☆②─18話 6人目!
「今日からフットサル部に入部しました。『桜庭凪』です。よろしくお願いします」
火曜日。いつもの練習風景……とは違い、体操服に着替えた凪が俺の横に立っている。
我が妹がこの部に馴染めるのか。ちゃんと皆は凪のことを仲間の輪に入れてくれるのか。
俺はソワソワと心配していたんだが……
「凪さんっ!」
「ほんとに新メンバー加入したのね……」
「おー! かんとくの妹がきたー!」
「にーたんの妹さん。つまりなゆのお仲間?」
「桜庭さん、よろしくお願いします」
どうやら杞憂だったらしく、5人は凪を受け入れてくれる。宇津木なんかはここしばらく来ないことがあったから驚いているが。
しかし、良かった良かった。これで凪の問題は無事終りょ─
「…………『にーたん』?」
あ。
「おにぃ? なんで奈夕葉ちゃんから『にーたん』って呼ばれてるの?」
服をガシリと掴まれ目が全然笑っていない笑顔で凪は質問してくる。
し、しまった……ぁぁ……! このこと完全に忘れてた……!!!!
「あ、あいたたたた! お兄ちゃん突然お腹痛くなってきた。ちょっとトイレ行ってくる!」
「トイレの前に地獄行く?」
「すいませんでしたぁー! お、お腹治りましたぁ!!」
逃げようと思ったがまったく逃げられず。何今の怖すぎるんですけど。小学生の口からこうも簡潔に人を恐怖に陥れる言葉って出るもんなのか。
即座に妹の前で土下座フォームに変身した監督の姿に皆は若干引いている。やめてぇ! こんな姿見ないでぇ……!
「にーたん大丈夫?」
と、思ったらなゆちゃんだけは引かないで心配してくれてる。天使ぃ……!
だけど凪の前でそれ以上「にーたん」って言わない方がいいよ? 殺人鬼の前で「俺を殺してみろよカモンカモン」って挑発してるのと同じだから!
やはり凪はそれに反応してムッと顔を顰める。
い、いけない! こんな情けない姿になってもにーたんはにーたん。なゆちゃんの兄として大切な妹を守らねばっ!
「なゆちゃん! そこは危ないから俺の後ろに隠れて! なゆちゃんは何があろうとにーたんの俺が守ってみせるから!」
「おにぃこれから死んじゃうのに?」
「え、おにぃ死ぬの!?」
短い命だった……。俺が死んだら次の監督は父さんを指名してやる。
そんなコントみたいな、─いや俺からすれば何もコントではないが─やり取りを見て舞依たちはなんだか微妙な顔をしている。
「もしかして……」
「桜庭さんって……」
「かんとくのこと大好きなんだなー!」
「ブラコンってやつね」
4人が変な答えに辿り着いてしまう。
いやいやそんなわけない。凪は俺のことを奴隷か何かとしか思ってないから。
俺のこと大好きならなんで今俺土下座させられてるの!? なんで殺害予告されたの!?
「なっ! ち、ちち違うもんっ! 私がおにぃのこと好きなんじゃなくておにぃが私のこと大大大好きなんだもんっ!!」
真っ赤な顔になりながらまくしたてる凪ちゃん。
誰がお前のこと大好きだよ。おい。お前よく目の前で土下座してる奴のことそんな風に言えるよな。どう見ても恐怖に怯えてるようにしか見えないよね?
「昨日も2人でデートしてる時にカッコイイ顔で『愛してるよ凪』って言ってきたし!!」
「なぁ、前から思ってたけどもしかして俺以外に別の『おにぃ』がこの世に存在してるの? 俺そんなこと言った覚えが1ミリもないんだが」
「こ、このどうしようもないシスコンおにぃ!」
「違うわっ!」
なんでそこで嬉しそうな顔するんだよっ!!
