☆②─12話 愛しい影が愛しい貴方と重ならない
というわけで、凪がフットサル部の見学をすることになりました。
いつも俺と白戸はパイプ椅子に座っている。なのでもう1つ追加してそこに凪を座らせた。俺、凪、白戸という位置で。
横に妹がいようと練習になれば集中するから気になるなんてことはないけど……なんでこんなことになったのか。
「凪ちゃん、だよね?」
「あ……はい」
「あたし、白戸夏月。君のお兄さんと同じクラスで、色々あってここのマネージャーやってるの」
夏月は凪のことを知っていて話してみたいとも思っていたのでこれを機に話しかけてみた。
(ほんとこの子可愛いなー)
素直で良い子そうだというのもあるが一番は容姿だ。多分、母親似。
父と兄、母と妹でくっきり分かれるように似ているのか兄とこの子はあんまり似てない。
部分部分のパーツで見ればわからないこともないが全体的に見ると兄妹とは思えない。なんたって根暗と天使だ。種族が違う。
「そうなんですね。おにぃ……ちゃんは部ではどうですか?」
「んー。教室と部でのあいつくらいしか知らないしなー。昔はすごかったらしいけど、テレビとかよく見る方じゃないからそれもあんま知らない。まぁよくやってるんじゃない? 凪ちゃんから見てどうなの?」
凪から見て今の楓がどう映っているのか。そこに興味があった。昔の姿を間近で見て知っていた者なのだ。思うことはあるはず。
「……。昔にちょっとだけ戻ったかも……」
「ちょっとだけ戻った?」
「はい。でも、昔はもっと楽しそうにサッカーやってたんです。いつも笑顔でボール蹴ってて、サッカーの話をする時だって。今のおにぃ、……お兄ちゃんはサッカーに似たフットサルをやっているのに全然笑顔じゃないです。そこだけが……違う」
今の根暗なあいつを見ると誰もそんな時期があったなんて思いもしないだろう。会ってから笑顔なんてまだ見てない気もする。でも、妹が言うなら本当ってことだ。
「なら、またサッカーやればいいのに。中学の頃になんかあったのは知ってるけど転校してここに来たんでしょ? 心機一転してここでサッカーやれば……」
「え、聞いてないんですか?」
凪ちゃんを見ると「え?」という不思議そうな顔をしていた。
何を聞いていないというのか。絶対に良い話ではないと感じ、これは聞いてはいけないと思ってしまったが……凪ちゃんは口を開く。
「おにぃは黙ってて隠してるけど、私知ってるんです。おにぃはサッカーやらないんじゃなくて……サッカーできないんです」
そう言って凪ちゃんは兄の方を見た。
その目は今にも泣きそうなほど辛そうで。つい出てしまっている「おにぃ」という呼び方は可愛かったが……そんなことよりもその言葉が気がかりだった。
サッカーができない、とはどういうことなのか。
「舞依! そこはシュートする位置が若干悪い。もう2歩……いや、違うな、3……3.5歩分だけ近づいてもいいぞ。そうすればフェイクでパスを入れることも効果的になるしシュート角度も悪くない」
「はいっ! わかりました」
例のゲーム形式の練習。俺は気になったところを指示してパイプ椅子に座る。
「ねぇおにぃ。あの子、フットサル初めてどれくらい?」
「舞依か? ボールを蹴ってたのはもっと前かもしれないけど……本格的な練習を始めたのは1ヶ月とちょっとかな」
凪はそんなことを聞いてきた。舞依をジーッと見ている。
「へー、足速いね。足元すっごい下手だけど」
やっぱりそう思うよな。
舞依は上達が早いんだがどうにもボールの扱いというのか、足元のテクニックが問題。それも壊滅的なほどに。誰かをドリブルで抜くなんてことは難しい。これに関してはチームで確実にワーストだ。
「個人技を練習させないの? もしあの子が相手を抜けるようになったら絶対強いでしょ」
「そうなんだがなぁ。今はまだそんな段階じゃない。変に個人技に固執させるのも……ちょっとな」
凪の言う通り。もし舞依が相手をドリブルで抜く技術を覚えればとんでもないパワーアップになる。
ただでさえ疾風のような速さがあって追いかけてくる相手を置き去りにできるのに待ち構えている相手ですらねじ伏せる力があるなんて理想的だ。
でも、ドリブル突破というのはリターンが大きければリスクも大きい。
もし抜いたなら……自分についていた相手がいなくなるわけだから一気に数的有利になれるわけだ。
だが、失敗して相手にボールを取られた場合、そこから一気にカウンターをくらう。
今はまだそれの対応なども経験として何も知らないこともあってそんなことになれば即失点するだろう。俺たちのチームはまだまだ発展途上だからリスクの方が明らかにデカイのだ。失点するのは特にキツイからな。
「お前の意見は全然間違ってない。やっぱり、サッカーでFWをやってただけはあるな」
「ふん……」
凪はサッカーをやっていた頃のポジションは先も言った通りFWだった。
