8 薔薇色のドレス
「どっ。どうしましょうリラ。コーネリアスがドレスをくれると……」
今日届いたコーネリアス様の手紙を手に、私は震える声を出した。
いつも通りの最近の出来事や直近の予定についての内容かと思って開封した私は、思いもよらないことが記されてあったその手紙を前に固まってしまった。
う、嘘でしょう、コーネリアス様が私のドレスを作ってくださるですって……!?
これは現実……? そんなあり得ないことが起きていいのかしら。
見間違えかもしれないと何度も読み返したが、どうも本当のようだ。
「え、どうしましょうって、婚約者なら普通のことでしょう。貰えばよろしいのでは。そもそも、アデレード様はもっとマクレガー様からプレゼントをもらってもいいと思いますよ」
リラの言うことはもっともだ。
しかし彼とは確かに婚約しているけれど、世間話の手紙をやり取りするぐらいで、実際顔を合わせてもまともに話をすることもないのだ。良好な関係とは言えない。
しかも彼は恐らくミレイユに惹かれているのだし。
(彼も大変ね。婚約者としての責務を果たそうとしてくださっているのだわ)
卒業パーティーという公式の場で婚約者が出席するドレスを用意するのは一般的なことだ。
もしかするとゲームでもコーネリアス様はアデレードのドレスを贈っていたのかもしれない。
(……でも、嬉しい!)
コーネリアス様からドレスをいただけるなど、思いもしなかった。
最終的に断罪されるとしても、いい思い出になりそうだ。
◇
「アデレード様! アデレード様ぁ!!」
「なに、リラ! ちょっと今、手が離せないの!」
珍しく大声を上げるリラを訝しく思いつつ、私も負けじと大声を張り上げる。
卒業パーティーを目前に控え、目標にしていたクオリティのドライヤーができた。ラヴィニアの商会が大量に魔石を仕入れてくれたおかげだ。
しかしまだ課題が多い。やはりサラマンダーの魔石が強すぎるのだ。
複数台作ると無視できない確率で数個は火炎放射器になる。これでは大惨事になりかねない。
この前ラヴィニアが小ぶりなサラマンダーの魔石も仕入れてくれたので、それで試作品を作ってみたものの、魔力量が少ないだけでやはり炎の強さは変わらなかった。
「難しいわ……」
「魔法陣を書き込んでおられるのですか」
「そうよ――って」
聞き覚えのある声に、私はまさかと顔を上げた。
そこには、ここにいるはずのない人——コーネリアス様が立っていた。
(な、な、なんで!? 今日は約束してなかったわよね? 離宮にお呼びしたこともないし……! だって恥ずかしいから!)
絶句した私があんぐりと口を開けていると、コーネリアス様の目尻が柔らかく下がる。
「あなた様がそんな風に驚いておられる顔を見たのは、初めてかもしれません」
「コ、コーネリアス。なぜ、今日は……」
「ドレスをお贈りするとお伝えしましたよね? お約束どおり、今日お持ちしました」
そういえば今日ドレスを届けるという手紙が来ていた。しかし、まさか彼が手づから運んでくれるとは思わないではないか。てっきりドレスだけ届くものだと……。
庭に続く扉の前に立っているリラは「わわわ……」と声を出している。どうやら私がリラの声を放置している間に押し切られたようだ。
「あ、ありがとう。でもあなたが来てくれるなら、前もって――」
「駄目でしたか。俺が選んだドレスが殿下のお好みに合うのか、どうしても確認したかったのです」
「だめ、という訳では……」
この口ぶり。まさか彼が自ら私のドレスを選んだというのだろうか。
いえいえ、分からないわ。思いあがってはだめよ。
「……それは、魔道具ですか」
「えぇ。そうよ。その、魔石の力をより効率的に抑えられる魔法陣を考えていて……」
そこでハッと口をつぐむ。
私は魔道具の話などをするとつい早口になってしまうし、興味のない彼には苦痛だろう。
「ドッ、ドレスよね?」
「はい」
とりあえず私は作業を中断し、彼が持ってきたドレスを離宮に運んでもらうよう伝えた。
ドレスはリラが用意したハンガーラックにかけられた。私はそれをみて、思わずほうっと感嘆の声をあげる。
それはピンクと白を基調にした美しいデザインだった。胸元から腰まではすっきりと、腰からふわりと軽やかに広がるデザインで、薔薇のようなモチーフがあしらわれている。派手過ぎず、可愛すぎず、上品な印象だ。
(素敵……! さすがコーネリアス様だわ!!)
ふと横を見ると、コーネリアス様はじっと私の様子を観察しているようだった。
「どう、でしょうか。薔薇色が、殿下の美しい金の髪に映えるかと思っております」
「いいと思うわ」
正直、興奮で叫びだしそうになるのを必死で抑えているぐらいだ。推しからこんな美しいドレスを贈っもらえたというだけで、感無量である。
「それでは、卒業パーティーでこのドレスを着ていただけますか」
「えぇ」
コーネリアス様はホッとしたように表情を緩めた。
(キャーッ、な、なにその表情! かっこかわいい!! 素敵!!)
