☆③─25話 理屈じゃない
試合は少しばかりの停止時間に入り、選手たちはベンチへと戻る。
前半が終了し、終わり間際にさらに一点を入れられスコアは1─4。
やはり、というか当たり前だが近衛学園チームの顔色は苦しそうに見える。実際……苦しんでいるのだが。
「皆、よく頑張ったな……」
「ちょっと! 監督なら一つくらい指示出したらどうなの!?」
俺の申し訳程度の労いの言葉も詩織が一蹴する。そりゃそうだ。俺はこの試合で選手にまだ指示を出していない。まったくこの試合に干渉していないのだ。
「その必要はもうなくなった」
「はぁ!? どういうことよそれ……」
「この試合は捨てる。怪我をしないことを最優先にして、次に備えてくれ」
俺の一言に、5人は……特に亜子は驚いた顔をした。
「なんで!? まだ後半があるじゃん!」
「無理だ。朱堂瑠夏一人にここまでやられてる。向こうのレベルもこっちとは段違い。逆転は不可能だ」
「作戦とかないの!? こう……バーっといっぱい点取れる作戦!」
そんなのがあるなら俺が知りたいくらいだ。だが、残念なことにそう簡単にいくくらいならこんなことは言わない。
何もここで終わるわけではない。たった一敗だ。予選はあと四戦も残っている。クジ運が悪かったと思えばいいんだ。
横に座っている凪も納得しているのか何も言わない。こいつも俺と近い考え方だからそれが合理的だと判断したのだろう。
俺はこのチームを全国大会優勝に導かないといけない。龍泉は絶対に破らないといけない壁だ。
だが、それは「今」ではない。「今」だと無理なんだ。
全部出し切ってボロボロにやられてトラウマを与えるよりも、「あの時は監督が無理やり試合を投げた。自分達はまだやれたのに」と希望を持ってくれた方が龍泉と二度目の対戦を迎える時を考えると何倍もいい。
俺を恨んでくれていい。監督なんだ。俺の責任だ。
龍泉のベンチはあまり騒ぐわけでもなく、俺達のベンチはすでにお通夜状態。元々ここの体育館には観客も少ないこともあってか随分と静かなハーフタイムだった。
そして、後半が始まる。
俺から皆に授けた作戦は「これ以上情報を相手に与えるな」。
近衛学園にだってまだ切り札はある。凪の力と、舞依の速さに「ゾーン」だ。
特に、一流の選手にだって泡を吹かせる力を持つ舞依の「ゾーン」は今見せるわけにはいかない。使えば勝てるというなら遠慮なく解放するが、使っても2点取れれば奇跡。たとえ成しえたとしてもそれじゃあ逆転すら叶わない。
ならば、今は隠すんだ。いつか来る、再戦の時まで……!
「…………」
沈んだ顔でフィールドに戻る近衛学園のメンバー。それもそうだ。監督から勝利を諦めるよう言われたのだ。
きっと心の中は「どうして」「まだやれるのに」というものが占有していることだろう。
それでも、立花舞依一人だけはその目に確かな光を灯していた。
(楓さん。私のせいなんですよね)
舞依が思っていることは他のメンバーとは違っていた。楓の心の内に気づいていた。
楓はどうにかしてこの初心者だらけのチームを全国優勝に導かなければならない。それは普通のやり方じゃ到底叶わない。
もちろん、それに非情な手段だって取らざるをえない場面だって数多く出るはずだ。今だって「諦める」という楓が一番取りたくない手段を悔しくも取っているに違いない
それもこれも、全て自分のせい。
楓は本来、自分達にフットサルの楽しさを伝えるだけで良かったのだ。それなのに、「勝利」を約束しないといけなくなってしまった。
それは、わかっている。それでも。
(楓さん。私は、それでも、フットサルに対しての希望だけは、失っちゃいけないと思うんです)
舞依は後半開始のホイッスルを待ちながら深呼吸する。
集中を、もっと、もっと、高めるために。
今からやることは許されない。怒られるかもしれない。
でも、チームの皆が希望を失わないように。フットサルを嫌いにならないように。
これからも、戦っていけるように。
ごめんなさい。楓さん。
「舞依……?」
楓は意を決したような様子の舞依を見て何かを感じ取る。
「──ッ! まさか!!」
後半の、ホイッスルが鳴った。
その次の瞬間、
「やめろ……舞依、やめろぉ!!!!」
───ッ タンッッッッ!!!!!!!!
舞依は、制止を振り切り、軽く手を、叩いた。
バヂッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!
その音は脳内で弾け、電撃となって駆け巡る。
全身の血が沸騰するような感覚と共に、周囲の音が消え去り、色が抜け落ち、「自分」という存在さえも残らない。
舞依はゾーンを強制解放し、
今ここに、怪物が現れた。
「いくぞ!」
瑠夏がボール蹴り、味方がそれを受け取る。
点差がついてきたこの状況。あとは押し続けて相手の心を折るのみ。
龍泉のメンバーは一気に攻勢に出た。
この一点で近衛を再起不能にする……と、
そして、
「──え」
味方が変な声を上げて一瞬で持っていたボールをロストした。
「なっ……!?」
瑠夏は驚愕した。何が起こったのか、全国屈指の実力を持っている自分でもそれが一目ではわからなかったからだ。
起こった事実に遅れて、脳は誰がボールを奪ったのかを処理し理解する。
あれは、たちば──
舞依は瑠夏が理解するより速く彼女の横を過ぎ去った。
「な、──は!?」
後ろを振り向くと、ゴールのネットが揺れていた。
「え……? な、なに、が」
ボールはゴレイロの後ろを転がり、審判も笛を吹くのを忘れて呆然としている。
ようやく理解が彼女の速度に追いつき、笛が吹かれた。
近衛 2 ── 4 龍泉
「……あ、終わった」
舞依は何かに開放されたように、眠りからでも覚めるように、ここに戻ってきた。
瑠夏と、視線が交錯する。
「立花……舞依…………」
「……」
言葉を交わすわけではない。だが、瑠夏はようやく呑み込めた。
あとは近衛の心を折るだけだった。「龍泉に勝てない」。これを徹底的に教え込み、自らの強者としての地位を確固たるものとする。
あとは、それだけだったのだ。
「上等だ……!」
どうやら、それだけではなかったらしい。
また試合が再開する、その時に。
「龍泉小学校タイムアウトです」
龍泉の監督である辰見は後半開始直後に関わらず即座にタイムアウトのカードを切った。
両者共に、すぐには戻れない。動揺しているのだ。
龍泉は当然、「立花舞依」という選手が突如豹変したことに。
近衛は、舞依が最も隠しておかなくてはならないカードを切ってしまったことに。




