☆③─31話 『見える』者
「すまん。ちょっとトイレに行ってきていいか? 見学くらいだと思ってたから」
「いいよ」
楓は申し訳なさそうに席を外す。無理やり連れてきたのはこっちなので申し訳なさそうにしなくてもいいのにと慧は軽く了承する。
楓がいなくなり、しばらく慧と夏月だけの奇妙な空間が生まれた。どちらも自分からは話をしないタイプである。なかなかカオスなことになっているが……
そこで、珍しくも夏月が口を開いた。
「ねぇ」
「なに?」
「あいつってそんなサッカー上手いの?」
初対面であるはずなのに最初に話すことがこれというのもすごいが、慧もまたマイペースな人間。一々そんなことは気にしないし、気にもならない。
「すごいよ。いや、すごいなんてものじゃない」
「どういうこと?」
「訳が分からないんだ。楓のプレーは」
慧は自分の言葉を噛みしめる。過去見たことのある彼のプレーを思い出すように。
ずっと無表情で、声のトーンもずっと変わらない慧だが、この時ばかりは少しだけの高揚が感じ取れた。
「その位置からはどうやったって見えない選手に当然のようにパスを出したり、ここぞという勝負所で絶対にボールを奪われないし、相手を抜き去る。それに、シュートも必ず外さない」
「? それって普通に上手いってだけじゃないの?」
「全ての質が異常。プロでもミスしておかしくない場面でも、絶対ミスしないし、絶対負けないんだ。まるで、結果が最初からわかってるみたいに」
当時の楓を知る者なら誰もが同じことを言うだろう。彼のプレーは完璧そのものだった。
どうしてあの瞬間にあのプレーが思い浮かび選択できるのかと、あそこにパスが出せるのかと、数々の議論を生ませた。
恐ろしいのはそれがアマだけでなく、プロの選手ですらプレーを理解できなかったという噂まであるほどに。
かつてインタビューで、楓は聞かれたことがある。
『どんな練習をすれば、あなたみたいなプレーができますか』と。
「? その時何をどうすればいいか『見える』。『見えない』人はいくら練習しても多分できない」
その意味不明な言葉に試合を視聴していた者、後からネットで知った者は驚愕した。「見える」とは一体何だと。
それでも最初は中学生がカッコつけてそんなことを言っているだけだと笑い飛ばす者も多かった。中学生なんてそういう時期じゃないかと。
だが、次第に結果を出し続け、プロですら「このプレーは出来ないかもしれない」「勝負所での彼からはまったくボールを奪える気がしない」「勝てる気がしない」と言い始め、
羨望が、恐怖へと変わっていった。
「僕らはね。『桜庭世代』って言われてるんだ。あんまり良い言葉じゃないし、使うのを嫌う人は多いけど」
「ふーん」
楓のすごさをざっくりとだが注文通りに伝えてくれたのに、夏月はつまらなさそうに聞いていた。
「悪い悪い。練習、始まってないか?」
そうこうしていると、楓がトイレから戻ってきた。まさか今の間に自分のことを話していたとは思うまい。
「楓」
「どうした慧」
すぐにまたボールを受け取ろうとする楓に慧は、
「今でもサッカーは好き?」
そんなことを、問うた。
「当たり前だろそんなの」
楓はそう答える。
きっと前までは「嫌い」と即答していただろう。今でも誰かとプレーするのは怖い。
けれど、彼女たちとの出会いが自分を変えてくれた。下手でもひたむきに努力し、決められた運命に抗いながらも、自分の好きなもの──フットサルを、楽しむ彼女らとの。
自分も、またサッカーがしたい。少しだけでも、そう思えるようになったのだから。
「それはよかった」
ずっと無表情だった慧は、ほんの少しだけ、薄く笑った。
どうしてもここで切りたかったので今回短くなってしまってごめんなさい! その代わり明日も投稿します!




