☆②─31話 ありがとう、白馬の王子様
そんなこんなもありやっと宇津木の部屋に到着。
それまでの道で再びボコられたり貶されたりと、まさにこれこそ宇津木詩織の家と言わんばかりのドSフルコースを食らった俺はもうすでにグロッキーだった。この家ってこいつの性格が反映されてるの? 最悪じゃん。
「ほら。そこ座りなさい」
俺をベッドに座らせて、ちょうど宇津木の顔と俺の顔の位置がぴったりと合う。
「口も切ってるみたいだから消毒するわよ」
消毒液を傷に塗り込んでくれる。
これがまた上手いもので、宇津木がやるもんだからてっきり消毒液を飲めとか言ってくるかと思ったよ。意外だ。
「これでも伊織の怪我とか治療してきたんだから。慣れてるのよ」
ああ。それはわかるかも。凪が怪我してきた時はよく俺が治療をしてやったもんだ。今ではその立場も逆転してるけどな。
それにしても……なんだか凪以外の女の子の部屋なんて初めてだから緊張するな。相手は小学生だというのに。しかもこんな至近距離に相手の顔がある状態なら尚更。
よせばいいのにチラチラとあちこちを見てはまた緊張するという悪循環に陥っていた。
どうやらそわそわしていたのは俺だけでなく宇津木もだったようで……
「黙ってないでなにかしゃべりなさいよ」
「お前ってめっちゃいい匂いするな」
ボゴッ! 顔面をグーで殴られた!
「お、お前、消毒した後に殴るバカがどこにいるんだよ! また鼻血出たじゃねえか!」
「あ、ああ、あんたが変なこと言うからでしょ! 手元が狂ったのよ!」
「『手が出た』の間違いだろ!」
そもそも罵倒暴力が通常運転のくせに何が「手元が狂った」だ。これ以上ないくらいに見事な拳だったぞこの野郎。
喋ったらまた殴られる展開になるのでもう口を閉じておいた。宇津木も宇津木で変なことさえ起こらなければテキパキと治療を進めていく。
緊張はするがこれはこれで何も起きなくていいやと口も目も閉じた状態でひたすらに頭の中でこれからのフットサルのことを考えていると……
「今日は……本当にありがと」
「んあ?……おう」
これまた変なタイミングで礼なんか言ってきやがった。珍しいこともあるもんだな。
「あたしね、笑われるかもしれないけど『白馬の王子様』っていうのに憧れてたの。ほら、こんな閉塞的な家だから」
「別に笑いやしねえよ。つーかお前ぐらいの歳なら普通だろ。それに、色々と窮屈そうだもんな」
怖い男はいるし、父さんも怖いし、唯一の癒しは妹だけときた。
母さんは……聞かない方がいいか。こいつの妹の過保護っぷりから察せる。
「で? 俺みたいなカッコイイ、イケメン王子様が助けに来てくれて最高~っていうオチか?」
「あんたみたいな乱暴な王子様がいるわけないでしょ。不法侵入してきたのもう忘れたの?」
「そうだったな。じゃあ、さしずめメントスコーラを持った山賊ってところか」
「ぷっ……言えてるわね」
笑うなよ。ったく……まぁいいや。こいつの笑顔が見られただけでも死ぬ気で無茶して頑張った甲斐があるってもの。美人の笑顔は良いもんだ。
「……ねぇ」
「なんだ?」
「いや……な、なんでもないわ」
なんだよ。絶対に何かあるだろ。気になるな。
「……ね、ねぇ」
「……なんだ?」
「……なんでもない」
おい。
「さっきからなんなんだ」
「……」
宇津木は顔を赤くして俯く。こっちがこの空気に耐えられなくて恥ずかしいんだよ。早くしてくれ。
「……名前」
「名前がどうした。俺は桜庭楓だ。よろしくな」
「変なネタやらなくていいわよっ!」
こいつってちゃんとツッコんでくれるからボケがいがあるんだよな。悪い。
「あたしのこと……『詩織』って呼んでいいわよ」
ああ……そういうことか。
思い返せばこいつの父さんの前でも宇津木って呼んでたしちょっとややこしかったんだよな。
にしてもまさかこいつがこんなこと言い出すなんて、仲良くなれたって認識でいいよな。
「でも、『宇津木』の方が呼びやすいから別にいいや」
「はぁ!? あ、あんたふざけんじゃ─」
「詩織」
再び殴りかかろうとしたところで……俺は名前を呼んだ。
これまで散々やられる側だったんだ。1回くらい反撃したっていいだろう。
いきなり楓に名前を呼ばれたせいで詩織はボンッと顔を赤くする。
またポコッと一つ弱々しく楓の顔を殴る。
「バカ。不意打ちは…………だ、ダメ」
詩織は自分の真っ赤な顔を見せないように手で楓の目を隠す。彼は「おい!」と文句を垂れているが、知らんふりだ。
本当にこの男は何なのだろうか。
こんな自分のためにここまでするなんて。
自分も、随分とこの男に色んな顔を見せてしまった。
こんなの……初めて……
どうしてか。楓の顔を見ると胸が熱くなる。苦しくなる。
男なんて皆、猿みたいなものなのに。
どうして今はこの人だけ違って見えるのだろうか。
あ…………そうか。あたし………
「それ」を心の中で言葉にした時、ストンと簡単に胸の中につっかえていたものが取れた。
同時に、ポカポカと温かく、ふんわりと甘い心地が体中を満たす。
「…………。……あっ、頬にも血がついてるわよ」
「マジか。……すまん、拭いてくれるか?」
詩織は楓の顔を横に向かせる。そこに、「血」なんてものはついてない。
そして…………
「ありがと……楓」
ちゅっ
「!!」
急に頬へ一瞬の温かな感触があった楓はすぐに振り向く。
「おま……え……い、今な、なにを……」
「? なにって? 濡らしたタオルで拭いただけよ。ほら」
詩織はタオルを見せる。どうしたと言わんばかりに。
「そう……だよな。は、はは……さすがに気のせい……だよな。まさかお前がな……はは」
「一体何と思ったわけ?」
「なんでもない! 終わったならもう帰るからな!」
楓は顔を赤くしてベッドから立ち上がり、そそくさと部屋を出る。
詩織は……ペロッと小さな舌を出した。
子供が悪戯成功と言わんばかりの、小学生らしい笑顔で。
選手名鑑③「宇津木詩織」ポジション:フィクソ
シュート:2 ドリブル:1 ディフェンス2
スタミナ:1 スピード1 (パス:4)
桜庭楓が見出した才能にして家柄がちょっと怖いお嬢様。運動能力全般は平均より低めだが「ボールタッチ」と「視野の広さ」が抜群で、そのパス能力はすでにピカイチ。だが、どうしても経験が足りずまだまだ発展途上。はたして「本物の天才」になれる日は……




