☆③─28話 この苦みを糧にして
そこからは全力を尽くした。
たとえもう交代が使えなくとも。課題である守備の穴を何度も突かれようとも。
楓も諦めなかった。最初は捨て試合とまで思っていたけれども。出来る限り、選手のポジショニングを修正したり、作戦も考えたりした。
それでも。
近衛 3 ─ 9 龍泉
勝利の女神は、頑張った方に微笑むとは限らない。
こうして俺達の東京予選第一戦目は惨敗で終了した。
「ボロ負け、か──」
試合が終わり、誰もいなくなった体育館でポツリと言葉を零す。
試合終了後にミーティングをした際には、誰も弱音を吐いていなかった。
「次は勝つ」「龍泉は強かったけど、まだこれから」「まずは東京予選を頑張ろう」
希望を失っておらず、むしろ士気は高まっていた。
もし、もしも……舞依のゾーン使用を許さず俺が皆に試合を捨てるようなことを強要させていたら。
彼女らは希望を失っていたのだろうか。フットサルという競技自体に不信感を持っていたんじゃないのか。また負けそうになればすぐに諦めてしまうようなメンタルになっていたのではないだろうか。
あの後、龍泉の監督である辰見とも話をした。
☆☆☆
「難しい選手だな、彼女は」
「…………」
試合が終わり、握手をすると開口一番にそんなことを告げてきた。
「運動能力は悪くないにしても、基本的なフットボール能力は平均以下。初心者の中でもこれほど飲み込みの悪い選手はいないだろう」
自分のチームの選手の悪口を言われるのはあまり良い気分じゃない。……が、辰見さんの言っていることは「事実」であるから反論もできない。舞依はチームの中でも不思議となかなか技術が身につかない。正直、足の速さや体力はあるが、実は本番以外ではシュートなんてほとんど外してるからな。
「なのに、その内にあんな凶暴なものを秘めているとは」
舞依のゾーンのことだ。あれを見てしまえば誰だって同じ感想を持つ。俺だって初見はビビった。これが小学生だもんな。たまんねーよな。
「だがね。私は少しホッとしている。本当に今日、乃蒼がいなくて良かった……!」
「?」
「今回君たちは9点で済んでいるが……あの子がいれば、君たちとの実力差を考えてもこの2倍3倍は彼女単独で取られていてもまったくおかしくはなかった。これはなんの誇張でも冗談でもない。本当に恐ろしいんだ……あの子は」
天下原乃蒼。ここにはいない、龍泉のエース。関東最強の怪物。
舞依のゾーンを見ても、またそんなことが言えるのか。
「フットサルという競技に希望を失わなくて良かった。あの貴重な才能がこんなところで潰れなくて良かった。今はそれに安堵している。桜庭くん。叶うなら、また会おう。次は……関東の頂でね」
☆☆☆
辰見さんの言う通りだ。10点以上くらっていれば誰だって絶望するし、辞めたくなってくる。初めての公式試合でそれなら精神的にも参る。
だから、今回は助かった。
…………
……………………
『助かった』?
「なにが、『助かった』だよ……クソ……!!」
9点取られてんだぞ? 十分絶望するだろうが、こんなクソみてーな負け方。
なんで少しホッとした、今。俺は、天下原乃蒼にボコボコにやられなくて良かっただなんて。
そいつがいなくても、ボコボコにやられてんじゃねーか……!!
チームの皆に試合を捨てさせて、ボロクソに負けたのに良かったなんて思って。
何一つ、成長してねーじゃねぇか俺は……!
チームメイトのことを考えずにエゴを続けたあの時の俺と。
あの子達の気持ちを蔑ろにしている俺。
どこが違うんだよ……
「やーやー。そこにおわすはヘボ監督ではないですか」
イラつく声と共にこんな時にやってきたのは相も変わらずイラつく顔と一緒の白戸だ。ほんとこいつイライラする要因しかねぇなおい。
「なんだよ」
「ざまぁ」
「うっせぇ」
なんで傷心の相手にかける言葉の数々が棘満載の罵倒なんだよこいつは。マジでキレそう。
「いやーボロ負けたね。負けてる試合ってこんなつまんないんだね」
「お前なぁ!」
「だからさ。今度は勝つ試合見せてよ」
……。
熱くなった頭に急に冷や水ぶっかけられたみたいだ。
まるでさっさと立ち直れって言われてる。
はは……変な慰めよりかはマシか? いや、絶対嫌だ。
「わかってるっつの。負ける度、こんな風にお前に煽られるとか地獄だからな」
「それで沈んだ顔に生気が戻ってるあたりまぁまぁキモいけどね。キモッ。死ねば」
「2回キモがるな……リフレインすな……。そのキモいからの死ねコンボけっこう効くからなマジで」
ただでさえ凪に日々キモいキモい言われてんだからいい加減女性恐怖症になるわ。母さんだけだよ、俺のことなんでも肯定してくれるの。もうマザコンになろうかな俺。
「ま、元気出しなよ。はい、回復ドリンク」
コロコロと転がしながら渡してきたのは何かの缶。コーラかな? 炭酸好きじゃねぇって言ったのに。
「勝たなきゃいけないんでしょ? 私も、勝ってもらわなきゃ困るから」
「? あ、あぁ」
なんか最後に意味深なことを言いつつも、勝たなきゃいけないってのは合ってるので一応頷いておく。勝ってほしいのならちょっとくらいマネージャー業務をやってほしいという文句を言わないあたり俺も大人だなぁ。うんうん。
それだけ言い残すと白戸は去って行った。本当に言いたいことだけ言っていく奴だなあいつは。
俺は白戸の回復ドリンクとやらを拾う。それはコーラではなくコーヒーの缶だった。これが回復かよ。どこが?
まぁ、いいか。気持ちだけでも受け取っておこう。まだまだ戦いは続くんだ。今よりもっとしんどいことになるぞ。この後の予選は。
ただ言えることは一つだけ。
「──俺、ブラックは飲めねーんだよバカ……」
手に握りしめている真っ黒な缶の行き場を失くしたまま、楓は苦虫を噛み潰したような表情で白戸夏月が帰って行った方向を見つめていた。




