☆③─23話 練習試合じゃねぇか……!
「くっ……さっきから全然こっちの攻撃パターンが通じない……!」
詩織はジワジワと追い詰められている感覚を得て、精神の苦痛にその端正な顔を歪める。
どこにパスをしてもすぐ奪われる。パスを出させてくれない、じゃない。好きにパスを出させた後、すぐに奪われる。
それがキツイ。パスが出せないなら、どうにかして出すことができればまだ可能性を感じられるからだ。「パスが通れば得点できる」という希望が。だからパスを通す作戦をいくらだって考える。
しかし。パスを出した先で完璧に防がれれば、どうすればいいかわからない。
得点にはシュートが必要だ。その撃ち手が守備を躱せないのなら……
(自分が決めるしかない!!)
パスをフェイントにして、直接自分が決めに行く。あまりシュートに自信はないが、今の状況を打開するにはマシな手だろう。
だが、
「あっ……!」
自分のシュートはブロックされる。それもゴレイロではなく……舞依をマークしていたはずのピヴォである朱堂瑠夏に。
撃たれたボールは瑠夏の足が完全に防いでしまった。
詩織はその広い視界の端で捉えていた。自分がボールを蹴りだす瞬間、瑠夏がシュートコースに入っていたことを。しかも、自分がシュートをキャンセルできないギリギリのタイミングで。
読まれていたのだ。自分のシュートが。
(これでも……ダメって言うの……!?)
詩織の苦痛はさらに大きくなっていった。
無論、瑠夏は詩織の動きを注視していた。けれど、詩織がパスではなくシュートを選択することは読んでいた……というより、「知っていた」。そして「待っていた」。
これも監督である辰見の策の延長であった。
『自分の得意パターンが通じないとなれば、次に打って出るのは自らが思いつく奇襲パターン。通常なら仲間が巧みに動いてマークを振り切ろうとするが……それは今のあの子たちには無理だろう。想定できるのは……パスと見せかけてのシュートくらいが関の山だ』
そんなものを奇襲とは呼ばない。
それを人は「逃げ」と呼ぶ。
パスではなく、シュートを選択する、ではない。
パスが出せないからシュートをする。つまり、それしか選択肢がないから、それに逃げるのだ。
『そこを、狙いなさい』
狙い通りに詩織はシュートを選択……いや、逃げた。そこを瑠夏は見逃さなかった。
そのまま進撃。仲間もまた瑠夏がボールを持った時にはすでに走り出していた。
タン、タン、とパスによってがボールがフィールドを走り去っていく。
あっという間に、もうこちらのゴール前。
「ぜったいに止めます!」
愛実がゴールは許さないとシュートに備えて構える。
今や完全に意表を突かれたせいでこちらの守備は誰一人いなかった。
それでも。ゴレイロにはボールを受け止めることでどれだけ不利な状況になる攻撃も無にする力がある。自分が止めればいいのだ。
そう。止められるならば。
ドッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!
朱堂瑠夏の足から、凄まじい音と共に強烈なシュートが愛実の手を弾いてゴールに突き刺さった!
龍泉1──近衛1
ゴレイロの手を弾いてぶち込まれる強力なシュート。圧倒的なパワーを見せつけられた近衛の面々は息をのむ。
龍泉というチームを最近知ったという者なら誰もが勘違いする。
「龍泉のピヴォのシュートは大したことはないだろう」と。
なぜなら現在の龍泉の得点は全て「天下原乃蒼」。ひどい試合であれば10以上もの得点をしていながらそれらが全て彼女一人である場合もある。
そこから、朱堂瑠夏は攻めの統率は上手く、得点の要であるピヴォのくせにシュートはあまりやらない。肝心なシュートをアラに任せている。ならば、きっとシュートが上手くないピヴォだろう。そう勘違いする者がいる。
否。
天下原乃蒼の得点能力が常人の遥か上の異常なレベルにあるだけで、朱堂瑠夏の得点能力は全国レベルだ。
ただ、乃蒼なら絶対に、100%、点を決める。どれだけ敵にマークされていたとしても確実に。だから彼女に任せるのが効率的というだけで、自分でもやろうと思えばいくらだって点を取れるのだ。
天下原乃蒼がいなくても、このチームは全国レベルに変わりなし。
そう知らしめるが如くの衝撃な一点だった。
チームワークも良くて、守備は上手い、攻撃も強力。
なんて、隙のないチームなんだ……!!
