☆③─19話 最高の景色へと手を伸ばして……
俺達、近衛学園女子フットサル部が最初に戦う相手が一番のハズレくじと言ってもいい最悪の相手──「龍泉女子」だとわかった次の日。
「……」
朝。学校に登校するなり俺は教室でフットサル用のノートを開いて戦略を考えていた。
対戦する相手がわかったんだ。それなら専用の対策を立てるのは当たり前。
だが、この東京予選はほぼほぼ前日まで相手が伏せられた状態でフットサル協会がマッチングさせた学校同士で5戦行う特殊試合。
現に明日が試合だってのに昨日の夜に連絡が来るようでは「対策なんて立てるな」と言っているようなもの。もしくは、「そんな状況下でも少ない情報だけで対策を立てられるか?」といったところだろう。
当たり前だが練習試合だってまったく出来ていない俺達は情報なんて皆無に近い。確認できたのはデカい大会なんかに残っている試合映像くらいだ。
なんとか……「龍泉女子」の試合は見られた。さすがは去年の準優勝校だ。ゴロゴロと試合映像が転がっていた。
それを見て対策……とまではさすがにいかないが、マークしておく選手くらいはいくつか目星がついた。
「おーおーやってるねー」
「桜庭くん。試合、明日だもんね」
この声は、白戸と綾瀬のマネージャー組だ。まぁ俺に声かけようとする奴なんてこいつらくらいしかいないから声聞くまでもないんだけどね。ははは……
「相手は『龍泉女子』。一応試合場所はここの体育館を使用するらしいから移動のことは考えなくて良かったからな。せめて相手チームのことくらいは集中して調べてないとな」
「いやさ、聞いたけどめっちゃ強いとこなんでしょ? 初戦終わったじゃん」
人がせっかく意気込んでいるのにこいつは水を差すのがなんて上手いんだ。史上最低のマネージャーじゃん。
「そういうことを言うな白戸。試合は諦めない限り結果はわからない。あの子達だって全力で頑張るはずだ。今の時点で負けを考える奴がどこにいる」
「はぁ……。けど、あれ、なんだっけ……ほら、いるんでしょ。あー……雨合羽なんとかみたいな名前の選手」
「……天下原乃蒼、だ。お前そこまでいくとさすがに失礼だぞ」
やっぱり話はそこに行くよな。そう。問題は天下原乃蒼なんだ。
『勝利の瞬間』だか何かは知らないが、そんなものは置いといて強豪である菜穂ちゃんのチームから単独で8点もぶんどる選手だ。守備がガタガタの俺達ならその倍取られても何もおかしくないのが苦しいところ。
だったら点の取り合い……と、言いたいところだが。そうもいかないところがある。
龍泉女子は、実は「天下原乃蒼」だけが超攻撃的な選手であるだけで、本来はかなり守備的なチームであるということ。
(天下原乃蒼は止められそうにないし、こっちはあっちの守備を崩せるかどうかも怪しい。白戸はそんなこと知らずに勝手に諦めてるだけだろうけど、普通に考えても絶望しそうだ)
なんにしても明日。試合の日だけはどうしようとやってくる。
五戦のうち、まずは一戦目……
俺達は……どう戦っていくか……
~図書室~ 休み時間
「……」
雪姫は静かに本のページを手繰る。
彼女は休み時間は決まって本を読んでいる。それも小説の類だ。教室にある文庫やこの図書室には偉人や有名な土地といったものを紹介する漫画が数多く置かれていて児童たちに人気だが、そういったものは一切読まない。
「本、お好きなんですか?」
「……!」
紙につらつらと流れている文字を目で滑っていると、横から声をかけられたことに少し驚く。
ここは図書室ではあるが、中等部や高等部とも連結している。つまり彼らも利用しているわけだが、雪姫のように初等部の者が休み時間に使用するなんて滅多にない。
声をかけられる、ということは……おそらく年上の先輩なわけで。そうなれば驚くなという方が難しい。
「あ……貴方はたしか」
「はい。フットサル部のマネージャーの綾瀬です。といっても、つい最近なったばかりの新入りですけど……」
そう。綾瀬秋乃。あのフットサル部にいたマネージャーの中で……失礼だが、やる気があった方と言うべきか。
もう一人の方には少しばかり思うところもあったが、とりあえずは「やる気がある方」と「やる気がなさそうだった方」という覚え方をしていた。
「本……ですか。大して好きではありません」
「え、そう……なんだ」
こんなところでわざわざ休み時間を過ごしているくらいなのだからよほどの本の虫と思って図書委員として何か本の話題でも振ろうかとしていたのに。
