☆②─25話 詩織と伊織
「ここだ!」
昼休み。詩織以外のフットサル部メンバー5人は近衛学園初等部3年生の教室にやってきた。
「ここに詩織の妹が……?」
舞依は詩織の妹のことなど聞いたことがなかったのでまだ半信半疑だ。
「たのもー!」
「ちょっと亜子!?」
下の学年の教室に入ると、どうしても「あなた誰?」と目立ってしまう。だから、舞依たちは静かに詩織の妹を探したかったのだ。
なのに亜子はわざわざ目立つようなことをやってしまう。そのせいでもれなく教室中の生徒だけでなく先生まで全員こちらに振り返った。
「さいあく……」
凪は真っ赤な顔になって顔を俯かせる。6年生の学年でさえ父親のせいで毎日恥をかいているというのにここでもか……とがっくり肩を落とす。
「いたぁー! いおり発見!」
亜子はとある生徒を指さして突撃。
さらにはその子をひょいと席から持ち上げて「よいしょー! よいしょー!」と1人で胴上げみたいなことをしている。何をしているんだ。
「ちょ、ちょっと亜子!」
「亜子さんストップー!」
舞依と愛実で暴走気味の亜子をなんとか止める。
そこでようやく胴上げされていた生徒は解放された。
髪は長く伸ばしている詩織と違って、肩に届くか届かないかくらいの長さ。
キリっとした猫みたいな目をしている詩織と違ってジト~と眠そうな眼。
しかし、どこか雰囲気だけは彼女に似ているような気がする少女だった。
「紹介するぞー! 詩織の妹の『伊織』!」
なぜか亜子が自分の妹を紹介するかのよう。まだ当の本人は一言も喋ってないのにポンポンと話が進んでいく。
「あ、もしかして、おねーちゃんのおともだち?」
「!」
ここでようやく口を開いた。
どうやら……この様子を見ると亜子の言った通り彼女は詩織の妹で間違いはなさそうだ。……いや、ここまで来て間違えていたら恥ずかしいなんてものではないが。
「ふっとさる見たよ。おもしろかった」
「み、見てくれてたの?」
「うん。すごいはやい人」
「そんな覚え方されてたんだ……」
あの来栖谷との練習試合は他の生徒に事前知らされていたわけではなかったが、何人かの生徒が見ていた。
試合に集中していたから誰が来ていたかなんてことまで確認する余裕はなかったけれど、姉の試合なのだからこの子が来ていてもおかしくはない。
「それよりも、ほんだい」
奈夕葉が話を戻す。そうだった。自分たちにはここに来た理由があったのだ。
「詩織さんがフットサル部を辞めるって言ってるんです。何か知りませんか?」
3年生に対して6年生が何人も束になって質問攻めすると怖がるので愛実が代表して聞くことにした。
愛実は面倒見がいいので下の学年とも交流がある。そのためか顔もそれなりに広いし、優しいオーラが滲み出ているのか怖がられることも少ない。
「おねーちゃんが?」
伊織は眠そうな眼を少しだけ見開いてちょっと意外そうな顔をするも、「もしかして」というような何かに引っ掛かった顔に変わる。
「おねーちゃん、さいきんよくパパとお話してる。『もうあそんじゃダメだ』『あっちでも寂しがらずに頑張るんだよ』ってパパがおねーちゃんにいってた」
家の都合……どうやらその話は本当のようだった。
詩織がフットサルを辞めることになるのは父が関係しているらしい。
「おねーちゃん、いおりにも何も言ってくれない。でも、たまにかなしそうな顔してる」
悲しそうな顔……さっきの詩織とは大違いだ。
彼女はまるでフットサルを辞めたかったかのように振舞っていたのだから。
「じゃあ、詩織がフットサル辞めたいっていうのは嘘ってこと?」
「そんなのあったりまえじゃん!」
「なゆも、信じてた」
未だ話は見えてこないが、そこだけは明らかになって助かった。
辞めたがっている人にどれだけ呼びかけても無駄ということはいくら小学生の自分たちでもわかる。
詩織が、辞めたがっていないというのなら、まだ諦めるのは早い。
「おねーちゃん、毎日かくれてボールけってた。『誰よりも上手くなるんだ』って言ってた」
伊織の記憶の中の詩織は、決してフットサルを辞めたいだなんていう人ではない。
「いおりも、またおねーちゃんがまたボールをけるとこ、見たい」
それからしばらくして詩織以外の5人は教室に戻る。
