☆③─43話 ラビリンス・オブ・スノーホワイト
「今日はありがとうな。助かった」
練習が終わり、皆が帰った後に雪姫と二人で公園のベンチでくつろぐ。
皆は徒歩で帰れるんだが、雪姫は迎えの車を呼んでいる。それを待つために今こうしているのだ。凪も先に帰らせておいた。
ちなみに言っておくと雪姫は徒歩で帰ろうとしたが、そうなると今夜は警察の方が捜索に出る羽目になりそうなので俺が断固拒否した。今日も日本の平和は守られた。
「いえ。私も暇しているのでこれくらいならいくらでも」
「あ~あ~このままチームに入ってくれれば今日みたいな充実した練習が毎日出来るのにな~」
「それはご愁傷様です」
「…………ははは、難しい言葉知ってるね~はは……」
笑えね~ガード固すぎ……。
とはいえ、もう俺の方針は変わっている。このままずっと押していても結果は変わらんのだ。雪姫のことをどんどん知っていく方向へシフトしている。
「なぁ。雪姫、フットサルは好きか?」
「? はい。好きですよ」
「そうか」
そこも一応変わってはいないんだな。単に飽きたからって理由ではなさそうだ。
「雪姫はどんなプレーが好きなんだ」
「さっきからどうしたんですか?」
「いや。雪姫のことを知ろうと思ってな。思えば俺はお前のこと元全国7位のプレイヤーで、超絶方向音痴ってこと以外知らないなって」
「私は方向音痴ではありませんが」
「…………ご愁傷さまです」
「なんですか。なんだか今とても腹が立ちました」
あれほど壊滅的なものを見せておいてまだ強情を張れるだけ立派なものだ。しかし、可哀想に……
それにしても本人は自覚なかったんだな。まぁこれまでの態度から薄々そんな気はしてたけど。
「……そうですね。守備をするのはやっぱり好きです。自分が点を決めるのも好きですし」
「詩織とは正反対だな。あいつはパスを出したり、人を動かすことが大好きだ」
「ふふ。向いてますよそれ」
「確かにな。否定しない」
今となっては司令塔でキャプテン。それに家庭のことと、色んなものを背負うようになってしまった。でも、俺があいつを支えるって約束もしちまったしな。これからもしっかり面倒を見ていくつもりだ。
「フットサルを始めようと思ったきっかけは?」
「昔は体が弱かったので、何か運動をしようとしてそれで。今もあまり体力は多い方ではありませんが、その分限られた体力でどう動くかを考えられるようになりました」
これは意外だった。天才なんてほとんどが導かれるようにその競技を始めるもんかと思ったが、そんな理由だったとは。でもこれも今思えば、一緒に登校したりする時に雪姫はよく休憩したりする。今でもそこまで体が強いってわけじゃないみたいだ。
最初はそれがフットサルを辞める理由なのかとも判断したが、どうやら今の話を聞く感じそうじゃないっぽいぞ。体が弱いから何か運動を始めたってことは、それが理由で辞めるのはなさそうだ。なんたってこいつはそれで全国7位まで登り詰めていて結果を出せているのだから。
「雪姫から見て俺たちはやっぱりまだ東京予選は厳しそうか?」
「厳しすぎます。チームもそうですが運もですね。マッチング5回のうちに確実に負ける『龍泉』を引いてしまったことが最悪です。この意味が楓様なら理解出来ているんじゃありませんか?」
「…………」
その通り、だ。その意味は、わかってしまう。しかもこのまま上手くいかなければ皆も近日中に知ることになってしまう。
この東京予選は全てで五戦。勝率のいい学校から次に進む。俺たちはもうすでに一敗。
この予選はどういう戦いなのか。雪姫はもうそれを知っているんだ。
「じゃあ残りの試合……全力を尽くさなきゃな」
「尽くしても、次の関東予選を勝ち抜けますか? あれはトーナメントですよ」
「うっ……」
