☆③─34話 深淵世界
再び俺にパスが来る。味方も気を遣ってくれているが、それでもこの味方が少ないルールではどうやったって俺にボールが来る。これに関しては諦めるべきだ。
さぁ……どうする。
かくなる上は、やるか?
「パス」を。
二人抜いて、三人目を俺に引き付けてのパス。確実に決定的な得点チャンスになる。それを狙うか?
(迷うな! やれ!!)
一人抜き、二人目を躱し、とうとう三人目が来る!
その動きを確認すると、俺は足を振りかぶる。
次の瞬間には、俺にタックルしにくる奴を嘲笑うかのような鋭いパス。
相手もそれを察したのだろう。「まずい」と素直に顔に出る。桜庭楓の試合を見たことある者は誰もの脳裏に存在している。フィールドを切り裂く、キラーパス!!
もう遅いんだよ。くらえッ!!!!!
楓は、足を振りぬいた!
ポン…………
「「「へ?」」」
俺の思い描く結果は現出されず、空しい現実と、敵味方問わず気の抜けた声がフィールドを包み込む。
コロコロ……と赤ん坊が転がしたボールのように、勢いがほとんどついていないそれは簡単に相手の足に迎えられた。
無理、だった。
自分はトラウマを解消しきれていなかった。凪とのデートの時に、なんとか相手にボールを蹴れるくらいまでは回復したが、それでもこんな風に軽く転がせるくらい。とてもじゃないがこんなものパスとは呼べない。
そのまま俺のチームは攻め込まれ、みっともなく一点を奪われる。
完全に俺のせいだ。敵へボールを渡すなんて戦犯以外の何者でもない。
「桜庭くん、もしかして体調が良くないのか?」
「いえ、そういうわけでは」
キャプテンは俺を心配してくる。そりゃこんなの見せられたらそう思うわな。残念なことに体調はすこぶる良い。本当に体調が悪いなら最初からドリブルで抜いたりしない。これが現実なんだ。
「楓。どしたの」
「……慧」
失望、したか? 今の俺はこんなもんだ。いくらドリブルで相手を抜けたって、サッカーが少しばかり上手いからって。
パスができない。そんな欠陥選手なんだ……!!
これはまるで呪いだ。仲間を仲間と思わず、道具として使っていたあの日々からの。
「もうお前はパスをするな」って。「お前に仲間なんかいないんだぞ」って。
「なぁ、今の見たか?」
「ああ。あれがあの……桜庭楓?」
「やばいよな。もう完全に終わってるって感じ」
「ドリブル見た時はやっぱ上手かったけど、マジでもうサッカーできねーんだな。消えてたのも納得だわ……」
言われ放題だ。無理もない。情けない姿を見せれば観客とはこういうもの。それが同じサッカーをしていた者となると、評価も厳しくなる。
そこからは酷いもんだった。ボコボコにされ、それでもファウルは取られないわ、パスを試みようと思ってもボールを緩く転がすだけの結果を見せるわ。
これでもかと俺の価値を下げていき、惨めな思いをするだけだった。
一度休憩が入り、俺はフィールドを出る。
「酷すぎる! これでは桜庭くんを虐めているみたいじゃないか!」
「うん」
キャプテンは怒り心頭だ。監督とはいえこんな暴挙は許せないだろうな。俺からすればあの野郎はこんなことをしてもまったくおかしくないような奴ではあるんだが。
慧もキャプテンの意思と同じみたいだ。無表情でちょっとわかりづらいが、ムッとしているので怒っては……いる?
「あんたボッコボコにされてるね。見ててウケるんだけど」
「ウケてんじゃねぇ。こっちは何も面白くねぇんだよ」
白戸も絡んでくるし、最悪だぁ……!