今の状況をどうにかできるような情報は得られなかったが、詩織はフットサルを辞めたいわけではない。
けれども何か理由があってその意思も堅いということはわかった。
「これからどーする? しおりんちに乗り込むか!」
「それはダメだよ。危ないし……」
「うん。なゆもちょっと怖い」
詩織をなんとかして助けてあげたい。それでもやはり怖いものは怖い。
なんたってつい先日に楓が殴られているのだ。自分たちもあんな目に遭うんじゃないかと思えばブルブルと体が震える。
「もう一度楓さんに相談しようっ!」
「舞依さん……」
「おにぃ……ちゃんに?」
舞依は知っている。
もうフットサルなんてできないと諦めていた自分を救ってくれたことを。
迷惑になることはわかっている。またあの人に負担をかけることも。
それでも、ここで諦めることだけは絶対にできなかった。
(楓さん……すみません。また、もう一度だけ、力を貸してください)
☆
~放課後(高等部)~
今日一日の日程を全て消化した。
今まで通りならこのまま白戸と初等部の体育館に行くわけだが……
(き、気まずい……)
別に喧嘩したわけではないのだが。少しばかりの言い合いをした後に「一緒に行こう」というのはなんだかなぁ……
しかし、悩んでも仕方ない。
2人別々に行こうが結局体育館で会うんだ。皆の前で監督とマネージャーがギクシャクしていたら心配させてしまう。
ただでさえ宇津木が抜けかけている時にこっちまで空気を悪くしてしまえば一気にチームの歯車が狂う。
「おい白戸」
「あんたいっつもここ来るときに『おい白戸』しか言えないの?」
じゃあなんて声かければいいんだよ。そんなどうでもいいところツッコまんでいい。
「ってゆーか。てっきり気まずいとか思って今日は別々に部活行くと思ってた」
「うるせぇ。あの子たちのためだ。何があろうと嫌でも仲良くするぞ」
「嫌というか生理的に無理なんだけど」
「一々そんなところ訂正しなくていいんだよ……!」
白戸の調子に一々付き合っていては精神がもたない。
けど、今回ばかりはそのいつもの調子のおかげで変に気まずくならなくて助かったよ。
初等部までの道を2人で歩く……のだが、いつも白戸は俺から2、3歩離れたところを歩くようにしている。
理由は「彼氏彼女と思われたくないから」
という誰もが期待しているような定番のものではなく「根暗がうつるから」。
うーん。さすが白戸クオリティ。「人権」って言葉が辞書から抜け落ちてるね。お前も似たようなもんなのにね。ムカつくね。
「なぁ」
「なに」
ちょっと離れてるから微妙に話しづらいし。まぁいいや。
「お前『宇津木のこと放っておいてもいい』って言ったよな」
「言ったけど。……なに、また説教?」
「……いや、そうじゃない」
「じゃあなんなの」
やっぱりこいつ、なんとなくわかるがいつもより機嫌悪くなってるな。気にしてない振りしてるがこいつもこいつなりにさっきのこと気にしてるってわけか。
尚更言いづれぇ……。だが、体育館に着くまでにこの話は終わらせておきたい。
体育館にはもう少しで着いちまう。さっさと話すか。
「価値観は人それぞれ、だからな。お前は……それでいいと思う」
「は?」
「俺は賛成しねぇけど……色んな考えがあった方がいいからな。俺みたいな考え、と……お前みたいに現実的な考えもあった方が、その、なんだ、何か起こっても冷静に対処できるし……な」
俺が歯切れ悪くボソボソと言うから白戸は黙ったまま。「だからなんだよ」という空気が向こうからビリビリ飛んでくる。もう半泣きになってきたよクソ。
「だから……その、お前にも昔から色々あってそういう考え方なんだろうけど、もう俺は気にしてないからなってことだ! こ、これからもよろしく頼むぞっ!」
白戸の方を向いてそう言い放ってやる。
よしちゃんと言ったぞ。どうだ。
「…………最後らへん早口で捲し立ててるから何言ってるかわかんなかったんだけど」
「おまっ……お前なぁ!」
俺も悪かったけどさぁっ! そこで「よく聞こえなかった」はねぇだろ! めっちゃ恥ずいじゃんか!
「も、もう先行くからな!」
楓はこの空気が耐えられなくなり歩くスピードを倍近く早くして逃げる。
「ぷっ……なにそれ」
白戸は吹き出して……最後に一つだけ軽く息を吐きだした。




