るということは、そこに責任が生じるんだよ。君の指導に関しては、もうちょっと学園長と話を詰めてみることにしよう」
ポンポンとわたしの頭を掌で軽く叩く先生は、じーっとわたしの顔を見つめる。
「さっき抱っこした時、しみじみ大きくなったなぁと実感したね。あの赤ん坊がこんなに大きくなったんだなぁって、親みたいなことを思ってしまったよ」
ちょっとしんみり笑うカイエン先生を見上げて、わたしもちょっぴり感傷的になったので、わざと明るく誤魔化すことにした。
「それは重かった、ということでしょうか? そりゃあ赤ちゃん時代に比べたらずっしりでしょうけども!」
「ははは、いやいや、まだ軽いよ」
こんなわたしたちのやり取りに、ビアンカ様たちがぽかんとしていた。
「え、カイエン先生はアリスのお身内の方なの?」
「いいえ、ヴィンスリ―子爵に雇われた家庭教師ですよ」
先生の答えにわたしも頷く。
ビアンカ様が何を問いたいか察したカイエン先生が、状況を説明し始めた。
「家族は属性も魔力も乏しく、アリスの教育に悩んでいたので、伯父のハロルド卿が家庭教師を見繕ったという訳だ。何しろアリスは赤ん坊なのに、魔力量が多い上、意思疎通が図れる異常な子供だったからねぇ」
異常って……先生。
「――いつから家庭教師を?」
「1歳から」
皆唖然としてますが、やっぱり普通じゃないですよね。
だいたい赤ん坊が、大人の話を聞いて相槌を打つっておかしいわよね。やらかしてたわ、わたし。
でも、他の皆が驚いていたのはそこじゃなかった。
「……よほどお困りだったのね、ロイド男爵は」
躊躇いがちに、どうやら言葉を選んで言ったビアンカ様に、わたしたち師弟は頷く。
「そう、普通は7歳まで外部の家庭教師を雇うことはないからねぇ。大抵は家族か親族が教えるのに、アリスが規格外だったばかりに」
「規格外って……あ、それで先生は最初仏頂面だったのですか?」
そう訊くと、カイエン先生は目を瞠った。
「覚えているのかい。そうか、まぁ言ってることも理解しているみたいだったしなぁ」
今更な驚き方をされて、わたしはちょっと不満げに睨み上げる。
そんなわたしに気づいて、カイエン先生は苦笑を浮かべた。
「神官崩れとはいえ、あり付いた仕事が1歳児の家庭教師とくれば、かなり特殊な事情を抱えていると察することが出来た。背後関係など怪しんで行ったからね」
そう言われれば確かにそうね。
「でも実際、赤ん坊が特殊なだけで、裏も何もあったものじゃなかったし、ロイド男爵夫妻はこちらが心配になるほど呑気で人が好いしで、すっかり肩透かしを食らったよね」
「ほのぼの一家でいいじゃないですか!」
「……それもアリスの影響だと思うけれどね」
元々ウチの両親は呑気ものでしたよ? と、首を傾げるわたしに、更にカイエン先生はぶっちゃけてくれた。
「僕が今こんな風に笑うようになったのはアリスの影響だからねぇ」
「まるで昔は違ったみたいですね?」
「ははは、ロビンに驚かれたよ。ああ、僕とロビン先生は同期なんだよ」
前半はわたしに、後半は他の皆に向けて言う。
この話しぶりだと、ロビン先生とは久しぶりの再会だったんだわ。
しかしね、身内話ばかりでわたし的に気まずいので、ちょっと強引に締めのセリフを言ってみた。
「ええと、そんな訳で、カイエン先生はわたしにとって家族みたいな人です」
にぱーっとした笑顔を先生に向けると、照れたような困ったような、何とも微妙な笑みを返してきた。
家族認定は迷惑だったかなぁ。
「ところで、先輩たちの訓練は見なくてもいいんですか?」
話題を逸らしたくて、ガラス窓の方を指さすと、ビアンカ様とヘンリー様は互いに顔を見合わせ、首を振る。
「あの方たちに別に興味はなくってよ」
「たぶん、師匠も飽きている頃だと思う」
他人に興味がないのかしら。それともあの先輩たちだから?
「もしかして、わたしの訓練の時もこんな感じで見てなかったんでしょうか」
だから無反応だったのかも。なんて思ってたら、
「そんなわけないでしょう! ただ呆気に取られていたのですわ!」
「違う属性の魔術の重ね掛けを続けざまに操って、魔力切れも起こさないからびっくりしてた。エアブレードの一刀両断なんて、先輩たちは面白いくらい呆気に取られていたよ?」
ヘンリー様に言われて、今度はわたしがきょとんとしたわ。
だってみんな魔力が高い人ばかりなんだもの、あれくらい出来るんじゃないの?
そんな思いから小首を傾げると、ビアンカ様が呆れたように口を開く。
「アリスの認識ってどうなっているのかしら。連続した魔力操作は高等技術よ? 魔力の消費も多いから、わたくしだったら一工程を終了させてから次へと移りますわ。それを難なく出来るあなたは特待生の名に恥じなくてよ」
ほ……褒められている!?
