☆②─29話 異分子が追放される世界
「オヤジ! なにやらこの家に侵入した奴がいるみたいです!」
部下の1人が源十郎のいる部屋の襖の前で報告する。
「……そうか。全員で家中くまなく探せ。あと、ここには入って来るな。そう伝えろ」
「はっ!」
部下はそこからすぐに離れる。これからその侵入者を探すためだ。
「…………さて」
源十郎は目の前に視線を戻す。
そこにいるのは当の侵入者であろう高校生の男。それをここまで手引きした自分の娘である宇津木詩織。
自分の横には部下である─先日この桜庭楓を殴って詩織を連れ戻した男─杉崎喜一が控えている。
この空間にいるのはこの4人で全てだ。
「何の用だ」
低く唸る獅子のような声。まだ高校生の自分はそれに気圧されるが……楓は前に出る。
「改めて。俺……私は、宇津木詩織さんが入っているフットサル部の監督をやっている『桜庭楓』です」
「『桜庭』……」
源十郎はその名にピクリと反応するも、すぐに表情を戻す。
「事情は全て聞かせてもらいました。このような強引な形になって申し訳ありませんが、宇津木詩織さんの転校や退部をどうか考え直してはくれませんか?」
あまり丁寧な言い回しは得意ではない。長々と喋っても無駄だ。取り繕ったってすぐにバレる。
だったら、さっそく本題に入らせてもらうぞ。
ここに入る時点で相当な無礼を働いている。変に格好つけるのではなく用件を早く切り出すことが一番だと楓は感じた。一応、向こうにも話を聞く姿勢はあるのだから。
「……」
だが、宇津木源十郎は何も言葉を出さない。ただその険しい獣のような眼光で楓を貫くばかりだ。
まるで……何かを試している風にも見えるが、その心の内を知ることはできない。
「娘さんはまだ小学生です。将来を不安に思う気持ちはわかりますが、彼女に今必要なことは本当に将来の準備をすることでしょうか? 仲間と一緒に大切な記憶を作ることこそ必要なことではないでしょうか?」
「……」
ダメだ。これでも何も言わない。まさか話を聞く気があるというのは自分の勘違いか。
……そりゃそうか。こんな形で乗り込んできて怒らない方がどうかしてる。言いたいことだけ言わせて帰らせるつもりなのだろうか。
段々と楓が不安になってきたところで、とうとう源十郎が口を開いた。
「何も本質を理解していないな」
「え?」
本質を理解していない? どういうことだ?
だって……この話は宇津木詩織から聞いたことだ。間違ってはいないはず。
突然切り出された刃の如き返しに、楓がなんと言おうか迷っていると源十郎はさらに……
「詩織に将来のための準備をさせるから、という転校と退部の理由……あれは嘘だ」
「う、嘘?」
「真の理由は別にある」
これには詩織も驚く。
伊織を守るためとフットサルを辞める決断をしたのに……それが嘘だったとなれば平静でいられるわけがない。
すぐさま「どういうことだ」と問いただしたいが……今ここで騒いでも余計に話が脱線するだけだ。
平静でいられるわけがないのだが、その上であえて黙るという持ち前の小学生からかけ離れた冷静さはかろうじて残っていた。
「楓くん。私たちが何なのか……それはもう知っているな?」
「はい。ヤクザですよね」
「……」
楓はまたもズバッとなんの遠慮もなく言い放つ。さすがに源十郎も目を伏せ、詩織は「言葉……」と彼の脇腹に肘を入れるが。
「……まぁいい。その通り、極道をやらせてもらっている。そのことが……将来詩織を不幸にするのではないかと恐れているのだ」
「不幸?」
「では聞くが……私たちを見て君は良いイメージを持ったか?」
面と向かって言うのはこんな俺でもさすがに躊躇われる。
正直、良いイメージなんか持つわけない。怖いし、そこにいるお付きの人にはぶん殴られたし。まだ根に持ってるからな俺は。
けど、ヤクザなんかをやっていればそんなこと気になることでもないのかと思うが。
ましてや良いイメージを持たないくらいのことで宇津木に不幸と言うまでのことが起こるのか。
「これは、昔の話だ。私もスポーツをやっていてね。野球をしていた」
「そうだったんですか」
「詩織と同じく、熱中していたよ。食事の時間や睡眠の時間がもどかしくなるほどには打ち込んでいた。早く部活の時間になれと願ったことは数知れずだ」
わかる。非常によくわかるぞ、その気持ち。
練習して上手くなりたい。その想いに終わりなんてないんだよな。
必死に練習して、一歩進めば違う世界が見えてくる。そしたらまた新たな課題が見えてくる。
早く、早く、上手くなってまた違う世界を見てみたい。そんな気持ちだよな。
俺もそこは同じだ。今だって、フットサル部に行くまでそうなのだから。
「そして、待ちに待った大会が目の前に差し迫るわけだ。興奮は抑えきれない。高鳴る胸は私に『もっと練習をしておけ』とせがんでくる。私は一層力をつけていった。日々の練習の成果を大会で発揮するために」
源十郎は、そこで再び目を伏せた。
「しかし……大会に出場することは叶わなかった」
「……レギュラーに選ばれなかった、ということですか?」
「違う。レギュラーには選ばれた。だが、チームの一員になれなかった」
? どういう意味だ???
