☆③─29話 お、お、お、お兄さん!?!?!?
「次の試合は3日後かぁ……」
教室での休み時間で、俺は溜息をつきながら今の現状を整理する。
5回の戦いの結果により次のステージへ進めるか、ここで早々に脱落するかが分かれる東京予選。
いくら最初の相手が今年の優勝候補とまで言われる龍泉女子だったとはいえ、さっそく一敗してしまった。
基本的にこの全国大会は予選とはいえ、一敗は危険すぎる。残りの試合全て勝つくらいでいかないと。
とはいえ、課題の守備は未だクリアせず。昨日の試合だって、結局朱堂瑠夏にボコボコにやられた。
それをクリアするためのミッションである雪姫の加入も、まったくといって道が見いだせない状況だ。
どうすればいい……!
楓は頭を抱えたくなる心境で、休み時間を過ごしていた。
そんな時だった。
「おいおい、こいつこんなの学校に持ってきてるぜ」
「や、やめてくだされ~!!」
思考が中断され、声のする方へ目を向けると、複数人の男子が、一人を取り囲むような形で何かが起こっていた。
「それは現在放送中のアニメ『魔法少女プリティ・プリンセス』通称『プリプリ』の主人公──姫野木姫乃を演じている超大人気声優、『小川あんこ』の限定サイン入りCDですぞ! 返してくだされ~!」
「うっせぇよオタク!」
「なんか早口で語りだしたぞ!!」
あ~……なるほど。
どうやらなんかよくわからんが、限定(?)のCDを持ってきた奴がいて、それを取られていじられているといったところか。
たしかにCDなんか何に使うんだという時点で、不要物を持ってきているのはダメだ。でも、ああいう形で人の物を取って面白がるというのも見ていて良いものではない。
俺は周りをチラリと見る。
誰もが見て見ぬふり。中にも怖がっている奴もいる。綾瀬なんかがそうだ。白戸は……おい嘘だろ。今も寝てるし。
「つかこれ未開封じゃん! CDって普通開けて聞くためにあんだろ?」
「意味わかんね~。でも、俺この声優テレビで見たことあるぜ。もしかしてよ、このCD売ったらめっちゃ金になんじゃね?」
「やめてくだされ~! それを手に入れるために我は寝ずに朝まで店の前で~!」
誰もこの現状に知らぬふりをして過ごそうとしている。
俺は……
「お、おい。そこまでにしといてやれよ」
誰もが声を出せぬ中、俺は席を立つ。
わかってる。こんなこと、今時の中高生は絶対やらんだろう。ダセェっていう奴もいるだろうし、次は自分が標的にされるって思えば足がすくむのもわかる。
けどな、一度全国の目があるところで仲間外れにされた経験がある俺はな、こういう時の気持ちがわかるんだ。
誰も助けに来てくれない。次第に苦しくなっていく気持ち。
そして、自暴自棄になって…………
とにかく、こういうのは許せない。心の中にいるバカな俺はあいつらに立ち向かっていく。なーに、これまで散々大人を相手に無茶した経験がある俺だ。今更こんな奴らどうってことないぜ。
「なんだお前?」
「つか誰だテメェ」
「え、…………えぇ………」
ちょっと待て。もっとしんどい事態に直面することになったんだが。俺たち同じクラスメイトじゃないか? も、もしかして俺ってマジで存在感ない?
ええい! 今はそんなこと気にしている場合ではない! いや、めっちゃ気になるけど! 皆の中でも「あれ? こんな奴いたっけ?」とかなってないか心配だけど!
