☆③─16話 氷結の眼
「ねぇ! 放課後時間ある?」
バンッ! と机に勢い強く身を乗り出しながら相手へこれからの時間を要求する凪。
その相手とはもちろん──
「ん……その声……凪さん、ですか?」
先ほどまで座りながら眠っていた雪姫。もう授業は全て消化してあとは帰るだけというのに彼女は微睡の中にずっと囚われていた。
まだ問うてくる相手の確認に時間を要するくらいなのか、目をゴシゴシとこすりながらジーっと凪の顔を見る。
「寝惚けてないでほら! どう? 体育館に来てほしいの!」
「体育館、ですか」
凪は楓と同じく朝にフットサルの話をしてきた。そのことから彼女がフットサル部に所属していることは知っている。きっとこれもフットサル関係だろう。
はっきりと「部には入らない」と言ったのにまだ来るのは諦めきれない証拠。このまま拒否し続けてもいいけれど彼女には日々の生活で自分を支えてくれている恩もある。
「わかりました。遅くならなければいいですよ」
「! うん、大丈夫! 私の部の練習を見るだけでいいから」
それなら行こうと凪は雪姫の教科書類をパパパ-っとカバンに突っ込んで彼女とそれを勝手に引っ張っていく。雪姫も「あれれ~」とされるがままになっていた。
「で、こうなったわけ」
体育館で今日の練習が始まると当然のように用意したパイプ椅子に雪姫が鎮座していたことから困惑していた楓は、凪にそう説明されると一応の納得をする。
(朝にあれだけ拒否していた雪姫がフットサルの練習を見に来るのは意外だったが……なるほど、登校は俺がお世話していたように凪も雪姫には随分と振り回されていたんだな。兄妹とは悲しい部分で似てしまうもんだな……)
「練習を見てればもしかしたらまたフットサルをやりたい気持ちってのが出てくるかもでしょ? そうじゃなくても実力者ならアドバイスくらいしてくれるかもだし」
「そうだな。でかしたぞ凪。この功績は大きい。これは借りが一つできたな」
「ふふん。返済は楽しみにしとくね」
その言葉に薄ら寒いものを感じるが、これは俺では無理だったことだ。日々の凪の献身に感謝感謝。
「雪姫。まぁゆっくり見ていってくれ。とはいえ、明後日から予選が始まるからあまり余裕のある練習を見せられないかもしれないが」
「はい。その前に……各選手のポジションを教えてくれませんか?」
「ああ……構わない」
これは俺達の部に対して積極的になってくれている……と取るべきか。さて。
「選手の情報をまとめたものがある。これを見てくれ」
俺は各選手の名前とポジションを記載している紙を手渡した。うちは選手が少ないので雪姫はすぐに全ての確認を終える。
「……わかりました」
まるで、その透明な水晶のような瞳に全部見透かされた気がした。まだ、ポジションくらいしか教えていないのに。
その瞳は次に、俺を捉える。
「楓様が私を必要とする理由も、わかった気がします」
「……そうか。多分、合っている。そして察していると思うが、それの改善に時間と人員がなさすぎる」
「そうですか」
雪姫も、それ以上は何も言わない。あとは自分の目で判断するということか。
「よし! 明後日は試合だ。明日は休みにするから今日は最後の練習でもある。気合入れていくぞ!」
「「「「「「はい!」」」」」」
~☆☆☆~
「舞依、落ち着け! ゴール前ではやる気持ちもわかるが枠内に飛んでないぞ。ただ足を振りぬけばいいってもんじゃない。繋いでくれた仲間のボールを無駄にするな」
「は、はい!」
「詩織、ボールを持ちながら戦略を立てるのもいいが決断が遅すぎる。緩急をもっとつけろ。たまにだが前で待ってる選手とやりたいことが噛み合ってない時があるぞ」
「わかってるわよ!……すぐ修正する」
「亜子、今の位置でボールを保持するのは良かった。けど、相手が近づいてきた時に慌てすぎだ。周りをよく見ながらボールを持つんだ」
「うあー! 顔にいっぱい目ついてたらいいのにー!」
「愛実、今の場合はゴールから二歩半、前に出ろ。相手のシュートを警戒するのはもちろん、相手からゴールがどう見えているかも意識するんだ」
「……わかりました」
「凪、攻撃から守備への切り替えがまだ遅いぞ。そろそろフットサルのスピードに慣れろ!」
「わかった。いい加減意識強めにしとく」
直すところはまだまだたくさんなんだが……めちゃくちゃ悪いということでもない。むしろ日々成長しながら課題も一緒に出ているといった感じ。
これは各選手が順調にレベルアップしている証でもあるので喜びたいのだが……やはり問題となるのは時間が無いという点か。
課題が出てくるのはいいが、修正する暇がない……
それと、今日になって少し気になったことも出てきた。
「なゆちゃん。今のはかなり良い守備だった。上手く亜子にプレッシャーをかけられていたと思う。けど……微妙に遅かったというか……守備に行く時少し迷ってなかったか? 自信持っていいんだぞ?」
「はい。にーたんりょーかいです」
亜子が前線でボールを保持しながら、ドリブルでゴールに接近するかパスで仲間にボールを渡すか一瞬の逡巡があったシーン。そこでなゆちゃんは亜子に対して急接近してプレッシャーをかけた。
これによって亜子にはドリブルの選択肢が消滅して、パスするか保持したまま仲間を待つかしか無くなったわけだが……その際の主なパスコースもなゆちゃんが上手く遮って消していた。
亜子は詩織や凪と比べて足元のボールコントロールがまだ甘いせいか相手に接近されると慌ててしまう癖がある。おそらく、なゆちゃんはそれを見抜いていたのだろう。
しかし……俺は見逃さなかったが、守備に行く直前に一瞬だけテンポを落とした。つまりスピードを落として亜子に向かったのだ。
そんなわけないと思うが……まるで「わざと手を抜いた」みたいに。
いや、自分で言った通りそんなわけないな。
なゆちゃんはちゃんと言うこと聞いてくれるし、さっき指摘してもどこにも不満は見られなかった。むしろ「指摘してくれてありがとう」といった反応だったんだ。気のせいだろう。
「いいんですか? さっきの」
「ん?」
自分1人で納得していると横から雪姫につつかれた。まさか今のなゆちゃんの行動の違和感に気付いたのか。さすがだな。俺なんかはいつも見てるからわかったもんだが……よく見てたな。
「ああ。多分守備に行くべきかどうか迷ったんだろ。経験を積んでいけばなんとかなることだ」
「……そうでしょうか」
楓は問題ないと判を押すが、雪姫はジッ……と奈夕葉を見つめる。
(本当に黙っていて良かったのでしょうか。彼女、いつもかどうかまではわかりませんが、今日の練習が始まってずっとわざと手を抜いている箇所がいくつもあるのですが……)
今日しか練習の様子を見てないのでどうとも言えない。今日がたまたま本調子じゃなかったともいえるかもしれない。
けれど、たしかに。楓と同じく、彼女の表情や雰囲気からは不満が一切感じられない満足といった様子が見えるので、気のせいだと片づけた。




