☆③─33話 桜庭楓絶対殺す包囲網
そこから、何組かのゲームが終わり、とうとう俺の番がやってきた。
フィールド内に入ると、相手チームは俺のことをジロジロと見てくる。
そりゃ昨日までいなかった奴が急に、ってのもあるだろうが、さすがにそういうことじゃないよな。俺のことを警戒してるんだろう。
突然としてサッカー界から姿を消したんだ。ブランクはどうなのか。本当に本物なのか。ってところか。
ピーッ!!
監督である父さんが笛を吹き、ゲームは開始する。
俺としてはボールに触れず……といきたいが、これは5対5のミニゲームだ。ほぼフットサルと言ってもいい。人数が少なければ、必然的にボールに絡む頻度も多くなってくる。この状況でプレーせずってのは無理があるな。
案の定、俺にパスが回ってきた。まるでボールが逃げるなって言ってるみたいだぜ。
俺は転がってきたボールを軽く止める。
自分の足元にある白と黒で色付けされたボールを見つめる。
(久しぶりだな……お前)
もう決別したつもりだった。だが、運命とは存在するのだろうか。
また、これに触れる機会が訪れるなんてな。
思えば、高校ではサッカーを辞めると決めた3月。
4月に舞依たちと出会い、フットサルの監督をやることになった。
初めての練習試合を戦い抜き、あの子達の頑張る姿にまたサッカーへの希望を持つことが出来た。
そして、今……か。
俺はボールを蹴りだし、ドリブルを開始する。
ブランクなんてあったのかと思うくらい、体やボールへのタッチは軽い。少しだけ違和感はあるが……
さっそく俺のマークについていた奴が進軍を阻止しようと動く。
(……まぁまぁ、だな)
俺に向かってディフェンスしてきた奴は、上手く俺との距離感を保っているが、目線がボールに集中しきっている。
言われれば当たり前だが、フットボールは足でフェイントをかけるゲームだ。ボールばかり見ているとフェイントに引っかかりやすい。うちのチームでは舞依がこれに該当する。
楓は足でボールを跨ぐフェイント──シザースを行う。
右に抜くと見せかけ、ボールを跨ぎ、逆をつく。非常にシンプルなフェイント。
これにより相手の重心が傾き、相手はそれを元に戻そうと重心を移動させる。その隙をついて、逆を行くのだ。
普通にこれを行っても大して相手の守備を崩す効果は期待できない。そこからさらにフェイントを織り交ぜることで意味を成してくる。
だが。
(遅い!!!!)
「へ!?」
相手が重心を戻す瞬間に、速度を爆発的に上げ、一瞬で相手を抜き去る。
やったのはシザースと緩急のみ。それだけで相手は簡単に突破を許してしまった。
現役時の楓の持ち味もこれだった。決して楓は派手にフェイントを織り交ぜるタイプではない。ましてや誰も見たことないフェイントを披露するというわけでもない。
ただシンプルに、隙を見逃さない。楓のものさしの中で「抜ける」と感じた瞬間にその行動は実行される。
楓が感じる「隙」は他人とっては隙とすら感じられるものではない。今だって、ほんの少しだけシザースで動きを止めてしまったくらいだ。
だが、楓にとってこのレベルの守備はそれだけで瞬殺できるものだった。
(これくらいなら、俺だけで全員抜いてシュートまでいけるか……? それならパスをしないで済むし、なんとか──)
その時だった。
ドンッ!!!!
「がっ!!」
突如、肩に強い衝撃が。強烈なショルダータックルをくらい、楓はフィールドを転がる。
なんとかボールはラインを割って、一時ゲームは止まるが……
楓は自分のいた場所を見やると、どうやらヘルプにきた二人目が楓を吹っ飛ばしたらしい。
けれども、これは……
(さすがにファウルだ……!)
