☆③─50話 勇気の証明問題
「あっ、なゆさん!」
「……お~、めぐ~」
扉を開くと、そこには牧野愛実がいた。練習着のままだから、きっとさっきまでチームでの練習があったのだろう。
もう日も暮れ夜になろうとしている。そんな時に何をしに来たのだろうか。
とりあえず中に入れ、縁台に2人で座る。
「練習の方は、どうですか?」
「んー。びみょうかも」
「微妙ですか……」
「めぐの方は?」
「順調……なんでしょうか。私達、次負けたら終わりですから、まだやれることがあるんじゃないかとか、でも何をすればいいのか、よくわかってないかもしれません」
複雑な心中だ。もっともっと練習するべきなのだろうが、体を壊しては意味がないし、今からやって何が身につくかもわからない。
上手くいっている、と自分を騙しているだけなのかも、しれない。
「なゆさんはどんな練習をしているんですか?」
「……」
やっているのは基礎練習と兄との1VS1。それを説明していると、愛実は口を開けて驚く。
「お兄さんってサッカーをやってるんですよね? そんな相手に勝てるまでこちらの練習に復帰できないなんて……」
「うん……」
そう言われると、自分の心が少しばかりズキリと痛む。
本当は、早く復帰できたかもしれないから。
(なゆは、わざと手を抜いてるよね?)
兄のあの言葉は、本当だ。
自分はボールを奪わないようにしている。練習でも、精一杯頑張る時と少しだけ力を抜いている時がある。
フットサルが嫌いだからじゃない。むしろ大好きだ。皆と一緒にいられるのだから。
皆と一緒だから、なのだ。
その気持ちは奥底に隠し、黙っていると、
愛実は思い詰める奈夕葉の手を握ってきた。
「めぐ……?」
「なゆさん、私達といて楽しいですか?」
突然にそんなことを聞いてくる。
「うん」
答えは決まっている。その気持ちに嘘なんてない。
「じゃあフットサルは楽しいですか?」
「うん」
「なゆさんは……本当に楽しいですか?」
「……え?」
よく意味が分からない。さっき楽しいと答えたはず。実際自分は楽しんでいる。皆とフットサルすることは楽しい。皆が楽しそうにしているだけで自分は満足。
「もしかして、めぐはなゆと一緒だと楽しくない?」
「ううん。そんなことないですよ。皆も、そんなことは思っていません。今もずっと楽しいです」
「それなら何も……」
「だから、もっと楽しくさせてください」
愛実は自分の前に出て顔を覗き込んでくる。その顔は微笑んでいて、優しく、温かなものだった。
「お兄さんほどじゃないですけど、これでもいつもなゆさんを見ていたんですからわかります。無理をしていたって」
「めぐ……」
「今でもすごく楽しい。けれどもしも、なゆさんの中にまだ何かあるのなら、今よりもっと楽しいことになるってことじゃないですか」
「それは……」
「それを、私達に見せてはくれないんですか?」
奈夕葉は顔を背ける。まるで問いから逃げるように。
初めてだ。問題を解こうとせず避けたのは。
それでも、彼女は諦めない。いくらだって、問題を出す。
「なゆさん、一緒に戦いませんか?」
「なにと?」
「怖いって気持ちと」
愛実はそれを来栖谷との練習試合で知った。きっとゴレイロというチームのゴールを守る役割にいるからこそ学んだのかもしれない。
自分のせいで失点する。いくら周りが失点はディフェンスのせいだと言っても、直接的に関係してくるのはどうしたって自分。
相手が迫ってくるのが怖い。次の瞬間に自分のせいで負けを決めてしまうかもしれない。どれだけ覚悟を決めても、脳裏にはゴールを入れられるシーンがちらつく。
でも、それが全てではなかった。
自分だけが戦っているんじゃない。皆で戦っている。この怖い気持ちは自分だけのものじゃない。皆のもの。
チームでいるなら、皆のもの。
「私達はチームです」
「うん」
「何があっても、見捨てないし、離れたりもしません」
「うん……」
「だから、なゆさんも私達を見捨てたり、私達から離れたりしないでください。なゆさんが大好きな私達を、信じてください」
「う、ん…………」
ポツ、ポツ、……と、床にシミができる。雨漏りなわけがない。原因はわかっている。
わかっているのに、その雨は止まらなかった。
ただただ怖かった。皆が離れていくのが。
自分の全部を見せて、疎まれるのが怖かった。
何も知らない相手なら、別に嫌われても耐えられたのに。フットサル部のメンバーに嫌われたら、とても苦しかった。
嫌われてしまうのなら、皆が大好きな自分を演じようって。
皆が好きでいてくれたのは、才能があるのにどこか抜けていて誰の邪魔もしない「演じていた自分」じゃなく、いつだって「なゆ」だったのに……!
「…………たい……!」
「?」
「たた、かい……たい……!」
なゆも、皆と一緒に、
「戦いたい!!!!」
「そうですね。……そうです」
一緒に立ち上がる。愛実が手を引いて、奈夕葉は足に力を込めて。
「ありがとう。めぐ」
「いいえ。私は皆のお姉さんですから」
その慈愛のこもった眼差しは、いつも自分を優しく包み込んでくれる。
そうだ。戦おう。一人じゃなく、自分の除いた皆ではなく、
全員で。
そのためには、兄に勝たなくては。証明しなくては。己自身を。
「じゃあ、私はなゆさんを手伝います!」
「え」
「なゆさんがはやく復帰できるように、今、一緒に戦います!」