そうなのだ。セカンドステージはトーナメント形式の戦い。つまり一回負けたら即終了。敗者復活など存在しない。その戦いが近衛にとっては分の悪いものとはわかっている。良くも悪くもうちは尖ってるチームだからなぁ。どんな相手にも一発で対応できるかと言われると難しい。
「雪姫は全国本選まで進んでるんだよな」
「はい」
「どんなチームだったんだ。雪姫の元いたところは」
そういえば雪姫の過去は聞いていなかった。たしか元々は俺と同じで東京に住んでなかったんだよな。
「半年前は北海道に住んでいました。私のいたところもそれなりに強豪だったので予選はあまり苦労しませんでしたね。近衛に似ていてとても攻撃的なチームでした」
「強豪か……層が厚そうで羨ましいな」
「近衛みたいにメンバー6人で全国制覇しようとしてるのはさすがに前代未聞ですよ。優勝したいところはまずメンバーはフルで揃えてきてます」
うーん。これに関してはもう無理だろうなぁ。今から8人近くの子が部に入ってくるなんてこと早々ありえん奇跡だし、入ってきたとして経験者じゃないと大会には食い込めそうにない。……チームのほとんど初心者だったけど。
「逆に質問しますが、楓様はどうしてフットサルに?」
二人してベンチで座っている至近距離でこちらを灰色がかった目で覗いてくる。顔は綺麗だからそれにドキッとするが、
「最初は義務感だったんだ。勝手に監督押し付けられて、意味わかんねぇまま話進んでて」
ほんとふざけた話だよな。知らない間に自分が初等部のチームの監督に任命させられるって。今思い返してもこれが一番めちゃくちゃだよ。
「そしたらさ。色々あったんだ。すっげぇ面倒なことや、怖いこと、もっと意味わかんねぇこととか」
舞依の爺さんとの契約。凪との大喧嘩。詩織の退部騒動。最近で言えばサッカー部でのリンチもそうだよな。
「でも、それ全部乗り越えて、なんとかやっていってる。なんだかんだ、楽しんでるんだと思う。俺は。だからフットサル部の監督を続けてるんだろうな」
「そうですか」
そうだ。乗り越えてきたんだ。今まで。俺は。
だから今度も乗り越えるんだ。俺は。
「なぁ雪姫」
「はい」
「俺は監督だ。選手のためならなんだって出来る。なんだってやってやる」
俺はベンチを立ち、雪姫の前に立つ。
「お前がフットサル部に入らない理由。それだけでも打ち明けてくれないか? もし何かお前が抱えているのなら、俺もそれを背負ってやれるかもしれない。だから……」
今回も同じなんだ。俺はバカになってやる。またボコボコにされるならそれでいいさ。お前が笑えてフットサル部に来れるなら安いもんだ。
だから、お前の抱えてるもの。それを教えてくれ雪姫。
「いいんですか」
え?
雪姫はベンチを立ち、白色の髪を夜風にたなびかせながら月光を背に灰色の目をジロリと向けてくる。
その眼から、逃げられない。まるで体が凍り付いたかのように。その氷結の眼からは。
「言ってしまえば、必ず楓様は諦めますよ。それでも知りたいんですか」
俺はゴクリと喉を鳴らす。一体お前は何を抱えているというんだ。
いや、恐れるな。この子から退くな。一緒にフットサルやりたいんだろ。これからも。
この子の監督になるんだろ。俺は!
「ああ」
「では、教えます」
とうとう。雪姫の小さな唇から、奥に秘めた闇が零れる。
雪姫のフットサルを辞めた理由。
元全国7位が、その座を退くほどの。
「私は──」
夜の闇が濃くなり、風が強くなり、さざめきが増える。
月光は、世界を照らし出し、漆黒の世界は白へと至る。
「あと一年以内で、目が見えなくなります」
「……………………………………」
…………………………………………………。
「………………………………………え?」
毒リンゴは、もうすでに──