サッカーでよく見られる肩をぶつけて相手のドリブルを阻害する動き。サッカーをよく知らない人が見ればすごく野蛮な行為に見えてあんなの反則じゃないのか!? って思うだろうが……実は、そうなる場合とそうならない場合がある。
その見分けは簡単。ボールを奪うためか、そうじゃないかだ。
ボールを奪うために相手と競り合う過程で肩をぶつける。そうなれば、たとえ相手が倒れたとしても早々ファウルは取られない。ちゃんと相手がボールに行っているからだ。
それとは逆に、相手を倒す目的で体をぶつけにいけばさすがに反則。サッカーは殴り合いじゃないんだ。暴力行為は当然のごとく禁止である。
このようにサッカーは基本的にボールを取るために動いているか、それとも相手を倒すために動いたか、で反則が分かれることが多い。
今のプレーは明らかに俺にぶつかりに来ていた。ボールを奪うどころか勢い付けてタックルしに来てたぞ。そんな殺人タックル、誰が見てもファウルは明らかだ。
さぁ……父さん、さっさと笛吹け。向こうのファウルで再開だ。
ったく……、警戒されるのも良くはない──
「おい。いつまでそうやってくたばってんだ。さっさと立て。相手ボールからだぞ」
「……は!?」
父さんはジロリと見下ろし、俺にそんな奇想天外で意味不明なことを告げてくる。
「ちょっと待て!! なんで相手ボールからだ! 今の見てたか!?」
「ああちゃんと見てたぞ。相手のショルダーチャージでお前が紙みてーに吹っ飛ばされてボールを失ったところをな。最後お前が触ってたんだから相手ボールだろうが。ルール知らねーのか」
「こっちのセリフだそれは! 今のはいくらなんでもファウルだろーが!!」
「そうかー? 俺の目にゃそうは見えなかったけどな」
こいつ……! 嘘だろ……!?
俺がサッカー辞めてた半年の間に暴力OKってルールに変わっちまったのか!? そんなバカなことがあるか!
「桜庭監督。俺も今のはファウルだと思います!」
「うん。楓が抗議する理由もわかる」
キャプテンと慧も俺の味方になってくれる。そうだよな。俺がおかしいわけじゃないよな。そこは安心したぜ。
よく見るとさっきタックルしてきた奴は、今日の昼に教室でクラスメートを弄っていた奴だった。おいおい、俺への恨みとか何かじゃないだろうな。
「練習時間がもったいねー。ほら、早く再開しやがれ」
「で、でも!」
だが、父さんは聞く耳持たない。マジか。本当にファウルじゃなくこのまま続行するらしい。さすがに周りもざわついているぞ。本人はどこ吹く風で涼しい顔をしてやがるが。
対する俺は舌打ちでもしたいくらいだ。なんなら俺も相手を殴りつけてやろうか。
けれど、そんなことをやってもただサッカー部に迷惑がかかるだけ。やりはしないが、そういう気分にもなってくる。
とりあえずこっちもラフプレーを警戒しておくか……
試合は続行される。仲間がすぐにボールを奪ってくれ俺にパスが来た。当然、マークしている奴はディフェンスにつく。
(このままディフェンスを抜いていいものか……)
しかし、俺にパスという選択肢はない。過去のトラウマでパスは出来ないんだ。
俺は軽くフェイントをかけて、すぐに相手を突破してみせる。
ここまでは簡単だ。
来た!
またヘルプに来た2人目がタックルしてきやがった。肩に強い衝撃が伝わる。
けど、同じ手を食うと思うな!!
俺はそれをルーレットのようにクルリと回転し、いなす。相手のタックルの動きを利用して、抜き去った。
ラフプレーなんて来るとわかってりゃ、それは大きな隙だ。やりようなんていくらでもあるんだよ……!
俺はそのまま、前を向いてドリブルを再開しようとするが──
「なっ!?」
さらに、3人目がぶつかる勢いで俺に走ってくる。
それは真正面からぶつかり、俺は後ろに倒れてしまう。
マジかよ。俺に対して3人もついてやがるとは……!!
しかもだ。今のも明らかなファウル。
でも……
「早く立て。再開だ」
「ああ、そうかよ」
やっぱりファウルなんてくれない。何なんだこれは。腹いせか。今何が起こっているのかさすがに説明してほしい。俺はいつの間にこいつらのサンドバッグに就任することになったんだ。
「桜庭くん……大丈夫か?」
「楓。パスが来てもすぐリターンしていいよ」
「……大丈夫」
正直なことを言わせてもらえば今の状態は気に食わんが、ここで駄々こねても仕方ない。父さんが何を考えてんのか知らんが、このまま続けるしかない。本当にもう帰りたくなってきたけど。
俺は立ち上がり、プレー再開の意思を見せる。
すぐに俺にはマークがつくが、
「悪いな」
「あ? 何が」
「監督からお前を『潰せ』って言われてる。醜いだろうけど、許してくれよ」
「クソ。聞きたくなかったぞ」
まさかの潰す宣言とは。ということは、今の3人が俺にラフプレーを仕掛けてくるということ。冗談じゃないぞ。殺す気か。
ラフプレーとわかっていれば、とは言ったが。3人も本気でぶつかりに来るとなると今のブランクがある俺では躱すことは至難の業だ。正攻法では難しい。
それこそ……「勝利のルート」を使うくらいじゃないと。
けど、あれを使うわけにはいかない。あれだけは……!!




