☆③─42話 おかえり、おにぃ
~楓side~
雪姫の方の練習はどうやら上手くいっているみたいだ。詩織が真に司令塔として成長できればチームとしてのレベルも一気に上がる。これは楽しみなところだ。
……ただ、この東京予選に間に合うかと言われれば、怪しい。だからこそ雪姫の獲得を急いでいるわけなんだが。
それは置いといて。
「さて。俺たちは……」
攻撃側の練習もしていかねば。準備運動していた舞依と凪が、俺が近づいて来るやすぐに向き直る。
まず、何をやっていこうかな。
そう思った時だった。
「あの。楓さん……」
「ん? どうした舞依」
舞依は何やら暗い顔をしてこちらに歩いてくる。どうかしたのか?
「少し、話したいことが」
そこから聞かされたのは前の龍泉との勝負のこと。
自分がマークしていた龍泉のキャプテンである朱堂瑠夏に「ピヴォに向いていない」と言われたことを今も気にしているらしい。
「私、本当にピヴォには向いてないんですか? それが知りたくて……」
あの時、舞依自身はピヴォとしての何をするべきかわからなかった。ただシュートを撃てばいいだけじゃないのか。それを知らないからチームは負けたのか、これからも負け続けるのか。はっきりしたかったのだ。
「そうか。そんなことを……」
舞依にその弱点があることをもちろん知ってはいるが、まさか敵チームから指摘されることで知ったとはな。
……ここはなんて答えるのが正解か。
俺は舞依の目を見る。
不安そうではあるが、その中に確かな光がある。
偽りは逆効果。この子は今を受け止める力がある。本当のことを全て話すべきだな。
「舞依。今から話すことを落ち着いて聞いてほしい」
「……はい」
「舞依がピヴォに向いていないことは……今のところは本当だ。それも絶望的に近い」
「!!」
舞依はショックを受けた顔をする。そんなの当たり前だ。俺がこれについて深く語らずに彼女に押し付ける形になっていたのだから。
だからこそ、とことん話す。もう隠さずに。
「いくつか理由はある」
「それは……?」
「まず一つ目として『ボールの収まりが悪い』。ピヴォの主な仕事はシュート以外に敵陣でボールを保持して仲間を押し上げる役目もある。チームの中でもまだボールの扱いが不安な舞依には出来ないことだ」
「それは…………はい」
これに関しては前の龍泉との戦いで目の当たりにしている。
朱堂瑠夏の完璧な仕事を。舞依自身にはなかった発想と力を。
「二つ目は『シュートの上手さ』だ」
「え? でも、それなら私は本番だけなら点も決めてますし……」
そうだ。練習では実はバンバン外す舞依なのだが、こと本番に関してだけは一競技のトップレベルにいた経験からか集中力が研ぎ澄まされるのか、チーム内での得点率はいい。
だが、そのデータには一つ穴がある。
「舞依がゾーン状態じゃない時に決めている得点の全てが『フリー』からのものなんだ」
フリー……つまり、守備がいないゴレイロとの1VS1の状態。ということは点を決める絶好のチャンスといってもいい。
ゾーン状態じゃない舞依はこのフリーからならしっかり決められているが、逆に言ってしまえば守備が少しでもいるとまったく決められていない。
これの原因はたった一つだ。
「舞依にシュートの引き出しが無さすぎるんだ。どんな風にゴールを決めようか、どんなシュートを選択しようか、相手との駆け引きは。……まぁこれは経験がまだまだ足りないってのが一番なんだが」
「そうですか……」
そして、一番舞依が謎に思うであろう、理由。
「三つ目。舞依のプレースタイルと今のポジションは……はっきり言うと合っていない」
「え!?」
これだけは言うべきか今でも迷っている。言ってしまえばきっと舞依は今のポジションを続けようか悩み苦しむだろうから。
「舞依の持ち味である『足の速さ』。それを抜群に活かせるポジションじゃないんだ」
足の速さを活かすならサイドから切り崩すアラがいい。もしくは守備に走れるフィクソでも実はいいんだ。だが、時として『止まって』ボールの保持が求められるピヴォと、『動き回って』相手をかき回してほしい舞依の持ち味とは合っていない。
「じゃ、じゃあ……どうして私をピヴォにしたんですか……」
