☆②─20話 フットサル、やめるわ
選手同士のことは問題なさそうだ。監督の俺は、俺の出来ることを。
というわけで練習終了後に宇津木のところへ向かった。
これからは俺と宇津木でやっている個人練習の時間だ。
「おい宇津木今日の個人練習─」
「今日もパス」
「それはパス練習をしたいという意味でいいか? 注文をつけるとはやる気充分だな。俺は嬉しいぞ」
「あんたアホなの? 『今日も無理』って意味よ」
アホって言うな。ジョークだジョーク。
「……理由くらい言ってくれたっていいだろ。そりゃ練習の後にまた練習っていうのは辛いかもしれない。俺も無理させてたのは反省するが……」
「別に辛いわけじゃないわよ」
「じゃ、じゃあ……!」
「とにかく無理なもんは無理なの」
宇津木は帰り支度を済ませてさっさと帰ろうとしてしまう。
最初のうちは色々と言いすぎるのもウザいだろうからやめておいたが、さすがにここで何も聞かずに帰らせるのはダメだ。チームの士気にかかわるのもあるが、監督としてやらなければいけないことだろう。
「おい宇津木待てって!」
俺の声なんか知らんふりしてズカズカと早歩きで去ろうとする宇津木。こいつ……!
ならばとこっちもスピードを速め、宇津木の元へ急ぐ。
あと、もう少し……というところで、
「な、なんだあれ……」
宇津木の前に、黒いリムジンのようなものが止まった。
ガチャリとドアを開いて現れたのは……
(あれは……あの時の)
凪とデートという名目で行ったショッピングモール。その時に宇津木と一緒に並んで歩いていたイケメン。だけども何か近寄りがたい雰囲気を持っていた男。
「お嬢。最後の部活はどうでしたか?」
「……最後、ね」
何やら話しているらしいが、宇津木が迎えらしき車に乗って帰ってしまわないうちに俺はなんとか追いついた。
「おい宇津木……」
「……」
「なぁ……言ってくれなきゃどうすることもできないぞ? 何か辛いことがあるなら俺に相談してくれよ。これでもお前たちの監督なんだ」
俺も人のことは言えないが、いつまでも逃げ続けるその小さな背中にようやく手が届いたんだ。なんとしても理由を聞いてやる。悩みがあるなら相談にだってのってやるさ。
「お嬢」
「……」
宇津木は黙ったままでこっちを向こうともしない。近くにいる男は何やら心配そうに宇津木を見ている。
「ど、どうしたんだよ宇津木。おい、無視すんなって」
「……」
「あ、お前……また豚とかって言う気だろ」
「……」
「……な、なんとか言えよ……なぁ」
宇津木は黙っている。何か言いたげだが、それを言ってしまわないようにギリギリのところで耐えているかのようだ。
それを横で見ていたイケメンの男は耐えかねて宇津木の前に出た。彼女を俺から隠すように。
そうして……そいつの開いた口から出た言葉は、
「随分と若いですが、監督さん……ですか? 私は杉崎喜一といいます。お嬢の代わりとなって申し訳ありませんが、宇津木詩織は本日をもってフットサル部を退部とさせていただきます。今までありがとうございました」
な……!? た、退部!?
「ど、どういうことだ! なんで急に退部なんかの話になるんだ!」
「なんでも何も、こちらの都合ですので。突然で申し訳ないとは思っていますが」
こちらの都合ってか……。便利だな言葉だなまったく……!
「宇津木、お前はどうなんだ!」
「……」
「お前の口から何か言ってくれ。これは何かのドッキリか? 急に何も言わず退部だなんて……ひどい冗談だろ……」
俺がそこまで言うと、宇津木はこちらに振り向く。
「な、なぁ─」
「今日でフットサル、やめるわ」
「え」
「フットサル、やめたいって言ってるのよ。そこそこは楽しめたけど……それだけだったしね。前からやめたいって思ってたの」
真っ直ぐに、何かの決意と共に、俺にそう言い放つ。
誰かの代弁ではなく、彼女自身の言葉で、俺の耳に届いてしまう。
「じゃあ……そういうことだから」
「ま……待て」
俺の静止など聞かず、宇津木は車に乗ってしまう。
「待ってくれ……!!」
この状況、絶対に宇津木を行かせてはいけないと思った。もしここで行かせてしまえば……二度と会えなくなってしまう気がしたのだ。
もう一度宇津木と話をしようと車のドアに手を掛けようとする。
……が、
「離れろ」
「がっ!」
固いものが容赦なく俺の顔面を打ちつけた。
そのものとは……握られた拳。
俺の前に立っていた杉崎喜一は先程とは別人かのように険しい顔をしている。殴ってきたのも、こいつだ。くそ、口の中がめちゃくちゃいってぇ……!
