31.護衛騎士
翌日――。
結果から言えば、トウリ・レトリーバー先輩は『特別コース』をクビになった。
「通常の魔導師コースでまだ学ぶべきだね」
と、ロビン先生に付き返されたのだ。
なぜ彼が『特別コース』に入れたのか疑問だったけど、どうやら自薦で、熱心にやる気を見せたことから、お試しとして参加させたんだって。
能力が見あっていれば、そのまま受講させるつもり……ではなく。
上級生を担当してなかったロビン先生は、担当教師や、シリウス様にも彼の実力を聞いていて、わざとお試しをさせたのだという。
「自尊心ばかり高く身の程を知らないなら、他の生徒のレベルを見せつけて納得してもらおうと思ったんだけどね」
すごく態度が悪かったそうだ。実技中も、見学室に戻っても。
「男爵令嬢が特待生となれる程度なら、自分にはもっと出来るはずだと、薄っぺらな自信を持ってたよ」
ああ、だからわたし、睨まれたのか。
見も知らぬ赤の他人に見下されて4年目、ちょっとうんざりしてくるわ。
「でもねぇ、シリウス君はやり過ぎだと思うよ」
非難めいたロビン先生の視線に、シリウス様はうっすらと微笑を浮かべた。
その微笑みにぶるりと震えが走ったわ。寒い、怖い。
氷雪の貴公子が微笑むと、心胆寒からしめる効果があるようです。何やったの?
「身の程を知らしめるべきだと、先生が言ったのでは?」
力なく首を振るロビン先生も、シリウス様本人も、何があったのかは教えてくれなかった。
その後、トウリ先輩は、シリウス様の噂話を聞いただけで、恐怖に慄いていたとかなんとか風の噂で聞いたわ。
ヘンダー先輩とヴォルフ先輩は残っているけど、わたしたち1年生とは微妙な距離感があった。
ビアンカ様とヘンリー様は、あえて彼らを無視しているというか、関わる気が全くないみたいで、成り行きでわたしも関わることなく過ごすことになったの。どうもすみません。
それから数日。
ウイリアム王子はまだ学園に復帰しない。おかげでわたしは平和に過ごせたわ。
――なんてことはなく、精神的にちょっと削られていたね。
何故なら、時間が許す限り、シリウス様が傍にいたから!
今まで放って置いた反動なの!?
いやいや、単に王子がいない分、わたしに構っているだけだと思うけど。
でもね、でもね! 1年生の座学の授業にまで付き添うってどういうこと!? 暇なの!?
いやまさか、休日まで仕事して忙しそうだったわ。
何故に歴史の授業で、隣にシリウス様がいるのでしょうね?
「君の護衛が決まるまで、出来るだけ傍にいよう」
きゃーっ、これはトキメキポイントだわ♡
――なんて思えるかー!!
やっかまれて嫌味言われるのはわたしですからね!
困って何度か拒否したけれど、答えはわたしが思ったものじゃなかった。
「教師陣には許可を得ているので問題ない」
違う、そうじゃない。あなたの存在に問題があるのですよ!……とは言えないチキンハート。
こうして授業時間はほぼ一緒にいます。時々ピエール様と交代する時もあったけど。
昼食はビアンカ様のお部屋で頂くことになりました。学食をシリウス様にNG食らったからですね。
本当は生徒会サロンでって言われたけれど、それはわたしが全力でお断りさせていただきましたとも。
そうして5の曜日の朝。
久しぶりにあのご令嬢たちが、ビアンカ様に近寄ってきた。一緒にいるわたしへの視線は、前よりきつくなっている感じ。
「ビアンカ様、明日のお茶会をご一緒致しませんか?」
おお、お茶会ですか。貴族的ですねー。
「まぁ……どちらのお茶会ですの?」
初耳だったらしく、ビアンカ様が扇を片手に小首を傾げる。
すると、ミリアム嬢の息をのむ気配がした。
「え、あの、オディール様のお茶会ですわ。女生徒全員をご招待したと聞いてます」
ほほぉ? 全員ですか。もちろんわたしは数に入ってないようです。
ビアンカ様はすっと目を細め、扇で口元を隠す。ちらりとわたしに視線を送って来たので、首を振って知らないことを伝えた。
「ふふ、わたくしたちは招かれておりませんの。どうぞ、アン様とご一緒に楽しんでいらして」
うふふふふ、と軽やかに笑っている美少女を、知らない人が見れば楽し気に見えるでしょうね。
でも、わたしたちは彼女を知っている。これは【触らぬ神に祟りなし】ってやつだ。伯爵令嬢たちも空気を読んで、そそくさと立ち去って行ったわ。
わたしとヘンリー様は目を見交わした。ただ、わたしはビアンカ様のご機嫌を取る方法が分からない。
そんな時にやって来た救世主、じゃなくてシリウス様に呼ばれてわたしは席を立った。
素早かったのは、別にビアンカ様が怖かったからじゃないですよ? 教室の入り口から断りようのない手招きをされたからですよ!
あとは任せたヘンリー様!
「何かあったか?」
え? あの少しの間に危険な空気を察知したんですか?