舞依みたいに足が別格に速いってわけじゃなかったが、とにかくFWとして上手かった。これはよくパスを出す選手─「パサー」である俺の感覚なんだが……走る位置が絶妙に良い。
凪は相手の位置を考えてパサーからとてもパスが出しやすい位置に動くのだ。ここしかない、というところに。
シュートの精度もかなり良くて得点能力も高い。FWとしての力や技術を持っている「上手い」選手だったのだ。
ま、こいつの凄さはそれだけじゃないんだが…………
それから練習が終了した後、皆がシャワー室でシャワーを浴びている時に凪とちょっと話すことにした。
「どうだった? このチームは」
「どうだも何も。人数が4人しかいないじゃん」
「1人休んでるんだ。そいつこそお前に見てほしい奴だったんだがな。宇津木詩織って子だ」
「上手いの?」
「……上手い。今は未熟だがチームでも一番なくらい抜群のセンスがある。育てていけばどこかで必ず化ける」
その宇津木のことで今は絶賛悩み中なんだけどな。
俺との個人レッスンを休むどころか普通の練習まで休むようになってしまった。
家の用事ってことだから休んじゃダメってわけじゃないが……そこから何も言ってくれないので家の用事も本当なのかと疑ってしまう。
もしかしたら……いや、そんなわけないよな。
俺は自分の脳裏によぎった嫌な「結末」を打ち消す。宇津木がまさかそんなこと……。
「ねぇ。おにぃはサッカーやんないの? ずっとここの監督やるの?」
凪は俺の目を見る。この質問だけは誤魔化さないでと言ってるのがわかる。
この質問さえも誤魔化してしまえば多分だけど怒る。それも不機嫌とかの部類じゃない。本気の怒り。
「監督のことは……まだわからん。俺以外に誰かやるような奴がいればその時に考える。個人的な約束があって今は辞められないけどな。サッカーについては……またやりたいと思えるようになった。でも、今は……」
「今は、なに?」
「……」
俺はそこで口をつぐむ。俺の心にはサッカーがやりたいという想いがある。
彼女たちのフットサルに触れる度にその想いは強くなる。それがいつか過去の恐怖心を超えて俺の体をも突き動かす日が来るのかもしれない。
でも、俺にはサッカーができない理由があるんだ。
それは誰にも言っていない。父さんはもしかしたら勘付いているかもしれないが、「これ」は俺にとって知られたくないことなんだ。
「まーいいや。私ね、おにぃが笑顔で楽しそうにサッカーやってるのがすごい好きだったんだよ?」
「そうなのか」
「うん」
俺は何も言えない。凪の言葉を待つ。
「監督やってるおにぃ、すっごくカッコよかったよ」
「そうか。ありがとな」
「でもね。サッカーやってるおにぃの方がずっとずっとカッコよかった」
そう言って凪は靴を履いた。体育館の扉を開けて、そこから夕陽が差し込んでくる。
「今も大好きだけど。昔のおにぃの方がもっともっと大好きだった」
凪は悲しそうな笑顔を浮かべて体育館を出ていった。
☆
「楓さんっ! 今日もありがとうございました!」
舞依と一緒の帰り道。舞依は俺にいつも通りのお礼を言ってくる。別にもういいのに。このセリフ何回聞いたかなぁ。
「舞依。凪の件は悪かった。わざとフットサルから遠ざけるようなことして」
「いえいえっ! 私こそすみません! 妹さんを怒らせてしまって……」
「いいよ。遅かれ早かれこうなってた。俺もいい加減に前を向く時だ」
父さんの言う通り、逃げ道を作ってきたから凪と本気で話せなかったんだ。これを良い機会とするしかない。
「凪のことはこっちに任せてくれ。舞依たちは宇津木のことを頼めるか?」
「詩織ですか?」
「ああ。どうにも最近変じゃないか? もしかしてあいつフットサル辞める気なんじゃ……」
「そんな……!!」
宇津木の動きからの俺の予想に舞依はショックを受けたような声を上げる。
「で、でも、詩織はとってもフットサルのこと楽しみにしてたと思うんです! 前と比べてすごく明るくなりましたし……それに、ボールを蹴る時楽しそうでした!! き、きっと……私と一緒です!」
舞依はとにかく話さなきゃ! と必死に詩織のことを伝えてくる。
俺はそれを聞いて少しだけ嬉しかった。父さんから見せられた例のプリントには最近楽しいと思ったことすら無いという悲しき結果が書かれていたが、それこそが嘘ではないかと舞依の言葉からわかった。
楽しいって気持ちに嘘はない。同じ仲間の舞依ならその気持ちを感じ取れていたはずだ。
ならば、宇津木がフットサルを楽しんでくれていたことは間違いない。では、なぜお前は練習にすら来てくれないんだ?
「凪のこと。宇津木のこと。大変かもしれないが、これもフットサル部の危機だ。絶対に乗り越えよう」
「はい! 私も助けてもらった側ですから。今度は私が頑張ります!!」
えいえいおー!と俺たちは奮起した。