「人の好きな物をバカにする奴が、一番バカだと思うぞ。お前らだって自分の好きな物そういう風に扱われたら嫌だろ」
「うるせぇ根暗!」
「急に出てきてなんだお前! つかマジで誰だお前!?」
ごめんなさい。今マジで泣きそうです。なんでそういう人の急所をお前ら的確につけるんだ? 凪ちゃんみたいな殺傷力のある言葉じゃん。俺の一番気にしていることを。
ヤクザにもボコボコにされた俺でも、言葉の暴力には弱い。もう俺の精神のライフは0。舞依の家で爺さんの人を殺しそうな目に睨まれたり、詩織の家の父さんに銃口突き付けられたりした方がマシだった。……いや、マシではないか。全然マシじゃない。
俺が半泣き一歩手前で教室の様子を見ると、白戸が目に入った。今目覚めたのか、もう寝てはいなかった。
が、こちらの方を見ずに欠伸をしながらスマホをポチポチしている。お前あとで本当に殴らせろ。見るくらいでもいいから俺のこと気にしてくれ。
結局俺なんかが出てきても事態は解決に向かうどころか、犠牲者が増えただけである。
こんなカオスな状況をどうしようかと、困っていると、
「やめなよ。つまんないよそれ」
教室の外から、また新たな一つの声が。
そちらを見ると、身長は160前半くらいの童顔で中性的な印象を持つ男子。
この事態を収めてくれるような見た目とは言えない。
正直、俺はまた新たな犠牲者が、とも思ったが……
「ああ!? なん──あ……け、慧」
「なんでお前がこんなところに……」
おや? なんだなんだ。さっきまで随分と勢いのあったこいつらが、あいつが出てきた瞬間に。どうしてしまったんだ。
「そんなだから、まだレギュラー取れないんだよ。監督が変わってチャンスができたのにさ」
「くっ…………くそ……」
男たちはすごすごとその場を去っていく。どうやら事なきを得たようだ。
「桜庭氏~! 助かったでござるよ~!」
いや、俺は何もしてないんですけどね。それどころか巻き添え以上のダメージを負わされてトラウマになりかけたからね。俺が助かったでござるよ~(^^)
そっちよりも。今気になっているのは別の方で。
「すまん。正直助かった。お前が来てくれなかったら、めちゃくちゃかっこ悪い終わり方してた」
礼を言うのはこっち。あいつらからは「慧」と呼ばれていた奴だ。
「別にいいよ。あいつら、部活で上手くいかない鬱憤を晴らしてるんだろうし」
「部活? えっと……慧君、でいいのか? 君とさっきの奴らは同じ部活に入ってるのか」
これはなんとも。こんな大人しそうで心優しい少年が、あんな奴らと同じ部に所属しているとは。一体何部なんだ。野球……ではないか。坊主じゃないし。バスケ……バスケかな。
「サッカー部」
「…………」
よりにもよって、なんでそこなんだよ……!
溜息がつきたくなる心地ではあるが、そんなの慧君からすれば俺の事情なんて知ったこっちゃないだろう。いくら俺がサッカーを避けているからといって、ここで嫌な顔をするのは失礼すぎる。
「僕は君に話があって今日ここに来たんだ。単刀直入に言うよ。桜庭楓。サッカー部に来てくれない?」
「…………」
「うわ。あからさまにすごい嫌って顔をするね」
前言撤回。さっきまでの優しい気持ちがすべてどこかへ行ってしまった。唾でも吐きたくなってくる。
だって、俺は以前に断っているんだ。この話は。
「……無理だ。お前んとこのキャプテンに4月から誘われたが、一回断ってるぞ。さっさと帰れ」
相手がサッカー部だとわかると、途端に態度を急変させる楓。
正直、彼の中にもサッカーがしたい気持ちはある。舞依たちとフットサルに触れることで、その想いは心という海の底から引っ張り出された。
だからといって、「する」わけではない。
自分は「してはならない」のだ。サッカーを。また、同じことを繰り返すから。
勝利のためには、仲間を踏みにじるだろうから。
だったら、変に希望は持たせない。突っぱねて、二度と来ないようにした方がお互いのためだ。
クラスは若干重い空気になっていく。二人の会話を聞き耳しているわけではないが、楓の不機嫌オーラというのか、ダークなプレッシャーがひしひしと伝わっているのだ。これに関してはなんとも迷惑な話ではあるが。
「そっか……また来るよ。名前だけでも名乗っておくね」
「知らん。勝手に名乗られてもこっちはな……」
また来るだと? 何回来られても結果は変わらん。大体今はフットサルの方で忙しいんだ。お前らサッカー部のことに時間を割いている暇は──
「四井 慧」
「あ~? 四井? よつ──」
え? 四井? あ、あれ? なんかその名前聞いたことある気がするぞ……!
ま、まさか!!!!!!
「いつもうちの奈夕葉がお世話になってます」
「な……っ!!!!!!!」
それを聞いた楓は、先ほどまで貼り付けていた嫌そうな顔を剥がし、瞬時に彼の前で跪いた。
「なゆちゃんのお兄さんでしたか。これは失礼。私、なゆちゃんの『にーたん』をやらせてもらっております桜庭楓です。サッカー部でもどんなところでも喜んで馳せ参じましょう」
「…………………………え」
慧に対して真正面から「あなたの妹の兄をやっています」という珍妙な名乗りを上げたあと、キラキラした瞳で彼を見つめている楓を、
夏月と綾瀬は、
(こいつクズだ……)
(桜庭くん…………)
悲しいものを見る目で溜息をついていた。