「あんたの父さんに聞いてるけど、パスできないんでしょ?」
「知ってたのか」
「それってもう無理じゃない? 逃げたら?」
こればっかりは白戸の提案がマシに思えてくる。そうだよな。逃げたくなってくるよまったく。
俺にだってプライドはある。ここまで徹底的にやられればイラついてもくるさ。
どうせこの後も、ゲームに入ったって同じようにやられるだけだ。
さっきの奴らに目を向けると、こっちを見てヘラヘラと笑っている。大方、テレビやらネットやらで色々と騒がれてた選手が今じゃ何もできない役立たずになっちまってるこの現状に笑いが止まらないんだろう。ああ、あいつ終わったってな。
父さんも父さんだ。俺のトラウマを理解してくれているなら、何もこんなことしなくたっていいじゃないか。今後のフットサルや俺のためになるのかと思ってこんなところに来てみたが、これじゃ恥さらしもいいとこだ。
……。
…………。
………………。
なんかもう面倒くさくなってきたな。
今思えば、どうしてこんな奴らに遠慮なんてしてたんだ?
ファウル上等で突っかかってきて、三人がかりで徹底的に潰しにくるわ、こんなのもうサッカーじゃねぇだろ。
だったらよぉ……もう別にいいんじゃないか?
「勝利のルート」を使っても。
天下原乃蒼のその才能を間近で見てしまった者は、フットサルに絶望して競技を辞めていくと辰見監督から聞いた。
もしも。俺が能力を使って、こいつらが同じことを感じたとして。
別にこいつらが辞めようが、この部がどうなろうが俺の知ったことじゃねーよ。
もう全部、壊れろ。
俺のことを笑った奴も、俺の邪魔をした奴も、全部全部ぶっ壊してやる……!
そんなに見たけりゃ存分に見せてやる。
「本当の俺のプレー」をな……!
楓の瞳にドス黒い怪しげな光が灯る。もう一度あの邪悪な才能の世界へと入り込もうとする。
(! こいつ……!)
楓の様子を見ていた夏月は、自分の記憶の中に何か引っかかるものを感じた。
それは、自分の中に思い出すまいとして封印していた記憶。
家から出て行こうとする父を、玄関で必死に止めている母、そして泣きじゃくり訳も分からず何も出来なかった自分。
『なんで!? パパは、わたしよりもさっかーのほうがだいじなの!?』
その再起をかけた希望と、もう元に戻ることのない絶望を込めた問いかけを、
暗く冷めた、ドス黒い怪しげな光を持った父の、『父だった男』の瞳が見つめていた。
そして楓は『勝利のルート』を発動した状態で再びフィールドへ──
その目の前に、白戸が立ちはだかった。
「白戸?」
「……」
「なんだよ。そこどけ。邪魔なんだよ」
夏月を押しのけようとする楓。
それを、
「ねぇ」
「あ? なん──」
スパァンッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
思いっきり、ビンタした!!!!
女子高生が男子高生の頬をビンタして吹っ飛ばすという衝撃的なシーンを生で見てしまったサッカー部員は皆一様に絶句していた。
地面に倒れこんだ楓は最初、何をされたのかがわからなかった。だが、徐々に理解が追い付いてくるとすぐに立ち上がって抗議の意思を示す。
「ってぇな!! 何すんだよお前!!!!」
「あんたが過去一でムカつく目と顔してたから、思わず引っぱたいちゃった」
「はぁ!?」
「ちょっと頭冷やしたら。変なこと考えてたでしょ」
「…………」
夏月のその言葉に、楓は押し黙る。自分の頭が急速に冷えていった。
さっきまでの暗黒としていた思考が引いていき、嘘のように晴れてクリアとなっていく。
(俺、またあの時みたいになってたのか? 何やってんだよ……)
楓の瞳から怪しげな光は消え、元の状態に戻っていた。つい数秒前までの自分が信じられなくなる。
自分が戒めていたはずなのに。短絡的にも再び深淵へと潜り込むところだった。
「悪い白戸。助かった」
「別に。ムカついてビンタしただけだから。それで『助かった』は引くわ」
「確かにな」
夏月はフンと鼻を鳴らすと、楓は笑う。




