☆③─5話 おにぃか、おにぃじゃないか……
「ってことがあったんだよ。綾瀬、酷いと思わないか?」
「そのままボールペンで受けた桜庭くんも相当だと思うけどね……」
テストが無事に進んでいき昼食の時間。俺と、初めての友達である綾瀬秋乃と、正直一緒に飯は食いたくないが綾瀬のために我慢して連れてきている白戸夏月の三人で食堂のテーブルを囲んでいた。
俺はボールペンを渡されたことを愚痴るんだが綾瀬は苦笑いして若干引いている。そんなバカな。
対する白戸は小さく欠伸をしながらどこふく風。筆箱忘れた俺も悪いけどお前のせいでもあるんだぞ。
とはいっても、こんなことこいつとの間では一度や二度ではないので一々根に持っていられない。フットサルの話しよ。
「おい白戸。今日の部活のことなんだがな」
俺がつまらなそうに弁当食ってる白戸にそう話を切り出すと、綾瀬がぴこん! とアンテナに引っかかるように反応する。
「桜庭くんと白戸さんって何かの部活に入ってるの?」
あー、綾瀬にはこのことを話してなかったか。別に隠すことでもないし、話してもいいよな。
「初等部のフットサルチーム?」
「ああ、そうだ。色々成り行きで俺が監督やることになってな」
「へぇ……桜庭くんってやっぱり昔サッカーとかやってたの?」
「やってた……けど、『やっぱり』?」
少々綾瀬の言葉が気になってしまう。昔の俺を知っている人ならありえるかもしれないが、そういう確かな情報とは……何かが違う。そんな感じがする。
俺がそこを追求すると綾瀬はあわわ、と1つ慌て。
「実は私のお兄ちゃんがサッカーをやってて……それでお兄ちゃんの口から桜庭くんの名前を昔聞いたことがあった気がして……」
「なるほどな」
俺がどういう人物かは知らないが、兄から断片的に聞いたことがあるってことか。
……俺としてはそこまでの情報で助かったと思ってしまう。あまり過去のことを知られているのは良い気分じゃないからな。
「それにしても。ちょっと気になるなー。桜庭くんと白戸さんが放課後そんなことしてたなんて。だから仲良かったんだね」
「綾瀬。もしかしてだが俺とこいつが友達だなんて思ってないか……?」
「え、そうじゃないの……?」
俺は横に座っているのにまったく喋ろうとしない不愛想な隣人の肩を叩く。
「なに? 痴漢で警察に突き出されたいの?」
「な? どうしちまったのかこいつは俺のことを変態か何かだと思ってるんだ。これが仲良さそうな友人に見えるか? 残念だが俺にはそう見えない」
「……」
綾瀬は苦笑いで言葉が出ない。ある意味ではこれを平気でスルーできる楓もそこまで彼女と相性悪くはなさそうだが。
「それより。綾瀬もフットサル部のマネージャーとか興味ないか?」
「マネージャー?」
ちょうどこの話をしたいのもあって3人で食堂に集まったんだ。つまり、フットサル部への勧誘。
なにせ今のフットサル部は人数が嘘みたいに少ない。必要な人員は挙げればキリがない。
それもこれもクソ親父が全部俺に丸投げしてきたせいでもある。未だにこのことは根に持っているからな俺は。
「初等部にはマネージャーが一人しかいなくてな。今は猫の手も借りたいくらいなんだ」
兄がサッカーをやってたというなら、スポーツをやっている人への気遣いと言えばいいか……そういうのが普通の人よりあるかもしれない。
抽象的な理由で申し訳ないが何にせよ雑務だとかをこなしてくれる人員が必要なんだ。きっちりと仕事をしてくれる人なら大歓迎。どっかの誰かさんは気が向いた時にしか動いてくれないし。
横を見ると白戸はまた欠伸をしてる。お前日々どんだけ眠いんだよ。
「他に部活も入ってないし……それに、ちょっと興味あるかも」
「ほんとか!?」
感触は悪くなさそう。それどころか勧誘が上手くいきそうだぞ!