彼女がフットサル部に入部するかどうかはさておいてただ単純に初等部の子が珍しかったから声をかけたのだが……。
「文字を追っていると楽になるんです。何も考えなくて済みますから」
「へぇ……。うん。そういうのも本の良いところだよね」
決して何か感情を受け取るツールだけではない。日常の色んなことから抜け出て活字の世界へ没入する。そうすることで自分の中にある不安といったものも紛れてくる。それもまた本の魅力の一つだと綾瀬は思う。だからこそ雪姫のことを否定しなかった。
「綾瀬さんはどうしてフットサル部のマネージャーをやっているのですか?」
ただ文字を追っているだけの作業部屋であった本を閉じて、綾瀬に問う。
なぜこんなことを聞こうと思ったのか。フットサルから離れている自分と対比して、マネージャーという形でフットサルに触れている彼女の気持ちを知りたかったのかもしれない。
「……実はね、これは桜庭くんへの恩返しでもあるの」
「桜庭……? あ、楓様のことですか?」
いきなり「様」付けで彼の名前が出てきたことに綾瀬はきょとんとするが、すぐに「うん」と繋げて口を開く。
「ずっと話してみたかった人がいて……でも、その人と話そうとする勇気が出なくて。それを桜庭くんは助けてくれたの」
祖母からくれたハンカチを失くしてしまい、それを見つけてくれた夏月。
彼女と友達になりたかったけれど周囲に壁を作っていて会話すらろくにできなかった。
でも、桜庭楓が繋げてくれた。彼からすればなんでもないことだっただろう。それでも自分にとっては「助けてくれる」行為がやはりあの初等部の頃からとても嬉しく思うのだ。
そして、自分も「助ける側」になりたい。いつまでも「助けられる側」でいたくない。そう思った時、彼からの勧誘はチャンスだと感じた。
自分が、一歩を踏み出して……「新しい自分」になっていくための。
あとは……まだまだ壁を感じる夏月のことをもっと知りたいという想いもあったのだが。
今の自分の想いを告げると、雪姫はほぅ、と関心を抱いたような顔をする。
「新しい……自分、ですか」
「聞いたけど柊さんもフットサルやってたんだよね。どうしてフットサルを始めたの?」
「私、ですか?」
視線を机の上に置いてある本へと落とす。
自分は……
「見たい、景色があったんです」
「景色?」
「キラキラと光る、氷の結晶のような。凍える体を最後まで燃やし尽くして、全てを出し切った後に見える……最高の景色を」
雪姫は視線を上に向ける。その先には図書室の天井しか無い。しかし、その目に映るのは強く切望する夢想の空間。
「でも、私はまだ見たことがないんです。体を熱く燃やしたことも。いつも、相手が諦めるか、自分が諦めるか。それしか無かったんです。ずっと、凍えたままなんです」
綾瀬には、彼女が何のことを言っているのかわからなかった。
彼女にしかわからない。彼女の中のもっとも深い部分。簡単に言葉にできるほど安っぽくなく、胸を痛めるくらいに求めているもの。
「その……それを求めるためにまたフットサルをしないの?」
近衛学園のフットサル部に入れ、という意図はなかった。単純に疑問をぶつけただけ。マネージャーという立場である時点で勧誘の意味に聞こえてしまっても仕方はないが。
雪姫は綾瀬の瞳をジッと見つめて、彼女にそんな意図がないのを読み取ると、
「できれば、いいですけど。私……臆病ですから」
「???」
結局、その返答の意も綾瀬にはわからないものであった。
「それでは失礼します。あと……この本、借りてもいいですか?」
「へ? あ! は、はい……じゃあ、あそこの受付に置いてあるカードに名前を書いておいてくれますか? 初等部用のはあのピンク色のカードです」
「わかりました」
雪姫は最後に笑顔を見せてその場から去っていく。
受付でさらさらと名前を書いて、図書室を出て行った。
彼女は何を伝えたかったのか。話を少しばかりか聞くことができた自分はこれを楓たちに伝えるべきだろうか。でも、何を話せばいいのかかもわからなかった。
そんな風に悩みながら受付に戻って先ほどの雪姫が書いたカードを回収する。
「あれ、こっち中等部用の方だ……間違えてる」
ボーっとしていたのか中等部用のカードに名前を記入してしまっていた「柊 雪姫」という名前を消して、綾瀬は改めて初等部用の方へと記入し直した。
楓から聞いていたが……たしかにうっかりしている子であった。なんとも子供らしい。
どれだけフットサルで優れた能力を持っていても、悩むことはあるのだろう。彼女はまだ小学生なのだから。




