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平凡なヒロインですみません (改訂・休止中)  作者: アキヨシ
第二章(学園入学編)

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29.見学室のよもやま話

 腰が抜けたわたしは、カイエン先生に横抱きにされて見学室に戻った。

 代わりに実技スペースでは、上級生3人がロビン先生立ち合いの元、マーリン様とマティス先生に指導を受けている。


 椅子に座らされ、くたりとしているわたしを、ビアンカ様とヘンリー様が心配そうに付き添ってくれてる……のかな? 目が笑っているように思うのは被害妄想ですか?


「高所が苦手だったとはねぇ。今後差し支えるから、徐々に慣らしていかないとね」


 盲点だったと、カイエン先生が呟く。


「今後って……」


「魔石で奇獣を作って飛ぶという授業があるんだよ」


 ああ、ちらっと聞いたことがあったわー。


「飛ぶ……空を飛ぶんですか!」


「当然そうだね。風魔法とシールド強化で、滅多に落ちることはないから大丈夫だよ」


「滅多にということは、あることはあるんですね!?」


「術者が魔力切れを起こせばね」


 まだ見ぬ未来を想像して、椅子に沈み込む。

 失意のわたしに、ヘンリー様が助言してくれた。


「高い所が苦手だったら、飛ぶ練習は夜にするといいよ。暗くて下がよく見えないから」


「確かに良いかもしれませんわ。カイエン先生が指導して下さるのでしょう?」


 ビアンカ様がカイエン先生の穏やかそうな顔を見上げて尋ねると、当の本人は即答しない。

 怪訝そうに首を傾げるビアンカ様。


「課外授業になるからなぁ。それに特定の生徒を贔屓(ひいき)する事は避けた方がいいだろうしねぇ?」


 疑問を投げかけるように、カイエン先生はシリウス様に視線を送る。

 あー、シリウス様に面倒を見ろと、そういうことですか。

 いえいえ、先生、これ以上シリウス様の仕事を増やすと、本当に過労死が心配ですよ。

 えーと何かいい案は――


「でしたら、わたくしたちがアリスの練習に付き合いますわ。ねぇ、ヘンリー様」


「うん、僕たちでよければ」


 わたしが代案を出すよりも、シリウス様が何か答えるよりも早く、ビアンカ様が提案してくれた。なんて面倒見の良いお嬢様か!


「お二人とも、もう奇獣に乗れるのですか?」


「ええ」


「領地では必須」


 ヘンリー様の実家はアトラス王国の北端だ。王都では実感出来ないけれど、冬は厳しく雪深くなるのだとか。雪で道が塞がれ馬車移動出来ないので、大人は平民でも奇獣を乗りこなして移動の手段としているらしい。

 更に、魔力が少なく奇獣を操れない者のために、料金をもらって客を乗せる運び屋もいるそうだ。

 奇獣タクシーってことかな。


「僕は5歳から乗ってる」


「すごいですね。そんな小さな時からなんて」


 素直に感心していると、ヘンリー様がふっと虚ろに彼方を見上げた。


「ウチは厳しいから」


 武門の一族は、幼子にも容赦がないようです。

 ああ、だから厳しいマーリン様の指導も平気なんですね。


「練習するならわたしも立ち会うから、君たちだけでするな」


 溜め息混じりにシリウス様が妥協案を口にした。


「うん、そうだね。シリウス君は監督官だからね」


 にこにこしているけど、カイエン先生、押し付けましたよね?


「カイエン先生は()()()()しませんもんね。今回も人材派遣ギルド経由ですか?」


「アリス、何だか僕が冷たい人間のように聞こえるねぇ。ただでゆるい事をしても何もいいことはない。料金を取るということは、そこに責任が生じるんだよ。君の指導に関しては、もうちょっと学園長と話を詰めてみることにしよう」


 ポンポンとわたしの頭を掌で軽く叩く先生は、じーっとわたしの顔を見つめる。


「さっき抱っこした時、しみじみ大きくなったなぁと実感したね。あの赤ん坊がこんなに大きくなったんだなぁって、親みたいなことを思ってしまったよ」


 ちょっとしんみり笑うカイエン先生を見上げて、わたしもちょっぴり感傷的になったので、わざと明るく誤魔化すことにした。


「それは重かった、ということでしょうか? そりゃあ赤ちゃん時代に比べたらずっしりでしょうけども!」


「ははは、いやいや、まだ軽いよ」


 こんなわたしたちのやり取りに、ビアンカ様たちがぽかんとしていた。


「え、カイエン先生はアリスのお身内の方なの?」


「いいえ、ヴィンスリ―子爵に雇われた家庭教師ですよ」


 先生の答えにわたしも頷く。

 ビアンカ様が何を問いたいか察したカイエン先生が、状況を説明し始めた。


「家族は属性も魔力も乏しく、アリスの教育に悩んでいたので、伯父のハロルド卿が家庭教師を見繕ったという訳だ。何しろアリスは赤ん坊なのに、魔力量が多い上、意思疎通が図れる異常な子供だったからねぇ」