いっぱい練習したけどレギュラーに選ばれなかった。別にそれはよくある話だ。
誰だってそのレギュラーという名の椅子を狙っているのだから。俺だって最初のうちはレギュラーに選ばれなくてめちゃくちゃ悔しがったもんだ。
実力は充分だった。ではなぜ大会に出場できなかったというのか。
「監督から自主退部を促されたのだ」
「は?」
「私は父からこの座を受け継いだ。つまり、私の父……詩織の祖父も今と同じだったわけで、極道の道にいた」
それは予想できないことじゃない。だがどうしてそれが自主退部なんて話になる。
たしかにヤクザにちょっと怖いイメージはあるかもしれないが、この人の話を聞く限りはそこら辺の野球少年となんら変わらない奴じゃないか。俺だって共感した部分はたくさんあるぞ。
「……保護者からの苦情だよ。『親があんな仕事をやっている子が同じチームにいるのが恐ろしい』『自分の子に危険があるんじゃないか』『レギュラー選考にも何か不正や忖度があったんじゃないか』……とね」
「な……!?」
「数々の苦情に簡単に屈してしまった監督は私をレギュラーから外し、『皆のために部を去ってくれ』と言った」
そんな、そんなふざけた話があっていいわけない。
苦情は……許せはしないが、そういう印象を持つこと自体はどうしようもない。俺だってヤクザって聞いた瞬間にそう思っちまったから人のこと言えないし。
けど、『子供』は違うだろ。親となんの関係もないじゃないか。
モンスターペアレントと一言で片づけるのは容易い。
でも、誰にだって持っている偏見や心の中の不満が一気に漏れ出てしまった結果なのかもしれない。
「あの時ほど、父を恨んだことはなかったよ。まるで私という存在を根本から否定された気分だった。どれだけ死ぬほど練習をしても、見られていたのは私自身ではなく親だったわけだ」
「でも、そんなことはどう考えたっておかしい! 学校にもっと意見すれば……まだなんとかなったんじゃ……!」
「私は父を恨むだけではなく、『野球』……いいや、『スポーツ』そのものに失望していたのだ。半ば追放のような扱いを受けた私は『チーム』とはそういうものなのかと、『監督』とはそういうものなのかと、全てに落胆していた。もう一度戻ろうなどという気概は一片たりとも存在せぬほどに消え失せていた」
「違うッ! 『チーム』は、どんな仲間だって皆で一緒に支えるものなんだ! 『監督』は、全員を我が子のように必死になって守るものなんだ!」
「だが、これが実際に私の身に起きた現実だ。桜庭楓くん。君もそうじゃないのかね?」
お、俺……? 俺も、同じだと?
「大きすぎた才能を持て余し、大々的にテレビで放映されていた全国大会という圧倒的な衆人環視の中でチームから公開処刑のように追放させられたのは誰でもない君ではないかね?」
「な、なんで、その……ことを…………」
「それでもまだ……『チーム』とは仲間を守るものだと、『監督』とは教え子を守るものだと言えるのか?私の目には今でも君の体に深々と傷が刻まれているように見えるがね」
才能のせいで独裁的な王様になってしまった俺は部を崩壊させてしまった。
監督もサッカー未経験者だったことで事態を上手く処理することができず部員の皆をフォローすることができなかった。
結果、俺は人にパスを出すことができなくなり、サッカーを辞めざるをえなかった。
『サッカーをやりたい』という想いを、殺しながら。
あの事件は、全て俺が悪かった。けど……それでも……
もう一度、やり直したかった……!
わかっている。勝手なことを言うなと。
お前にそんなことを言う資格なんてないというのは痛いほどわかっているんだ。
それでも、もう一度やり直すチャンスが欲しかった。
監督に皆を引き留めてほしかった。
話をする機会を与えてほしかった。
俺を、信じてほしかった……!
だが、信じられるわけがない。
キツイ練習を強制させて、自己中心的にチームの和なんてどうでもいいかのように好き勝手に動かしていた俺のことなんかを信用してくれなんていう方がおかしい。
だから、チームから、サッカーから、その足で去ったんじゃないか……。
俺も、この人と、同じなのか……?
「詩織もいずれ同じ気持ちを抱くはずだ。この座を継いでしまった私のせいだということはわかっている。しかし、もう遅いのだ。それならばせめて、辛い想いをさせないようにしてやるくらいはいいだろう?」
「ちょっと待て!! 舞依たちが同じように宇津木を追放するような真似をするって言いたいのか!?」
「その通りだ。今はそうじゃなくても、レギュラーから外された子がいればどう思う? ああ……君たちのチームはメンバーが少ないのか。では、スタメンから外された子は? その親は? 詩織が誰よりも長い時間フィールドに出続けていればどうなる? 練習試合ならまだしも、全国大会なら?」
舞依たちは絶対にそんなことしない。あの子たちならたとえ親からの苦情があったとしても宇津木を守るはずだ。見捨てるようなことはありえない!
「そう。遊ぶだけなら良かったのだよ。けれど、『大会』となれば違う。選手同士に明確な『差』が出る。そしてそれが私の印象のせいで最悪の結果を生み出しかねない」
源十郎は楓を真っ直ぐに視線で貫く。
「もう話すことはないな。詩織はフットサル部を退部させる。君はもう帰りなさい」
去年もそうだったんですが、少しの間投稿をお休みします。多分1月4,5日くらいから再開するかもです。お正月暇ならもう一度1つ目の舞依のエピソードを読み直すのもアリっす。まだ凪とドア越しで話しているので自分としても新鮮です……




