☆③─44話 全ての終焉へ
桜庭楓はふらふらとした足取りで帰路についていた。
先ほどの公園での雪姫の言葉。
~☆☆☆~
「私は、一年以内に眼が見えなくなります」
「……………………………………え?」
間抜けな声を夜闇に響かせ、呆然とした表情で雪姫を見る。
「…………」
「どういう、こと、だ……それ」
なんとか。そんな問いを絞り出すので精一杯だった。そんな、予想にもしなかった事態には。
「病気です。徐々に、徐々に視力が無くなっていきます。今は薬でなんとか抑えていますが、疲労が溜まると色が見えなくなったり、視界が真っ白になって一時的に何も見えなくなったりします」
なっ……なん、だよ……それ。
怪我とか、トラウマとか、ほら……なんか、あるんだろ?
そういうの、乗り越えて、さぁ……?
こんなの、俺がどうやって解決しろっていうんだ???
父さんは、俺がどうにかできるって算段で雪姫のスカウトに導いたんだろ。俺だってはりきってバカになろうとも思ったさ。
けど、こんなの俺に何が出来るっていうんだ?
……でも、一つ合点がいくことがある。
「そうだったんだな……」
「?」
「お前が通学の時とかに道に迷ってたのは……目が見えなくなってたからなんだろ? それならあの壊滅的な方向音痴にも辻褄が合う」
「いえ。別に通学の時は普通に見えていますが。あと私は決して道に迷っているわけではありませんが」
「え? あ、そう……?」
違うんだ……。もうそうってことにしといてほしかったなぁ……。
「治らないのか? それは……」
「いえ。手術をすれば治ります」
「そ、そうか! それなら……!」
「確率は、50%ですが」
50%……半分……
それは……意外と多い? 希望に懸けてもいいくらいはあるんじゃないか?
俺はつい、表情をほんの少しだけ、和らげてしまった。
雪姫はそれを見て、儚げに笑む。
「強いですね。楓様は」
「え?」
「手術を受ければなんとかなる……って顔に書いてあります」
「い、いや、そんなことは……でも、実際受ければ……!」
「怖いんです」
怖い…………?
「確かに手術を受ければ50%で目が見えるようになります。でも、それは逆に失敗すればその瞬間から私の目は光を失います」
「そ、それは……」
「私には、その決断ができないんです……!」
雪姫は涙を流し、その場で蹲る。
……そりゃそうだ。いくら助かる可能性が50%あるからって、失敗も同じくらいあるってことだ。
そんなの怖いに決まってる。しかも、この子はまだ12歳とかそこらの小学生なんだぞ?
その歳でもう視力を失うとか……耐えられるわけねぇだろ……!
なんて言葉をかけていいかわからないうちに、とうとう雪姫の迎えの車が来てしまった。
雪姫は涙を拭いて、立ち上がる。まるで、今までそうして苦しみを拭ってきたかのように。
「楓様。もうお分かりになったと思います。私がフットサルを辞める理由が」
「…………」
「練習には付き合います。また呼んでください。けれど、」
「フットサル部には、入りません」
~☆☆☆~
そんなことを思い出しながら、俺は自宅の扉を開く。
玄関に父さんの靴があるのが見えた。
父さん……もとはと言えば、あんたの差し金だろう。
なぁ。俺がこれをどう解決すると思ってたんだ? あんたは。
「ただいま」
「おう。帰ってきたかヘボ監督」
父さんは一人テーブルで飯を食いながらビールを飲んでぐーたらしていた。母さんは台所、凪は自分の部屋にでもいるのかな。今日の夕飯は……カレーか。
こっちの気も知らず帰るなり煽りやがる父さんをスルーし、俺も席に着く。
「おい。雪姫のこと知ってたんだろ?」
もう本題だ。こいつ相手には無駄話している方がそれこそ無駄。
こいつには聞きたいことがあるんだ。今なら気づけることがあるんだ。点と点が結び合い、線となった今なら。
「やっとそこまで辿り着いたか」
「俺にどうしろって言うんだ!? あんな問題に直面して俺に何が出来る!? あんたは何を期待してるんだ?」
「あーあーうるせぇ。ここまで導いてやってんだから、んなことくらい自分で考えろ」
くそ。どこまでいってもあんたは傍観者か。やっぱりめちゃくちゃじゃねぇかこいつ。ここまでやっといて丸投げかよ。
「ちっ……あと、もういい加減に聞きたいことがある」
俺は真剣な顔を向けると、父さんは飲んでいたビール缶を置き、こちらに向き直った。
「舞依、詩織、凪、なゆちゃん、雪姫……こいつら全員何か胸に秘めているものがあった。どれもこれも一筋縄じゃいかない事情を持っていた。なぁ? いくらなんでも多すぎるだろ。これは」
