☆③─27話 舞依VS瑠夏!!!!
再び龍泉のボールで始まった。
今度は、瑠夏がボールを持つ。
『あの子には仕掛けるな』
瑠夏はボールを持ったまま舞依を見つめる。
勝負がしたい。
さっきは一瞬だったが、あれは奇襲のようなもの。目の前で1対1をすれば……
血が騒いでいる。スポーツをやる者なら、誰もが思うだろう。
『強い選手と戦ってみたい』と。
あの少女は、ピヴォとしては最低だ。必要とされる技術を何一つ持っていない。ポジションがお飾りにしかなっていない。
だが、あれは間違いなく普通の選手ではない。
戦いたい。戦いたい。戦いたい。
私は──
☆☆☆
「今日からここのエースはお前だ……乃蒼」
5年生が6年生の先輩たちを全員なぎ倒し、心を完膚なきまでに叩き折って退部させた後、つまらなそうに練習着から制服に着替える少女に向かって瑠夏はなんとか言葉を絞り出した。
こんなことは言いたくない。尊敬している先輩をこの部から追い出したこいつには。
しかし、龍泉は実力主義。強ければ誰だろうと使う。
こいつが来るまでは自分が『次期エース』と目されていた。先輩たちからも「来年は頼む」と想いを託されていた。
けれども、チームが強くなるならと全ての想いを飲み込む。
けれど、乃蒼は冷たい眼差しを向けて言い放つ。
「それだけか?」
「なに?」
「朱堂瑠夏。お前もつまらん選手の一人だな。悔しくもないならお前もさっさとここから辞めて出ていけ。どうせ弱いフットサルしか出来ん雑魚だろう。早いか遅いかしか変わらん」
スカートまで穿いてリボンを付けるとハハハと笑いながら体育館を去って行った。
自分は、何も言えずにそれをただ眺めるしかできなかった……
☆☆☆
私は、私は、
私が!!!!! 龍泉のエースだッ!!!!
「来い!! 立花舞依!!!!」
自分の保持していたボールを、立花舞依に向けて蹴る。これは、シュートではない。パスだ。それも、相手へのパス。
「!」
舞依は驚きつつもなんとか受け取る。まさか相手が自分にパスしてくるとは思わないため危うく取りこぼしそうだったが。
「キャプテン!?」
「なにを……!」
もちろん当たり前だがこの行動に龍泉の面々も同じく驚く。相手へのパスもそうだが、つい先ほど監督が禁じた行為──「立花舞依との勝負」だったからだ。
「龍泉は一番じゃないとダメなんだ!! でも、それを成すのは乃蒼じゃない……この私だ!!」
瑠夏は勝負の意思を舞依にぶつける。
それを近くで見ていた詩織としては、勝負を断って自分にパスを……と空気の読めない戦略的なことを考えていたが……
(いいわ。いきなさい舞依!)
(……うん!)
舞依は胸に手をあてる。
トクン、トクンと心臓が鳴る。それだけじゃない。心の中の何かが、燃えている。自分も彼女と勝負したいと思っている。
きっと、ここで勝負してしまってゾーンの時間を使い切ってしまえば負けるどころじゃ済まない。情報をありったけ相手に渡し、さらに信じられない点差での大敗を期すだろう。
それでも、
「今を楽しむんだ!!」
手を叩き、スタートの合図。
再び舞依は無音世界へと旅立つ。
そして、怪物が降臨した。
フィールドに疾風が駆け抜け、十人のうちの一人が掻き消える。
それは「消えた」と思わせるほどのスピードであった。
単純なドリブルによる進行。
通常、ボールを持てば誰だろうと走る速度は一気に落ちる。それも当然。ただ「走る」ことだけを意識して全力で走るのと、「足元にあるボール」を意識しながら走るのとでは大違いだ。それに、そもそもボールが邪魔になって走りづらくもある。
それなのに、舞依の速度は異常であった。
しかし、それに対して瑠夏も異常な反応速度を見せる。舞依が自分の横を切り裂いていくのをすんでのところで前に出て阻む。おそらく瑠夏ほどの選手でなければ気づかぬうちに舞依は通り去っていたことだろう。
舞依はボールを止め、進行をストップ。その一瞬の隙に瑠夏はボールを奪取しに動く。
巧みな足さばきでそれを避け、舞依も隙を見つけて走り抜けようとするが、またもそれを阻む。
そこから超絶技巧のドリブルが始まる。何度も何度も左右に揺さぶるが、瑠夏は決して振り切られない。来栖谷の南菜穂をダウンさせたそれをもってしても。
実力は互角。だが、瑠夏にあるのは意地だ。龍泉のキャプテン、そして全国でも実力者に数えられる自分の誇り。
同じチームにいる化け物にズタズタにされたプライドを、首の皮一枚で残すために。
「あ、ああ、ぁぁ……!!」
瑠夏は内心恐怖していた。目の前で展開される凄まじいテクニックに。
近衛の選手はフットサルを初めて一ヶ月の連中だと聞いていた。最初の動きを見た時は、思っていたよりも数段上達していてそれこそ驚いたものだ。けれども実践不足を感じさせる「脆さ」がそこにはあった。
しかし、こいつはなんだ?????
