☆③─13話 雪姫が見る世界
個人ランキング7位の雪姫に、真正面からのスカウトを仕掛ける楓。ロリに小細工は通用しねぇ!と意気込む楓だが、その返答は無理の一言……。スカウト失敗か!?
……いや、待て待て待て!! まだ終わりたくない! 待ってくれ!
「ど、どうしてダメなんだ。もしかして……怪我、か」
実は俺が一番危惧しているところはそこだった。
もちろん彼女が使い物になるのか……という点ではない。昔の俺なら……まだしも、そんな失礼なことで不安になっていたわけではない。
スポーツを必死に頑張っている奴にとって怪我とはかなり大きなアクシデントなんだ。下手すりゃその瞬間に選手としての生命が終わっちまうくらいに。
大怪我ならわかりやすいが、たとえ治るような怪我だとしてもその例に漏れない。
モチベーションの大きな低下にだってなるし、今まで出来ていた動きが出来なくなったり違和感があったりするとその選手は激しいショックを受ける。そのままスポーツから退いていくなんてことは決して珍しいことではない。
だからこそ、俺が危惧していたのは雪姫にとって「フットサル」は触れられたくないことなんじゃないかってこと。彼女が今も強いかどうか以前に、一プレイヤーとしてそういったことが理解できる俺が聞いていいのかを考えた。
しかも。今も、逃げ続けている俺が。
しかし、それは杞憂だったのか。
「怪我……ではないですね。足は大丈夫です」
「じゃあ、なんで」
「フットサルは嫌いじゃありません。けど、きっと私が入ったら迷惑になりますから」
入ったら……迷惑……? 一体どういうことだ、それは。
あと言葉も引っかかる。「怪我」ではない。「足は」大丈夫、とは。
じゃあ……彼女のどこかに欠陥が存在するってことなのか。
そこで思い浮かんだのは……俺のことだった。
過去、勝利に溺れて仲間を道具のように扱い、全員をサッカー部から退部させてしまった事件。
まさか、雪姫にも何かが? でも、そんな風には……
一人で勝手に困惑している俺を雪姫の声は現実へ引き戻す。
「それともう一つ理由がございます。私が必要と言いますが、楓様が話したチームの現状ではおよそ全国大会を勝ち抜くのは不可能だと思われます」
「……そう言うと思った。けど、ちょっと事情があってどうしてもそれを成し遂げなきゃいけない状態にあってな。そういった現状はわかってはいるつもりだ」
フットサルを楽しむのは前提として、舞依の爺さんを納得させるには最低でも全国大会を優勝しなきゃいけない。
今のフットサルの全国大会は小学生でもテレビは取り上げるわ世界が注目するわでレベルは異常な次元へ突入している。そこを勝ち抜くのは難しいと重々わかっている。
「いえ。楓様は何もわかっていません。全国大会は本当に厳しいんです。特に個人ランキングが上位の方は信じられないほどに……強い」
「ランキング上位……」
「私は四年生の時、そして去年転校するまでチームのスタートメンバーに入っていて全国大会も二度経験しています。…………あそこは、一言で表すなら『魔物の巣窟』。生半可な覚悟で挑むとフットサルを続ける意思すらへし折られます。私のチームメイトも何人かフットサルを辞めることになりました……」
雪姫は記憶を探ると体をブルリと震わせる。
その過去はランキング7位を誇っていた彼女をしてそこまで言わしめるとは。
「ランキング5位以上は人を辞めているとまで言われています。私が対戦したことがあるのは今の1位の方と3位の方。特に3位の、天下原乃蒼さんは……口では上手く説明できませんが、人には見えない『何か』が見えていると思われます」
天下原乃蒼……これは来栖谷の菜穂ちゃんも言っていた。
彼女には『勝利の瞬間』──自分が得点する時間が感覚的にわかるというらしい。どういった能力なのかは実際に見てみるまでわからんと思うが……
雪姫も同じことを言うとは……そこまでヤバい奴とはな。
「ですから、私が入ったところでそれでも全国大会を勝ち抜くのは絶望的です。これがフットサル部への入部を断るもう一つの理由です」
実力を目当てにして勧誘しているのなら、諦めた方がいいと告げてきた。
「お前は……フットサル、もうやりたくないのか?」
「楓様にはどう見えますか?」
フワリとスカートを翻しながらこちらに振り向く雪姫。柔らかく笑顔を見せているが、その表情の奥に潜んでいるものまでは読み取ることができず、俺は二の句を告げることができなかった……
学校に着くと雪姫とは別れて高等部の方へ。
自分の席に座って、落ち着いた後でも考えるのは雪姫のことだ。
彼女がフットサルをやらない理由は確実にある。怪我ではないと言っていたが……。
本人が全国大会や上位ランカーの恐ろしさを語っていたところを見ると、その過去の試合とやらがトラウマになったのか。でも、どことなくそんな風には見えなかったんだよな。恐ろしかったけど、心の傷となるほどではないような。
父さんは何か知ってそうだが……昨日の夜に教えてくれていないところを見ると、自分で見つけろってことか。あれだけ急げとか言ってきたくせに肝心なことはちゃんと隠してやがる。
大会のこと、チームのこと……一日二日じゃ片付く気配がないな。凪には悪いが雪姫と同じクラスというなら頼りにさせてもらおう。
「さて…………ん?」
カバンから教材を取り出していると、突然どこからか視線を感じる。
その感じる方へと振り向いてみるが、
「……気のせいか」
誰もいない。まぁよくあるよな。見られてる……と思ってたけど実はなんでもないってやつ。最近は考えなきゃいけないことが多すぎて少々神経が敏感なのかもしれない。
「…………」
いや、やはりと振り返ってみるが……誰もこっちなんか見てはいない。
うーん。さっきもすごくどこからか視線を感じたんだが、気のせい……か。
「何やってんの。あんたすごい挙動不審だけど。きもっ」
「桜庭くん、大丈夫?」
「白戸と綾瀬か」
俺があちこちを見回していると心配そうに(一人は気持ち悪げに)俺にかけよってくれる仲間たち。
「なんか誰かに見られてるような気がしてな。おい白戸。お前俺のことジロジロと見てたか?」
「あんたなんか数秒見てるだけで自分の目が可哀想になるから絶対無い」
「こんな仕打ちを受けてる俺のことは可哀想とは思ってくれないんだな」
白戸はいつもと同じか。綾瀬も覚えはなさそうだし。やっぱり俺の気のせいか……
「あれが、桜庭楓か……」
頭をポリポリと掻きながら首を傾げる楓の後方──廊下から教室のこちらを伺い見ていた影には気づくことはなかった……




