☆②─4話 新たなる嵐の予感
~高等部~
今は昼休みだ。俺は昼食を済ませるために学食へ行こうとする。しかし、1人で食べるのもなんだか寂しい。
そこで、ぼっちだって思われたくないから白戸も連れて行こうと考えた。正直に言うと一緒に食べるの嫌だけど学校で話すの白戸くらいしかいないし……。なんだか悲しくなってきたな。
「なぁ白戸。食堂行かないか?」
「あたし弁当だから」
「そうじゃなくてさ。こう……察してくれよ。一緒に食べないかってことだ」
俺がそう言うと……ああ、やっぱり嫌な顔してるよ。
こいつって本当にすごいよな。「楽しい」だとか「嬉しい」だとかの感情はほとんど顔に出さないのに「死ね」とか「ウザい」だとかの負の感情は遠慮なく顔に出すもん。
「なんでそんなに俺のこと嫌うんだよ」
「別に。これが普通なんだけど」
「はいそうですか……」
せっかく誘ってやったのにこれだから辛いというものだ。どうせ1人で食べるんだから一緒に食べてくれてもいいじゃん。
「はぁ……じゃ、行こっか」
「は?」
断られた、と思ったら急に白戸は自分のポニーテールをいじりながら座っていた席から立ち上がった。……はい?
「食堂、行くんじゃないの?」
「なに? お前はツンデレでも目指してんのか?」
どうやったら今の流れで来てくれるって思えるんだよ。まったく、こいつわけわからんな。
「ちょっと思い出したことがあった。言わなきゃいけないことが見つかったの」
「……なるほど」
フットサル関連と感じてすぐに俺はふざけた態度をやめる。なにはともあれ食堂レッツゴーだ。
☆
「んで、言わなきゃいけないことってなんだ?」
俺は食堂でラーメンを頼み、お互いが対面になるよう席に着いた。
白戸は自分の弁当箱からミートボールを取り出して食べようとするが、俺がやってきたと気づくとミートボールを迎え入れようと開けていた口を閉じる。
そして……
「これ」
「ん、なんだこれ」
「あんたの父さんとのLINE。昨日また変なこと言われたんだけど」
白戸が俺に見せてきたのはスマホに映る白戸と父さんのLINE画面。
そういえば父さんはたまにこうやって俺達に指示を飛ばしてくるんだよな。今回はいったいを何を……。
『お前今日楓と一緒に飯食え。食堂で』
『は? なんで。死んだ方がマシなんだけど』
『我慢してくれよ~。そりゃ死ぬほど嫌だろうけど、可哀想な童貞を救うと思ってな?』
『……わかった』
と書かれていた。
「ねぇ。これなに? あの人、今度は何企んでんの?」
「なぁ。それよりもまず俺に謝ってくれないか? 今すごい泣きそうな気持ちなんだけど。できればその会話見せてほしくなかったよ」
すげぇ俺キモがられてんじゃん!! 父さんも同調すんな! 少しくらいフォローしてくれよ! あと童貞言うなし!!
「よっ! お二人さんお熱いねー」
と、不意に横から誰かに声をかけられた。その正体は……
「げっ……!」
「父さん!? なんで高等部の食堂に来てるんだよ」
なんとまさかの父さんだった。手にはカレーライスを持っていた。
……白戸、今「げっ」って言わなかった?
「いや~飯が無くなったんでな。ここに飯食いに来たんだよ」
「飯が無くなったってなんだ。そっちは給食あるだろ」
「その給食が無くなったんだよバカ。それくらいちょっと考えりゃわかるだろうが」
「いや意味わかんねぇよ」
給食が無くなるってなんだ。
でも、父さんのことだ。おそらく自業自得なことがあったんだろうな。俺はそれよりも高等部の食堂に飯食いに来たってところに驚いたが。
「タイミングが良すぎるな。さっき白戸にLINE見せてもらったぞ。最初からここに来る予定だったんだろ?」
「そこだけは察しが良いね~我が息子は。そういうことだ」
父さんは口笛を吹きながらふざけた顔で俺を見てくる。嫌な予感がするぞ。前に俺は女子校に潜入することになったんだ。今回は何をさせられるのか。
「お前、詩織のことをどう思う?」
カレーを頬張っていた父さんは急に俺にそんなことを聞いてきた。
宇津木? なんでここで宇津木のことが話題に出るんだ。
「どういうことを聞きたいのか知らないが、あいつなりにフットサル頑張ってるぞ。前の来栖谷との練習試合では一番活躍したって言っても過言じゃない。下手したらあの子たちの中では一番フットサルの才能があるかもしれない」
「そうか。……お前ちょっとこれ見てみろ」
「ん?」
父さんは俺からの意見を聞くと一枚の紙を取り出した。俺と白戸はそれを覗き込む。
その紙は……「将来の自分」と書かれていた。初等部の授業で使ったプリント? 名前の欄には「宇津木詩織」と書かれている。
「これ、なんだ?」
「今日の授業で生徒に書かせた。将来の夢を書いて提出させるよくあるやつだ。夢がなくても最近楽しかったこととか興味を持っていることとかを書かせたりしてこっちでサポートしてやるっつーもんなんだが……」
そのプリントは「白紙」だった。将来の夢の欄も空欄。さらには最近楽しかったことの欄や興味を持っていることの欄も空欄。
別に不思議に思うことじゃないのかもしれない。夢が無いなんておかしいことでもないし。ただ……
「フットサル、楽しいって思ってくれてないのか……」
俺は少しだけ悲しい気持ちになった。
試合の時に見せてくれたあの笑顔は嘘だったのか? 練習が休みの日も家で自主練をしていたというのも嘘なのか? フットサルのことを……なんとも思っていないのか?