「これ以上お嬢の手を煩わせるな。お嬢が『やめたい』と言ったんだ。なら、それはもう決定事項だ」
喜一は足を上げ、振りかぶる。倒れている楓を踏みつけようとする。
楓は青い顔をして次にくる痛みを恐れるが……
「ちょっと! 何してんのよ! お願いだから余計なことしないで……!」
宇津木は車の窓から喜一を止める。彼はそれに従い、振りかぶられた足は勢いを失ったが……楓を一つギロリと睨んで車の中に引っ込んだ。
車は楓の様子など気にせず走っていった。もう声は届かない。みるみるうちに小さくなっていくほど早々と去った。
「くっそ……意味わかんねぇ……」
口の端に手を当てると……チクッと痛みが走る。手には血が。
車が走るの止めようとしただけで殴るとかヤンキーかよチクショウ。あーまだ痛い。
「楓さんっ!」
「おにぃ!」
俺がまだ座り込んでいると舞依と凪、その後ろには亜子、なゆちゃん、牧野、白戸とマネージャー含めフットサル部メンバー勢ぞろいだった。
俺のこと心配で探しにきてくれたのか。嬉しいね。
「いい殴られっぷりだったね。久しぶりにウケた」
……白戸だけは心配なんか一切してなかった。この野郎。
「ふざけんな。見てたんなら助けろ。お前いつだったか空手やってるとか言ってなかったか?」
「やだ。だって詩織の家って頭に『ヤ』がついて下に『ザ』がつくおっかない人たちだから」
「…………おい。それ、真ん中に『ク』がついたりしないか?」
「すご。なんでわかったの。エスパー?」
「ああエスパーだよバカ。俺はこれでも監督なんだからそんな重要な情報は知らせとけ……」
「今知らせたじゃん」
「そうかよ15回くらいくたばっとけ」
それでも相手がヤクザとは知りたくなかったような……。
しかし、なんとなくだがこの話も少し輪郭が見えてきた感はあるな。
家の事情……最初は適当な嘘か何かだと思ったが、けっこうガチで面倒なことがありそうだぞ。
「おにぃ、血出てるよ!」
凪は泣きそうな顔になってハンカチで俺の口元を拭ってくれる。
「楓さん大丈夫ですかっ」
舞依も同じく泣きそうになっている。こんな情けない姿を見てほしくないが、それよりも宇津木のことだ。
とりあえず体育館の中に戻った俺は皆から宇津木のことを聞くことにした。
「宇津木のやついくら家の都合って言っても……フットサル、『やめたい』って。そこそこ楽しめたけど『それだけ』ってよ……皆はどう思う? そういう空気は前からあったのか?」
これに関しては心へのダメージがデカかったので正直聞きたくはなかったのだが、避けては通れまい。どこかしらに宇津木はフットサルへの不満を溜めていたんじゃないかと疑ってしまう……
「でも、練習だって詩織が一番頑張ってたと思いますっ。負けず嫌いですからっ!」
舞依は「いや違う!」と否定をしてくれる。
そ、そうだ。その姿は俺だって知っている。
司令塔という一番難しいポジション。それを投げ出さずに頑張って食らいついている。チームのために。何より、フットサルを楽しむ自分のために。
じゃあ……あの時の「やめたい」っていう言葉は嘘だった? 俺は一体何を信用すればいいんだ。
迷っていると突然、舞依が俺の手をギュッと握ってきた。
「楓さん。きっと詩織は私と同じかもしれません」
「舞依、と……?」
「はい。私も家のことで色々ありました。それで楓さんにいっぱい迷惑かけてます……」
舞依は父さんと爺さんからフットサルをやることを反対されている。その才能を陸上に向けるべきだと言われている。
それでも舞依は「フットサルがしたい」から、その反対を条件付きで押し切っている状況だ。全国優勝というめちゃくちゃな条件で。
これもまさに「家の都合」……か。
「詩織はきっとフットサルのこと大好きですっ! だから……その……」
舞依は次の言葉を言いづらそうにする。
ああ、わかっている。言いたくても言えないんだな。
その先の言葉は、絶対に俺に迷惑をかけるものだから。
「わかった。それ以上は言わなくていい」
「楓さん……」
「俺は監督だからな。選手のためなら……なんだってやってやらなきゃ」
俺だってそれをずっと悩んでいた。
監督ならば、相手の家族と話さなきゃいけないって。
しかし……そうなれば俺もただではすまない可能性がある。
現に舞依の爺さんに喧嘩を売った時は彼女を育成する契約を結んだ。舞依の未来を背負ったわけだ。
別に育成に失敗したからといって俺に何かがあるわけじゃない。
けれど、舞依が陸上の世界に戻されることに関して、彼女の背中へ最後の一押しを加える行為を俺が担うことになった。自分が腑抜けた指導をすることは彼女の首を絞めることと同義なのだ。
これが普通の家庭なら話し合うだけで済む。
だが、宇津木の家はどう見たって普通じゃない。聞けばヤのつく自由業の方だとか。
今回も絶対に一筋縄じゃいかないだろうな。
どうすればいいのかまったく見当もつかんが……どうにかなるの精神で頑張ってみるか。
このフットサル部の司令塔をこのまま逃がしてたまるか。




