☆6話 元凶のクソ親父
「ただいま」
俺は家に着くとすぐに自分の部屋に入る。これといってやることがないため自室に入っても何をするというわけではないが。
カバンをそこらへんにでも捨ててベッドに倒れこむ。今日はもう精神的に疲れた。疲れたから……このまま眠ってしまおうかと思ったが、ドアの向こうから声がした。
『ねぇ。おにぃ、今いい?』
妹の、声だ。
妹は5年生の時まではサッカーをやってたんだが、俺がサッカーを辞めると同時に妹も辞めてしまったため6年生の今は何もやってない。そのため俺より先に家に帰っていたみたいだ。
「なんだー?」
『宿題見てほしいんだけど』
「あ~、また後でいいか?」
ベッドで寝転がってるとなんか眠くなってきた俺は妹とのスキンシップよりも睡眠の方を優先させてしまう。かといって「面倒くさい、寝る」と言ってしまえば不機嫌になるのでここは柔らかく断る。そして「後ならいいよ」と逃げ道を作るのだ。まぁそのまま逃げ切って結局やらないっていうのを狙っているんだがな。
『おにぃの「後でいいか」って「やらないぞ」って意味じゃん』
「……zzz」
返事がないのを不思議に思いキイィ……とドアを開けて見てみると楓は寝ていた。それを確認すると「ベー!」と舌を出して楓の妹は自室に戻っていった…
……。…………。
暗闇の中、気づけば俺は芝の上を歩いていた。ここはどこだ? と、思ったが……すぐにわかった。
サッカーのフィールドだ。よく見ると自分の足元にサッカーボールが転がっている。
ボーっとしていた頭で俺はボールをドリブルしながらフィールドの上を走る。前を向いても誰もいない。俺は1人でずっと走っている。
そのまま走っていると……どこからか声が聴こえてきた。それは聴き慣れていたかつてのチームメイトの声だった。その声が……刺々しい言葉を投げかけてくる。
『俺達はお前とは違うんだよ』
『お前に見えてる物でも俺達には見えてないんだよ』
『お前が何を考えてるのかもう……わからないんだよ』
やめろ……やめてくれ。俺が悪かった。でも、俺はただ……皆とサッカーを楽しみたかっただけなんだ。皆と勝ちたかっただけなんだ。俺は……俺は……
『お前とはもうサッカーしたくないんだよッ!』
俺はガバッと起き上がる。はぁはぁ……と息も荒い。汗もすごい。部屋は真っ暗。どうやら長く寝てしまったみたいだ。すっかり夜になっている。
『おにぃ、なんかうなされてたけど大丈夫?』
ドアの向こうから声がする。またまた妹だ。だが今はそれが俺を安心させてくれる。さっきの夢の中と同じくらい暗い暗闇の中でもここは夢ではなく、現実の、自分の家なんだと認識させてくれた。
「ああ、ごめん。ちょっと嫌な夢見てた」
『下でお母さんがご飯作って待ってるよ』
「もう皆食べたのか?」
『うん。あ、でも今はお父さんが食べてるかも。さっき帰ってきたから』
その言葉を聞いてピクリと反応する。帰ってきたか天敵め。今日のことを問い詰めねば。こうしちゃおれん。
俺は布団を取り払ってすぐに立ち上がる。おっと、そういえば。
「もう宿題はいいのか?」
『お母さんに見てもらったもん。ふーんだ』
おっと今日も無事逃げ切ってしまったか。しかし、俺のことを心配してくれているのに俺の方がここまで妹を避けてしまうと可哀想にもなってくるのでどこかで相手してやらないとな。
ひそかに妹にチャンスをくれてやりながら俺は自室の扉を開けた。いざ、出陣。狙う首は下のリビングにいるであろう我が父だ。
1階に降りてリビングの扉を開けるとそこにはキッチンで洗い物をしていた母と……ビール片手にちょうどテレビでやっていたサッカーを見ている父─「桜庭 遼」がいた。
呑気だな。息子に監督を押し付けて飲むビールは美味いか?
「あ、かー君おはよー。今からご飯温めるね。今日はカレーだぞ~♪」
「ありがと。少し寝ちゃってた」
母さんは俺が疲れていたのを察してか何も聞かず、何も言わずでご飯を作ってくれる。本当、ありがたい話だよ。
「よぉ楓。グースカ寝やがって。良い身分じゃねえか」
「おい誰のせいだ誰の。5回くらいくたばっとけ」
父さんはボサボサの髪をバリバリ掻きながら笑っている。その態度にイラっときた俺はテーブルにつくと向かい側に座っている父にさっそく罵倒を開始した。
こいつまさか自分が息子に監督を押し付けたという事実を忘れているわけではあるまいな?