今まで接してきた奴の共通点。皆何かしら心に大きな悩みを抱えていた。そして、こいつは全部それを俺に直面させるように誘導している。
俺もバカじゃない。さすがに気づくんだよ。
「フットサル部にたまたまそういう面子が集まっている……じゃない。順序が逆。そういう面子をあんたがフットサル部に集めたんだろ」
舞依が以前に言っていた。当時、5人で何かやろうとしていたところに父さんがフットサルを提案してきたと。
こいつのことだ。5人が集まるところからすでに手を加えていたはずだ。それも全て、フットサルをやらせるために。
「この調子でいくとどうせ亜子や愛実にも何かあるんだろ? そしてあんたはそれを俺に解決させようとしてる。そんなことして一体何が目的なんだよ」
心にトラウマや何かがあるのは一見して脆いように見える。けれど、それを乗り越えた時、その子はより強く、そして持ちうる才能を開花させる。
それを狙って、父さんはフットサル部にそういう面子を入れたんだ。
だが、一体何のために? あのフットサル部は最初はただ楽しむだけが目的だったはずだ。
絶対に、それだけじゃないぞ。
「…………妄想力だけは一流だなぁ」
「これは俺の妄想か? だとして、もしもこれまでが上手くいってなかったら舞依は、詩織は、凪だって、どうなってた?」
今は上手くいっているが、舞依だって今頃、強制的に陸上に戻されていたかもしれない。フットサルという希望を見せておいて。それを奪うかのように。
今は上手くいっているが、詩織だって今頃、組のために自由を奪われていたかもしれない。フットサル部に入ってしまったせいで。
今は上手くいっているが、凪だって今頃、二度と話さないような仲になってしまっていたかもしれない。俺がサッカーに関わらずフットサルの監督をやっているという隠し事を続けていれば。
ここまで彼女たちを救えているが、もしも何かボタンが掛け違い失敗してしまっていたらどうなっていたかはわからない。
それこそ、俺みたいに……! 俺みたいに、なっていたかもしれないんだぞ!?
「随分と饒舌になるなぁ。まさに『経験者は語る』か?」
その瞬間、俺の中で何かが熱を持ち、爆ぜた。
「てめぇ……いい加減にしろよ!!!!!」
俺は勢いよく父さんの胸倉を掴み上げて、椅子から立ち上がらせる。
その衝撃でテーブルの上のビール缶は倒れ中身が漏れ、夕飯のカレーは地面へとべしゃりと割れた皿と共にぶちまけられる。母さんは悲鳴を上げるが、俺は構いやしない。
「そうやって人を弄ぶことがそんなに楽しいか!? なぁ、なんとか言ってみろよ!!!!」
舞依や詩織や凪が俺みたいになったらと思うと、黙っていられなかった。俺も片棒担いだとはいえ、こいつの傍観っぷりは許せるものではない。
キィ……
俺が父さんに食ってかかっていると、後ろから扉の音がする。
そこには、凪がいた。
「お、おにぃ……どしたの、大声……だして。なんか、こ、怖いよ……?」
練習が終わった後だから、シャワーを浴びたのかまだ少しだけ濡れた髪にパジャマ姿で、俺の剣幕に怯えてそこに立っていた。
さすがにそれを見てしまえば俺も委縮する。
「…………凪、部屋に入ってろ」
「う、うん……」
俺は父さんから手を離し、そのまま椅子に座る。
父さんは掴まれていた襟を直すと、
「小春。悪い。楓に大事な話がある。席を外してくれるか。片づけも俺がする」
「え? は、はい」
これは珍しい。父さんは母さん至上主義だから、基本的に母さんの自由をどうこうすることはない。だから席をはずせだなんてこれまで生きてきて初めて聞いた。
それに、父さんの顔もさっきまでふざけたような笑みではなく、真剣な表情になっている。
そこから、俺と父さんだけの空間になって。父さんは床に落ちた皿やカレー、テーブルの上のビールを片づけると、俺と同じように席に座った。
そうして20秒くらい経った頃だろうか。
「今から言う話を落ち着いて聞け」
「…………なんだよ」
「お前たちが今参加している全国女子小学生フットサル大会。今年は今までとはわけが違う」
「は?」
「何があっても絶対に優勝させてはならないチームが一校だけ存在している」
おい。おいおいおい。
「急に一体何の話だ!? 俺はなぁお前が何を考えて今まで──」
「落ち着いて聞けと言っただろ」
じろりと目だけで制されて、俺は何を言えず椅子に戻る。聞けばいいんだろ聞けば!
