☆5話 サッカーが楽しめるのは……!
俺は5人の小学生達に向かって、指示を飛ばした。
今、小学生5人は5角形─星の形になるように配置についてもらっている。
間隔はそれぞれ10m。そしてサッカーボールよりも一回り小さい、バレーボールほどの大きさのフットサルのボールを1つだけ出して立花の足元に置いてある。今から何をするのかというと……
「左手にいる子にパスを出していってくれ。俺はその様子を見てるから」
「パスを出すだけでいーの?」
亜子は実力を見るのにそれだけでいいのかと疑っているようだ。
もちろん本来はこんなことだけじゃダメ。
でも、俺が今知りたいのは実を言うと「どれくらい出来るのか」ではなく「最低限どのレベルなのか」というところ。それを知るなら無駄に難しい動きをさせるよりシンプルな動きをさせることでその中にそれは現れる。
「立花、始めてくれ」
「はいっ!」
こんなことでも張り切っているのか元気よく返事をする立花。左手にいる子─亜子へとパスを出す。
だが、ボン! と強い音を出して亜子とは少しだけ外れた方向に飛んでいく。それに立花はしまった! という顔になった。
……やっぱりな。朝にこの子のドリブルを見た時も思ったが、ボールへの基本的なタッチを知らなさすぎる。
通常、人へパスを出す場合はインサイドキック─足の内側で押し出すようにして蹴るのがほとんどだ。力の強弱で近く、遠くの味方へパスを使い分ける。
だが立花は「ボールを蹴る」という行為を全て同じ物と考えているのか、いつも足の先端近くで「突く」ように蹴っているのだ。
これはサッカーでも初心者によくありがちなこと。これでは力が入りすぎてしまうし飛んでいく方向もコントロールしづらい。
今はまだ大丈夫そうだがこんなことを続けていると足を痛めてしまうことにもなる。これが終わったらすぐに注意するか。
亜子は自分から少し外れた軌道にあるボールを、脚を伸ばすことでなんとか受け止めた。その動きに俺は驚く。
立花から出されたボールはさっき言った通り強く蹴りすぎたこともあってスピードも速かった。自分から外れた方向にかつ速いスピードで飛んでくるボールをしっかりと反応してカバーできるのはそう簡単じゃない。
そもそも自分にパスが来ると身構えているわけだから体が固くなって当然なんだ。そこで変な方向に出されると動き出しが遅くなるのは必然。
しかし亜子は運動神経が良いのかひょいっとそれに追いついた。
「もー、舞依ー! そっちにアタシいないぞー!」
「ご、ごめん!」
亜子自身、本気で怒っているわけじゃなく冗談のようだが、立花は俺に見られているということで「失敗した」というイメージを強く持ってしまったようだな。
亜子はすぐさま次の相手である宇津木にパスを出す。
これまたボン!と強い。インサイドキックではないのだが、蹴ったのは立花のように足の先端ではなく足の甲で蹴っていた。
先端で蹴っていないのは褒めるところだが、そんなところで蹴ればパスにならないのは明白。というかシュートみたいな勢いで宇津木に飛んでいく。危ないっ!
そのボールはバシッ!と宇津木の体に当たってしまった。
「ちょっと亜子! どう考えてもこれはパスじゃないでしょーがぁ!!」
「うわ~ミスったー!」
ま、まぁ良くも悪くも豪快って感じだな。対する宇津木は今の飛んできたボールをしっかり目を背けずに見ていたのが良かった。だから当たり所も悪そうではなかったし。
「まったく……」とやれやれといった感じの宇津木は四井に向かってパスを出す。
さっきの2人とは違ってちゃんとインサイドキックでパスを出していた。しかも……四井の足元に綺麗にボールが入っていく。四井もパスは受けやすそうだった。
これは……なるほどな。まだあと2人残っているが、こいつで「決まり」だな。
俺があることに気付き邪悪な笑みを浮かべていると横の白戸から声がかかる。
「何を見てんのかさっぱりだけど今のあんたの目、超キモかったよ。言っとくけどあの子達に発情なんかしたら即通報だから」
「うるさい。そこらへんは信用してるんじゃなかったのか。間違えて通報なんかしたらまた監督いなくなるぞ。そうなったら次の監督はお前を指名してやる」
「はいはい」と白戸はいつの間にか用意していたパイプ椅子にどっかりと座る。俺の分も用意しとけよ。お前一応マネージャーだろ。
「めぐ~」
四井は最後の牧野にパスを出した。
