☆③─24話 立花舞依の欠点
「詩織! パスを!」
舞依は得意の速さで動き、パスを要求する。
けれど、パスルートを塞ぐように瑠夏が動く。
「くっ!」
「しおりー! こっちだー!」
舞依がダメならと亜子が呼ぶ。そうだ。こっちしかない。
しかし、瑠夏が指示を出して亜子の前を塞ぐ。亜子もダメだ。
その瞬間だった。瑠夏が仲間に指示を飛ばす隙をついて、舞依が風のように素早く動き、瑠夏のマークから抜け出た。
詩織は今だ、とパスを出す。
が、出したときに「しまった」と思った。
舞依が動いた先に、敵が待ち構えていた。
龍泉のフィクソが、舞依の動く先を読んで仲間を動かしていたのだ。
「あっ!」
そして、パスカットされる。
瞬時に攻防が入れ替わる。龍泉が一気に走り出た。
次々にパスを繋いでいき、最後は瑠夏に渡される。
「いかせませんっ!」
自分へのパスがカットされた、と責任を感じている舞依はその足ですぐさま瑠夏の前に出る。同じピヴォなのだ。自分が勝負しなければ。
「……それで、いかせないつもり?」
「え──」
瑠夏は急加速し、強引に舞依を突破した!
舞依はディフェンスで食らいつく前に、破られる。あっさりと。
そして、追いすがる前にシュート!
勢いがあり、ゴールの隅をついた、完璧なそれは。
抗うことも許さずネットに突き刺さった。
近衛 1 ── 2 龍泉
審判が笛を鳴らし、無慈悲に点数が加算される。
何も、何もできなかった。
しかも、さっきと同じだ。ボールを奪われてカウンター。こればっかりだ。
それも、詩織のパスが機能しなくて、そこのミスをつかれている。
詩織の調子が悪いのだろうか。
いいや、違う。
「君、ピヴォ……なんだよね?」
「!」
呆然と立っている舞依に、瑠夏が声をかける。
「は、はい……そうです、けど」
そうだ。自分はピヴォだ。このチームの点取り屋だ。パスを受けて、シュートをして、点を取るのだ。それが、自分の仕事だ。
そう。それが、楓さんが、こんな下手な私にも与えてくれた役割──
「……多分だけど、ポジション変えた方が良いと思うよ。あなたの動き、どう見てもピヴォ向きじゃない」
「…………………え?」
否定される。自分の中にある、宝物に等しきものを。
大好きな彼から、与えられた、大事なものを。
「私が、向いて、ない……?」
「うん。2回の攻防ではっきりわかった。これ以上上手くなりたかったらピヴォはやめた方がいいと思うよ。……それだけ。ごめんね、試合中に」
瑠夏は自陣へ去っていく。いくら本心でのアドバイスと言えど、侮辱行為スレスレだからというのもあるが、見ていられなかったのだ。彼女の落胆ぶりを。
近衛学園側の攻撃から試合は再開する。
やはりと言ってか、まずは詩織がボールを持って敵陣へと運んでいく。
だが、作戦なんてものはなかなか思いつかない。敵の隙が無さすぎる。
その時だった。
「詩織!!!!」
大声で呼ぶ、チームメイトが。
舞依だ。前線で亜子以上にパスを主張する。
亜子のように大げさに主張してくるタイプではないので一瞬龍泉の選手の注目を引くが……。
これを囮にして亜子にパスを通す手もあるけれど、
(何があったかわからないけど……そのやる気、買うわ!)
詩織はボールを強く蹴りだし、早いパスを送った。
それでも舞依のマークをしていた瑠夏は反応していて、それをカットしようかと動くが、
チラリと目を動かすと、ベンチで監督がそれを手で制した。
これは「パスを取らせてやれ」との指示だ。
瑠夏はパスをスルー。目の前でマークしている舞依は無事にボールを手に入れた。
(私がピヴォに向いてないなんてありえないっ! だって、楓さんが……任せてくれたんだもん!! この、ポジションを!)
彼は決して何も考えず無責任にポジションを押し付けるようなことはしない。自分がピヴォに収まっているということは、自分に何らかの可能性が存在するということだ。
だから、今、目の前で自分を阻んでいるこの「朱堂瑠夏」を抜くことで……
それを証明するっ!!!!