「……オディール様が女子生徒全員をお茶会に招待したと聞いたんです。でも、わたしは数に入ってないので当然ですが、ビアンカ様にも招待状が届いていないことがさっき発覚しまして、それでちょっと……」
何とも言えず、言葉を濁すと、シリウス様は一つ頷き、わたしの背中に軽く手を添えて歩き始めた。
「オディール嬢とは関わらない方がいい」
それだけしか言わなかったけど、眉間にシワが寄ってるわ。
わたし自身は、オディール様を見たことも会ったこともないので、今までのちょっとした事でしか判断出来ない。でもその“ちょっとした事”が危険なものであったので、積極的に関わり合いになりたくない人物の五指に入る。
公爵令嬢同士の戦いはどのように渡り合うのか、底辺男爵令嬢には想像もつかないので、応援に徹したいと思います。
戻ったら言葉にして伝えようかな。わたしはビアンカ様の味方だって。
さて、連れていかれたのは学園長室。
今回は何でしょうね。道中、シリウス様からは会わせたい人物がいるとしか聞いてない。
学園長室は二度目ですが、学園長とは別の場所で顔を合わせているので、久しぶり感がないわ。
相変わらず政治家のような顔で、にこやかに迎えてくれたけど、なんですかね、ちょっと目を逸らされましたよ。
応接室には、ピエール様と、先日マーリン様と一緒にいた女性護衛騎士の方、更にエミリーさんとエイダさんもいた。
あれ? もしかして……というわたしの予感は当たった。
シリウス様がわたしに付きっきりだったのは、護衛が決まるまで、という話だったもの。
「アリス君、彼女は騎士団の警護隊所属のシリン・エーデル殿だ。今日から君の護衛騎士として務めることになった」
女性騎士はわたしに向かい、改めて姿勢を正す。
「シリン・エーデルです。あなたの専属護衛が決まるまで、護衛を務めさせていただくことになりました」
茶色の瞳に、後ろで一括りにされた薄茶色の真っすぐな髪。この国では一般的な色彩を持つ女性騎士は、顔立ちはきりりと整っていて、とっても真面目そうだ。
こうして紹介されたということは決定事項で、わたしには拒否権はないんですよね?
男爵令嬢に護衛騎士? 眼鏡以外にも目立つ要素がプラスされて、今後どうなるのか想像も出来ない。
「アリス・ロイドです。よろしくお願いします」
こう言うしかないよね。
「あの、でも、誰が依頼したという事になっているのでしょうか? それに護衛騎士を男爵の娘に付ける名目はなんでしょうか?」
誰に向けて訊けばいいのかも分からない。居合わせた人たちの顔を順に見回していったら、学園長が教えてくれた。
書類上は魔導師団長ハノーヴァ侯爵が依頼したもので、人物選定は騎士団長とマーリン様がしたという。
騎士団長って、そういえばピエール様のお父様だったっけ。
名目は、特別に優れた魔導師候補生に危害を加えようとした者がいた為の保護措置である――だそうです。
ええーと、それってほぼ事実ですよね。ミレー先生とか、ちょっと違うけどマーリン様とか。
「これからは、学園内を移動する時は彼女が護衛する。寮の部屋までが護衛範囲内で、部屋の中はいつも通りメイドに任せる。ビアンカ嬢の護衛は授業中は教室の外で待機していたが、今後はエーデル殿と共に教室内で警護に当たる事とする」
じゃあこれでシリウス様から解放されるのね、なんて喜べないです。いえ、シリウス様は肩の荷が下りたかもしれないけれど。
「今日の放課後から帰宅予定ですが、そちらはどうなるのでしょうか?」
「あなたが寮の部屋に入るまでが護衛範囲だと聞いていますので、外出ならばもちろんご同行させて頂きます」
学園長じゃなく、シリンさんが答えた。つまり、家まで来ると。ええ!?
「ハロルドには知らせておいたので、彼から君の家族への説明がなされる。本当は外出・外泊を止めたいのだが、意義のある仕事があるんだろう? 確か……ナントカ教室」
「はい、『花壇教室』です。わたしの事情で放り出すことは出来ません。出来る限り休日の教室を続けるつもりです」
これは譲れない所です。わたしの精神衛生上、ほっこり癒されたいんですよー!
「それだ、『花壇教室』なんだが、今後の事もあって色々検討したいので、明日の休日にはシリウス君とピエール君が見学に行くことになった」
「――は?」
聞き間違いかと思って間抜けな言葉が出たわ。見学? この貴公子たちが? ウチに?
二人の顔を交互に見上げるわたしに、ピエール様が笑顔を、シリウス様は黙って頷いた。
え、ちょっと待って? 色々いきなり、ついていけてませんよ!?
その後、混乱する頭を整理すべく、とりあえず方々に伝書鳥を飛ばしたわ。
教室へと、ぞろぞろと引き連れて歩いていても、既に授業中で人目に付かなかったのでほっとしていた。
一般教室ではなく、特別コースの教室へと向かい、いつ連絡がいったのか、ビアンカ様とヘンリー様が護衛騎士と一緒に待っていたわ。
あら、先輩たちはいないのね。
「本当は僕はこの件と関係ないんだけど」
ヘンリー様も聞いたばかりなのか、戸惑いを見せている。
なんと、わたしたち三人には、常に護衛騎士が付いて回ることになったという。
『木の葉を隠すなら森』作戦ですか?
新たに加わるシリンさんを紹介して、互いの顔つなぎをしておく。
ビアンカ様の護衛騎士は二人いるけど、ユーイさんは元騎士団所属で、シリンさんと知り合いだった。
女性騎士が三人も。ステキだ。他人事ならね。
「エーデル嬢とお呼びしていいのかな。あなたには期待しているよ。前任者は元上級冒険者という肩書は良かったのに、全く仕事をしていないろくでなしだったからねぇ」
カイエン先生! それは牽制ですか? きつい忠告ですか!?
対してシリンさんは動じることなく、キリっと前を見据えて宣言した。
「わたくしは自身の誇りにかけ、忠実に職務を全うするだけです」
うん、また生真面目さんが増えた。
ブックマーク&評価をありがとうございます!( ̄▽ ̄)v




