☆③─22話 王者の戦い方
「やったー!」
「よし、上手くいったわ!」
舞依と詩織はハイタッチで喜ぶ。
それを見ていた楓は正直、驚いていた。
(まさかこんな風に攻めて得点することができるなんてな。……相手を過大評価してたか……いや、俺が知らないところでもこの子たちは日々成長してるのか)
楓の中で近衛学園フットサル部というのはまだまだ弱小だ。それも当前で、技術も身についていない。
だが、その認識は甘かった。
子供たちだっていつまでも弱いままではない。一日、一日、が成長真っ只中。
「小学生は、一秒を生きてるんだ……!」
楓は涙が出そうになった。彼女たちの、成長に。
……思わず楓が漏らしたその言葉に同じベンチの女性陣はドン引きしていたが。
「キャプテン、すみません」
まだ五年生であるこのチームのフィクソは朱堂瑠夏に頭を下げる。
先の失点は自分のせいだ。試合開始早々にドリブルで抜かれるなど、自分のチームの調子を崩したに等しい。あそこは序盤とはいえ死んでも食らいつく場面だった。
しかも、そこから崩れて即失点なんて……
それを見た瑠夏は、
強豪としての看板に泥を塗った後輩の頭を、
ポン、と撫でた。
「……キャプテン」
「気にしないでいいよ。釣りだされたのは私もだから」
詩織のシュートモーションにつられ、舞依のマークを外した。その行為も失点の一部。なら責任は後輩だけにあるものではない。
それに。
「監督も言ってたけど。ここまで予定通りだから」
瑠夏の鋭い視線は、近衛学園の面々を突き刺していた。
試合は再開。先ほどの攻撃はとてもスムーズに決まったこともあって時間経過は僅か1分程度。
近衛学園としては理想的だ。このまま相手が調子を落としてくれれば2点目といきたいところだが……
(そう簡単にはいかないか)
龍泉の子たちは失点など無かったかのように落ち着いて試合に集中していた。誰一人として表情を崩していない。
これも全て、頼れるキャプテンがいるから……か。
今度は龍泉が攻めるターン。巧みにパスを回していき、スイスイとこちらに攻め込もうとしてくる。
こちらはマンマークディフェンスで対応する。つまり、こちらの選手が相手選手それぞれに付いている状態だ。
ゾーンディフェンスを練習していたが、試合には間に合わなかった。まだまだ完璧とは言えないお粗末な形では実践投入するわけにはいかない。
だが、そうなればやはり問題が出てくる。
「あっ!! しまったー!」
亜子が相手にドリブルで抜かれ、さっきのシーンを繰り返すかのように今度は近衛学園側が一時的に数的不利な状態へと突入する。
その選手にすぐ対応しにいく詩織。だが、そうなると詩織がつくべき選手がフリーになる。
詩織の股を抜かれる形でパスを出され、次々に守備が崩れていく。
クソ。ダメだ。個人の力量だけで守備をしてたら簡単に抜かれちまう……!