舞依はボールを前に軽く蹴りだし、スピードのエンジンを始動させる。
その予兆を誰よりも早く嗅ぎ取ったベンチにいる楓は目を剥き、思わず立ち上がった。
「待て! 早すぎる!! 仕掛けるなッ!!」
楓は先の展開で、瑠夏がパスカットできそうな位置にいるにも関わらずスルーしたことが気にかかっていた。
それを見た瞬間、加速する思考により時間が緩慢となった脳内世界で楓はその意図を探っていた。
そこから、すでに相手の作戦が看破できていたのだ。
その、龍泉の狙いに。
これから爆発的な加速を披露しようとする舞依。一度これを許してしまえば目で追うことすら困難だ。
だが。
「やっぱり。ダメだよ、それ」
「ぅ、あ!」
舞依が敵を抜き去ろうとする直線上、瑠夏が先回りして阻み、ボールだけを上手く彼女の足から奪い取った。舞依は足を引っかけられたように前につんのめって地面に手をつく。
簡単に、防がれてしまった……!
「実力どうとかいう話じゃないよ。ここで抜こうとする時点でダメ」
不合格を告げられる。目に物を見せてやろうと思っていたのに。むしろ当然とばかりに一瞥されただけでもう興味から外されてしまう。
どうして。上手くいかなかった理由さえわからない。抜こうとする時点でダメ? じゃあどうすれば正解だったんだろう。それもわからない。今の自分にはピヴォとしての正解がわからない
すぐ立ち上がり瑠夏からボールを奪おうとするも、まったく歯が立たない。
上手く体を入れてボールに近づくことさえ難しい。自分がもたもたとしている間に、龍泉の選手が続々と上がってくる。気づけばそれらは自陣に展開された。
言葉ではなく、動きでわからされる。本当のピヴォとしての姿を。
自分の中には存在しない、それを。
「アドバイスじゃないけど、相手を抜くことだけがフットボールじゃないよ」
瑠夏がパスを出す。しっかりと敵陣へ上がり準備ができていた龍泉メンバーはパスを受け取った瞬間に、次々とボールを繋いでいき、詩織たちは一切反応できないまま……
ゴールネットが、揺らされた。
近衛 1 ── 3 龍泉
楓は力なくベンチに落ちる。
舞依には致命的な弱点がある。
それは、基本的な動きが全体的に下手だとか、ゾーンの時間が終了すればさらに弱くなるだとか、そんなレベルではないものが。
舞依は、ピヴォであるにも関わらず、ピヴォとしての動きを一切習得できていないのだ。
このポジションにつかせる際に「点を取るのが仕事」だと言った。それは間違っていない。事実、ピヴォはシュートが上手くないとダメだ。
だが、それ以上にピヴォはボールキープ能力が必要。奪われないようにボールを保持し、仲間を前線に押し上げる役目がある。
当然だがチームで一番ぶっちぎりで下手な舞依がそんなことできるわけがない。身長や体の大きさだって女子としては平均より少し下な方だ。言ってしまえば身体能力の高い亜子の方が何倍も適任なんだ。
これには色々と理由があるのだが……そこをまんまと龍泉に突かれていたのだ。
現に、さっきも。
あそこで舞依はボールを受け取ったらしばらく様子を見るべきだった。仲間が動き、敵陣の中でチャンスが来るまでボールを奪われないように保持し続けるべきだったんだ。逆に言えば、絶対にボールを奪われてはならなかった場面。なにせ奪われれば相手からのカウンターを受けるのだから。
それを、舞依は「ドリブルで抜く」というボールを奪われるリスクを大きく含むアクションを取ってしまった。最悪に近い選択肢を選んでいたんだ。
結果、カウンターを受け即失点に繋がった。良いカモにされてしまっている。
終わった。完全に。今を以って。
現時点の俺達では、龍泉を倒せない。
脳内で勝利への道筋の一切が消滅する。
心の中で勝てるかもしれないという希望の一切が途絶える。
瞳の中で、活力の炎が消えた。
敗北への覚悟が、できてしまった。
そして、あっという間に前半が終わってしまった……