 異常って……先生。


「――いつから家庭教師を?」


「1歳から」


 皆唖然としてますが、やっぱり普通じゃないですよね。

 だいたい赤ん坊が、大人の話を聞いて相槌を打つっておかしいわよね。やらかしてたわ、わたし。

 でも、他の皆が驚いていたのはそこじゃなかった。


「……よほどお困りだったのね、ロイド男爵は」


 躊躇いがちに、どうやら言葉を選んで言ったビアンカ様に、わたしたち師弟は頷く。


「そう、普通は7歳まで外部の家庭教師を雇うことはないからねぇ。大抵は家族か親族が教えるのに、アリスが規格外だったばかりに」


「規格外って……あ、それで先生は最初仏頂面だったのですか?」


 そう訊くと、カイエン先生は目を瞠った。


「覚えているのかい。そうか、まぁ言ってることも理解しているみたいだったしなぁ」


 今更な驚き方をされて、わたしはちょっと不満げに睨み上げる。

 そんなわたしに気づいて、カイエン先生は苦笑を浮かべた。


「神官崩れとはいえ、あり付いた仕事が1歳児の家庭教師とくれば、かなり特殊な事情を抱えていると察することが出来た。背後関係など怪しんで行ったからね」


 そう言われれば確かにそうね。


「でも実際、赤ん坊が特殊なだけで、裏も何もあったものじゃなかったし、ロイド男爵夫妻はこちらが心配になるほど呑気で人が好いしで、すっかり肩透かしを食らったよね」


「ほのぼの一家でいいじゃないですか!」


「……それもアリスの影響だと思うけれどね」


 元々ウチの両親は呑気ものでしたよ? と、首を傾げるわたしに、更にカイエン先生はぶっちゃけてくれた。


「僕が今こんな風に笑うようになったのはアリスの影響だからねぇ」


「まるで昔は違ったみたいですね?」


「ははは、ロビンに驚かれたよ。ああ、僕とロビン先生は同期なんだよ」


 前半はわたしに、後半は他の皆に向けて言う。

 この話しぶりだと、ロビン先生とは久しぶりの再会だったんだわ。

 しかしね、身内話ばかりでわたし的に気まずいので、ちょっと強引に締めのセリフを言ってみた。


「ええと、そんな訳で、カイエン先生はわたしにとって家族みたいな人です」


 にぱーっとした笑顔を先生に向けると、照れたような困ったような、何とも微妙な笑みを返してきた。

 家族認定は迷惑だったかなぁ。


「ところで、先輩たちの訓練は見なくてもいいんですか?」


 話題を逸らしたくて、ガラス窓の方を指さすと、ビアンカ様とヘンリー様は互いに顔を見合わせ、首を振る。


「あの方たちに別に興味はなくってよ」


「たぶん、師匠も飽きている頃だと思う」


 他人に興味がないのかしら。それともあの先輩たちだから?


「もしかして、わたしの訓練の時もこんな感じで見てなかったんでしょうか」


 だから無反応だったのかも。なんて思ってたら、


「そんなわけないでしょう! ただ呆気に取られていたのですわ!」


「違う属性の魔術の重ね掛けを続けざまに操って、魔力切れも起こさないからびっくりしてた。エアブレードの一刀両断なんて、先輩たちは面白いくらい呆気に取られていたよ?」


 ヘンリー様に言われて、今度はわたしがきょとんとしたわ。

 だってみんな魔力が高い人ばかりなんだもの、あれくらい出来るんじゃないの?

 そんな思いから小首を傾げると、ビアンカ様が呆れたように口を開く。


「アリスの認識ってどうなっているのかしら。連続した魔力操作は高等技術よ? 魔力の消費も多いから、わたくしだったら一工程を終了させてから次へと移りますわ。それを難なく出来るあなたは特待生の名に恥じなくてよ」


 ほ……褒められている!?


「そ、それは、カイエン先生の教え方がそうだったから……」


「ははは、アリス、教えられたからって皆出来る訳じゃないよ。あの狭い部屋で、魔力を抑えて魔法操作を教えるんだから、連続使用で練度を上げていたんだよ」


 なんと! 知らぬ間にわたし、ハイスペックだった!?


「他の生徒の訓練を見れば、比較出来るだろう。もう立てるかい?」


 促されて、脚に力を入れてみる。うん、行けそう。

 上半身をぐっと前のめりにして、思い切って立ち上がる。そしてそっと右足を踏み出して、左足も……歩ける。


「もう大丈夫です」


 様子を覗っていたシリウス様と目が合って、自分の醜態を思い出し恥ずかしかったので、笑って誤魔化してみました。

 そうしたら左手を差し出されたんだけど、これはどうするのが正解?