「おにぃ」という呼び方もそうだが、楓と凪のそのやり取りを見て全員「そういうことか」と温かな視線を凪に送っていた……。
☆
さて。
凪が入ってくれたことでこのフットサル部も部員数が6人となった。これが何を意味するか。
戦術面はもちろんだが練習面でも2人組を組んで何かをさせることもできるし、凪は経験者だから指導もできる。
しかもフォアードの動きやボールのコントロールに関しては舞依の何倍も上手いから彼女にとっていい刺激になるだろう。
さらに攻撃陣3人、ゴレイロ以外の守備陣2人で数的不利─自分たちよりも相手の方が選手の数が多い─時の練習もできる。これはぜひやっておきたい守備練習だったからな。
そして何より、ようやく「交代」が使える。これは大きい。大きすぎる。
試合の時間を全て出続けるというのは別に無茶な話ではないが、どうしてもパフォーマンスは落ちる。そういった選手には休みを与えることも必要だ。
それだけでなくその日に調子が悪いなんて子もいるだろう。
そんな子を無理させて試合に出させるよりも、調子を整えさせるためにベンチにいさせてやった方が絶対良い。6人目が現れたことでそれが可能になったのだ。
交代メンバーがいなければ相手チームの対応だって早いものになる。そのフィールドに出ているわずか5人を攻略すればもう勝ったも同然なのだから。
挙げるだけで良い点は正直キリがない。以前も思っていたことだが凪が入るだけで山ほど利点が増えたわけだ。
「立花さん。そこでボール持ってモタつくなら早めにパス出した方がいいよ。ほら、ここにパス出してあっちに走れば……」
「あ、たしかにそっちの方がシュートにいきやすいです。ありがとうございます凪さんっ!」
「小泉さんもただ前に走るだけじゃなくて、走る場所を意識した方がいいと思う。いっつも縦に走って同じ場所に行くよりも、時には斜めに走ってみるとか。その時は仲間と位置が重ならないように……」
「うおー! それであんなにしおりに止められまくってたのか! じゃあ今度からずっと斜めに走ろー!」
「いや、ずっとはダメだから……」
うんうん。さっそく良い影響が出始めてるぞ。攻撃陣の能力アップ。スムーズに効果が出ているようだ。
俺は教える時にどうしてもパスや全体の形、攻撃、守備の戦略面に意識がいってしまう。
別に何も教えてやれないわけではないが、フォアードである「ピヴォ」や亜子みたいな超攻撃的な「アラ」の指導となるとお互いの感覚が100%合わない時もある。
こんな時は俺なんかよりも、ずっと攻撃の第一線で生きてきた凪の方が確実に良い指導が出来そうだ。
ただ……さっきは杞憂と言ったんだが、ここで心配事が一つ出てきたぞ。
それは……
「ナギ!」
「へ……小泉さん? な、なに?」
凪を呼ぶのはちょうど指導を受けて居た亜子。おや、これは……
「さっきから『立花さん』『小泉さん』ってそういうの『サンカクジョーギ』って言うんだぞ!」
「亜子、それ『他人行儀』」
「あ、それ! タニンギョーギ!」
亜子の言ったことは意味不明だったが、白戸が横から補足してやると凪も意味を理解する。急に算数の問題が始まったのかと思ったよ。
「同じチームなんだから苗字じゃなくて名前!」
「私も『舞依』でいいよ」
「ま、あたしはどっちでもいいけど」
「『なゆ』って呼んで?」
「もっと打ち解けましょう。私も『桜庭さん』じゃなくて『凪さん』って呼びますね」
凪は面食らったような顔をするが、少しすると恥ずかしそうに……
「うん。……わ、わかった。『舞依』『亜子』『詩織』『なゆ』『愛実』」
おっと。どうやらこれも杞憂で済んだようだ。
皆が凪のことを受け入れてくれたのは大丈夫だったが、凪の態度の方に問題を感じていたのだ。
いつだったか舞依も言っていた。俺が『立花』と呼んでいると「一歩離れて接しているように感じる」と。
小さいことでもチームスポーツでは重要な一つだ。「仲間」なんだからな。
それにしても、さすがは亜子だ。
人との距離の縮め方というのを知っている。こういうところは俺も教えられるところがあるな。選手からも学ぶことはたくさんだ。