母さんは「そんな汚い言葉使っちゃダメ~!」とゆるーい声で叱ってくるが主に口が悪くなるのはこいつのせいなのでまずは父さんをどうにかしてくれ。
「…………なんで俺なんだ」
「何がだ?」
「とぼけないでくれ。『監督』、『フットサル』……この単語で何か思い出すことはないか?」
「ねぇなぁ……」
「『小学6年生』」
「ああ、思い出した」
なんでそこで思い出すねん。まず『フットサル』で思い出せや。絶対俺をからかってやがる。その証拠にケラケラ笑ってる。なにわろてんねん。
「別にいいだろ? お前暇そうだったし」
「俺がもうサッカーやってない理由は知ってるだろ。それに高校1年生が部活の監督やるってどういうことだよ」
「しゃーねーだろ。俺以外に誰もやる奴いなかったんだ。そんな俺はサッカー部の方へ行くことになっちまった。だから俺が仕方なく『1人当てがあるぞ~』って言って先生達を安心させてやったんだよ」
「はい、そこがまずおかしい! あんたそれでも親か!?」
またケラケラ笑ってる。俺の反応を見て面白がっているからツッコミたくはないんだが何か言わないとやってられない。それで父さんが反省したことなど一度もないんだがな。
「あー! おいおい! そこは縦入れろよ……。サイドに振ってそこから切り込んでりゃ点取る形作れてただろーが!」
急に何かベラベラ言い出したと思ったらテレビでやってるサッカーの試合のことか。俺の話は完全無視かよ。ったく、どれどれ……
「……いや、そこはリスクが高すぎる。人数が片方に偏り過ぎだ。もしボールを奪われたらそこから逆サイドに振られて即カウンター。ほら、ここで中央のFWと合流した相手の3枚と数秒だけ枚数不利になるから向こうが少しでも止まってくれない限りキツイ。特にこの形だとこっちが同数あっても無理だな」
「はぁ??? んなこと言ってたら点なんか取れねーだろーが。今のスコア見てみろ。あと残り10分で2─3。今のがラストチャンスに等しかっただろ。延長戦も回ってこねーぞ」
「10分あればチャンスくらいもう1つ作れるだろ。焦って2点差にでもなればもう終わってた」
「さっきのとこで5人くらいドリブルでぶち抜きゃ良かったんだよ!」
「いつから日本にマラドーナが電撃参戦したんだよ。アホか」
これもいつもの風景だがサッカーの試合を見る度にに俺と父さんは試合の議論をしまくる。意見が合うことなんて滅多にないが。
そしていつも最後は大体父さんがありえんことを言って、俺がツッコんで終わるというものだ。なんでドリブルで5人も抜ける選手がいるのが前提なんだよ。
まぁこんな会話ができるのは家でも俺と父さんと妹くらい。母さんなんかはサッカーほとんど知らないし、この会話を聞いてもいつもさっぱりって顔をしている。
呪文のようにも聞こえただろうな。スポーツ人はすぐに言葉を略すから普通の人にとっては意味わからんだろう。だってその方が使いやすいからね。おっと、そうこうしているとカレーが出てきた。
「で、ガキ達はどうだった?」
議論も終わったことで俺が出てきたカレーを食べ始めるとこれまた急に父さんは話を元に戻す。
やっと本題か。今日はこのままスルーの流れかと思ったよ。そこだけは安心した。
「どいつもこいつもひどすぎる上に、1人とんでもないのがいるな。初日から荒れたよ。俺のせいで」
「ははは! だろうな。当ててやろうか? 舞依だろ?」
どこが面白いんだよどこが。しかも予想当たってるのがまたムカツクわ。
俺があんなことをしても白戸が怒ってなかったのは事前にこうなるだろうってことを父さんが予期して白戸に知らせてた可能性が高いな。だからあんな冷静で想定内って顔だったのか? なんか手の平で転がされた感じで嫌だ。
「もう見えたか? チームの全体像」
「まぁな。初心者集団とわかった時はどうしようかとも思ったが……『役割当て』はもう済んだ」
「さすがだねぇ~。んで? 『司令塔』は?」
「宇津木詩織」
「そんなとこだな。そこは俺も同意見だ。いや~よく見てるねお前も。たった1回で見抜くか普通」
俺があのパス回しで5人の出来ることを見ていたと言った。それだけではなく「何をやらせるか」も同時に考えていたのだ。
フットサルはフィールドがサッカーよりも小さいところからわかるが、1人1人のやることが多い。攻撃にも守備にも参加しなきゃいけないだろう。だが初心者にいきなりあれこれしろというのは無茶な話。
だからこそまず「役割」を決める。
大まかに言えば……「点取り役」「その点取り役のサポート」「全体を回す司令塔」「相手のパスルートの妨害役」そして「GK」。これだけの役割があれば最低限チームとしては動けるようになる。
その中で宇津木が司令塔に一番の適役だと思ったのだ。その理由を伝えることは……もうないだろうがな。なぜなら、
「って言っても俺はもう行かないからな。フットサル部」
「は? なんでだよ。せっかくそこまで考えてやってるのに」
カレーを食べながら顔を覗き込んでくる父さんを鬱陶しく感じて顔を背ける。母さんもなにやら空気が変わったのを感じたのか皿を拭きながらチラッとこちらを見てくる。
「さっきも言った通り……揉めたんだよ。今更どの顔して行けばいいんだ」
「仲直りすればいいじゃねえか。ごめんなさいって」
「あのなぁ……こっちは高校生だぞ? 小学生相手にそんなの恥ずかしいっつの」
俺はカレーを食い終わり皿を母さんに出す。お茶を飲んで少しうがい気味に回し口の中を洗った。俺は退散しようと自室に戻ろうとする。
「どっちがガキか…………わかんねえなぁ」
「うるさい。あ、そうだ。母さん、こいつ母さんの引き出しから昔に俺が書いた作文盗み出してるぞ」
俺がそう言うと父さんはギクッ!と体を揺らす。
それを聞いた母さんはすぐにスリッパで走る時に出るパタパタという音と共に1階にある自分の部屋の引き出しを見に行くと今度はスリッパらしからぬ猛スピードで帰ってきた。
「ほんとだー! ないー! もう、なんで勝手に盗っちゃうのー!! あれ、宝物なのにー!」
「わ、わりぃ……でも、大丈夫だ。ほら、原本はここにある。だから許して~!」
プンプン怒っている母さんと青ざめた顔になっている父さんを見ながらパタンとリビングの扉を閉じて、今の内にとこの場から退散する。父さんは母さん相手には弱いからな。にしても……
「白戸が持ってたのはコピーだったのか。これを機にこの世から消せると思ったのに」
なんてものを複製しやがったんだと溜息をついて……自室に戻る。明日までの学校の課題でもやるとするか。