心に鋭く何かが刺さったような感じがした。これは似ている。俺がサッカーを辞めた時に。
中学の頃……俺は皆が一緒についてきてくれると思っていたけれど、皆は俺のことを邪魔に思っていたように。俺は宇津木が楽しんでくれていると思っていたけど、本当は……
「そこなんだよなぁ~。あいつは自分の心の内を人に見せたりしねぇが、楽しかったことくらいフットサルのことを書けばいいじゃねえかって思ったんだ。んで、俺は思った。あいつはきっと……何かを隠してる」
「はぁ? 隠してる? 何をだよ」
「さぁ?」
「さぁ……って」
考えが飛躍しすぎだ。こんなプリント1枚書かなかっただけでそこまで決めつけてやることない。内容はちょっと俺もショックではあったのだが、何かを隠してるだなんてそんなことは……。
「夏月。お前はどう見る?」
「急に振ってこないでよ。けど、こっちも同意見かなー」
父さんは白戸の方を見て意見を求めた。
白戸の答えは意外なもので、こいつまで父さんと同じことを考えていると言うのだ。
「なんでだ? 別に書きたくないことを書かないなんて子供にはよくあるんじゃないのか?」
「書かないからじゃない? あの詩織がわざわざそんな目立つことしないでしょ。きっとなんでも適当なことを書いて提出してると思う」
「というと?」
「何かのメッセージ……とか?」
白紙が……メッセージ? 宇津木は何かに苦しんでいてわざとそんなことを?
「ダメだ。まったく話についていけない。フットサルの話じゃないのかこれは」
「あんたほんとサッカー関係のことしか考えてないんだね」
「うるさい。俺は難しいことはできるだけ考えたくないんだよ」
話がどんどん宇津木の進路相談みたいになってきてこれじゃない感がすごい。父さんのことだからフットサル部の強化につながる何かを俺にさせるんじゃないかと思っていたのに。
監督として選手の事を把握しておかないといけないのかもしれないがそういうことくらいは父さんに全て任せたいんだよな。俺自体がまだここで学んでいる生徒なんだ。それに今見せてきたプリントもこんなところに持ってきちゃダメなやつだろ……。
「楓。詩織のことを注意深く観察しとけ。お前幼女にそういうことするの好きだろ?」
「幼女観察。あんた得意でしょ?」
「もう言いたい放題だなお前ら」
とりあえずフットサルの練習中で俺が宇津木のことを気に掛ける方向で決まった。
今はチームの新メンバーのことでも悩んでいる最中なのに、宇津木のことも気にしなければいけないのか。
父さんはカレーを食い終わって席を立つ。
「父さん。こんなことじゃなくてもっとフットサルのことを考えてくれよ。今は5人しかいないってことが問題になっていてだな……」
俺は父さんにそのことを相談しようと思っていた。教師ならサッカーやフットサルに興味を持っているという生徒を見つけてくれるかもしれないと期待しているからだ。
だが、父さんはそれを聞くといつもとは違う真剣な顔になる。
「まだわかってねぇみたいだな。俺がなんでお前をフットサル部の監督にしたのか」
「は? そんなこと、フットサルの楽しさをあの子たちに─」
「そんなことじゃねえよ。それに、あいつらはまだそんな段階にすら入ってねえ」
なんだ。父さんは何が言いたいんだ。
「お前さっきメンバーが5人しかいないことが問題って言ったよな? あんまし腑抜けてると近い内に4人になるぞ」
「どういう意味だよそれ……!」
「そのまんまの意味だよ。もっと選手たちのことを見ろ。何か問題を感じたら動け。そんだけだ。じゃあな」
「おい!」
父さんは構わずそれだけ言って初等部の方に帰っていく。
なんだよ……父さんは何を知っているんだ。あの口ぶり、絶対に宇津木のことで父さんも俺に何かを隠している。
「白戸。お前何か知ってるのか?」
「知らない。なんにも聞いてない。ただ……人って色々あるから。舞依もそうだったでしょ? あんたもそうだったわけだし」
白戸はボンヤリと虚空を見つめる。
たしかに舞依の家も父さんと爺さんがとんでもない人だった。人間を機械にするかのような練習から生まれた立花舞依という選手は規格外そのもの。試合で『ゾーン』を見た時は目を疑った。
そして俺にだって。
中学の頃は性格も明るかったはずなんだがチームの皆に見放されてからの今では根暗と言われるレベルにまでなっている。しかもそのトラウマも俺の心の中に根差している。もう一度サッカーを、と思うこともできているが、正直それが難しい理由も俺の中に存在している。
「そういえば白戸。お前もなんか言ってたよな。『親がいない』とかなんとか」
「それ、普通今聞く?」
白戸は肘をついた格好のまま顔をこっちに向けた。
俺を見ているようで見ていない混沌とした眼差しでそれ以上の話が口から出なくなった。聞くなとは言われていない。なのにそう言われているようだったから。
「悪い。聞いたとかそういうことじゃなくて、ただ人は色々あるというのを肯定したかっただけだ」
俺と白戸は仲が良いってわけじゃない。お互い自分の内面を必要以上に見せていない。
俺だって昔のトラウマについて何もかもを話したりなんてしてないし白戸もそれは同じ。
壁を作って、その壁越しに会話してるかのようだ。その壁を壊そうとしたらきっと良くはならないだろうから。
「もう教室帰るから」
「おう。気をつけてな」
「なにそれ」
教室に帰るのに気をつけるも何もないだろと白戸は鼻で笑う。
なんで父さんが白戸と知り合っているのか。あいつは何を抱えているのか。聞きたいことはいくらでもあるがその全てに再び蓋をした。