これが一ヶ月? これが初心者? バカな!?
まるでテレビの中でスーパープレイとして見せられるようなドリブルを間近でやられて、こちらの脳内思考回路は今にも千切れそうだ。異常なスピードに情報処理が追い付かない。目がチカチカとして火花が散っている。
それでも。
負けるもんか!!!!!!
絶対にブレない、お前の揺さぶりは効かない、そんな想いで舞依の前に立ちふさがる。強く根を張った巨木のように。はたまた大きな盾を持つ戦士のように。
が、
それを打ち砕くのが、
この怪物だ。
「あ…………れ……?」
いつの間にか、舞依の足元から……ボールが消えていた。
(な……!? ぼ、ボールは、どこだ? ま、まさか……パス? ど、こに─)
1対1の真剣勝負だと思っていたのに。まさかこいつはパスを出して逃げたのか。それなら自分の勝利だ。だが、本当にそうか? それならどこにパスを出したのか。
勝利への喜びが中途で狼狽に止められ、その狼狽が焦りを生み、敗北への予感へと切り替わる。
(あ…………!!!!!!!)
瑠夏は気づいた。
依然としてボールは目の前から消えている。それでも、
ボールの行方を知ったからだ。
今、ボールは、
自分の背後にある!!!!!!
──股抜き。
サッカーにおけるドリブルテクニックの一つ。
その方法は単純。ボールを蹴り、相手の股下を通す。そして相手が振り返る前に抜き去る。
シンプルにして、これほど相手に屈辱を味わわせるものはない。
虚をつくようなものでありながら、守備をしている自分の後ろにボールを通してしまうという間抜けさ。それはサッカーという競技以外でも「屈辱」という二文字を貼られるものだろう。
ゾーン状態に入った舞依はただガムシャラに瑠夏を左右に揺さぶっていたのではない。
そのスーパーテクニックによって相手の体を左右に揺さぶり続けることによって、
相手の足元の空間を広げさせていたのだ。
元よりこれが狙いだった。瑠夏が自分を意識しているのは知っていた。それならばいつもよりも視界が狭まっているに違いない。だから、それを利用したのだ。
瑠夏が気づいた時には遅かった。
ボールだけでなく、舞依の姿まで視界から消滅する。
背後へ通したボールを迎えに行ったのだ。その爆発的な速度をもって。
かくして瑠夏は呆気なく抜き去られた。互角だ、と思っていたのは幻想であった。
間違いない。こいつは……
化け物だ…………!!!!
舞依の前にはディフェンス一人、そして最後の砦であるゴレイロ一人。
ここから取れる選択肢としては、守備を一人抜き去ってからのシュート。
しかし、朱堂瑠夏が抜かれた以上、龍泉の他選手も立花舞依という怪物に対してチャレンジはしないだろう。ゴレイロと連携してシュートを外させるか、望んだコースに打たせるかの二択を取ってくるはずだ。
ならば、舞依の択として有効なのはこちらも仲間と連携すること。良い位置にいる仲間へパスして守備をかいくぐるシュートコースを探すことだ。これが最善手である。
普通の選手であるなら──
舞依は迷わずシュートした。力強く、ただひたすら真っすぐに!!
しかし、そのボールは極力浮かせずに……地面スレスレを走っていた!
「な……」
「うそ、だろ……!」
なんと。
瑠夏を股抜きで破った後に、
連続しての股抜き。守備の股下を狙った超速シュートだ。
まさかの連続股抜きに真に虚をつかれた守備選手は固まったままそれを許してしまい、ゴレイロは守備に入っていた選手のせいで視界が狭まっていたために、仲間選手の股下から突如急速に現れるボールに反応することができなかった。
近衛 3 ─ 4 龍泉
得点。それと同時に舞依のゾーンは終了を迎える。
終了条件を満たしたからではない。時間切れだ。
これより舞依は全能力が極限まで低下した状態に陥り、もはやチームの中ではぶっちぎりのワーストプレイヤーだ。…………通常の舞依でもなかなか危ういところはあるが。
「はぁ……はぁ…………なんなんだお前は」
未熟な選手と思えば。
全国でも有数と思える力を披露してくる。
瑠夏は床に尻をついて倒れている舞依に手を差し伸べる。
それを取って、なんとかよろよろと立ち上がる彼女。
立花、舞依……
「私の……勝ち、です、ね……」
「…………」
酷い体力の消耗だ。さっきまでの凍り付くような恐ろしさも感じられない。それどころか「弱くなっている」ようにも見える。もう、あの怪物が再び顕現することがないということも不思議とわかってしまった。
瑠夏は手を放し、背を向ける。
「立花舞依。近衛学園。……勝ち上がってこい、次のステージに」
まだ、この試合の結果が決まったわけではない。それでも近衛の面々はわかっている。もう、自分達に勝機はないことを。
舞依はもう使えない。すぐに凪と交代するが、そこからは交代が使えない。そのメンバーがいないのだ。そうなればあとはジリ貧のみ。
だから、この瑠夏の言葉を油断とも傲慢とも受け取らなかった。
認められたのだ。次は、
対等に戦うチームとして。