チームの皆が凪を仲間にしてくれたんだ。俺もこういうところで頑張らないとな。
「おい白戸。マネージャーが一人増えるぞ。良かったな」
「じゃあ代わりに一人減らそっか。綾瀬in、桜庭outで」
「監督なくしてどうするんだよアホか」
なんでいっつもこいつ俺の首を狙ってるの。もうやだぁ……。
~☆☆☆~
~六年二組~
今は給食の時間。六年二組でも一組と同じく机をくっつけてグループを作り、一緒に給食を食べる「班」というものを形成している。
桜庭凪は今日の給食の献立である野菜のスープをスプーンで掬って飲もうとすると……
「あの。凪さん。このスープには何が入っているのでしょうか……」
隣人がじーっとスープの中身を訝し気に凝視している。凪は口を開けたまま、溜息らしいものが喉から絞り出された。
「うーん。キャベツとか、ニンジンとかじゃない? 普通に……」
「キャベツ、ニンジン……この味は……?」
「味の素の何か使ってるんじゃない?」
「アジノモト……なんですかそれ。深海にお住みになっている御方ですか」
「……」
なんでもかんでもマシンガンのように疑問をぶつけてくる隣人さん──透明なガラスのような瞳、色素が薄い灰色がかった髪、雪のような綺麗な白肌と幻想的な容姿を持つ少女──「柊 雪姫」には辟易としていた。
どうやらこの子は自分よりも数ヶ月前にこの学校に転校してきたようなのだが、家がかなりのお金持ちらしく、前に通っていた学校は相当なお嬢様学校とのこと。
キャビアだとかフォアグラだとかに日々お近づきになっている彼女からすればここの学校給食は未知との遭遇なんだろう。
余談だが、一応近衛学園も初等部にはお金持ちが集まるようになっている。けれども得るお金のほとんどが設備に回されていくので豪華になっていくのは学園の姿だけだ。
とはいえ雪姫のように外部から入ってくる人以外は給食なんか別に気にならないだろうし、自分からすればこれを気にする方がわからない。
「早く食べないとまた大変なことになるよ」
「はい。頑張ります」
この雪姫という子。一口一口がお嬢様らしいと言うべきなのかとてもゆっくりである。そのせいで昨日はお昼休みになってもまだ食べ続けていて先生を困らせていた。
そして極めつけは本人がそれをまったく気にしていないこと。マイペースな性格もあるだろうが、どうして食事でそんなに急ぐのだろう……と不思議がっている始末。
横で見ていてとにかくハラハラしてしまうのだ。近衛学園歴はこっちが後輩なのに……。
「あの」
「今度は何……」
「これの飲み方って……どうするんですか」
雪姫は牛乳パックを持って色んな角度から眺める。ストローを持ってブンブンと振り回す。
「それ昨日も聞かれたし、昨日はちゃんと飲めてたじゃん……」
「そうでしたっけ?」
「…………」
むぐぐ……と我慢して凪はこれで何回目かになる牛乳パックの飲み方を説明する。
「ほら。ストローで飲み口に刺して、あとは口でそれを吸うの。あ、刺さらないとかいうオチは無しね。ちゃんと力入れて……」
「わかりました」
「えい」と雪姫はストローを言われるがままにパックに突き刺す。が、そこはあれだけ言ったのに飲み口とは逆の位置。なんでそうなる。
しかし力は強いのか、無理やり突き刺し貫通させた。よくストローが折れることなく突き刺せたなと言いたいが本人は嬉しそうである。
「ありがとうございます凪さん」
「はい……」
「ところで凪さんはあまり食事が進んでいませんね。どうしたんですか?」
「どうしてだと思う……?」
「はて……?」
もう泣きそうになってきた。それはもしかして煽っているのかと聞きたい。今の今まで雪姫の食事を手伝っていたのに見事に恩をあだで返された気分だ。
だが、雪姫の憎めないところは何の悪意もないところ。無垢は無垢でも無垢すぎるのだ。これに怒れという方が難しい。
心の中で「おにぃ助けてぇ……」とここにはいない兄に助けを求めていると、例の彼女が今度は自分の顔をジーっと見てくる。
次は何だと思ったら……
「今日、男性の方に手を握られまして」