「んで? なんだその優勝させてはならないチームって。あんたの嫌がらせか?」
「そうじゃない。そのチームはフットサル協会長の息がかかっている。文字通り優勝させたらマズイんだ」
「おい。待て。フットサル協会長って……」
それは、たしか……!
父さんがリモコンを持ってテレビをつける。
「こいつだ」
そこには40代ほどの、瞳に黒い光を携えた見るだけでプレッシャーを感じる男。
黒崎灯夜……!!
「…………優勝させたらどうなる?」
「日本の……いいや、世界のスポーツの全ては例外なくその数年後に終焉を迎えることになる」
「終焉? なんだそりゃ」
「詳しくはお前にはまだ言えん。だが、いつぞやのお前の言葉を借りれば、全てのスポーツが『上手い奴しか楽しめなくなる』」
それは……俺がフットサル部に初めてお邪魔した時についカッとなって舞依に言ってしまった言葉。なんでこいつがそれを知っているのかはひとまずどうでもいい。そんなとこツッコんでも仕方ない。だってこいつ妖怪だから。
しかし、その言葉の真意は一体どういうことだろうか。全てのスポーツが上手い奴しか楽しめなくなるとは……?
「俄かに信じがたいが、いくら注目されているとはいえ小学生の大会だぞ? その結果がどうとかで世界がどうなるなんて……あるか?」
「黒崎のバックには海外のとあるとんでもねぇ企業が付いててな。フットサルランキングを日本に実装したのもその企業の力でごり押しさせてる。あのランキングは頭パァなお前が思ってるより相当ヤバい代物なんだよ」
「人間性パァなあんたがそれを言うか」
「お前は頭も人間性もパァしてんだろうが二冠王。グーもねぇ、チョキもねぇ、文字通りパァだけの手も足も出ねぇクソヘボ監督がよ」
なぁ。皆ぁ。今とても泣きそうなんだが。どうして実の息子にここまでのことが言える? なんでそんなにひどい言葉が瞬時に思いつくの?
絶対あんな可愛い凪が時たま目を虚無にしてホラー画像みたいになって鬼のように罵声を浴びせてくるのはあんたのせいだろ。遺伝だよ遺伝。悪魔の血だぁ……!
だが、真面目な話……フットサルランキングか。
一体何を基準にしているのかはわからないが、選手の実力を示すもの。
確かに最初からきな臭くはあったが、ここにきて一気に怪しくなったぞ。
「サードステージである全国大会本戦。これに進めば、嘘偽りなく全てをお前に話すと誓う。そこまでいけばお前も無関係ではいられないからな」
つまり、関東予選を勝ち抜く……『龍泉』に勝てたら、ってことか。
それまでは何を質問してもこれ以上は答えてくれなさそうだな。
けれど、ようやくおぼろげながら見えてきた。父さんはフットサル協会会長の黒崎のある野望を止めるために動いている。
そして、その一番の有効な手が全国大会で黒崎の息がかかったとあるチームを退けて優勝すること。そのために、結成されたカウンターチームが……
近衛学園初等部女子フットサル部……!!
だが初心者だらけで悩みだらけだから、育成を俺に押し付けたってとこか。良い迷惑だぜ。何回思い返してもそんな感想しか出てこん。
「雪姫の件でぐだぐだ言ってたが、俺は道を示しても諦めるかどうかはお前次第だ。けどな、一つ言っといてやる。お前は医者でもなければ薬剤師でもねぇ。ましてやブラックジャックでもピノコでもねぇだろただのクソモブ一般人A。監督としてお前に出来ることをやればいいんだ」
相変わらず意味わからんアドバイスだが、結局テメェで考えろってか
クソ。その件でブチギレてたのに、急に意味不明な話をするもんだからすっかり毒気が抜かれてしまった。これもこいつの作戦か? ああもう、キレ損だ!