そのままあっさりこちらのゴールに近づいてきてシュート。
撃たれた瞬間にキュッと心臓が締め付けられた思いをしたが、なんとかそのボールは牧野の手に収まった。
ここまで僅か30秒。厳しいな、これは。
「次、決めなよ」
「はい!」
「もっと位置気にして。これならパス回していけば崩せるよ」
「「「はい!!」」」
瑠夏はゴールを決めきれなかった後輩の肩をポンと叩きながら、さらに味方を鼓舞する。
龍泉は守備に戻りながら素早くチームのコンディションを上げていく。
対してこっちは……
「うがー! ごめーん! アタシが抜かれたせいだー!」
「危なかったわよ! せっかく1点決めたのにすぐ取られるところだったわ!」
「ぎりぎりせーふ……」
愛実からボールを受け取り、攻めを開始するが精神状態は悪い。
「すぐに切り替えろ! 点は入らなかったんだ。今は気にするな!」
俺はベンチから声を飛ばして調子を戻してやる。
このチームのムードメーカーとも言える亜子。だが、まだ精神的支柱と言えるほどではなくこんな状況の時に一声でチームを切り替えさせるほどじゃない。
「攻めは通じてる、大丈夫だ! こっちもパスを回してボールに触れていけ。まずはシュートまでいくことだけ意識しろ!」
俺からの指示を受け取り、詩織がボールを保持して動く。
まだまだ試合は始まったばかり。実力差は確かにあるが、諦めるなんて早すぎる。
さっき、俺たちの攻めはちゃんと通じたんだ。決して全てで負けているわけではない。
詩織たちはゴレイロの愛実を除く4人でパスを回していく。
敵陣で縦横無尽にパスを出していくことで相手の守備を攪乱して隙を見つけるのだ。
だが、すぐにこちらに綻びができた。
「あっ!」
亜子がパスカットされる。こちらが上手く回しているように見えたが、まるで待っていたと言わんばかりにボールを奪われた。
点を取った時とは打って違い、それからはずっと押され気味。
これは……
(もう見切られたか……)
俺は確信する。最初の一点が……わざと取らされていたことに。
近衛学園女子フットサル部というのはある意味で秘密のベールに包まれている。
部ができたのはほぼ一か月前。幸か不幸か練習試合は来栖谷との一回きり。試合映像なんてあるわけないし、選手のデータなんてどこも掴んでいないだろう。それこそ来栖谷以外には。
だからこそ、来栖谷には奇襲戦法が通じた。「初心者集団」という皮を被りながらも様々な手を尽くして点を取り最後まで逃げ切れた。その中でも舞依のゾーン強制解放は一番の奇襲とも言える。
来栖谷はそういった手練手管のおかげで調子を崩して力を上手く出せていなかったのだ。普通にやれば簡単にボコられる。そんな相手なのだ、あそこは。
そして龍泉にも同じように奇襲で調子を崩してやろうと思っていた。「初心者にいきなり点を取られたらショックを受けるだろう」「あわよくば、こっちを変に警戒してくれて動きが狂ってしまえれば」……と。
だが、今思えば最初の一点は出来すぎていた。その上で、龍泉の子達はほとんどショックを受けていなかった。
つまり……「最初から点を取られると思っていた」……?
~10分前~
「試合を行う前に一つ言っておく」
龍泉女子の監督である辰見康生はチームのメンバーを前にして口を開く。
「彼女らに点を取らせなさい」
辰見は彼女たちにそう言い放つ。周りで聞いている控えの5年生、そしてスターティングメンバーの6年生でさえ驚いていた。さらにはその様子に体育館の二階で見ている4年生部員も何事かとざわついていた。
当たり前だ。まさか相手が初心者集団だから手加減してやれというのか。いくら信じてついてきた監督だとしても異を唱えたい。
しかし、ただ一人冷静を保つ少女がいた。
「監督。それは『あえて先手を譲らせる』……ということで間違いないですか」
「ああ。そうだ」
チームのキャプテンである朱堂瑠夏は表情を一切崩さずに監督の言葉の意をくみ取り、返す。
そのおかげか、チームの動揺はひとまずの収まりを見せたが……
「無理に主導権を奪わなくていい。むしろあげなさい。その方が彼女らにはよく効く」
相手の試合経験が少ないなら、それを最大限利用する。
「上手くいっていると思わせて、そこから一気にどん底へ突き落としてやりなさい。精神面は鍛えられていないだろうからね。すぐに折れる。お前たちなら、主導権を取らせた後でも落ち着けばすぐ取り返せるはずだ」
自分たちが試合の日まで必死に練習して身に着けてきた力。
最初から相手のペースが続いて、それをなかなか発揮できないとしてもまだ希望は捨てないだろう。『自分の力を発揮できればもしかしたら……』という想いがあるからだ。
だが、もしも。自分の力を存分に発揮した後、それを真っ向から潰されていけばどうなるか。
『今の自分たちの実力では勝てない』
この想いをどうしても消し去ることはできない。
ましてや試合経験が少ないとなれば、メンタルなどすぐに潰れる。
獅子は兎を狩るにも全力で。初心者だろうと持てる力で潰しきる。
ただ勝つだけではダメだ。「このチームには絶対に勝てない」。そう思わせなければいけない。
それが、王者だ。