初めて見る表情に、ドキドキが止まらない。用意したドレスが無駄にならなくて安心したのかしら。かわいいわ。
「……あの。あちらにティーセットをご用意しましたので、よろしければ、マクレガー様もご一緒にどうぞ」
「リラ!?」
黙り込んでいた私達の沈黙を破ったのはリラの声だった。
庭を望む一角に設置されたテーブルに、いつの間にかティーセットが置かれている。
びっくりするぐらい仕事が早いわ、リラ!
「……そうだな。よろしいでしょうか、殿下」
彼と向かい合うには心臓のためにも前日から心の準備が必要だ。しかしこの状況で断る理由も思いつかない。私達はリラが用意してくれたテーブルについた。
(アー!! コーネリアス様から、あの美しいドレスをプレゼントされてしまったわ……!)
一向に冷めやらぬ興奮により、リラが淹れてくれた美味しいハーブティーを味わう余裕はない。それでも一旦喉を潤し、私は彼に気になっていたことを問いかけた。
「コーネリアス。あのドレスは、どこで?」
「ご推察の通り、俺はそういった方面には疎いので、ルパートとラヴィニア嬢の力を借りました」
「あぁ……」
なるほど。私はようやく彼の行動に合点がいった。
大方、フィンドレー姉弟が私に気を遣ってくれたのだろう。あの二人は、過去のことで私に恩義を感じてくれているようだし、私を慮って卒業パーティーのドレスの一つぐらい贈れとでも彼にせっついたのではないだろうか。
絶対にそうだ、と私は確信した。
ありがたいが、申し訳ない。とても嬉しいけれど!
「……アデレード殿下は、先ほど魔石の力を抑える魔法陣を、と仰っていましたが」
作業机に置かれたままのドライヤーの方を見ながら、コーネリアス様が言った。いつも通りの沈黙が続くと思いこんでいたので私は驚いてしまう。
なんてことかしら。コーネリアス様が話題を振ってくださったわ。
いったい今日の彼はどうしてしまったのだろう。不思議に思いつつ、私は頷いた。
「サラマンダーの魔石を熱源に、温風だけを出したいのだけど、火炎が出てしまうのよ。爆発してしまうこともあるわ。一応魔道具自体は完成したけれど、ちょっと効率が悪くて実用化には程遠いの。より魔石が長持ちして、安全な魔法陣がないか考えているのだけど……」
「そうでしたか……サラマンダーの。温風とは、どういう用途の魔道具ですか?」
「濡れた髪を乾かす魔道具よ」
コーネリアス様はその答えがよっぽど意外だったのか、目を瞬かせた。
まぁラヴィニアも驚いていたし、男性である彼からすれば予想外だろう。
「素人考えですが、サラマンダー以外の魔石は使えないのですか」
「そうね。この魔道具に使う魔石の用件としては、まずこの国で獲れる魔物の魔石であること。その上、熱源になり得る程度の等級がある魔石で、それなりに耐久性があり、交換可能。となると、サラマンダーぐらいしか思いつかなかったのよね」
他にも熱を宿す魔石を持つ魔物はいる。例えば王都近辺に生息するフレイムサーペントやレッドラビットがそうだ。しかし魔石が小さく、下手をすれば一度使っただけで空になり、交換しなければならない。
それなりに魔力量が多く、熱源になり得るのはサラマンダーしかいない。
「複数の小さな魔石を使うというのは?」
「性能が安定しないから駄目ね」
彼はしばし口元に手を当てて考え込み、パッと顔を上げた。
「熱を作る魔法陣は存在しないのでしょうか。魔法陣で熱源を作れれば、動力源の魔石は炎の属性に囚われないのでは」
「…………それは、」
できなくもない、かもしれない。
炎を出す魔法陣――あったはずだ。なぜ今まで思いつかなかったのだろう。魔石と熱源を一体化させるという出発点に固定され、その発想がなかった。
確かに魔法陣で熱源を作ることができれば、もっとドライヤーを一般的なものとして商品化できるかもしれない……!
ガタンと音を立て、私は立ち上がった。
「ありがとうございます、コーネリアス様!!」
「な、えっ、殿下」
「素晴らしいわ! 安全で安価なドライヤーができるかもしれない!!」
「こ、光栄です」
そこで私はハッと我にかえる。
いつも心の中でこっそりと彼に“様”付けをしていたのが、興奮のあまりうっかり声に出してしまった。
コーネリアス様からすれば何が何だか分からないだろう。
なんてことをしてしまったのか……。
顔が熱くなっていくのと同時に急激に頭が冷え、私はゆっくりと席についた。
視界の端にいるリラは「あーあ」という呆れ顔をしていた。