 まだふらつくかもしれないと心配されたのかしら。ということは介助の手か。ならば親切は受け取って置こうと、ちょこんと右手を載せてみました。

 軽く手を握られ、ガラスの傍へと誘導したあと手を離されたので、ほっとした。

 こういう扱いに慣れてないので、ちょっとドキドキしたわー。

 シリウス様を見るのは色々な意味で怖いので、知らん顔で実技スペースを見下ろす。


「ちょうど()()トウリ君だねぇ。シリウス君並みに氷魔法が扱えると豪語してた」


 カイエン先生から皮肉な笑いが漏れた。

 トウリ先輩は、氷魔法の実践中だったんだけど、歪な蛇みたいなのがとぐろを巻き切れずデコボコと凍ってた。大きさは直径1メートル……あるかしら。あっれぇ?


「もしかしたら、アリスの真似をしようとしたのかしら」


 いつの間にかビアンカ様が隣で見ていた。


「しょぼ」


 反対側からヘンリー様のつぶやきが聞こえて、振り向くと、じっと見つめられたわ。なんですか?


「アリスはさっきのでどれくらい魔力消費してたの?」


「えーと、氷の【竜】を壊したくらいだと、まだ3割くらいだったでしょうか」


「リユウ?」


 あっ! 日本語ぉ!


「ええーとぉ、夢の中で見た架空の生き物です!」


「ああ、あの不思議な動物たちも?」


「ソーデス」


「アリスってどんな夢を見てるんだろう」


 可憐な美少女が小首を傾げて微笑んでいる。

 うわー、目の保養。

 うわー、説明できない。

 もう、えへへと笑って誤魔化すわ。

 そして視線を逸らした先で、実技スペースのマーリン様と目が合った。

 あ、なんですか、戻ってくるんですか、指導はもういいんですか。

 ガチャリとドアが開いて、恐怖の大王、もといマーリン様が降臨しました。


「もう大丈夫なようだな」


 わたしはカイエン先生の背後へ脱兎!

 あからさまなわたしの行動に、一瞬場が凍る。


「叔父上、先週といい今日といい、強引過ぎて失敗してます。警戒されても仕方がないでしょう」


 シリウス様が嘆息混じりに忠告すると、マーリン様は「ふむ」とその場に留まって腕を組む。

 恐る恐るカイエン先生の後ろから、ひょこっと顔を覗かせると、眉間にしわを寄せているマーリン様の影で、目をキラキラさせたヘンリー様と目が合った。

 とにかくマーリン様が怖いので、また隠れたけど、この後どうすればいいのか分からない。


「確かに小動物は警戒心が強いからな」


 期せずして、弟子と同じ発想だとは知らないだろう。ただ、わたしは小動物扱いに一言物申したい。

 またひょっこり顔を覗かせて、


「わたくしは『ピコ』ではありません」と宣言した。


 ヘンリー様にピコ扱いを受けていた事を知りましたからね!

 そしてこの発言に慌てたのは、ヘンリー様だけだ。


「ごめんね!」


 あわあわと両手を振る弟子を見て、何を思ったのかマーリン様はクツクツと笑い出した。


「なるほどな。確かに小動物扱いは失礼した」


「それから、何か指導して下さる時は、予告していただければ助かります!」


 勢いで要望を言ってみました。マーリン様は頷いた。でも――


「つい才能ある者を目の前にすると、色々試してみたくなるのだ」


 この場合、被害者の気持ちはどうなるのだろう。するとカイエン先生が代弁してくれた。


「マーリン様は天才で、小市民の心情には疎いんだよ、アリス」


「首席卒業のおまえに天才呼ばわりされるとこそばゆいな」


「同学年でなかった事を神に感謝していましたよ、先輩」


 ほほぉ、首席ですか。

 年齢不詳のカイエン先生が、マーリン様より年下なことも分かりました。

 伯爵家出身ということと、元神官ということくらいしか知らなかったのよね。

 ついつい、じーっと先生の顔を見つめていたら、苦笑を返されたわ。


「とにかくマーリン様、アリスの教育に関しては僕なりに段取りを決めてますので、突発的に手を出すのは止めてください」


 そうだそうだ!


「まあ善処しよう。わたしが来るのもそう頻繁ではないからな」


 ん? それって、たまにしか来ないから大目に見ろってことですか!?


 マーリン様はどうやら時間切れのようで、お付きの魔導師が迎えに来て、女性護衛騎士と一緒に帰って行った。


「アリス、叔父はいつも何を仕掛けてくるか分からない。今度会ったら臨戦態勢を取っておくように」


 シリウス様の助言はもっと早く聞きたかったです。



気づけばカイエン先生のターンでした(;´▽`A``

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