「そ、それは、カイエン先生の教え方がそうだったから……」
「ははは、アリス、教えられたからって皆出来る訳じゃないよ。あの狭い部屋で、魔力を抑えて魔法操作を教えるんだから、連続使用で練度を上げていたんだよ」
なんと! 知らぬ間にわたし、ハイスペックだった!?
「他の生徒の訓練を見れば、比較出来るだろう。もう立てるかい?」
促されて、脚に力を入れてみる。うん、行けそう。
上半身をぐっと前のめりにして、思い切って立ち上がる。そしてそっと右足を踏み出して、左足も……歩ける。
「もう大丈夫です」
様子を覗っていたシリウス様と目が合って、自分の醜態を思い出し恥ずかしかったので、笑って誤魔化してみました。
そうしたら左手を差し出されたんだけど、これはどうするのが正解?
まだふらつくかもしれないと心配されたのかしら。ということは介助の手か。ならば親切は受け取って置こうと、ちょこんと右手を載せてみました。
軽く手を握られ、ガラスの傍へと誘導したあと手を離されたので、ほっとした。
こういう扱いに慣れてないので、ちょっとドキドキしたわー。
シリウス様を見るのは色々な意味で怖いので、知らん顔で実技スペースを見下ろす。
「ちょうどあのトウリ君だねぇ。シリウス君並みに氷魔法が扱えると豪語してた」
カイエン先生から皮肉な笑いが漏れた。
トウリ先輩は、氷魔法の実践中だったんだけど、歪な蛇みたいなのがとぐろを巻き切れずデコボコと凍ってた。大きさは直径1メートル……あるかしら。あっれぇ?
「もしかしたら、アリスの真似をしようとしたのかしら」
いつの間にかビアンカ様が隣で見ていた。
「しょぼ」
反対側からヘンリー様のつぶやきが聞こえて、振り向くと、じっと見つめられたわ。なんですか?
「アリスはさっきのでどれくらい魔力消費してたの?」
「えーと、氷の【竜】を壊したくらいだと、まだ3割くらいだったでしょうか」
「リユウ?」
あっ! 日本語ぉ!
「ええーとぉ、夢の中で見た架空の生き物です!」
「ああ、あの不思議な動物たちも?」
「ソーデス」
「アリスってどんな夢を見てるんだろう」
可憐な美少女が小首を傾げて微笑んでいる。
うわー、目の保養。
うわー、説明できない。
もう、えへへと笑って誤魔化すわ。
そして視線を逸らした先で、実技スペースのマーリン様と目が合った。
あ、なんですか、戻ってくるんですか、指導はもういいんですか。
ガチャリとドアが開いて、恐怖の大王、もといマーリン様が降臨しました。
「もう大丈夫なようだな」
わたしはカイエン先生の背後へ脱兎!
あからさまなわたしの行動に、一瞬場が凍る。
「叔父上、先週といい今日といい、強引過ぎて失敗してます。警戒されても仕方がないでしょう」
シリウス様が嘆息混じりに忠告すると、マーリン様は「ふむ」とその場に留まって腕を組む。
恐る恐るカイエン先生の後ろから、ひょこっと顔を覗かせると、眉間にしわを寄せているマーリン様の影で、目をキラキラさせたヘンリー様と目が合った。
とにかくマーリン様が怖いので、また隠れたけど、この後どうすればいいのか分からない。
「確かに小動物は警戒心が強いからな」
期せずして、弟子と同じ発想だとは知らないだろう。ただ、わたしは小動物扱いに一言物申したい。
またひょっこり顔を覗かせて、
「わたくしは『ピコ』ではありません」と宣言した。
ヘンリー様にピコ扱いを受けていた事を知りましたからね!
そしてこの発言に慌てたのは、ヘンリー様だけだ。
「ごめんね!」
あわあわと両手を振る弟子を見て、何を思ったのかマーリン様はクツクツと笑い出した。
「なるほどな。確かに小動物扱いは失礼した」
「それから、何か指導して下さる時は、予告していただければ助かります!」
勢いで要望を言ってみました。マーリン様は頷いた。でも――
「つい才能ある者を目の前にすると、色々試してみたくなるのだ」
この場合、被害者の気持ちはどうなるのだろう。するとカイエン先生が代弁してくれた。
「マーリン様は天才で、小市民の心情には疎いんだよ、アリス」
「首席卒業のおまえに天才呼ばわりされるとこそばゆいな」
「同学年でなかった事を神に感謝していましたよ、先輩」
ほほぉ、首席ですか。
年齢不詳のカイエン先生が、マーリン様より年下なことも分かりました。
伯爵家出身ということと、元神官ということくらいしか知らなかったのよね。
ついつい、じーっと先生の顔を見つめていたら、苦笑を返されたわ。
「とにかくマーリン様、アリスの教育に関しては僕なりに段取りを決めてますので、突発的に手を出すのは止めてください」
そうだそうだ!
「まあ善処しよう。わたしが来るのもそう頻繁ではないからな」
ん? それって、たまにしか来ないから大目に見ろってことですか!?
マーリン様はどうやら時間切れのようで、お付きの魔導師が迎えに来て、女性護衛騎士と一緒に帰って行った。
「アリス、叔父はいつも何を仕掛けてくるか分からない。今度会ったら臨戦態勢を取っておくように」
シリウス様の助言はもっと早く聞きたかったです。
気づけばカイエン先生のターンでした(;´▽`A``