ちゃんとインサイドキックは出来ていて方向も悪くなかったが……力が弱い。ノロノロと進むパスで牧野の所まで辿り着くのが遅かった。
パスというのはコントロールが悪かったり、立花や亜子のように力が強すぎたり、四井のように弱すぎるのもダメ。どれがマシということはなくパスというのは味方との連携において必要最低限のもの。これだけはしっかりと鍛えなければいけない。
味方に向かってボールを少し蹴るだけという行為の「パス」は簡単で軽く見られがちだが、これがサッカーにおいてかなり重要なことなんだ。きっとフットサルでも同じことだろう。
なぜ? と言われれば答えるのは単純なこと。ドリブルで前へ持っていくよりも味方にパスした方が断然「早い」からだ。
「舞依さん!」
そして最後の牧野は立花にパスを出す。
ボールタッチはこの中で一番マシ。悪いところはない。強弱も文句はなく宇津木と同じようにしっかり相手の足元にボールを届かせた。
スポーツは得意ではないと言っていたがそんな風には見えないな。きっと牧野は何でもうまくこなせるっていうタイプなんだと思う。こういった変にどこかに突出せず色んなことをやれる幅の広い選手というのも案外必要だ。
とは言ってもこれはまだ初見の評価であってこの子の長所が見えてないってだけの可能性もあるが。
「OK。次はさっきと逆の方向に出してくれ。今度は立花が牧野の方へ」
「はいっ!」
今ざっと見た感じだと……亜子と宇津木。ここらへんはもう「わかった」。どういう奴なのか、どういうことが出来そうなのか。大体掴むことができた。
正直言うと牧野と四井も問題はない。少々今の動きだけでは大変だったがある程度どういう奴なのかわかった。
あとは……立花だけ。こいつだけは掴みづらい。失礼なことを言うと何が出来るのかがわからないのだ。
俺は動きを見れば一目でそいつがどういう選手なのかが大体わかる。立花以外の4人は分析が済んだのだが……立花だけは掴めない。それと、あと……もう1つ問題点が。これが最大の問題だ。
「おい白戸」
「なに? ムラムラしてきたの?」
「するか!……真面目な話だ。この部、本格的な練習をしたことないだろ」
俺は白戸の目を見て問う。白戸も嫌なとこを突かれたと思って顔をしかめたが……コクリと頷いた。やっぱりな……。
「こいつらの動きは初心者も初心者。ひどすぎだ。活動もまだ始まったばかりなんだろ。多分まだ1カ月も経ってないくらいの」
「ご名答。活動が始まってからまだ1週間ほど。あんたの父さんはこの子達にボールを与えてそれぞれ自由なことをさせてただけ。そこにどんな考えがあったのか知らないけど」
「なに……? ああ、なるほどな。それでわかった。あのアホ親父、最初から俺をここの監督にねじ込むつもりだったな」
俺は父さんの隠された意図に気付き憎々しげに顔をゆがめる。それを見たパイプ椅子に座っている白戸は首を傾げる。
「どういうこと?」
「お前は気にしなくていい。俺がやりやすいように1週間で出来るだけお膳立てしてたって話だ」
この件に関しては帰ったら父さんに聞くか。多分これはこの中じゃ俺にしかわからないこと。あいつの考えが少しでも理解できるのは地球上探しても、良くも悪くも桜庭ファミリーしかいないんだし。
そこから俺はしばらく5人のパスを眺めていた。
だがいつまで経っても立花だけわからない。何か失敗しないわけじゃない、そもそも失敗の方が多い。良いとこなしだ。特徴を掴むどころか悪い所ばかりが強調されているように見えてより一層悪く見える。
(なんだ……? 父さんは立花に何をやらせてたんだ。何かあるはずだ。たしか立花が朝やっていたのは走りながらのドリブル……)
俺が1人で思考の海に潜水していると
「あー!! ごめーん!」
よく通る亜子の声が聞こえた。その声をきっかけに思考の海から一気に引き上げられ亜子の方を見る。
どうやらまた亜子がパスの力加減をミスったらしい。今度はポーンと山なりの軌道で立花の頭上を越えて飛んでいく。
いったいパスをどうミスったらそうなるのか聞きたいが……仕方ない。俺が拾ってきてやろうかと思ったら
突如、そこに疾風が現れた。
「!!」
立花は自分の頭上を越えるボールに気付くと小学生離れした反射神経でバッッ!!と後ろを振り向き走り出す。
その走る速度が……速い!! 小学生女子にしてはあまりに速すぎる!