「……もう部屋に入る。なんか疲れた。雪姫に、なゆちゃんに、大会に、黒崎と。考えること多すぎだろ」
「言っとくけど明日がその大会の試合なの忘れてねぇよな?」
「忘れたかったよチクショウ」
俺は鬱陶しい父さんの声を振り払うようにリビングの扉を閉める。怒りも置いていくように力強く階段を踏んでいき自室の前まで行くと……
「あれ凪? どした」
パジャマ姿の妹が俺の部屋の前で立っていた。しかも髪がまだ濡れている。
「おにぃ……」
凪はそれだけ呟くと俺の胸にボフッと飛び込んでくる。妹専用のシャンプーの良い匂いが鼻腔をくすぐって変にびっくりしてしまうが……。いきなりどうした。
「もう、怖いおにぃじゃないよね?」
恐る恐る覗き込むように上目遣いでこちらの様子を見てくる凪。
あ、そうか……。さっきの父さんとの会話の一部を聞かれてたんだったな。しかも俺が珍しくブチギレてる時の。
いつもは暴君な妹もこういう時は素に戻るのか。こちらの機嫌を伺う小動物のよう。これは申し訳ないことをしてしまった。
「ああ。もう元のおにぃだよ」
「……うん」
安心したのか笑顔を綻ばせ、それでもギューッと俺の体から離れようとはしない。よっぽど驚かせてしまったのか、それともまた俺が変わってしまうことが恐ろしかったのか。
どちらにせよ、凪の前であんな姿を見せるべきではなかったな。仮にもうちの大事な選手なんだ。明日が試合だってのに。
こういう時くらい、とことん甘えさせてやるか
「おにぃもシャワー浴びたら一緒にごはん食べようね」
「ああ。いいぞ」
「ごはん食べたら、宿題見てもらってもいい? 一緒に勉強しようね」
「ああ。いいぞ」
「その後は昔みたいに一緒に寝ようね」
「…………」
「返事は?」
…………。あの、この誘導尋問みたいなのなんすか。前もこんなのあった気がするぞ。上手く流れを作ってジワジワと合意のハードルを下げてくるの怖すぎないか。常人であれば危うく了解していたところだ。俺でなきゃ見逃しちゃうね。
すぐに気が変わった俺は凪をポイっと妹部屋に捨て置いて自室にこもる。なんだか扉の方で鬼みたいな声が聴こえてくるけど聴こえてない振りしておこう。あれは扉開けたら祟りとかあるようなやつだ。あとで扉にお札でも貼っておこう。
しかしだ……それはそれとして、
(この全国大会の裏で世界規模の何かが起ころうとしている、か……)
全然信じられねぇ。漫画の読みすぎと言われてもおかしくない。
雪姫の解決策を探るはずが、とんでもない話を聞かされてしまった。
セカンドステージの関東予選を勝ち抜けば、何も隠さず全てを話すと言っていた。
「あーくそ。わけがわからんぞ。もう……」
さしあたっては明日の試合だ。色々あるが、これが一番大事なのは明らか。今はそれだけ考えておこう。
~☆☆☆~
「ふー……俺としたことが。柄にもなく我慢できなかったか……。まだ話をする段階じゃなかったっつーのによ」
リビングのテーブルで、桜庭遼は天井を見上げながら誰もいない空間に呟く。
そこにあったのは「後悔」だった。早すぎるからだ。あの話は。ただ楓に負担をかけるだけで。チームが完成しきっておらず余裕のない今話しても良い効果などあるわけがない。
だが、楓がすでに限界だった。今回は問題が大きすぎた。雪姫のこと、奈夕葉のこと、そしてこの東京予選を勝ち抜けるかどうか。
それらが重なり、自分への疑念は最高潮まで高まってしまっていた。これも裏で動きすぎたツケだろう。
「だって仕方ねぇだろう。話せるわけがねぇ……」
フットサルランキングが日本に実装されたのも、
黒崎が今のスポーツの価値観を全て破壊しようとしているのも、
そのために今回の全国女子小学生フットサル大会を利用しているのも、
全て、全て、
「お前が全ての始まりなんだからな…………楓」
☆あとがき☆
とうとう「すぴーどすた〜☆」のラスボスの存在まで示唆されました。この話一見きゃっきゃうふふしながらフットサル楽しむ話に見えますが、割とマジで汚い大人の世界規模の野望を止めるためにガチのフットサルバトルみたいな話が展開されるのでびっくりすると思います。というか大人の登場人物に良い人少ないです……