楓は唇を噛む。
試合はまだ序盤も序盤。だが……
(この試合は……もう……)
計算して導き出した。
今の近衛学園が龍泉女子に勝てる可能性を。勝利の道筋を。
そして、
(無理だな)
楓は、心の中でそう呟いた。
「おにぃ。私、舞依と代わった方がいいよね? 行くよ」
凪はすでに向こうのチームがやっていることを見抜いている。さっきの展開では見えづらかったが龍泉は詩織ではなく、実は「舞依」を狙っている。
それを察知した彼女はベンチから飛び出そうとする。
フットサルはサッカーと違って交代のルールが緩いことはもう言ったこと。自陣のベンチ前にある5m幅ほどの「交代ゾーン」と呼ばれる場所で待機しておき、選手が一人フィールドから退けば審判の許可なく入れるのだ。しかも、何回でも交代可能なので一度下がってしまおうとも再びフィールドを踏む機会は残ったまま。下がってしまうリスクもない。
だから、凪は同じピヴォである舞依と代わろうと思っていた。
目立っていないが、今の舞依は龍泉に、いや、朱堂瑠夏に利用されている。さっきの得点も実はそれが裏に隠れているものだった。
凪ならおそらく簡単にやられはしないだろうが……
俺は凪の腕を掴んで止めた。
「え!? あ、あれ? 私、間違えた? 今が出る時じゃない?」
凪は困惑する。チームが初の公式戦というのもあり、さらには一瞬で点を返されたということもあって浮足立っている今、自分が出てチームを落ち着かせる必要がある。タイムアウトをこんな早々に切るわけにはいかない以上、唯一の控え要員である自分の仕事はそれで、タイミングはまさにここだ。
兄である楓も同じことを思っていると信じていた。試合前に「入るタイミングはお前に任せる」と言ってくれたのだし、楓に聞くまでもなく出るつもりだった。
止められた最初は、自分の判断が間違っていたと思った。しかし、すぐにさらなる裏の意図に気づく。
「おにぃ……まさか……!」
「ああ。お前はこの試合に出るな。明らかに向こうに引っ張られてるぞお前」
早々にこちらの出方を潰すやり方。チームを慌てさせて一旦主要な選手を引っ込めさせる……もう相手の狙いは明白だ。
(随分と舐めやがって……!!)
これは、俺達に勝ちに来てるんじゃない。データを取るつもりだ。まだ、大会初出場で、部が出来たばかりの俺達の、「どんな選手がいるのか」というデータを。
最初は好きに攻めさせ、点を取る形を観察し、それを潰してその対応を見た後、控え選手に手を伸ばす。
この前後半40分でじっくり観察するつもりなんだ。龍泉は。
強豪として常勝を求める以上、たとえ初心者集団でも見逃さない。データがなければ万一にも負ける可能性を残してしまう。だから、取りに行く。
「下手で弱いチーム」という感想で終わらず、次にやっても絶対勝てると思えるように徹底的に。
それこそが、強豪。
これを選手たちは意識していない。どうやら上手く言いくるめられている。どう考えても監督の指針だろう。
獅子は兎をも全力で狩る……たしかにそうとも言えるだろう。だが、これはもう本気の勝負なんかじゃない。
楓は拳を握りしめた。
ただの「練習試合」だ……!
「おにぃ。ってことは……」
凪は言うまでもなく察する。この試合に出るな……それはつまり、
「この試合を捨てた」ということだ。
舞依にもゾーンは絶対使わせない。あれを見せてしまえば龍泉を警戒させる。次、戦う時は対策をされる。凪だってそうだ。プレースタイルを掴ませてしまえば機能しづらくなる。
後半からは詩織にも動きを制限させよう。もうこれ以上データをやらせるつもりはない。
……クソ。自分で言ってて情けねぇ。そんなつまんねーフットサルさせるつもりかよ、俺は。
選手名鑑⑤ 朱堂瑠夏 ポジション:ピヴォ
シュート:4 ドリブル:4 ディフェンス:4
スタミナ:3 スピード:3
去年の全国大会準優勝校である龍泉小学校女子フットサル部のキャプテン。
全国個人ランキングは18位。ピヴォでありながらチームの統率が上手く、攻守にわたって指示が出せる非常にバランスの良い選手。ボールキープ能力が高く、シュートも強い、まさにお手本のようなピヴォである。だが、得点能力に関しては乃蒼の足元にも及ばないため、現在は公式戦でシュートを打つことがほとんど無くなった。本人はプライドが傷つけられ気にしているが、龍泉の勝利のためと納得している。