なんとか立花はボールが落ちる直前に脚を伸ばしてそれを受け止めることに成功した。
まさかそんなことになるとは思わなかった俺は驚く。すぐに俺は立花の元に駆け寄った。
「ふ~、良かった~」
「立花!!」
「ふぁ、ふぁいっ! なんですか!?」
俺は勢いのあまり立花の両肩をガシッと掴んで距離もグッと近くなってしまう。立花はカアァァ……っと顔が赤くなっていたが今はそんなことも気にならなかった。
「立花、お前……えっと……100m!」
「は、はい?」
「100m何秒だ!?」
俺は若干の興奮が入り混じった声で立花にさらに詰め寄った。立花はまた一段と顔が赤くなって口も開いたり閉じたりしていたが…なんとか答えを紡ぐ。
「12秒くらいです。11秒の時も……ありました」
周りに聞かれたくないことなのか、俺にだけにしか聞こえないほどの小さい声でモゴモゴとそう答えた。
「12秒? 12秒だな?」
俺はそれを聞くと立花の肩から手を放してポケットからスマホを取り出す。そこから「小学生女子 100m」打ち込んだ。ググった結果を見てみると……
(やっぱり感じた通りだ。立花、こいつ……メチャクチャ速い!! 速すぎる!!)
小学6年生女子の平均的な100mタイムがおよそ15秒台。主な大会の記録を見てもトップレベルで13秒台。
それなのに立花はそれを凌駕する12秒。しかも11秒の時もあると言っていた。
つまり立花は全国的な陸上大会を見てもぶっちぎりで簡単に優勝レベルの走力を持っているというわけだ。どうりで走り方が素人じゃないと思ったよ。こいつ明らかに昔何かやってたな……?
「立花、なんでフットサルなんかやってるんだ! お前のその速さなら陸上やった方が……」
と、そこで気づいた。自分も興奮気味だったため気づくのが遅かった。立花の表情が曇っていたことに。何かマズイことに触れたか……?
「その、ちょっと興奮しすぎた。悪い。けど……もったいないぞ。別にわざわざフットサルなんかしなくたっていいじゃないか。きっと陸上やった方がお前にとってはもっと楽し─」
「楽しくなんかないですっ!!!!」
ビリビリと響く声で立花は俺の声を塗りつぶした。立花もこんな声を出せるんだな……とも思ったが、逆に俺もよせばいいのにとことんまで聞いてみたかった。自分のことを聞かれるのは嫌がるくせに。
「なん……でだよ。いいじゃないか。自分が一番速いんだぞ? ああいうのって速かったら楽しいんじゃないのか?」
「…………そんなこと、ないです」
ボソリと俯きながら喋るのでよく聞こえない。こんな貴重な才能がこんなところで腐っていくのを見ていられなかった。さっきのパスを見ただけでも下手な面が多いのに、なぜもっと自分の武器で明るい場所に出ないのか不思議だったのだ。
「あのな立花、足が速いなんて誰にもあるものじゃ……」
「足が速かったらっ! フットサルやっちゃいけないんですかっ!? サッカーだってやっちゃいけないんですかっ!?」
涙を浮かべながら俺に噛みつく。そこに立花のもっとも触れられたくない部分が出てしまっていた気がした。
それでもこの問題は俺の忌まわしい過去のことにも遠からず結びついていた。そのせいでムッとして言わなくてもいいことを言ってしまう。
「サッカー……は、上手い奴だけが楽しめるスポーツなんだよ……!!」
俺の一言に耐え切れなくなったのか立花は体育館を出てトイレの方に走っていく。まさかこんな時に本当にトイレしに行ったわけではあるまい。隠れて泣くためだろう。
なんて最低なんだ俺は……。そんなこと、心の底では本気で思ってないくせに……
他の4人は立花を心配してトイレの方に様子を見に行った。宇津木なんかはこっちを一睨みしてきた。俺は居心地が悪くなって隅に置いていた自分のカバンを取って出ていこうとする。
「ちょっと。なに勝手に帰ってんの」
「……もう指導どころじゃないだろ。俺を監督にしたのは失敗だったな」
そっぽを向いてさっさと帰ろうとする。もう来るつもりはない。それにここまでやってしまえばもうあの子達は俺の言うことなんか聞いたりしないだろう。
やっぱり俺には無理だったんだ。こういうのは。そんなこと、「中学の時」に散々思い知らされただろ。俺はもう……1人でいい。1人で……。
「明日も学校終わったら来なよ」
「は!? まだ俺に監督させようってのか?」
「だって監督やるって言ったじゃん」
なんだよこいつ。俺がこの場をメチャクチャにしたんだぞ? てっきり怒られると思ってたのに。なんか逆に肩透かしを食らった気分だ。
でも、答えは変わらない。もうごめんだね。
「考えとくよ」
俺は白戸の手前だからそれだけ言って、本心では「もう来るか」と思って、帰路に着いた。もう春なのに風が冷たかった。そんな気がした。