☆②─26話 ボールは嘘をつけない
俺と白戸が体育館に着くと、いつも通りフットサル部メンバーは先に来ていた。
けれど、やはり……宇津木はそこにいない。
当たり前だ。昨日の今日で来てたらそれこそ逆にビックリする。……それならどれだけありがたいか。
「なるほどな。妹……か」
そんなところに開口一番舞依たちから聞かされたのが……宇津木の妹の話だった。
……俺が「妹」と呟いたところで凪がピクリと反応していたがそっちは放っておく。
妹から聞いても詳しい事情はわからなかった。それもそうだ。まだ3年生らしいしな。
さて。家庭の事情という話で部活を辞める。一番あり得るのは「引っ越す場合」。
もうこの地から離れるから部活から退く。もうこうなれば引き留めるだとかの話ではない。どう頑張ったって無理だ。
そうじゃなければ……まだ可能性はある。
そうとなれば。あとは……俺が監督の仕事をするだけか。
「とりあえず……家族と話をしてみる以外に道はないか」
「すみません。何も力になれなくて……」
舞依は自分が楓に迷惑をかけているとわかっている。
だからこそこういう時に楓に頼るのではなくて自分がどうにかしなくてはいけないと思っている。
それでもまだまだ小さな自分では何もできない。
詩織の家に行くのだって怖い。
楓だって同じくらい怖いと感じているだろう。なにせ殴られて怪我までしたのだから。
もっともっと彼の力になりたい。
そんな想いは、何も実を結んでくれない。
楓は思いつめる舞依の頭をくしゃくしゃと撫でる。
「大丈夫だ。宇津木は必ず帰ってくる。だからお前たちは心配なんかせずに、戻ってくる仲間のことを迎え入れる準備だけしていてくれ」
悩んでたって何も進まない。一日一日無駄に過ごしていけばいつか取り返しが付かなくなる。
俺もそろそろ覚悟を決めないとだな。
☆
今日は体力づくりや各々でボールの基本的なコントロールを練習してもらった。
宇津木がいないので勝手に戦術や連携の練習をしたってあまり意味がない。
……厳密に言うと意味がないわけではないのだが、司令塔不在がこのチームには痛すぎて戦術の練習をしてもぐだぐだになってしまうのだ。
(東京予選までに基礎的なことはある程度終わらせておきたい。宇津木のことで悩むのも次の日曜日までがリミットだな……)
今日は水曜日。
ちなみに本来なら火、木、金が練習日なのだが、今週は他に体育館を使っている部の練習試合がどうとかで木曜日がなくなった代わりに水曜日を使わせもらうことになっていた。今日練習していたのはそういうことだ。
学校がある日は正直難しい。
帰りが遅くなれば母さんが心配するし(父さんはまったく心配なんかしない)、夜に勝手に押し掛けるのも失礼ってもんだ。
土曜日。ここが勝負だな。どうにか親御さんを説得しないとだ。
木曜日飛んで金曜日。
学校で特に変わったことないし、フットサル部の練習もいつも通り。
変わったこと……それはフットサル部の練習が終わった後にあった。
練習時間も終わりメンバー全員が帰って俺が戸締りをしようという頃に1人の来客があった。
出口に佇む小さな女の子。
身長でもわかるが制服からして初等部。
眠そうな眼でボーっとしている。
なぜか、どことなく、何かが、「あの子」に似ている。
「君は……?」
「いおり」
いおり……?
ああ、「宇津木伊織」。亜子が話してた宇津木の妹か。
「それで、宇津木妹。こんな時間に1人でどうした。もしかして姉の代わりにフットサル部に入ってくれるのか? うちは初心者大歓迎だぞ」
「んーん。ちがう」
まぁそんなことはわかっていた。冗談みたいなものだ。でも入ってくれるなら正直万々歳だが。
「これ」
「ん?」
宇津木妹は俺に何かを差し出してくる。
それは……ボロボロのサッカーボールだった。
あちこちが土で汚れて擦り切れてる。ボールの中心部には何度も蹴られたような跡。
まるで……長い間使用したかのような物だ。
「これ、宇津木の……あ~、お前の姉ちゃんのか?」
「うん」
「なんだ。あいつ昔サッカーやってたのか。それならそうと……」
「ちがう。これ、ちょっと前に買ったボール」
は? ちょっと前って……
「4月に買ったやつ」
4月って……1年前のとかじゃなくて今年……フットサル部の練習が開始された月か!?
う、嘘だろ。だって、これはどう見ても1ヶ月そこらのものじゃない。長い時間使い潰されたようなものだぞ。
(! そうか……そういう、ことか)
あいつ、練習試合で妙にキックの精度が良かったと思えば。
家でも少し練習してるとか言ってたが……どこが少しだよ。
なんだよこれ。俺以上にフットサルにハマりまくってんじゃねーか……!
俺は宇津木妹が持ってきたボールに触れる。そこから……色々なものが伝わってくる。
いくつもの失敗。諦めずに挑戦。大好きって想い。
彼女と練習の足跡……そんな温かさが。
(お前……こんなに使ってくれるなんて、幸せ者だな)
監督やってるからだろうか。はたまたサッカーやってるからだろうか。
それとも、両方だからか。
ボロボロのボールを見ると俺も嬉しくなってくる。
どれだけ「興味ない」って嘘ついたって。
どれだけ「辞めたい」って言い張ったって。
フットサル嫌いな奴がここまでやるかよ……!
「かんとくさん。おねーちゃんを……たすけてください」
「ああ……任せとけ!!」
ったく……なにビビってたんだ俺。
選手のためなら何が何だろうと、突き進んでやれよ。
舞依の爺さんに喧嘩を売ったあの「バカな俺」が
また、再び蘇ってきた気がした。