ああ、ただの何でもない日常会話か。と凪は肩の力を抜く。
「まさかその人が私と似てる……とかないよね」
「全然似てませんね」
じゃあ何だよとツッコミたいが……彼女もお話がしたいから見つめていたのかもしれない。わざわざ視線の意味を問う必要はない。
のに……すごいこっちを見てくる。
「似てはいないんですけど……はて……」
雪姫は「?」と首を傾げるだけで一向に話を進める気配がない。これでは気になりすぎて給食を食べ進めることもままならないだろう。ずっと喋ってきていたのが急に黙ると今度は気になるものである。
「何の話?」
「今日の朝、親切な男性の方が私を助けてくれたんですよ。その人と凪さんがどこか雰囲気が似ている気がしたんですけど……やっぱり全然似ていません」
「私と……?」
自分には兄がいる。こういった話が出てくるのであれば真っ先に思い浮かぶのは必然的に兄のことだ。
「どんな人だった?」
「顔は端正な御方だと思います。ですが……そこはかとなく暗さといいますか。ダークさが滲み出ている御方でした。見ていて悲しくなります」
「うっ、それまさかおにぃじゃ……」
その顔立ちには心当たりがありすぎる。昔の兄は明るかったが今の兄は暗黒そのもの。それでも兄のことは変わらず大好きだが、あの変貌ぶりは過去のことがあるとはいえ悲しい。
し、しかしまだそうと決まったわけではない。顔だけ一致したからといって……いや、自分の兄の場合はその顔が一番の要素なのだが。
「他には?」
「なかなか学校に着かなくて困っていたところを導いてくれて。その後、知り合いらしい人達に協力してもらって学校に連れて行ってくれました。親切な人です」
「じゃあおにぃじゃないか……」
「そうなんですか?」
「うん。だっておにぃはどうしようもないシスコンだから私のこと以外興味ないもん」
「シス……?」
悲しいかな、兄は超ド級のシスコンなのだから自分以外の女性をそんな風に優しく接することはないだろう。安心した。これで兄でないことははっきりした。
「よくわかりませんが『おにぃ』という御方は随分と御大層な御方なんですね……」
「他には?」
「知り合いの方と話されている時に使っている言葉が少々乱暴だったように思えます。気心知れた……と言えばそれまでですが、ぶっきらぼうと言いますか」
「うっ、それおにぃじゃん……」
顔と一緒で言動の方もやさぐれてしまっている兄。昔は自分のことを「好き」とか言ってくれてたのに今では「あっちいけ」とか言ってくる。……まぁそれも照れているのだと信じているので安心安全のシスコン設計だ。
が、ここで再びおにぃ説浮上。まさか兄はまた女子小学生に接点を持ってしまったのか。ここ最近を見ればそういう病気なのかと疑ってしまう。
「ほ、他には……」
「手を、引いてくれました……。あんな風に男性が引っ張ってくれたのは初めてです。初体験でドキドキしました」
「じゃあおにぃじゃないか」
「そうなんですか?」
凪はきっぱりと即断する。雪姫は理由を問うが……
「うん。だっておにぃは妹以外の手は握らないって決めてる真性シスコンだもん。『ペンと箸と妹の手さえ握っていれば最低限生活できる』がモットーだから」
「その御方は正気なのでしょうか……」
兄は一日のうちに自分の手が妹に一度も触れていないと発狂する人物である。可哀想だからいつも自分から彼の部屋に行ってあげているのに「入ってくんな」とか言ってくるのだ。これも照れているのだろうきっと。素直に認めて楽になればいいのに。
「他に──って、いないし!」
雪姫は自分のことなんか放っておいて給食を食べ終わり片づけに入っていた。昨日は食べるのがとても遅かったのに気を付けた途端にすごい早さだ。
ちょっとくらい一緒に喋っていた自分のことを気にかけてもいいだろうに。
(楓様……たしか、『さくらば』という御方だったはず。凪さんと何かご関係がおありと思いましたが……)
雪姫はまぁいいかと食器をてきぱきと片づける。
普通に凪の兄の名前を聞けばよかったのでは、という疑問はついぞ浮かばなかった……