やはりと言ってか、舞依は不安そうな顔をする。誰だってそうなるだろう。監督から託された、自分が一番活躍できると思っていた場所が実は自分を縛り付けている枷になっているかもしれないとわかれば。
だが、これには理由がある。ただ……その理由っていうのは、
「舞依を見た時、そしてこのフットサルという競技を知った時、俺の中で自然とそのポジションがしっくりきた…………ってわけなんだが」
「…………」
理由として弱すぎる。
お前の感覚の話かよ!!って。さっきポジションが合っていないって言ったのはなんだよ!!って。
しかし、本当にこれなんだ。舞依をピヴォにしたのは。
俺の中でまだ言語化出来ていない何かの発想と可能性。俺もまだしっかりと輪郭を捉え切れていないプレースタイル。舞依はどこかで俺の想像もつかない選手になる予感があったんだ。
俺の中で、気づけば彼女をピヴォに選択していた。
そんな、理論からは外れまくった考え。
こんなこと聞かされても、舞依は……
「わかりました」
「え?」
「楓さんを……信じます」
曇りない眼。晴れ渡った表情。どうして、どうしてそんな顔ができる。
俺の言ってることはめちゃくちゃなんだぞ。俺が舞依の立場ならすぐにポジションをコンバートさせろと言っているに決まってる。
龍泉の選手からはピヴォとしては上手くなれないとまで言われて。
それなのに……どうして……
「私は今日まで楓さんを信じてここまで来ました。フットサルを続けられたことも。初めて試合をして勝てたことも。今もこうして全国大会に挑戦することが出来るのも。全部全部楓さんを信じてきた結果です」
舞依は、再び花が咲き誇るような笑顔を見せてくれる。
「だから、信じます。楓さんのことを。そして、まだ自分なりに頑張ってみようと思います」
「舞依……」
やばい。泣きそうだ。俺なんて監督としては一ヶ月そこらの初心者もいいところの人間なのに。もう、こんなにも選手から信頼されていたなんて。無限大だ。小学生は。
勝たせてやりたい。この東京予選。絶対に。
「ちょっとー。私もいるんですけどー。可愛い妹がここにいますよー」
と、俺と舞依ばかりで話していると、凪が横から突っついてきた。
悪い悪い。ちょうどこっちの話も終わったからようやく練習を開始する。
「練習はシンプルだ。パスを出すから舞依と凪はそれを受け取って2タッチ以内にシュート」
「はい!」
「わかった……けど、パスは誰が出すわけ?」
凪だけが知っている。俺が過去のトラウマでパスが出せなくなっていたことを。
けど、ここからサプライズだ。
「凪。走れ」
「へ? う、うん」
凪が走り出すのを見て、俺はボールを軽く前へ蹴りだす。
そして、
「俺からのプレゼントだ。受け取れ」
「!!」
スパァッ!!!!
凪に向かって、パスを送る。鋭く速い、されど凪の足元に吸い付いていくような理想的なパス。
それを凪は、前を見ながらの難しい体勢で背面から来るボールを見事に足の外側でトラップした!
俺のパスを取りたかったとはいえ、まさかいきなりそんなすごいトラップを見せつけてくれるとは思わなかったぞ。もうちょっと普通にトラップしてみませんか小学生さん???
だが、凪はトラップした後、シュートせず放心したようにその場で固まる。
「おい凪。シュートはどうし──」
「おにぃ」
俺がどうしたのかと駆け寄ると、
凪は泣いていた。
「おにぃ、もどれたんだね、また……あの頃みたいに」
涙でぐしゃぐしゃになって、せっかくの美人が台無しになっている。でも、今はそれがたまらなく愛おしかった。まるで、失ったものを取り戻して、俺たちの止まった時間がまた動き出していくような。
「世話かけたな。待たせた」
頭を撫でてやり、笑いかける。ずっと待っててくれたんだ。だから、復活祝いはお前がいい。そう決めてた。最初の一本目は慧にやっちまったけどな。
これから先、何本でも、何十本でもお前にパスを届けてやろう。
お前は絶対に俺のパスを取ってくれるだろうから。
☆☆☆~あとがき~☆☆☆
次回、とうとう雪姫がフットサルを辞めた理由が判明します。ここまでで42話……! さすがに長すぎ……! これまでの話の中に実はその「理由」が見える話が1話だけありましたが、皆さんは気づきましたか? 今からでも雪姫がフットサルを辞めた理由を予想してみるのもいいかもしれません。




